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糖尿病教育資源共有機構設立記念シンポジウム開催の言葉――序にかえて

 糖尿病は「自己管理の病気」と言われているが,1型糖尿病であれ2型糖尿病であれ,また子どもであれ大人であれ,合併症の進行を予防し良好なQOLを得るには「糖尿病教育」が何よりも大切であることは論を待たない.しかし,「糖尿病教育」は各施設で個別に努力,工夫されているのが現状で,方法論の確立や教育資源の確保がいまだ十分ではない.いつでも,どこでも良質の「糖尿病教育」が実施されるためには,教育資源を開発,育成し,そして提供するシステムの整備が不可欠である.これは同時に,糖尿病教育資源共有機構設立の趣旨でもある.
 去る2001年8月25日,大阪国際会議場にて特定非営利活動法人 糖尿病教育資源共有機構の設立総会が開催され,本機構が発足した.これを記念して,同25日,26日の両日,同会場にて糖尿病教育資源共有機構設立記念シンポジウムが開催された.
 本シンポジウムでは,最も今日的なツールであるITを媒体とした「糖尿病教育」をメインテーマとして,特別講演,基調講演,招待講演,パネルディスカッション,ミニワークショップのプログラムが組まれ,さらに一般演題,一般展示発表,企業展示発表として多数の発表が行われた.糖尿病ケアのあり方や教育・看護の原則という「糖尿病教育」の根元的命題からITによる糖尿病教育のノウハウというプラクティカルな内容にいたるまで,幅の広い,しかも深く堀り下げた討論がなされた.これらの発表は,いずれも本機構がこれから進む方向を指し示す道しるべとなるべきものであった.本書にシンポジウムの充実した内容が収められているので,新しい「糖尿病教育」を目指した活動に活用されることが期待される.
 こうして船出した糖尿病教育資源共有機構が,糖尿病をもつ患者の良好なQOLの達成という最終目的港に向かって,患者とその家族,そしてケアチームからなるクルーの努力によって,順調に帆走できることを願っている.
 2002年3月吉日
 糖尿病教育資源共有機構副理事長/シンポジウム組織委員長
 貴田嘉一

糖尿病教育資源共有機構設立の言葉

 現代社会において糖尿病患者は爆発的に増加し,糖尿病はまさに流行性の疾患として位置づけられるようにすらなってきている.WHOの推計は,世界における1994年の糖尿病患者数は1.1億人であるが,2010年には2倍以上の2.4億人になるとし,糖尿病は世界的な健康問題であると指摘している.その増加はアフリカ,インド,東アジアで特に著しく,発展途上にあるこれらの地域の国々では保健対策の第一にあげられている.わが国では1997年の国民栄養調査の際に,HbA1cを指標として当時の厚生省により糖尿病調査研究がなされた.その結果,糖尿病を強く疑われる者(疫学的にほぼ糖尿病という範疇に入る者)の数690万人,糖尿病を否定しえない者(耐糖能が完全に正常とはいえない者)680万人という数字が出された.さらにその後の推計では,2010年には糖尿病者数が1,000万人を超えるとされ,まさに日本は糖尿病列島といってもよい状態であることを裏づけた.
 糖尿病は,発症の背景となる素質と誕生以来の生活習慣の集積によって出現してくる病態である.自覚症状が乏しく,病態が出現しても血糖値の検査をしなければ発症に気づくこともなく,診断されても多くは病識もない.感染症のような病気は特定の病原体があり,その病原体の感染により一定の症状を表すので,患者は特定の疾患と診断され治療される.当該病原体が治療により排除されれば治癒して,疾患についてはそれ以降心配することはなくなる.しかし糖尿病は,病態が正常化しても生活習慣が再度糖尿病の出現に好ましい環境をつくり出すと,いつでもその病態が現れてくる.すなわち,治癒という概念が適用されない疾患である.その意味では高血圧などのいわゆる他の生活習慣病と類似している.
 とはいえ,従来染みついている病気というものに対する固定観念は意外と根強く,一般の方々の中からその固定観念を除き,糖尿病の正しい知識を理解してもらうためには大変な苦労がある.一方,専門家と称する人たちの一部にも「糖尿病を治す」などの言葉を用いて一般の方々を惑わす者が存在し,世の中に誤解を振りまいている.
 上に述べた厚生省の糖尿病調査研究の際には健診の効果についても検討されたが,健診はその後の受診率を上げる点で大変よい効果を発揮していることが判明した.逆に健診を受けていない人たちの糖尿病は,偶然の検査結果からか,かなり代謝異常が進行し,場合によってはすでに進行した最小血管合併症が認められて,その症状から受診し診断される.このような状況を打破するためには,健診の必要性を多くの人々に自らの問題として理解してもらうことが必須である.
 20世紀末から21世紀初頭である現在にかけて,多くの人々の関心は健康問題に寄せられている.この問題はマスコミでも多く取り上げられ,一方大衆薬,健康食品,いわゆるサプリメント等の市場は数兆円にも上るといわれている.これらの宣伝の少なくとも一部は商業主義の毒を国民に振りまき,健康の知識,特に糖尿病の知識を著しくミスリードしつつあるのではないかと考える.
 正しい知識を国民の間に広く普及させるためには,適切な教育ツールを容易に利用できる環境とそれを供給するシステムの存在が必要である.IT(Information Technology)を用いた糖尿病教育資源の普及は,その重要な方法の一つとして,現在最も求められているものであろう.ITによる糖尿病教育資源共有機構は,このような環境のもとにNPO(特定非営利活動)法人として設立されることになった.ITは大変に有用な方法であることは間違いないが,また多くの問題点を抱えている.良質な情報も間違った情報も,一緒に並べて区別せずに提供してしまう可能性がある.また,取り扱い方によってはせっかくよい教育ツールをつくってもその知的所有権が侵されやすいこと,情報の利用者のプライバシーも侵される可能性があること等が,問題点としてあげられる.本書が,それらを討議し,少なくともそれらの一部について解決に向けての方向づけをすることに役立ってくれることを期待する.
 2002年3月吉日
 糖尿病教育資源共有機構理事長
 金澤康徳
 糖尿病教育資源共有機構設立記念シンポジウム開催の言葉――序にかえて
  貴田嘉一
 糖尿病教育資源共有機構設立の言葉
  金澤康徳

PART I 21世紀における糖尿病ケアの方向性
 特別講演 21世紀における糖尿病ケア
  金澤康徳
 特別講演 21世紀における糖尿病看護
  野口美和子
 基調講演 糖尿病教育資源共有機構の使命と役割
  森川博由
PART II 糖尿病教育資源共有機構に期待すること
 パネルディスカッション 糖尿病教育資源共有機構に期待すること――医師の立場から
  阿部隆三
 パネルディスカッション IT糖尿病看護の可能性――遠距離通信のテクノロジーを利用した糖尿病看護
  河口てる子
 パネルディスカッション ITによる糖尿病ケア――栄養士の立場から
  金谷節子
 パネルディスカッション 患者サイドの期待する医療の情報化・共有化について
  本橋義治
PART III 糖尿病データベースネットワークと疫学調査
 招待講演糖尿病大血管障害多施設共同研究(MSDM)――個々の症例から全体像の解析へ
  服部雄一ほか
 招待講演 厚生科学研究:国立病院療養所糖尿病グループによるコンピュータネットワークを用いた糖尿病疫学研究について
  大石まり子
 一般演題 糖尿病患者情報のデータベース化と将来への可能性
  佐倉 宏ほか
 一般演題 糖尿病患者情報のデータベース作成と経口血糖降下薬についての解析
  菅野宙子ほか
 一般演題 公開鍵基盤を用いた広域分散型糖尿病電子カルテ開発事業について
  中島直樹ほか
PART IV ITを用いた糖尿病治療支援システムと病診連携
 招待講演 糖尿病管理の現状と新しいデータマネージメントの試み
  成宮 学
 招待講演 糖尿病診療における病診連携――ITに期待すること
  大星隆司
 一般演題 e-SMBG:双方向性IT機器通信による血糖自己測定データ転送システムを応用した患者個別指導
  浜口朋也ほか
 一般演題 IT活用による血糖コントロール改善の試み――松下電器,アークレイとの共同研究
  竹内まつ江ほか
 企業展示発表 血糖自己測定にITを導入した新しい糖尿病ケア--e-SMBG
  大谷昌也ほか
PART V ITを用いた糖尿病患者教育システムとその評価
 招待講演 糖尿病患者教育用CAI
  森川浩子ほか
 一般演題 コンピュータを用いた栄養指導依頼と診療情報提供書作成――SDMを核としたチーム医療への応用
  古賀龍彦ほか
 一般演題 パソコンによる栄養自習プログラムの使用経験
  神奈木俊子ほか
 一般演題 1型糖尿病患者に導入したテレビ電話による自己管理支援システム
  中村慶子ほか
 一般演題 テレビ電話による自己管理支援事例――自己管理への行動変容と効果的な支援方法の検討
  薬師神裕子ほか
 企業展示発表 ITを活用した糖尿病患者食生活支援システム
  大木香一郎
PART VI 糖尿病ホームページ運営とその評価
 招待講演 インターネットにおける情報提供に対する一考察
  鈴木吉彦
 一般演題 診療所におけるホームページの活用――診療所が発信する糖尿病ホームページの5年間のまとめ
  福田正博
 一般展示発表 ITコミュニティーの役割と展望
  能勢謙介
 一般展示発表 糖尿病ケアにおけるホームページの役割
  小森克俊ほか
 一般展示発表 内科クリニックホームページでの糖尿病教室
  内海 真
 一般展示発表 糖尿病ケアにおけるホームページおよびeメールの活用について
  片岡和博ほか
 一般展示発表 映像を中心としたホームページによる糖尿病患者教育の有用性
  石橋不可止ほか
 一般展示発表 患者指導・療養相談のツールとしてのホームページ
  植村昭男ほか
 一般展示発表 生活習慣病のインターネットサイト「健康倶楽部」 ――反省と展望
  上久保啓太
 企業展示発表 ホームページを活用した病診連携システム
  横島 郁ほか
 企業展示発表 ノボノルディスクファーマ(株)ホームページについて
  多田智美
 ワークショップ 糖尿病ホームページ運営における問題点
  鈴木吉彦・福田正博・石橋不可止・横島 郁・多田智美・能勢謙介
 ■ITを利用したホームページ運営における問題点と将来のあるべき姿
 ■ディスカッション
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付録/糖尿病関連webサイト一覧
資料/糖尿病教育資源共有機構設立総会議案