やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 2000年4月から施行された介護保険制度は,「高齢者の自立支援」を基本理念として情報開示と在宅中心のケアサービスが重要施策となっており,利用者にとってもサービスを提供する側にとっても大変な意識革命が求められています.身体や精神に障害をもちながらなお他人の介助に依存しないで独立した生活を営むために,あるいは他人の介助が必要であっても精神的に独立した生活を営むためには,個人の自立を支援する利用者本位の仕組みが必要であり,これはリハビリテーション・アプローチそのものであると言えます.
 リハビリテーション看護に携わってきた看護職にとっては患者の自己決定権の尊重や自立支援は自明の理かもしれませんが,介護保険を契機として高まるであろう利用者側の権利意識の変化に対応するには,これまで以上に対象者と家族の主体性を重んじるかかわりが要求されることでしょう.また,社会のニーズの変化は,急性期病院から地域で生活する維持期の身体・知能・精神に障害をもつ人々,あるいは小児から高齢者までというように,リハビリテーションの対象を広げ,保健・福祉・医療・教育・職業のさまざまな場で働く看護職に,リハビリテーションの理念に基づく看護実践が期待されるでしょう.
 しかしながら,日本におけるリハビリテーション看護の現状をみると,リハビリテーション専門施設を中心にさまざまに実践が試みられているものの,その研究や教育プログラムも異なり,その「専門性」はまだまだ未確立の状態です.各看護分野で実践されているリハビリテーションの考え方に基づいたケアの実践的知見も分散しており,リハビリテーション看護に必要な専門的知識・技術・態度について充分に検討されているとは言い難い状況があります.社会の需要に応え,ケアの質を向上させるためには各分野で働く看護職がリハビリテーションの視点から看護ケアの問題や工夫を相互に公開し,課題を抽出して議論を展開できる場が望まれます.また,今後ますます期待される専門領域に関するレベルの高い研究発表には,多様な専門職とチームを組んで働くなかで,看護の役割に意義を見いだし主体的に活動しているエキスパートナースが体験している知見が多いに役立つことでしょう.そして,それは的確な理論の裏づけを得て明確にされ,リハビリテーション専門看護として認知されるものと考えます.
 このような考えをもとに,本書はリハビリテーション看護を実践・研究する人々が,臨床の立場からリハビリテーション看護を再検討できるように,日々の活動に参考となるテーマ「転倒」を中心に取り上げました.そして,関連する研究の動向や看護理論を紹介することで,実践と理論を橋渡しできるように企画しました.また,できるだけ広く国内外のリハビリテーション看護の情報を伝えていきたいと考え,オーストラリアのリハビリテーション看護事情を取り上げました.なぜなら,リハビリテーション看護を,変化する世界の中で位置づけ,海外の先進的な取り組みを知るとともに,日本の文化に即した看護を考えていくためには国際的な視点が必要であると考えるからです.日本におけるリハビリテーション看護の発展と専門性の確立のために,「リハビリテーション看護研究」が貢献できればと願っております.
 2001年6月 編者
1 リハビリテーション看護の現状と展望
 1.日本におけるリハビリテーション看護の変遷と現状―これまでと,これからに望むこと―(半田幸代)
  リハビリテーション医療を取り巻く環境
  リハビリテーション看護の変遷
  リハビリテーション看護に望むこと
 2.リハビリテーション看護における障害の概念(奥宮暁子)
  学生は「障害」をどのように捉えているか
  WHO(世界保健機関)による障害の考え方
  リハビリテーション看護における「障害の概念」=リハビリテーション看護の「対象」とは
 3.リハビリテーション看護の専門的役割(石鍋圭子)
  リハビリテーション専門ナースの職業的アイデンティティの問題
  リハ・チームの目標達成過程でのナースの役割を考える
  リハビリテーション看護の専門的機能
  多職種との連携のなかで変化するナースの役割
 4.リハビリテーション看護の実践・教育・研究の展望(野々村典子)
  リハビリテーション看護の実践者の組織化
  看護界における位置づけの強化とアピール
  諸外国との交流とその促進
  リハビリテーション・ナースの職業的アイデンティティの確立をサポートする戦略
  リハビリテーション看護研究の進展と実践・教育への還元

2 リハビリテーション看護実践研究 スペシャリストのための理論と実践 「動こうとする意思の尊重と転倒防止」
 1.日本における転倒アセスメント研究の動向と傾向(荒木美千子)
  高齢者の転倒に関する研究の必要性
  転倒の定義
  日本における転倒研究の現状
  わが国における転倒予防に関する研究の課題
 2.「リスクを越えて立ち上がれ」―キングストンセンターでの転倒予防プログラムの実践―(アンソニー・ブラック)
  「転倒」について考える
  転倒予防プログラムの研究と実践
 3.転倒予防アセスメントと実践(東京都リハビリテーション病院)(蟻田富士子・石鍋圭子)
  東京都リハビリテーション病院の概要と転倒事故対策のシステム
  転倒アセスメントシートとインシデントレポートの作成と実施
  転倒インシデントレポート使用後の転倒事故の実態
  おわりに
 4.転倒予防への取り組み―高次脳機能障害のある患者の事例を通して―(いわてリハビリテーションセンター)(山本なお子・山崎淳子・上野恵子・濱川育子)
  いわてリハビリテーションセンターの概要
  転倒傾向の分析と対策
  転倒予防の実践事例
  3事例からの考察
 5.転倒リスクのある患者への退院に向けた看護実践(長崎北病院)(福江まさ江・松尾理佳子・西山久美子)
  長崎北病院の概要
  事故防止の取り組み
  事例紹介

3 リハビリテーション看護の国内外の動き オーストラリアのリハビリテーション看護
 はじめに オーストラリアの高齢者ケアシステムとリハビリテーション看護(野々村典子・石鍋圭子)
 1.リハビリテーション看護の日本とオーストラリアの比較(野々村典子)
  リハビリテーション・システムの比較
  リハビリテーション看護教育の比較
  リハビリテーション専門看護師の役割と機能についての比較
 2.The Acute Medical Unit for the Aged Monash Medical Centre Melbourne(Anthony Black)
  Australia-An Ageing Population
  An Innovative Response to the Challenge of HealthCare for an Ageing Population
  The Acute Medical Unit for the Aged-Multidisciplinary,Multifocused and Multistrategic
  Conclusion
 3.セント・ジョセフ病院,ビレッジでの高齢者リハビリテーションとケアサービス(穂積恵子)
  セント・ジョセフ病院,ビレッジの歴史
  施設の概要
  セント・ジョセフ病院のケアの特徴
  ビレッジについて
  システムとしての“心をささえるサービス”の提供
 4.ラ・トローブ大学におけるリハビリテーション教育(富田美加)
  ラ・トローブ大学における看護教育
  ラ・トローブ大学におけるリハビリテーションに関する教育
  リハビリテーション看護学の体系化に向けて
 5.高齢者のリハビリテーションにおけるライフヒストリーの意義(荒木美千子)
  リハビリテーション看護における高齢者の心理的援助
  キングストンセンターにおける高齢者の回想法
  おわりに

トピックス キングストンセンターの在宅リハビリテーションに同行して