やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 『疾患別に診る嚥下障害』が出版されて10年が経過した.この間,内容を更新した第2版を計画したが,医歯薬出版担当者が急逝されたこと,監修者の多忙さもあり計画は流れてしまっていた.しかし,嚥下障害に関する最近の知見が急激に増えていることや,読者からの要望もあり,今回新たな気持ちで取り組むこととした.内容が増えたこと,本のサイズをA5判からB5判に変更したこと,編集者と執筆者が刷新されたことなどから,書名を『疾患別に診る嚥下障害』から『疾患別 嚥下障害』へと変更し,新たな書籍として出版することとなった.
 本書は嚥下障害のencyclopediaであることを念頭に置いている.嚥下障害に関する情報は書籍や論文,インターネットで飛躍的に得られやすくなってきた.筆者の関わっている学会でも嚥下障害関連の演題が多く発表されているし,嚥下障害に関する研究会や講習会・セミナーにも極めて多数の参加者がある.そのなかで嚥下障害や誤嚥性肺炎に関する評価・診断,治療(リハビリテーション,手術)については多くの知識が得られるが,疾患を中心とした嚥下障害の特徴などの情報は多くない.実際に医師(特に嚥下障害を専門としていない医師)やメディカルスタッフが現在診ている患者とその疾患からくる嚥下障害について知りたいと思っても,なかなか欲しい情報が得られない.インターネットで疾患などについては簡単に学べる時代になったとはいえ,情報が氾濫しており何をどこまで信じてよいか,何が主流で,何が大切であるかを取捨選択することは難しい.その点,本書はそれぞれの疾患の専門家であると同時に,嚥下障害に造詣が深い臨床家に執筆いただいているので,本書をベースに情報を整理していけば系統的に学ぶことができると思われる.
 編集するにあたり苦労したのは各項目(疾患)の設定と執筆者の選定である.全国で活躍しておられる各疾患の専門家は多くても,そのなかで嚥下障害に精通し,嚥下障害を主体に研究しておられる方は多くない.それでも編者の先生方の知恵と伝手を頼って,お忙しい先生方に以下の要領で執筆いただくことができた.
 1)疾患の概念,頻度(なお,診断基準などが必要と思われれば簡潔に記述)
 2)嚥下障害の特徴・頻度,自然経過,予後
 3)疾患の治療法,予後
 4)嚥下障害の治療法
 5)文献:読んでおきたい総説およびトピックスとその簡単な解説
 執筆に際し留意していただいたのは,嚥下障害を来す疾患を解説し,その疾患に伴う嚥下障害の特徴(頻度,自然経過,予後,治療法)を理解できる手引き書とすること,嚥下障害に対するリハビリテーション訓練法や経管栄養法その他のケア技術などは成書の紹介などできるだけ簡単な記述にとどめ,あくまでも疾患とそれに付随する嚥下障害の理解に主眼を置いた記述とすることである.疾患だけを診て障害を診ないことはよくないが,障害だけ診ていていることもよくない.嚥下障害だけでなく,原因疾患への理解やアプローチが必要である.
 完成した本書の内容はすばらしく,それぞれの項目を単独で読むこともできるが,通読すると思いもよらない発見があるし,とても勉強になる.自分と関係のないと思っている分野の記述が,自分の専門分野と深く関係し合っているということに気付かされることも多いはずである.
 出版にあたり,各執筆者からは本当に忙しい臨床の合間を縫って玉稿をいただきました.感謝申し上げます.本書が少しでも臨床や研究に携わる皆様のお役に立てることを願ってやまない.
 2022年7月 監修 藤島一郎
第1章 脳血管疾患
 (編者:谷口 洋)
 1 総論:脳血管疾患による嚥下障害の特徴(藤島一郎)
 2 両側大脳病変(偽性球麻痺)(重松 孝)
 3 一側性大脳病変による摂食嚥下障害(巨島文子)
 4 Foix-Chavany-Marie症候群(前部弁蓋部症候群)(巨島文子)
 5 中脳・橋病変(宮川晋治)
 6 脳血管障害の小脳病変(薮ア敦子・藤島一郎)
 7 延髄外側症候群(Wallenberg症候群)(谷口 洋・作田健一)
 8 延髄内側梗塞(谷口 洋)
第2章 頭部外傷およびその他の脳損傷
 (編者:藤島一郎)
 1 総論:脳の損傷と嚥下障害(七條文雄)
 2 頭部外傷における摂食嚥下障害(太田喜久夫)
 3 脳腫瘍(田沼 明)
 4 特発性水頭症(瀬田 拓)
第3章 小児疾患
 (編者:渥美 聡)
 1 総論:小児疾患における摂食嚥下障害の特徴・注意点(渥美 聡)
 2 脳性麻痺(渥美 聡)
 3 神経変性疾患・代謝性神経疾患(井合瑞江)
 4 ダウン症(Down症候群)(水上美樹・田村文誉)
 5 その他の染色体異常・先天異常(Rett症候群)(渥美 聡)
 6 福山型先天性筋ジストロフィー(村上てるみ)
 7 脊髄性筋萎縮症(温井めぐみ・岡崎 伸)
 8 唇顎口蓋裂(舘村 卓)
 9 Robinシークエンス〔Pierre Robin sequence(ピエールロバンシークエンス)〕(田角 勝)
 10 先天性食道閉鎖症(西島栄治)
 11 自閉スペクトラム症(田中豊明・曽根 翠)
第4章 神経筋疾患
 (編者:山脇正永)
 1 総説:神経疾患における嚥下障害の特徴と理解(山本敏之)
 2 パーキンソン病(平野牧人)
 3 進行性核上性麻痺(國枝顕二郎・下畑享良)
 4 脊髄小脳変性症(多系統萎縮症)(下畑享良)
 5 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)(野ア園子)
 6 球脊髄性筋萎縮症(橋詰 淳・坂野晴彦・祖父江 元・勝野雅央)
 7 筋ジストロフィー・筋強直性ジストロフィー(山本敏之)
 8 多発性硬化症(山脇正永)
 9 Guillain-Barre症候群(ギラン・バレー症候群)(谷口 洋)
 10 重症筋無力症(山脇正永)
 11 炎症性筋疾患(筋炎・免疫介在性壊死性ミオパチー)(大矢 寧)
 12 神経系感染性疾患(VZVによる舌咽迷走神経麻痺を中心に)(谷口 洋)
 13 反回神経麻痺(梅ア俊郎・杉山庸一郎)
 14 精神疾患の嚥下障害(中村智之)
 15 認知症(山本敏之)
 16 破傷風(Tetanus)(長谷川 節)
 17 クロイツフェルト・ヤコブ病(國枝顕二郎)
第5章 頭頸部疾患―特に悪性腫瘍・器質的疾患とその術後
 (編者:藤本保志)
 1 総論―頭頸部腫瘍,特に悪性腫瘍/器質的疾患とその術後(藤本保志)
 2 放射線治療後嚥下障害(丸尾貴志)
 3 口腔癌・中咽頭癌手術(藤原和典)
 4 喉頭癌・下咽頭癌術後(松浦一登)
 5 食道癌(小池聖彦)
 6 頸椎疾患(栃木 悟)
 7 混合性喉頭麻痺(金沢英哲)
 8 食道憩室・Zenker憩室(千年俊一)
第6章 内科的疾患
 (編者:國枝顕二郎)
 1 総論:内科疾患に伴う嚥下障害(吉松由貴)
 2 心因性の摂食嚥下障害(國枝顕二郎・藤島一郎)
 3 慢性閉塞性肺疾患(COPD)(吉松由貴)
 4 誤嚥性肺炎(河野仁寿)
 5 食道運動障害,アカラシア(星川吉正・岩切勝彦)
 6 胃食道逆流症(西村智子)
 7 膠原病(長縄達明・安岡秀剛)
 8 血管炎症候群(肥厚性硬膜炎を含む)(國枝顕二郎)
 9 サルコペニア(Sarcopenia and dysphagia)(藤島一郎・國枝顕二カ)
 10 嚥下に悪影響を与える薬剤(高橋博達・藤島一郎・奥村知香)

 巻末資料
 索引

 Column
  水と固形物はどちらが飲み込みやすいか?(藤島一郎)
  完全側臥位法(福村直毅)
  嚥下における大脳の関与―左右差について―(谷口 洋)
  見逃してはいけない治療可能な嚥下障害(山脇正永)
  疑核のtopography(谷口 洋)
  ボツリヌス毒素注入療法(青柳陽一郎)
  swallowing reflexは修飾できるか?(藤島一郎・谷口 洋)
  低酸素脳症(蘇生後脳症)(藤島一郎)
  意識障害と評価法(藤島一郎)
  急性期病院の実情(岩永 健)
  思いもよらない診断や経過をたどる症例(藤島一郎)
  口腔内補助装置について(大野友久)
  気道食道分離術や喉頭摘出術後の食道発声(藤島一郎)
  加齢と老化(藤島一郎)
  「死んでもいいから食べさせてほしい」という患者がいたらどうするか?(藤谷順子)
  嚥下圧測定の方法と意義(國枝顕二郎)
  喉頭蓋管形成術(金沢英哲)
  神経核内封入体病による嚥下障害(青柳陽一郎)
  輪状咽頭筋アカラシア(藤島一郎)
  反回神経麻痺の怖い経験(藤島一郎)
  舌圧検査について(小野高裕)
  嚥下障害と臨床倫理(藤島一郎)
  頸部回旋は患側を向く? 健側を向く?(藤本保志)
  頭頸部癌・食道癌・肺癌などの気管切開(藤本保志)
  食道癌・肺癌術後の反回神経麻痺(藤本保志)
  あごは出すの? 引くの? 頷くの?(藤本保志)
  嚥下性肺炎と誤嚥性肺炎(梅ア俊郎・藤島一郎)
  バキューム嚥下の有効性と今後の展望(國枝顕二郎・藤島一郎)
  COVID-19と嚥下障害(藤島一郎)
  サルコペニアとフレイル(藤島一郎・國枝顕二郎)
  嚥下の訓練と治療(藤島一郎)
  局所麻酔下嚥下手術(金沢英哲)