やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 古江増隆
 九州大学大学院医学研究院皮膚科学
 アトピー性皮膚炎は痒みを伴い,特徴的な皮疹の性状と分布,慢性再発性の経過を示す湿疹を主体とする皮膚疾患である.わが国の有病率は乳幼児期で12%程度,大学生で8%程度であるが,生下時に発疹をみることはきわめてまれで,通常,生後1〜2カ月ごろより発疹を認めるようになる.年長になるにつれ軽快することが多いが,なかには軽快せず徐々に重症化し成人に至る場合や,一時軽快したものの思春期になって皮疹が再発増悪する場合などがあり,その経過には個人差が大きい.湿疹を起こしやすいという患者の体質は生涯持続すると考えられる.皮膚のバリア機能に何らかの障害(皮膚の弱さ)がある個体に発生する湿疹で,IgEが増加しやすい素因(アトピー素因)が併存すると重症化しやすい.
 こうして本症の病態を「皮膚の生理学的機能異常を伴い,複数の非特異的刺激あるいは特異的アレルゲンの関与により炎症を生じ慢性の経過をとる湿疹」としてとらえ,その炎症に対してはステロイド外用薬やタクロリムス軟膏による外用療法を主とし,生理学的機能異常に対しては保湿・保護剤外用などを含むスキンケアを行い,痒みに対しては抗ヒスタミン薬,抗アレルギー薬の内服を補助療法として併用し,悪化因子を可能なかぎり除去することを治療の基本とするコンセンサスが確立されている.
 本症は乳児期から成人期まで幅広い年齢を対象とし患者数も多いため,治療にあたっては患者のみならず家族のQOLを含めた十分な説明が必要である.アトピー性皮膚炎の治療に関するEBMは,http://www.kyudai-derm.org/atopy_ebm/index.htmlに掲載されている.治療ガイドラインの詳細については,皮膚科専門医を対象とした日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(http://www.dermatol.or.jp/index.html),ならびに一般臨床医を広く対象とした厚労省治療ガイドライン(http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/kenkou/ryumachi/index.html)も参照していただきたい.
 本別冊では,本症のさまざまな側面をそれぞれの専門家に詳述していただくことにより,本症のよりよい治療を具体的に明らかにすることを目的としている.
 はじめに(古江増隆)
疫学・病態生理Update
 1.アトピー性皮膚炎の疫学(内 博史)
  ・日本でのアトピー性皮膚炎の有症率と世界との比較
  ・アトピー性皮膚炎の有症率の変遷
  ・アトピー性皮膚炎の自然経過
  ・アトピー性皮膚炎の危険因子
 2.アトピー性皮膚炎の病態―バリア機能の観点から(速水千佐子・林 伸和)
  ・皮膚のバリア機能
  ・バリア機能異常とアトピー性皮膚炎の症状
  ・バリア機能障害とセラミド
  ・バリア機能障害に対するスキンケア
  ・掻破によるバリア機能の破壊
 3.アトピー性皮膚炎の病態―免疫の観点から(佐藤伸一)
  ・ADにおけるTh/Th2バランス異常
  ・IgEの病態への関与
 4.アトピー性皮膚炎におけるかゆみのメカニズム(高森建二)
  ・アトピー性皮膚炎の掻痒と表皮内神経線維
  ・アトピー性皮膚炎の掻痒に対するオピオイド系の関与
 5.アトピー性皮膚炎と発汗―発汗はアトピーに良いか悪いか?(塩原哲夫)
  ・角層水分量を決定する因子
  ・発汗に影響する因子
  ・ADにおける発汗
  ・汗の機能
  ・AD患者に対する効果的な発汗指導
診断Update
 6.アトピー性皮膚炎の病勢血中マーカー(中村晃一郎)
  ・IgEと好酸球
  ・サイトカイン・ケモカイン(TARC・CTACK)
  ・かゆみに関するマーカー
  ・他のマーカー
 7.アトピー性皮膚炎の診断と臨床(須藤 一)
  ・アトピーとアトピー性皮膚炎
  ・アトピー性皮膚炎の診断
  ・アトピー性皮膚炎診断基準の問題点
  ・アトピー性皮膚炎の臨床
  ・年齢による皮疹の特徴
  ・皮膚の二次的変化
  ・除外すべき診断
  ・診断の参考
  ・重要な合併症
 8.アトピー性皮膚炎と眼合併症(海老原伸行)
  ・アトピー眼症の成因と治療
  ・アトピー眼瞼炎に伴う結角膜障害
  ・アトピー眼瞼炎の治療
 9.アトピー性皮膚炎と食物アレルギーの関係(海老澤元宏)
  ・アトピー性皮膚炎における食物アレルギーの合併
  ・病因論―食物アレルギー反応により湿疹は誘発されるか?
  ・食物アレルギーの臨床分類
  ・食物アレルギーの関与する乳児アトピー性皮膚炎
  ・乳児期発症の食物アレルギーの耐性化
治療Update
 10.日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎診療ガイドライン(佐伯秀久)
  ・診断基準
  ・重症度分類
  ・薬物療法
  ・生活指導・合併症
  ・その他の治療法
 11.アトピー性皮膚炎とステロイド外用療法―ステロイド外用薬の正しい使い方:混合の落とし穴(江藤隆史)
  ・2008年改定の日本皮膚科学会“アトピー性皮膚炎診療ガイドライン”
  ・ステロイド外用薬の混合調製
 12.アトピー性皮膚炎とタクロリムス軟膏(大槻マミ太郎)
  ・タクロリムス軟膏の作用機序―ステロイドとの比較
  ・タクロリムス軟膏の適応患者と使用部位
  ・タクロリムス軟膏を使うタイミング
  ・タクロリムス軟膏の使用量
  ・タクロリムス軟膏の副作用―刺激感,感染症と発癌リスク
 13.アトピー性皮膚炎と保湿剤(五十嵐敦之)
  ・アトピー性皮膚炎のスキンケアにおける保湿剤の重要性
  ・EBM的見地からみた保湿剤の有効性
  ・保湿剤に求められる作用
  ・保湿剤の種類と選択
  ・保湿剤の使用法
  ・保湿剤の使用量
  ・保湿剤とステロイド外用薬などの併用方法
 14.(改訂)アトピー性皮膚炎におけるシクロスポリン内服療法(藤本 学)
  ・シクロスポリンの作用
  ・アトピー性皮膚炎におけるシクロスポリン療法―海外における報告
  ・国内における開発の経緯
  ・シクロスポリン内服療法の実際
 15.アトピー性皮膚炎と漢方療法(小林裕美・石井正光)
  ・診療時の注意
  ・漢方療法の導入
  ・漢方方剤の選択
  ・湿疹治療の基本方剤としての消風散とその応用
  ・現代西洋医学的治療薬と漢方薬の併用
  ・補中益気湯とアトピー性皮膚炎
 16.アトピー性皮膚炎への心身医学的対応(羽白 誠)
  ・アトピー性皮膚炎とストレス
  ・心身症としての病態分類
  ・アトピー性皮膚炎における心身症の診断
  ・アトピー性皮膚炎の診療における心身医学的対応のポイント
  ・アトピー性皮膚炎における心身医学的治療のポイント
  ・精神科的な薬物療法
  ・アトピー性皮膚炎における精神療法
 17.アトピー性皮膚炎診療とEBM(幸野 健)
  ・EBMの定義と要素
  ・EBMとシステマティックレビュー
  ・エビデンスの質のレベル評価
  ・アトピー性皮膚炎治療のエビデンス状況
  ・診療ガイドラインとエビデンス
  ・エビデンスの適用にあたって
  ・応用例
  ・EBMからみたアトピー性皮膚炎“治療者”の要件

 ・サイドメモ目次
  経皮水分蒸散量(TEWL)
  炎症部位への白血球の浸潤過程
  TEWLと角層水分量
  乳児アトピー性皮膚炎と食物アレルギーのかかわり
  皮膚のバリア機能と保湿機能の評価方法
  心身症と心身医学