やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第7版補訂の序
 2019年2月に本書『理学療法概論』第7版が発行された.1999年の見直し以来19年ぶりに改正された「理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則の一部を改正する省令」は2018年10月5日に公布されたため,2020年4月1日の同省令施行に合わせるように書き直しや執筆者の交代,章の追加などが行われた.まさに時流をとらえた改訂であった.
 一方,2019年末から,新型コロナウイルス感染症の世界的な流行があり,理学療法士養成校での授業は,その多くがいわゆる遠隔授業(オンライン授業)やオンデマンド授業となり,教育の質向上を目指す教育者は大きな変換点に立ち会うことになった.学習意欲や学習効果を高めるうえで教員からのフィードバックは欠かせないが,自分のペースで学習できるオンデマンド授業も根強い存在となった.教育現場に限らず,新型コロナウイルス感染症は世界を根本的に変えてしまったといっても過言ではなく,経済,テクノロジー,環境,日常生活などへの影響は今後も永続すると思われる.さまざまな変化が安定するまでいましばらく時間がかかると推察されるため,今回は全面的改訂ではなく,古い内容をアップデートして第8版の改訂へ向けた準備期間とする「補訂版」としての発行となった.
 他方,どんなに時代が変わり,新興感染症が蔓延しようとも,重要な核心は変わらない.本書のそのこだわりは,英語名「Physiotherapy Concept」に現れている.一般的に考えれば,概論は「introduction(導入)」と訳されるかもしれない.本書は単に易しく語られる理学療法学の「導入」の教授を支援するものではなく,むしろ初年次から理学療法の核心,「理学療法とは何たるか」に触れ,これから学ぼうとする理学療法学の奥行きを担保するものである.国民の保健・医療・福祉に貢献する理学療法士を輩出する大きな社会的使命に向けて,本書が時代の変化を取り入れながら,理学療法の核心を確実に次世代に継承する礎となることを祈念してやまない.
 なお,本書は奈良 勲氏を編著者として1984年に発行されて以来,40年の歳月が経過したことになる.本補訂版からは編著者代表の役目を小生が担うことになったが,本書の秀麗さと精錬された奈良氏の理学療法観を引き継ぎ,諸氏の意見を仰ぎながら,さらに充実を図っていく所存である.
 最後に,本書では,引用文献,法律用語で使用されている「訓練・障害・障害者」を除き,国際生活機能分類(ICF)に準じた用語を引き続き使用したことをあらためて付記しておく.
 2023年12月
 編著者代表 高橋哲也


編著者代表の交代にあたって
「私も理学療法を愛しています」
 私が本書『理学療法概論』の発行に関与したのは1984年であり,40年が経過したことになる.そして,第7版補訂版まで発行を続けることができたのは,主に理学療法士養成校で教科書として活用していただいたためであり,深謝申し上げる次第である.と同時に私は本書の編著者代表を退き,高橋哲也氏に交代したことを申し添えたい.今後も諸氏の助言を得ながら本書がさらに充実した内容になることを心から願う.
 本稿では,私の足跡を簡素に記述することで,理学療法学の初学者に何らかの参考になればと願う次第である.

理学療法(学)への志向
 私は1964年に鹿児島大学教育学部保健体育学科を卒業した.教育学部では教育実習の際に肢体不自由児の体育を体験したことから,これを契機にハビリテーション・リハビリテーションの存在を知ることになった.私は当初は矯正体育を学びたいと考えていたが,日本の教育学部大学院には設置されていなかったことからアメリカの大学に留学することを志望し,情報の得やすい東京の高校に教員として就職した.
 東京に在住していたときに,国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院の存在を知り訪問したことがある.当初,日本人理学療法士の教員はまだ存在していない時代であったが,その際にアメリカをはじめヨーロッパなどには理学療法学,作業療法学の教育施設があることを知った.なかでも,アメリカでは4年制大学で教育を実施しているとのことで,私は矯正体育ではなく,アメリカで理学療法学を専攻したいと想うに至った.
 私はアメリカの数校の大学に入学志願書を送付したが,Loma Linda大学から入学許可を得ることができ,かつ私が所属していた「キリストの教会」から奨学資金を得ることができて留学が実現して,なんとか卒業でき,かつ資格試験にも合格した.アメリカの大学で理学療法学を専攻して,資格を得たのは日本人として最初であった.

略歴
 私は理学療法士として約50年間働いてきた.10年間は臨床実習教育者と非常勤講師を兼ねた臨床家,40年間は臨床活動を含む教育者であったが,いずれの立場にせよ「自己実現」を念頭に置いて仕事を遂行するように努めてきた.つまり,食べるためだけに働くのではなく,仕事を通じて自己実現したいとの意思を抱き続けてきた.教育者としては1979年に金沢大学医療技術短期大学部の最初の日本人理学療法士教授として赴任し,次いで1993年に理学療法士養成校として日本で初めての4年制大学である広島大学医学部保健学科の教授に就任し,同大学の大学院の設置にも関与した.その間,日本理学療法士協会の会長職を14年間務め,在職期間においては協会としての到達課題をマスタープランとして掲げて,大小約80%の課題を実現できた.
 自己実現をするためにはいくつかの方法がある.私は,マズローの理論のなかでも実践しやすい「社会貢献」および「夢の実現」といった2つの側面における自己実現を志向してきた.
 「社会貢献」に関しては,対象者の症状の改善および社会参加の推進と特定の課題に関する研究であり,ささやかな成果を論文や書籍として文章化して社会貢献することであった.「夢の実現」として私が公私ともに取り組んだ大きな課題はいくつかあるが,理学療法学教育が4年制大学および大学院で実現することや理学療法士の国会議員輩出は大きな目標であった.さらに,1999年に第13回世界理学療法連盟学術大会を実現したことは,日本の理学療法界の力量を集結した大きな事業であった.

学歴
 私の学歴の一部については前述したが,1983年に 金沢大学医学部にて博士号を取得(医学博士乙763号)した.これは日本人理学療法士としては最初の事例であった.

業績
 業績を論文(総説・研究論文),著書(監修を含む)に分類すれば,私の論文は187編,著書は105編である.

私も皆様と同様,理学療法を愛しています
 「私も理学療法を愛しています」とのフレーズは,私が1989年(平成元年)の日本理学療法士協会の会長選挙に立候補した際,選挙会場の場で投票前のスピーチをしたときのものである.そのスピーチは3分間であり,私はその内容を原稿として準備していたが,スピーチが終わる寸前に突如「私も皆様と同様,理学療法を愛しています」とのフレーズが飛び出してきたのである.選挙結果は私の当選となったが,多分,最後のフレーズが功を成したのではないかと思う.
 「理学療法を愛する」の解釈であるが,理学療法自体を愛するというよりも,理学療法の対象者を愛し,理学療法介入が愛する対象者の社会参加に役立つという解釈である.さらに,研究も教育も終局的には対象者に寄与するための行為・行動であり,それらを介した自己実現が対象者の生活に貢献することでもある.よって,「理学療法を愛する」ことは,特別なことではなく,理学療法士としての日々の業務を真摯に遂行する行為・行動であるだろう.
 これから理学療法学を修得しようと大志を抱いている諸君には多難な道程が待ち受けていると思える.しかし,将来的に対象者の幸せに寄与したいと思う気持ち,つまり「理学療法を愛する」情熱を堅持し続けるならば,対象者にとって最善の理学療法士になり得るだろう.

 2023年12月
 広島大学名誉教授 奈良 勲


第7版の序
 本書の初版が1984年に発行されて以来,国内外の理学療法の変遷を見据えて6回の改訂を重ねてきた.日本に理学療法士が誕生して53年になるが,草創期には「理学療法概論」として集約された書物はなく,「理学療法モデル」の基軸となる教育・臨床・研究は主に海外のそれが模型とされていた.とはいえ,この半世紀の間に日本の理学療法界は関係者の熱意によって顕著な発展を遂げてきたことは国際的にも評価されている事実である.
 時間の時空もしくは流れは四次元であるが,五次元とは時間を超越した未来の時空である.過去の歴史の延長線上にある現在の実態を認知することはさほど難しいことではないが,何事についても未来を展望することは至難の業である.
 流動的に変貌する社会において,日本の理学療法界は,国民の保健の普及向上に寄与すべく善処してきた.理学療法士を目指す学生(人材)の「事はじめとしての教育」において,理学療法(学)に関する未来を見据えた指針を提示することは,理学療法学教育の基盤を構築するために極めて重要な課題である.今後も日本の理学療法が限りなく発展していくために,これまで構築されてきた専門職(professions)としての「理学療法モデル」の遺産を次世代へ確実に継承することは,個々の理学療法士およびその組織(日本理学療法士協会)の使命である.
 「理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則」が1999年の見直し以来19年ぶりに改正され,2020年度入学生から施行される.それを受けて第7版では,第2章「理学療法学教育」の書き直し,第4章「理学療法士をとりまく法律制度」の執筆者交代,そして第13章「地域理学療法学─地域包括ケアの展開に向けて─」を追加した.他の章については,全般的に最新のデータおよび情報に改めることに努めた.また,次回の改訂を見据えて,高橋哲也氏・内山 靖氏を編著者に迎え,一部の章では共同執筆者を加えた.
 日本の理学療法(士・学)が次の半世紀にいかなる姿になっているのかを推論することは難題だが,国民の保健・医療・福祉領域の要請に応えうる理学療法士を輩出することは,必然的な課題である.近未来の専門職としての使命を果たす方向へと躍進することを祈念する.
 ちなみに,世界理学療法連盟は,正式登録は現状のままとして呼称名称を「World Physiotherapy」とすることを2020年6月に理事会決定したが,本書では正式名称を用いる.
 また,本書では引用文献,法律文書で使用されている「訓練・障害・障害者」を除き,国際生活機能分類(ICF)に準じた用語を使用したことを付記しておく.
 2019年2月
 編著者代表 奈良 勲


第6版の序
 本書『理学療法概論』の初版は,1984年(昭和59年)に発刊され,その後5回の改訂を重ね,このたび第6版を発刊する運びとなった.その間29年が経過したことになるが,理学療法界においても様々な事象が展開されてきた.
 近年,理学療法士の数も増え,近く10万人に達する勢いである.それぞれの専門職の数(量)も社会・政治的な力のひとつの要素であることに間違いはない.しかし,18歳人口の減少が進む中,高等教育機関の質的低下をはじめ,定員割れや学部,学科によっては廃止もしくは改組されているケースも多い.このような状況下において,理学療法士として真のプロフェッションを志向する有能な人材を輩出するためには,教育システムや方法論をより高度な水準に変革し,社会の要請に包括的に応えてゆく必要性がある.つまり,理学療法士とその組織のアイデンティティと倫理・哲学,さらに学術的活動の質も社会・政治的な力にもなり得るのである.
 “努力は裏切らない”とのフレーズは,あらゆる分野の活動について言えることであろう.それでも,時には努力が報われないと感じられる場合もある.だが,その時の努力の動機や目的を内省してみると,努力の質量の計画性のバランスとかタイミングなどに不備があることに気付く.よって,物事を展開する過程ではフィードフォワードとフィードバックとを同時進行することが肝要であろう.
 さて,本書第6版の主な改訂として,以下に示す章を新たな執筆者に依頼した.
 すなわち,「第4章:理学療法士の法律制度」(西村 敦氏),「第5章:理学療法の対象と治療」(星 文彦氏),「第8章:理学療法(士)の役割と職域」(岩井信彦氏),「第13章:理学療法の基本用語」(木林 勉氏)である.そして,新たに「第14章:理学療法の職域開拓」として4項目を加え,それぞれの執筆者に依頼した.
 資料は「関係法規」を残し,他の「日本理学療法学術大会の歩み」,「日本理学療法士協会全国研修大会の歩み」,「世界の理学療法士事情」,「診療報酬(リハビリテーション)」は削除した.
 日本に理学療法士が誕生して半世紀を迎える.いかなる時代でも人類は常に新たな課題に直面しながら,文化的な遺産を継承してきた.理学療法士もその例外ではない.理学療法界であなたの演じる役は何ですか?
 2013年1月
 奈良 勲

 付記
  第6版第4刷(2015年1月10日)の発行に際し,主に法律・行政・文献引用を除き,「障害」「障害者」という用語を可能な範囲でICFに準じた用語に変更したことをご承知おきいただきたい.


第5版の序
 本書『理学療法概論』の初版は1984年(昭和59年)に出版され,その後3回の改訂を重ね,このたび第5版を出版する運びとなった.本書の初版が出版されてから23年が経過する.
 本書の第4版増刷時に,「理学療法の基盤」(内山 靖氏),「理学療法と心理的対応」(富樫誠二氏)の2章を追加した.この第5版では,一部の章,「理学療法の歴史」(日下隆一氏),「理学療法の学問的体系化と研究法」(臼田 滋氏),「理学療法部門における管理」(橋元 隆氏)の執筆者を変更して内容の改訂を図った.なお,本書では原則として行政用語を除き「訓練」という用語を使用していないことを付記しておく.
 2005年には社団法人日本理学療法士協会は創立40周年を迎えている.その間,日本の急激な社会構造・社会情勢などの変遷に伴い,日本の理学療法にかかわる諸々の状況も大きく様変わりしてきた.
 2006年には理学療法士養成校数も208校に至り,その1学年定員は約1万人になる.理学療法士免許登録者は52,088人で,その内43,544人が日本理学療法士協会の会員となっている.理学療法学教育については,全体の約30%(55校)が大学教育として行われていることに伴い,大学院教育としての博士課程前期(修士)と博士課程後期(博士)が増えていることが特記すべきことである.
 しかし,近年の日本の経済情勢の停滞から,理学療法診療報酬を含む医療保険の抑制現象が危惧される時代になってきた.なかでも,2006年の診療報酬改定においては「理学療法」としての区分が消え,「リハビリテーション」に取り込まれることになった.これは,理学療法士は法的には医療職として規定され,その基本的職務は「理学療法」である事実が,結果的に無視されたものでありきわめて遺憾な出来事である.理学療法士自体のアイデンティティにも関わる課題であり,これまで40年余にわたり築かれてきた理学療法の基盤を根底から揺るがす出来事でもある.
 時代の流れに逆行するこれらのネガティブな現象をよりポジティブな現象に変革するためには,今後ますます教育・臨床・研究の水準を高め,社会的な活動と有機的に連動して国民の社会的認知を確実なものにしていく自助努力が求められよう.
 2007年3月
 奈良 勲


第4版の序
 本書の初版は1984年に出版され,その後2回の改訂を重ね,このたび改訂第4版として出版する運びとなった.本書の初版から18年が経過するが,その間,日本の理学療法にかかわる諸々の状況も社会情勢の変遷に伴い様変わりしてきた.
 すなわち,1991年の改訂第3版以降,四年制大学や大学院での理学療法教育が実現している.また日本理学療法士協会は,生涯学習システムおよび専門領域研究会を始動し,いわゆる専門職団体としての卒後教育システムの確立に努めている.
 1999年5月には世界理学療法連盟の国際学術大会を横浜で開催している.その開会式に際しては天皇・皇后両陛下にご臨席いただき,かつ天皇陛下の「おことば」を賜ったことはたいへん栄誉ある出来事であった.
 さらに,2001年には「日本理学療法士学会」が「日本理学療法学術大会」と改められて,理学療法士以外の職種にも一般演題報告を開放して学際領域における協同研究を推進している.
 第4版では,改訂第3版以降のこのような変遷を考慮して可能なかぎり最新の情報を盛り込むことに努めた.第4版の主な改訂内容は以下のようである.
 ・全体的には,編集者の意向により文献,引用文・表,行政用語などを除き,「訓練」という用語の使用を避けた.
 ・第8章の「理学療法の役割と職域」を全面的に書き換え,各種統計・資料の数値の見直し,そして新設項目として,「老人保健法と理学療法士」「ゴールドプラン21と理学療法士」「介護保険と理学療法士」「医療法の改正と理学療法士」「医療制度改革と理学療法士」「健康日本21と理学療法士」「地域リハビリテーション推進者・保健医療従事者としての理学療法士」などを加えた.
 ・第10章の「理学療法教育」では,カリキュラムの大綱化に関する解説と国家試験出題基準を加えた.
 ・第11章の「理学療法士の組織と活動」では理学療法(士)界の最近の経緯を追加するとともに,日本理学療法士協会の組織・事業に関する解説の見直しを行った.
 ・第12章の「理学療法の基本用語」では約80の用語を新たに追加した.
 ・付録として添付されている関係法規の全面的な見直しを行った.
 なお,第7章と第11章に現行の診療報酬表が記載されているが,2002年の診療報酬改定表は,本書の印刷時期との関係で間に合わなかったため次回の増刷時に記載したい.
 今回の改訂にあたり,変遷し続ける社会情勢を見据えながら,あるべき理学療法(士)の姿を総括的に追求し,それらを「理学療法概論」として表すように努力した.しかし,さらに本書を充実させるために,読者の率直な意見を受けながら善処していきたい.
 2002年3月
 奈良 勲


第3版の序
 第1版の発行(昭和59年5月),第2版の発行(昭和61年4月),そしてこのたび第3版の発行の運びとなった.
 第3版では,新たに「理学療法士の法律制度」を加え,武富氏に執筆願った.「理学療法士作業療法士法」が制定されてから,四半世紀を経過するが,再度その解釈を深め,今後の見直しを期すためにも,この方面の検討が期待される.
 「理学療法教育」については,平成2年度より,新カリキュラムに改正されたことから,黒川氏に執筆をお願いして,新たな内容になった.また,今回はほんの一部ではあるが,理学療法に関する基本用語の解説を加えた.全体的には最近の情報・資料を加えて,極力up to dateにした.
 去る9月中旬に,社団法人日本理学療法士協会は日本学術会議法(昭和23年法律121号)第18条第3項に基づき,「学術研究団体」として登録された.日本の理学療法の普及向上に関して責任をもつ日本理学療法士協会が,正規に第三者によって学術団体として認められたことは,たいへん名誉なことである.これは,これまでわれわれ協会会員が誠実に理学療法水準を高める努力をし,臨床・研究・教育の場において研鑽を怠らなかった成果であると確信する.「科学としての理学療法」「理学療法の学問的体系」を追求してきたわれわれとしては,そのスタート点に至ったものとして受け止め,21世紀に向けて,これまで以上に精進しなければなるまい.
 日本は急激に高齢化社会を迎えることになるが,長寿が実現されることは喜ばしいことである.そして,今後は理学療法士として,高齢者の健康増進,生活機能低下のある高齢者の人間らしい生活・人生を全うしてもらうための援助方法を一層真剣に模索する必要がある.
 平成3年2月
 奈良 勲


第2版の序
 第1版の発行(昭和59年5月15日)から約2年になる.第2版の発行においては,誤植の訂正を行ったことと,宇都宮氏担当の「理学療法の歴史」のなかで,“運動療法の歴史”に関して一部追加していただいた.
 また,第1版に組み入れることができなかった章,「理学療法部門における管理」については濱出氏に執筆していただき,第2版に加えることができた.
 理学療法(士)の存在価値は,それを必要とする人々に対して,どれだけの質量を提供しうるかによって自ずから定まってくるという意味のことは,小生が担当している章で述べている.近年,理学療法に関する研究も徐々に科学的に検証しようとする努力がうかがえる.しかし,仮に,効果的方法が見いだされたとしても,理学療法が実際に提供される場面(臨床)において,それが効率的に活用されないとすれば,学会発表や研究論文にみる研究成果はたいした意味をもたないことになる.したがって,臨床家の責任としては,研究成果をどれだけ臨床の場に生かせるかという大きな問題がある.
 「理学療法部門における管理」の基本論としては濱出氏が述べているごとくであると思われるが,単にみかけ上の管理,もしくは管理者にとって都合のよい管理であってはならない.かねがね小生が考える最高の管理システムとは,上記したごとく,研究成果をいかに臨床に取り入れるかということである.人間の習性の1つとして,一度確立されてしまった思考および行動形態はなかなか修正されがたいものである.よって,われわれはつい習慣として流されてしまう.しかし,そこには発展という姿をみることはまずありえない.
 昭和61年4月
 奈良 勲


初版の序
 理学療法の原形は古代ギリシャにはじまったといわれている.しかし,傷つき病める人間は人類の起源より,本能的に物理的もしくは自然のエネルギーを利用して生体を癒してきたとも予想されないだろうか.医学は診断技術,手術そして薬物などの進歩によって推進されてきた.かといって,物理的,自然のエネルギーにもとづいた治療手段の存在価値が失われたとは考えられない.むしろ,手術や薬物によって対処しえない疾患や変調に対する利用価値は以前よりも認識されてきたといってよい.
 理学療法(physical therapy,physiotherapy)のはじまりはphysical medicineにおけるtherapy,つまり治療をさすものであった.そして,その業務に専念する専門家が正規に養成されるまでは,看護婦をはじめ助手などによって理学療法が行われていたという歴史的経緯がある.このことから,理学療法は本来臨床医学の一部であり,その事実は基本的には今も変わらない.しかし,社会のニーズに伴い,physical medicineを基盤にしてリハビリテーション医学としての概念と形態が展開されるに従い,理学療法そのものも変遷してきたのはいうまでもない.
 わが国ではリハビリテーション医学とよばれているが,アメリカにおける正式名称はphysical medicine and rehabilitationであり,またリハビリテーション専門医の名称はphysiatrist,つまり自然療法士という意味を含んでいることからもこの分野の歴史的背景がうかがえる.
 歴史的経過からみても,理学療法はリハビリテーション医学の支柱として世界各国において着実に発展してきた.しかし,今後の発展がどう展開されていくのか興味のもたれるところである.わが国における理学療法の発展を考えるとき,数多くの問題が山積しており,それらに対する対策が期待される.いずれにせよ,このような時期に理学療法概論の単行本が出版される機会をもてたことはわれわれ理学療法を業とする人間,またそれを学ぼうとしている人々にとって,大変意味のあることといえる.
 あらゆる学問分野において,概論としてまとめられたものがある.概論とは全体にわたって大要を述べたもの(広辞苑)とあるが,特定の分野を総体的に理解するうえで手助けとなることが多い.
 理学療法概論として,これまで散発的に論じられてきたが,まとまった形で出版されるのはわが国でははじめてのことであり,諸外国においてもあまり例をみない.
 それぞれの章を分担していただいた諸氏はこれまでわが国における理学療法の発展に尽されてきた方々であり,それぞれのテーマについて読者の視点を核心に導いていただけると思う.しかし,ここで論じられたことがらに固執するのではなく,さらに高次元の理学療法概論が展開されていくことへの布石として受け止めていただければ幸いである.
 昭和59年5月
 奈良 勲
第1章 理学療法と倫理・哲学
 (奈良 勲・高橋哲也・堀 寛史)
 1.倫理(学)とは何か
 2.哲学とは何か
 3.なぜ理学療法と倫理・哲学を考えるのか
 4.人間としての責任
 5.職業倫理
 6.日本理学療法士協会の倫理綱領
第2章 理学療法学教育
 (黒川幸雄・淺井 仁)
 1.卒前教育制度
  1)理学療法士学校養成指定規則の変遷
  2)指定規則大綱化と国家試験出題基準
 2.卒後教育制度
 3.職能・学術団体による生涯学習教育
 4.これからの半世紀を見据えた理学療法学教育の展望
  1)2020年指定規則改正からさらに5年後の新たな改正へ
  2)専門職大学
  3)大学・大学院の役割
第3章 理学療法の歴史
 (日下隆一・小嶋 功)
 1.理学療法とリハビリテーション
 2.近代医療における理学療法
 3.理学療法の定義とその範疇
 4.理学療法とリハビリテーションの歴史
  1)日本の理学療法とリハビリテーションの歴史
  2)米国の理学療法とリハビリテーションの歴史
  3)英国における理学療法の歴史
 5.理学療法およびリハビリテーションに関する組織の歴史
  1)American Academy of Physical Medicine and Rehabilitation:AAPM&R
  2)American Congress of Rehabilitation Medicine:ACRM
  3)日本リハビリテーション医学会(The Japanese Association of Rehabilitation Medicine)
  4)日本理学療法士協会(Japanese Physical Therapy Association)
  5)世界理学療法連盟(World Physiotherapy)
 6.物理療法の歴史
  1)電気療法の歴史的概略
  2)電気療法(electrotherapy)の歴史
  3)温熱療法(thermotherapy)の歴史
  4)機械器具療法の歴史
 7.運動療法の歴史
  1)診療報酬における運動療法料(理学療法料)の歴史
  2)基礎的運動療法
 8.徒手療法(manual therapy)と徒手理学療法(Manual Physical Therapy:MPT)
  1)徒手療法の歴史
  2)徒手療法の現在
  3)マッサージの歴史
 9.疾患別理学療法およびリハビリテーション
  1)呼吸器疾患理学療法とリハビリテーション
  2)心大血管疾患理学療法とリハビリテーション
  3)運動器理学療法とリハビリテーション
  4)脳血管疾患の理学療法とリハビリテーション
第4章 理学療法士を取り巻く法令制度
 (小林量作・古西 勇)
 1.法令とは
  1)法令の成立,施行
  2)日本の法令体系
 2.保健,医療,福祉などに関わる法律の種類,法律の目的規定
 3.理学療法士及び作業療法士法の制定
 4.理学療法士及び作業療法士法の内容
  1)目的
  2)理学療法士の免許
  3)欠格事由
  4)国家試験
  5)業務
  6)秘密を守る義務
  7)名称の使用制限
 5.理学療法の定義と理学療法士活動領域の拡大
 6.理学療法士及び作業療法士法施行令,理学療法士及び作業療法士法施行規則,理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則
  1)理学療法士及び作業療法士法施行令
  2)理学療法士及び作業療法士法施行規則
  3)理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則
 7.理学療法士に関わる医療関連の法律
  1)健康増進法
  2)健康保険法
  3)介護保険法
  4)老人福祉法
  5)障害者基本法
  6)障害者総合支援法
  7)個人情報の保護に関する法律
 8.理学療法士及び作業療法士法の課題と理学療法業務の拡大
  1)社会・医療の変遷と理学療法士及び作業療法士法
  2)新しい法律の制定,「通知」による理学療法業務の拡大
 9.今後の法的課題
第5章 理学療法の基盤
 (内山 靖)
 1.効果的な理学療法実践のための基盤
 2.理学療法に関わる国際分類
  1)国際疾病分類
  2)国際生活機能分類
 3.理学療法モデル
  1)モデルの意味
  2)理学療法を支える基盤モデル
  3)臨床思考過程のモデル
 4.根拠に基づく理学療法
  1)根拠とは
  2)根拠に基づく理学療法の流れ
  3)根拠を作る
 5.理学療法学教育の基盤
 6.課題と展望
第6章 理学療法の学問的体系化と研究法
 (臼田 滋・森山英樹)
 1.学問的体系化の歩み
  1)教育形態の変遷
  2)教育課程の変遷
  3)学術大会,学術誌,卒後教育・生涯学習
 2.今後の学問的体系化の必要性
  1)理学療法の目的,対象,方法の拡大
  2)理学療法学の独自性と学際性
  3)根拠に基づく理学療法の実践
 3.理学療法士に求められる行動─学問的体系化に向けて
  1)卒後教育システム
  2)専門雑誌・学術雑誌の利用
  3)臨床現場での学習
  4)科学的思考性
 4.理学療法における研究の意義
  1)臨床における基本的姿勢の習得
  2)課題解決能力の発展
 5.研究の種類と研究デザイン
  1)基礎研究と臨床研究
  2)記述的研究・分析的研究・介入研究
  3)観察的研究と介入研究
  4)コホート研究とケースコントロール研究
  5)介入研究の種類
  6)症例研究
  7)評価指標に関する研究
  8)調査研究
  9)系統的レビュー
 6.研究の手順
  1)研究テーマ
  2)研究計画
  3)倫理的手続き
  4)研究の実施
  5)論文作成
 7.学問的体系化の限界
  1)研究における限界
  2)臨床実践における限界
第7章 理学療法の対象と治療手段
 (星 文彦・金村尚彦)
 1.はじめに
 2.身体運動機能と構成要素
  1)筋・骨格機能
  2)神経筋機能
  3)内部機能
  4)感覚・知覚機能
  5)認知機能
  6)姿勢制御機能
  7)協調運動機能
 3.理学療法の対象とdisability構造
 4.理学療法の分類
 5.運動療法
  1)関節可動域運動(Range of Joint Motion Exercise:ROME)
  2)筋力増強運動(muscle strengthening exercise)
  3)筋持久性向上運動(muscular durability exercise)
  4)呼吸練習(breathing exercise)
  5)運動負荷練習(aerobic exercise)
  6)バランス練習(balance exercise)
  7)協調運動練習(coordination exercise)
  8)運動発達過程に基づく運動動作の獲得
  9)感覚情報の利用
  10)機能的動作練習(functional exercise)
 6.理学療法実践のための基盤
  1)理学療法の起点
  2)運動・動作分析
  3)運動学習の概念
  4)対象者と理学療法士との関係
 7.機能損傷・不全に対する理学療法
  1)運動器機能損傷・不全に対する理学療法
  2)中枢神経損傷・不全に対する理学療法
  3)運動発達不全に対する理学療法
  4)内部(心肺)機能不全に対する理学療法
 8.活動制限に対する理学療法
  1)ADLと理学療法
 9.おわりに
第8章 理学療法(士)の役割とその職域
 (岩井信彦)
 1.理学療法士の業務
  1)理学療法の定義
  2)理学療法士の業務
  3)新たな業務「喀痰などの吸引」
  4)理学療法士の名称使用に関する厚生労働省の通知
  5)理学療法業務の現状
 2.理学療法士の主な職場
  1)医療施設
  2)介護保険施設
  3)障害児・者福祉施設
  4)介護予防,健康増進施策
  5)行政や教育の現場
 3.わが国の理学療法士の現状
  1)国家試験合格者の推移と養成校の現状
  2)理学療法士の需給推計
  3)理学療法士の就労状況
  4)年齢分布および男女比
  5)都道府県別人数
 4.医療法および社会保障制度と理学療法士
  1)医療法の趣旨と目的
  2)医療法の改正
  3)2022年度診療報酬の改定
  4)2021年度介護報酬の改定
  5)医療法改正,報酬制度改定と理学療法士
 5.ヘルスプロモーションと理学療法士
  1)ヘルスプロモーションとは
  2)日本の健康づくり施策と健康日本21
  3)特定健診・特定保健指導
  4)日本のヘルスプロモーション
 6.今後期待される領域
  1)スポーツと理学療法士
  2)理学療法士の起業
  3)プライマリ・ケアと理学療法士
  4)NSTと理学療法士
第9章 理学療法部門における管理
 (橋元 隆・石橋敏郎)
 1.組織について
  1)組織とは
  2)組織的集団と非組織的集団
 2.病院組織とリスクマネジメント
  1)病院組織と管理
  2)医療安全管理のための取り組み
 3.理学療法部門の管理
  1)人の管理
  2)物の管理
  3)経済性の管理
  4)情報の管理
  5)研究・教育の管理
 4.質の管理
  1)病院機能評価におけるリハビリテーション部門の項目
 5.自己管理
  1)マネジメントとリーダーシップ
  2)時間の管理
  3)ストレスへの対応
第10章 理学療法士の組織と活動
 (黒澤和生)
 1.日本理学療法士協会の目的と事業
 2.日本理学療法士協会の組織と活動
  1)組織
  2)事業活動
  3)日本理学療法士学会等の組織とその位置づけ
 3.世界理学療法連盟(World Physiotherapy)
  1)歴史と目的
  2)世界理学療法連盟の2022年以降の戦略計画
  3)世界理学療法の日
  4)加盟国
  5)世界理学療法連盟サブグループ
  6)世界理学療法連盟総会と学術大会
第11章 理学療法士としての適性と資質
 (奈良 勲・高橋哲也・堀 寛史)
 1.出会い,選択,動機
  1)出会い
  2)選択
  3)動機
 2.適性と資質の基本概念
  1)適性とは
  2)資質とは
 3.理学療法士としての適性(aptitude)
  1)人間に対する関心
  2)人格,性格と行動形態
  3)知性(課題解決能力としての創造性)
  4)共感(empathy)
  5)健康
 4.理学療法士の遂行能力(competency)
 5.適性の重視と育成
第12章 理学療法と心理・メンタルヘルスへの対応
 (1〜4:富樫誠二,5:山本大誠・奈良 勲)
 1.理学療法と心理的対応
  1)哲学的視点から理解する
  2)心理・社会・倫理的視点から理解する
 2.対象者の心理を理解する
  1)対象者の心理
  2)自己と他者を理解する
 3.家族の心理を理解する
  1)対象者の危機=家族の危機である
  2)家族関係─家族はシステムである
  3)家族の病気・変調への不安
  4)家族の役割の変化
 4.理学療法士の心理学的側面とマネジメント
  1)理学療法士と組織マネジメント
  2)感情とマネジメント
  3)感情労働とマネジメント
 5.心理・メンタルヘルスへの対応
第13章 地域理学療法学─地域包括ケアの展開に向けて─
 (平岩和美)
 1.背景と目的
 2.高齢者福祉政策の変遷
  1)医療福祉の拡充
  2)老人医療の見直し
  3)新たな負担
  4)提供体制の構築
 3.介護保険制度と地域包括ケア
  1)介護保険事業の開始
  2)介護保険サービスの内容
  3)ケアマネジメントの開始
  4)予防重視への転換─介護予防事業の開始─
  5)地域包括ケアシステムの推進
  6)新しい総合事業
 4.地域理学療法における連携
  1)連携主体の特徴
  2)連携の仕組み「地域ケア会議」
  3)政策過程と連携
  4)地域包括ケアの各場面における理学療法士の役割
  5)事例1:急性期から維持期までの理学療法士の関わり
  6)事例2:複数のサービスを活用し在宅生活を継続する事例
 5.地域包括ケアシステムの持続性と発展
  1)財源の確保
  2)ICTの活用
  3)認知症対策
  4)災害への対応
  5)地域共生社会
第14章 理学療法の職域開拓
 1.精神領域の理学療法(山本大誠)
  1)欧州における精神領域の理学療法
  2)心身の症状と理学療法
  3)理学療法の役割
  4)理学療法アプローチ
  5)精神領域における理学療法の課題と展望
 2.産業理学療法(高野賢一郎)
  1)産業保健分野を担うメンバー
  2)理学療法士が関わる意義
  3)海外の産業理学療法
  4)マーケティング・宣伝広報・営業
  5)勤労者への理学療法の指導
  6)具体的な産業理学療法
  7)産業理学療法の課題
  8)産業理学療法を確立するための対策
 3.被災地の理学療法支援(松井一人)
  1)2011年東日本大震災に学んだ理学療法支援
  2)災害時理学療法(士)支援活動とは
  3)時期に応じた支援
  4)まとめ
 4.女性保健の理学療法(山本綾子)
  1)女性保健の理学療法とは
  2)女性保健の理学療法の特徴
  3)女性保健の理学療法評価の特徴
  4)今後の課題
 5.動物の理学療法(藤澤由紀子)
  1)海外の動物理学療法の歴史
  2)日本における動物の理学療法
 6.犬の歩行分析(吉川和幸)
  1)犬の歩行解析における先行研究
  2)犬の歩行解析の実際
  3)今後の展望
第15章 理学療法の基本用語
 (木林 勉・佐々木賢太郎)

 資料
  理学療法士国家試験出題基準(令和6/2024年版)
  関係法規