やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 竹井謙之
 三重大学大学院医学系研究科病態制御医学消化器内科学
 アルコールにかかわる諸問題は古くて新しいテーマである.アルコール問題を扱う医学・医療はきわめて広範囲・多岐にわたるのみか,その学際分野がまたあらたな領域を創出しつつあるといえよう.アルコール医学生物学は,最先端の概念と技術を取り込むことで自らの発展を可能としたばかりか,他分野にも広く波及する新しいパラダイム萌芽を涵養する役割を果たしてきた.
 一方,アルコール関連問題はますます社会的問題としての意義を増しており,昨今の飲酒運転や女性・高齢者の飲酒問題など,医療上の課題と社会・経済的問題とが不可分の関係にあることが特徴である.今日的視点からアルコール医学・医療の課題を整理し,その問題点を概括することは時代の要請である.このような背景から,本誌『医学のあゆみ』第1土曜特集“アルコール医学・医療の最前線”を企画した.
 アルコールに関する疫学,アルコールの基礎医学,アルコールの身体作用:アルコール関連臓器障害,アルコール依存症,女性・高齢者と飲酒,アルコール関連問題への取り組み,という主題のもと,テーマごとに小項目をおく構成をとった.執筆者は各分野の第一人者であるが,テーマの多様性を反映し,結果として実に多彩な執筆陣になった.
 巻頭には石井裕正先生に司会をお願いして,適正飲酒のあり方についての座談会を掲載している.また,佐藤信紘先生には“アルコール医学・医療の今日的課題―社会との接点をめざして”というテーマで総論を寄稿していただき,樋口 進先生にはWHOが進めるアルコール関連問題への取り組みとわが国の現状を紹介いただいた.アルコール医学・医療を理解するためのキーワード解説,各種資料など,実用性にも配慮した.
 本企画がアルコール医療・医学のアップデートを総括できるものになればと願っている.
 はじめに(竹井謙之)
概論
 座談会 適正飲酒のあり方を考える(石井裕正・上島弘嗣・樋口 進・加藤眞三)
  ・近年,変化がみられる日本のアルコール摂取量
  ・東南アジアのアルコール摂取量が増えている
  ・以前から諸外国に比べて日本の男性の飲酒量は多い
  ・女性のアルコール依存症予備軍が増えている
  ・アルコール性肝硬変の患者数には地域差がある
  ・アルコール性肝疾患では拒食や肥満が問題となる
  ・アルコール性臓器障害に対して医療者間で認識の違いがある
  ・アルコールの冠動脈疾患抑制効果は間違いない
  ・いろいろな疾患をもっている人への飲酒指導
  ・胎児性アルコール症候群に関する知識の普及を
  ・「健康日本21」と適正飲酒量
  ・休肝日は必要か
  ・WHOにおけるアルコールに対する取り組みの現状
 1.アルコール医学・医療の今日的課題―社会との接点をめざして(佐藤信紘)
  ・アルコール医学・医療の発展―社会との接点をめざして
  ・なぜ酒が飲まれるのか?
  ・過剰飲酒のもたらす害―社会への認知の徹底
  ・日本人は酒に弱い―飲酒後の精神・神経・身体の変化を熟知するべし
  ・飲酒運転は繰り返すのが特徴である
  ・飲みすぎ・食べすぎは肝のミトコンドリア機能障害を惹起して肝障害・肝癌そして生活習慣病をきたす
  ・アルコール性肝障害の成立機序―酸化的ストレスがいかにしてつくられるか?
  ・酒道の育成をめざして
 2.アルコール関連問題におけるわが国の状況と世界の動向(樋口 進)
  ・アルコール消費
  ・アルコール関連健康問題
  ・アルコール関連社会問題
  ・WHOの最近の動き
第1章 アルコールに関する疫学
 3.日本における飲酒の現況―どのようにアルコールは飲まれているか(渡辺 哲)
  ・飲酒者割合
  ・飲酒習慣者の推移
  ・多量飲酒者
  ・飲酒調査
  ・未成年の飲酒
  ・飲酒と疾患
 4.アルコール関連疾患が医療コスト・医療費に与えるインパクト(岡村智教・神田秀幸)
  ・アルコール関連問題の医療費分析の必要性
  ・アルコール関連問題のcostとexpenditure
  ・飲酒と医療費に関するコホート研究(滋賀国保コホート)
  ・飲酒による過剰医療費適正化のための方策
 5.重症型アルコール性肝障害の最近の動向(堀江義則)
  ・飲酒量とアルコール性肝障害の相関
  ・重症型アルコール性肝炎のわが国における実態
  ・アルコール性肝障害における肝炎ウイルスの関与と肝細胞癌進展における飲酒の影響
第2章 アルコールの基礎医学
 6.アルコールの生体内動態と代謝(藤宮龍也・嶋本晶子)
  ・アルコールの吸収と動態
  ・アルコールの代謝
  ・ミカエリス・メンテン型消失動態
  ・アルコール代謝産物の薬物動態学
 7.アルコール性臓器障害の病理―一次的アルコール性線維化(PAF)とアルコール性肝炎(中野雅行)
  ・古典的アルコール性肝炎と肝線維症
  ・病理組織像の現在・過去・未来
  ・アルコール性肝障害のバリエーション
  ・肝細胞の変化
  ・線維化の変化
  ・肝細胞周囲線維化から肝硬変への進展
  ・“アルコール性肝炎”の組織診断基準
  ・線維化および肝硬変の可逆性
第3章 アルコールの身体作用:アルコール関連臓器障害
 8.アルコール関連中枢・末梢神経障害(大石 実)
  ・アルコール関連中枢・末梢神経障害
  ・急性アルコール中毒
  ・アルコール関連失神
  ・Wernicke-Korsakoff症候群
  ・ペラグラ
  ・Marchiafava-Bignami病
  ・橋中心髄鞘崩壊症
  ・アルコール性前頭葉萎縮
  ・アルコール性認知症
  ・アルコール関連不眠症
  ・アルコール性小脳変性症
  ・アルコール性ミエロパチー
  ・アルコール性弱視
  ・アルコール性多発ニューロパチー
  ・アルコール離脱症候群
 9.アルコールと循環器疾患(竹端 均・和泉 徹)
  ・アルコールと高血圧
  ・アルコールと不整脈
  ・アルコールと心筋症
  ・アルコールと冠動脈疾患
 10.飲酒と発癌―アルコール代謝酵素との関連(横山 顕)
  ・WHO,IARCの見解
  ・ALDH2欠損者の飲酒と発癌
  ・アセトアルデヒドの発癌性
  ・簡易フラッシング質問紙法を用いた発癌リスク評価
  ・低活性型ADH1Bと飲酒発癌
  ・ALDH2欠損型とADH1B低活性型の組合せと発癌
  ・アルコール依存症男性の食道ヨード染色検診
  ・食道と口腔・咽頭・喉頭の多発重複発癌とALDH2欠損
  ・赤血球のMCVと発癌リスク
  ・アルコール依存症患者に胃癌が多い理由
  ・飲酒と肝癌
 11.アルコールと突然死―大酒家突然死症候群(福永龍繁・呂 彩子)
  ・アルコールによる急性障害
  ・アルコールによる慢性障害
  ・当院におけるアルコール関連死の疫学調査
 12.消化器・肝障害―アルコール性肝障害の発症におけるサイトカインの関与(土島 睦・高瀬修二郎)
  ・アルコール性肝障害の動向
  ・アルコール性肝障害の臨床
  ・アルコール性肝障害の発生機序
 13.アルコールと膵炎―酒を飲みすぎると膵炎になるか?(正宗 淳・下瀬川 徹)
  ・アルコール性膵炎の実態
  ・膵におけるアルコール代謝
  ・アルコールによる膵傷害機序
  ・アルコール性膵炎を起こしやすい先天的素因とは?
 14.メタボリックシンドローム(榎本信行・渡辺純夫・竹井謙之)
  ・メタボリックシンドロームの診断
  ・肝疾患とメタボリックシンドローム
  ・共通の病態基盤であるアルコール性肝障害とNASH
  ・アルコール代謝とメタボリックシンドロームに及ぼす影響
 15.アルコールの“効用”をめぐる議論(山岸由幸)
  ・わが国の適正飲酒に対する取り組み
  ・糖代謝に対する“効用”
  ・脂質代謝,抗動脈硬化における“効用”
  ・心筋梗塞・脳梗塞に対する“効用”
  ・肝における“効用”の可能性
第4章 アルコール依存症
 16.アルコール依存症病態発現の神経薬理学的機序(桂 昌司・大熊誠太郎)
  ・薬物依存症患者における強化効果の推移
  ・薬物依存形成過程の神経生物学的変化(依存モデル動物を中心にして)
 17.アルコールによる脳内神経ネットワーク障害と神経幹細胞移植―アルコール関連障害,とくに胎児性アルコールスペクトラム障害の治療法の開発(齋藤利和・土岐 完・鵜飼 渉)
  ・アルコール依存症者の脳内神経ネットワークの異常
  ・エタノールの神経細胞に対する作用
  ・エタノールの神経幹細胞への作用
  ・脳神経ネットワーク再構築・修復の可能性
  ・胎児期のエタノール曝露の脳内神経ネットワーク障害と神経幹細胞移植
 18.精神科と内科の学際領域としてのアルコール医療―アルコール関連疾患を伴うプレアルコーリックに対する医療(丸山勝也)
  ・わが国におけるアルコール消費量および飲酒者数
  ・アルコール関連疾患およびそれにかかる医療費
  ・プレアルコーリックの定義および概念
  ・アルコール関連疾患の診断手順
  ・アルコール関連疾患を伴うプレアルコーリックに対する治療
  ・アルコール関連疾患の今後の見通しおよびそれに対する対策
 19.アルコール依存症に対する介入技法―アルコール依存症者と向きあい,ともに歩むために(後藤 恵)
  ・依存症の徴候を発見する
  ・依存症を診断する(診断面接に入る前に―まだ話題にしてはいけません)
  ・温かい誠実な態度で面接する(依存症を話題にする時の心構え―最も重要なこと)
  ・期間を区切って断酒をすすめる(診断面接の第1段階)
  ・動機づけ面接で断酒に気持ちを傾ける(診断面接の第2段階)
  ・家族の協力を求める
  ・専門機関を紹介する
第5章 女性・高齢者と飲酒
 20.アルコール医学・医療における性差(池嶋健一)
  ・アルコール性肝障害と性差―臨床疫学的エビデンス
  ・アルコール代謝の性差と肝障害
  ・エストロゲンによるKupffer細胞のLPS感受性変化とアルコール性肝障害の進展
  ・アルコール性肝障害における線維化進展と性差
 21.胎児性アルコール症候群―お母さん,赤ちゃんのために飲まないで(久保隆彦)
  ・胎児性アルコール症候群(FAS)
  ・胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)
  ・FASの二次障害
  ・FASの発生率
  ・FASへのアメリカの活動
  ・わが国の低いFASへの関心度
  ・妊婦の飲酒率
  ・マザーリスクの妊娠と飲酒に関する情報
  ・コクラン研究での妊娠と飲酒
  ・産科医としての妊娠と飲酒への対応
 22.老年期のアルコール問題(吉野相英)
  ・高齢アルコール依存の疫学
  ・高齢者のアルコール関連問題
  ・高齢者の認知機能とアルコール
  ・精神保健問題
  ・スクリーニングと診断
  ・治療―短時間介入(brief intervention)の効果
第6章 アルコール関連問題への取り組み
 23.アルコール関連社会問題の法医学―飲酒と事故,犯罪,自殺(安原正博)
  ・飲酒と突然死
  ・飲酒と自殺
  ・飲酒と交通事故
  ・飲酒と犯罪
 24.アルコールとドメスティックバイオレンス―その直接効果と間接効果(清水新二)
  ・アルコールと犯罪・暴力問題
  ・アルコール乱用とドメスティックバイオレンス
  ・DV防止とアルコール臨床
 25.アルコール関連問題への早期介入プログラム:HAPPY(杠 岳文)
  ・早期介入の指針
  ・早期介入におけるブリーフ・インターベンションの有効性に関するエビデンス
  ・早期介入のパッケージ:HAPPY
 26.未成年者の飲酒問題(鈴木健二)
  ・子どもでもすこしの飲酒ならよいのだろうか
  ・未成年者の飲酒は増加しているか,減少しているのか
  ・なぜ子どもの飲酒が減少傾向に向かったか
  ・リスクの高い飲酒をしている子どもは減少していない
  ・未成年者の飲酒の害
 27.アルコール関連問題における医療連携―アルコール症の専門外来医療(小杉好弘)
  ・アルコール症の専門治療とは
 28.職域におけるアルコール関連問題とその対策―なぜ有効な対策が難しいのか,今後どのように展開するのか(及川孝光)
  ・現在の日本企業における課題
  ・企業人生活とアルコール
  ・職域アルコール対策の実際
  ・今後の職域におけるアルコール対策
 29.内科外来におけるアルコール医療―節酒の指導をめざして(加藤眞三)
  ・アルコール医療の困難性
  ・飲酒歴の聴取
  ・病気についての情報提供
  ・エンパワーメントと解決指向法によるアプローチ
  ・自助グループへの参加
 30.アルコール関連諸問題とセルフヘルプ・サポートグループ―アルコール依存症者の回復にかかわるAAのプログラム(AA日本ゼネラルサービスオフィス(JSO))
  ・AA(アルコホーリクス・アノニマス)
  ・セルフヘルプ・サポートグループ
  ・AAのプログラム
  ・“神”概念
  ・AAの現状
  ・アノニマス:anonymous
  ・スポンサーシップ
  ・12 のステップ―生き方のプログラム
  ・財政の自立
  ・AAのサービス機構
第7章 AYUMI Glossary of Terms
 31.アルコール医学・医療の理解に必要な最新基礎知識(山科俊平)
  ・アルコール脱水素酵素(ADH)
  ・アルデヒド脱水素酵素(ALDH)
  ・チトクロームP450
  ・Tsukamoto-Frenchモデル
  ・エンドトキシン
  ・Kupffer細胞
  ・Toll-like receptor-4(TLR-4)
  ・エンドトキシン感受性
  ・酸化ストレス
  ・鉄過剰
  ・マロリー体
  ・肝細胞周囲線維化
  ・アルコール性脂肪肝
  ・飲酒による発癌
  ・肝微小循環障害
  ・非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)
  ・アルコールと性差
  ・ウェルニッケ脳症・コルサコフ症候群
  ・アルコール離脱症状
  ・抗酒剤
第8章 関連資料
 32.精神保健福祉センター,Alcoholic Anonymous(AA),アルコール関連問題NPO一覧
  ・全国の精神保健福祉センター
  ・AA(Alcoholic Anonymous)
  ・社団法人 全日本断酒連盟
  ・NPO団体など

・サイドメモ目次
  胎児性アルコール症候群
  因果の逆転
  炎症と線維症
  P300
  アルコール関連死,大酒家突然死症候群
  監察医制度
  異状死
  IL-6と肝障害抑制薬
  アルコール性膵症
  胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)
  アルコール依存症関連の用語解説
  性同一性障害とアルコール性肝障害
  1日1杯なら大丈夫
  自殺対策基本法
  アルコールの標準単位(standard drink)
  ブリーフ・インターベンション(brief intervention)
  未成年者飲酒禁止法の改正
  アルコール症のクローニンジャーの分類
  労働衛生の三管理
  作業関連疾患
  EAP