やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 言語聴覚士の中で「失語症」は特別なものと感じている人は多いと思います.その理由は,大脳が損傷されて生じる種々の機能障害の中でも,きわめて特徴的で,特に深刻な問題を引き起こす失語症に対して,言語聴覚士は機能・能力回復の責務を担う唯一の専門職,という自負があるからかもしれません.
 養成校の授業で失語症に出会い,その症状の不思議さや失語症のある方たちの苦難にふれた言語聴覚士は失語症を一所懸命に学ぼうと努力しますが,いかんせん概念は難しく,理解したり覚えたりしなければならないことがたくさんあり,「わからない」と感じてしまう人が多いようです.何とか理解して国家試験を無事に通過しても,現場で出会う混沌とした症状や,個々に異なる状況に戸惑い,「やっぱり失語症はわからない」と感じてしまう若い言語聴覚士に出会うことは,少なくありません.
 若い言語聴覚士の皆さん,どうか失語症を嫌いにならず,避けて通らず,向き合ってみてください.ごくごく簡単なギモンから,少しずつ解消していくことにしましょう.一度に全部理解できなくても,まずは自分が「困ったなぁ,わからないなぁ」と感じているギモンから,食いついてみることにしませんか?
 本書は現場の言語聴覚士に協力をいただき,若手の言語聴覚士がぶつかっている失語症に対するギモンをたくさん集めてもらいました.それらを整理し,なるべく一つひとつのギモンに対して,わかりやすく答えを示すことができるように工夫しました.読みやすいところから読み始め,読み進める中で,いろいろな章がつながっていると感じられるようになると,失語症に対する理解が少しずつ深まってきているのではないか,と思います.
 コミュニケーションという,人間の中核を成す能力が損なわれることにより,周囲の人から理解されず,さまざまな困難にさらされ,苦労している失語症のある方たちにとって,言語聴覚士が最大の理解者・支援者であれるよう,皆さんで力を合わせて進んでいきましょう!
 2022年6月
 森田秋子
 春原則子
第1章 失語症の臨床とICF
 Q1 失語症の臨床とはどのようなものですか
 Q2 患者さんの全体像はどのようにとらえればいいですか
 Q3 失語症の臨床はどのように組み立てればいいですか
 Q4 環境因子とはどのようなものですか
 Q5 個人因子とはどのようなものですか
第2章 機能評価
 Q6 失語症者の評価はどのような流れで進めればいいですか
 Q7 失語症の有無はどのように判断すればいいですか
 Q8 失語症の重症度はどのようにとらえればいいですか
 Q9 障害構造とはどのようなものですか
 Q10 包括的失語症検査を実施するうえで,知っておくべきことは何ですか
 Q11 包括的失語症検査はどのように読み解けばいいですか
 Q12 包括的失語症検査からどのように障害構造を読み取ればいいですか
 Q13 掘り下げ検査にはどのようなものがありますか
 Q14 掘り下げ検査はどのように選択すればいいですか
 Q15 失語症のタイプ分類はどのように進めればいいですか
 Q16 発語失行と音韻性錯語はどのように判別すればいいですか
 Q17 皮質下失語とはどのようなものですか
 Q18 失語症者の認知機能はどのように評価すればいいですか
 Q19 コミュニケーションはどのようなものと考えておけばいいですか
 Q20 失語症者のコミュニケーションはどのように目標を立てればいいですか
第3章 リハビリテーションプログラムの選択
 Q21 評価の結果から,どのようにリハビリテーションプログラムを立てればいいですか
 Q22 失語症のセラピー手法はどのように活用したらいいですか
 Q23 発語失行と失語症を合併している場合,どのようにリハビリテーションを進めればいいですか
 Q24 高次脳機能障害と失語症を合併している場合,どのようにリハビリテーションを進めればいいですか
 Q25 重度失語症者ではどのようにリハビリテーションを進めればいいですか
 Q26 失語症の言語機能面へのセラピーは具体的にどのように進めればいいですか
第4章 具体的なアプローチ
 Q27 失語症セラピーにおける会話にはどのような役割がありますか
 Q28 重度失語症者ではどのように会話リハを進めればいいですか
 Q29 宿題を出すときのポイントはありますか
 Q30 代償手段にはどのようなものがありますか
 Q31 コミュニケーションノートはどのように活用すればいいですか
 Q32 言語性保続にはどのように対応すればいいですか
第5章 失語症の病期による違いと活動・参加
 Q33 失語症は病期によってどのように推移しますか
 Q34 急性期の失語症臨床では何をすればいいですか
 Q35 回復期の失語症臨床では何をすればいいですか
 Q36 生活期の失語症臨床では何をすればいいですか
 Q37 失語症は長期的にどのくらい改善しますか
 Q38 失語症者の復職における言語聴覚士の役割は何ですか
 Q39 言語聴覚士にも運動機能やADLの知識は必要ですか
 Q40 他職種や家族への情報発信はどのように行えばいいですか

 Column
  言語聴覚士がもつ,参加支援のかたち―失語症友の会
  個人因子を聴取することは「ナラティヴを聞き取る」ということ
  SLTAが満点なら言語聴覚療法は終了していいの?―軽度の失語症と軽度の失語症以外の認知機能低下の一例
  音韻検査のあれこれ
  “流暢性”という概念との正しい付き合い方
  レーヴン色彩マトリックス検査に反応できず,得点がとれない人への誘導
  メロディックイントネーションセラピー(MIT)
  個別症状と全般症状
  私たちの失敗談
  「話す」ということ
  これも宿題?
  「自分がかかわる時期」以外の病期の意味や特徴を知る重要性
  患者さんの伝えたいことがわからない!
  失語症者の復職と法制度の変化
  言語聴覚士と情報発信―アンケート結果にみる現実