やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

日本語版への序
 (T・ベリー・ブラゼルトン)
 この本が日本で出版されることをたいへん喜んでいます.日本はすばらしい国です.私は日本が大好きで,その家族の伝統に感銘を受けています.長崎を訪問し研究することは私の楽しみとなっています.日本人はいまも「家族」というものを信頼しているように思え,家族の強いきずなはもっともよい「クッション」なのです.
 この本が三つの世代すべてに役立つよう願っています.若いお母さんたちが,子どもの「問題」の下地となっている正常な発達過程を理解するために.祖母の方たちが,まだほんの少ししか生きてきていない孫たちにも,それぞれ多様な個性があることをわってあげるために.そして子どもたちがよけいなプレッシャーから解放され,育ちつづけるように.
 この本は子どもがある症状に「固着する」ときに,両親や祖父母が不安を抱かずに対処できるように書かれました.単に症状を抑えると,たいていうまくいかず,症状を深いところに押し込める結果になるからです.
 日本の御両親にも,子どもの発達過程における個性の多様さと,その個性を理解することの重要さをわかっていただければと願っています.私たちがこれまで米国でたどってきたように.

監訳のことば
 (前川喜平)
 私が米国に留学していた当時,『スポック博士の育児書にはこう書いてありましたから,私もそのようにしました』という母親からの言葉をしばしば耳にした.あの頃は,家庭的にも社会的にも良きアメリカが残っていた時代である.
 あれから二五年経った現在,家庭も社会も大いに変化した.家庭の崩壊,麻薬,性,非行などの青少年の問題が,昔の育児書ではどうしようもなく,問題となってきている.残念ながら,わが国も米国のそれを追従する傾向にある.そして病気や疾病の予防よりも,最近はいかに健全なる子どもの心を育てるかが,重要な課題となってきている.
 今から五年前,私は素晴らしい育児書に遭遇した.それは,本書『子どもの心がきこえますか』(To Listen to a Child)である.これは従来の育児書とは全く質を異にするもので,子どもの心を育てることを主眼としたものである.
 私は,かねがね数多くの育児相談を通して,一般の両親は,子どもになにか問題が起こってから訴えることが多く,発達のこれから起こるであろう状態を予測して準備している親はほとんどみられず,これを行なえばもっと素晴らしい子育てができるのではないかと考えていた.本書はまさにこれに適している育児書である.
 私がブラゼルトン博士の名前を最初に知ったのは,『ブラゼルトン新生児行動評価』(Neonatal Behavioral Assessment Scale)においてである.新生児の神経学的診察に関心のあった私は,博士の本を読んで,新生児にこんなアプローチの方法があるのかと大いに感激した.従来の神経学的診察は,正常・異常の判定であるのに,博士の行動評価は新生児そのものの理解なのである.
 私の博士に対する感情は,母子相互作用の研究で博士が来日し,実際にお会いすることにより最高となった.子どもを扱う一つ一つの仕草に,にじみ出ている人間性豊かな博士の人柄に私はすっかり感動し,心から博士のファンになってしまった.
 川崎千里先生は,長崎大学卒業後,東京慈恵会医科大学小児科教室で,新生児の発達・行動を私と一緒に勉強した間柄である.このたび,ブラゼルトン博士の『子どもの心がきこえますか』を翻訳するということを聞き,私は喜びにたえない.こんな素晴らしい本がわが国の母親や育児関係者に読まれる機会が与えられることと,以前よりブラゼルトン博士と一緒に研究をし,博士のことをもっとも良く知っている川崎先生が訳されるからである.
 本書の内容は,子どもたちの心の健全育成のために,米国の子どもたちばかりでなく,現在のわが国の両親や育児関係者に本当に知って欲しい,わかって欲しい,重要なことばかりである.
 ブラゼルトン博士が多くの経験を通して子どもたちのために,両親や育児関係者にぜひわかって欲しいことをまとめたのが『子どもの心がきこえますか』である.本書の至るところに,彼の人間愛と子どもたちが健全に育って欲しいという願いがにじみ出ている.本書が一人でも多くの親たちや育児関係者に読まれることを願って止まない.
 平成元年九月吉日
 日本語版への序(T・ペリー・ブラゼルトン)
 監訳のことば(前川喜平)
 はじめに―子どもの心をはぐくむために
  「正常な問題行動」は自立への近道 心配しすぎは問題を大きくする 共通の問題を理解するために
  反応のしかたには個性がある 子どもの行動をまず受け入れることが大切 嘔吐を固定化した例
  悪循環を断ち切るのに遅すぎることはない 各発達段階で起こりやすい症状 子どもが痛みを訴えるときの対応
  不登板(登校拒否)の原因を探る クループの呼吸困難への対応 両極端になりがちな「家族性」心身症
  ストレスに誘発される諸症状 子どもの症状にどう対処するか 医師と信頼関係を結ぶ
  子どもの行動は発達状況と親の態度に左右される 今日の小児医学「心をきく」技法 心理学的小児医学の成果
第一部 愛すること恐れること
 1章 赤ちゃんはどのように愛をまなぶか
  愛のダンス 父親のスタイル 強力なシステム 過敏な赤ちゃん
 2章 幼い子どもたちの不安と恐怖
  人みしり 一歳児の心の動揺 恐怖と攻撃 攻撃的感情と恐怖 恐怖に直面する 指針
 3章 子どもが悲しむとき
  悲しみと喪失 悲しみの背後にあるもの 指針
 4章 指しゃぶりと愛玩物―自立の過程
  落ち着きと快よさの発見 親の心配 しゃぶること おしゃぶりと愛玩物 愛玩物は祝福されなければならない 指針
 5章 兄弟の年齢間隔
  ハネムーンの終末 年齢差の少ない赤ちゃん 自立を待つ 育児経験 親を兄弟で「分かち合う」ことを学ぶ 指針
第二部 一般的な問題
 6章 しつけ
  制限を求める子どもだち 子育て目標の変更 指針
 7章 食事―楽しみか戦場か
  よい提供者 一番最初にすること 父親の参加 さまざまな障害 食事対冒険 争いの防止 栄養所要量 指針
 8章 睡眠
  睡眠周期 夜目覚める原因 社会の期待 睡眠と自律性の発達 家族ベッド 指針
第三部 身体と心の関係
 9章 頭痛と腹痛
  腹痛 腹痛の重症度をチェックする 三つのポイント 弱いリンク 頭痛 多様な引き金 指針
 10章 クループ,痙攣など急病への対応
  クループ すぐに診察を受けるべき場合 熱性痙攣 中毒 指針
 11章 気管支喘息
  恐怖とパニックを避けること 予防の重要性 喘息と風邪 喘息児を予防と治療のプログラムに参加させる 指針
 12章 おねしょ―いったい誰にとっての成功
  プレッシャーの原因 基本的なトイレットトレーニング 子どもに責任をもたせる 指針
 13章 入院した子どもだち
  入院体験をよいものにする 子どもに準備させる 入院する 年齢による違い 入院に対する反応 指針

 訳者あとがき(川崎干里)