やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序文

 医学や関連諸科学の飛躍的な進歩は医療内容の専門化・高度化をもたらし,医療が受け持つ範囲を拡大してきた.今日では,保健医学,予防医学,治療医学,リハビリテーション医学などを包括した総合的医療が社会のニーズとなっている.
 精神保健は,精神の健康に関する学問であり,精神的健康を維持・向上させる実践活動でもある.変化の激しい現代社会においては,社会的・心理的ストレスに曝される機会が多く,さまざまな不適応状態に対する精神保健的対応が急務となっている.このような精神的問題を取り扱うには,現象として現れた症状だけでなく,その背後にある個人の生活史や対人関係にも目を向ける必要がある.
 精神保健的対応を必要とする問題は,実社会の中だけではなく,医療現場にも認められるようになってきた.内科や外科などの一般診療科に通院中・入院中の患者に発現し,身体疾患の治療阻害要因になってしまう精神的問題の頻度は決して少なくない.そのような場合には,過去に解決したと思われていた生活上の課題が再び患者の苦痛の源になっていることが少なからず存在する.それらは,発達過程上の問題,性の問題,職場・学校・家庭・近隣地域などの生活の場で発生する問題などである.したがって,看護スタッフはライフステージ上の諸問題に関する基本的な知識を身に付けておくことが求められている.
 さらに今日の医療現場においては,難治性で慢性の身体疾患患者や癌末期患者,サポートシステムの脆弱な高齢患者や児童患者などに対する危機介入も重要な看護業務となっている.また,阪神・淡路大震災を契機に,自然災害・人為災害の被災者が受けるトラウマに対する継続的な精神保健的支援活動の必要性が認識され,その領域における看護スタッフの役割も重要となっている.
 本書は,不安や葛藤などの正常範囲の心理的・精神的反応から,明らかに病的状態までの幅広い精神状態に対して適切な精神看護を実践するために,個々の問題の医療現場における位置づけを明らかにし,その理論的理解と臨床的理解を深めることを目的とした書である.看護学生はもちろん,日常の臨床において,看護スタッフの実践の手引きとしても少しでもお役に立てれば幸いである.
 2001年7月 太田保之

序文

 医学や関連諸科学の飛躍的な進歩は医療内容の専門化・高度化をもたらし,医療が受け持つ範囲を拡大してきた.今日では,保健医学,予防医学,治療医学,リハビリテーション医学などを包括した総合的医療が社会のニーズとなっている.このような現象の社会的背景には,人口の高齢化,疾病構造の変化,人々の健康に対する関心の高まりなどが存在しており,医療や福祉における看護スタッフの果たす役割は量的にも質的にも極めて大きなものになっている.これを受けて新しくカリキュラム改正が行われ,従来各看護学でバラバラに扱われた内容と,精神保健などを統合して精神看護学として独立した.
 精神保健は,精神の健康に関する学問であり,精神的健康を維持・向上させる実践活動でもある.変化の激しい現代社会においては,社会的・心理的ストレスに曝される機会が多く,さまざまな不適応状態に対する精神保健的対応が急務となっている.このような精神的問題を取り扱うには,現象として現れた症状だけでなく,その背後にある個人の生活史や対人関係にも目を向ける必要がある.
 精神保健的対応を必要とする問題は,実社会の中だけではなく,医療現場そのものにも認められるようになってきた.内科や外科などの一般診療科に通院中・入院中の患者に発現し,身体疾患の治療阻害要因になってしまう精神的問題の頻度は決して少なくない.そのような場合には,過去に解決したと思われていた生活上の課題が再び患者の苦痛の源になっていることが少なからず存在する.それらは,発達過程上の問題,性の問題,職場・学校・家庭・近隣地域などの生活の場で発生する問題などである.また,それらの問題が常に明確な形で顕在化するとは限らない.表現型を変えて関連問題として露呈することもあるし,不安・抑うつなどの精神症状として現れることもある.別の身体症状として出現することも知られている.したがって,看護スタッフはそれらのライフステージ上の諸問題に関する基本的な知識を身に付けておくことが求められている.
 さらに今日の医療現場においては,難治性で慢性の身体疾患患者や癌末期患者,サポートシステムの脆弱な高齢患者や児童患者などに対する危機介入も重要な看護業務となっている.慢性疾患や障害を抱えて生活する患者が増加し,人生に関する価値観も多様化しているため,従来の疾患単位を中心にした知識では対応不可能な問題に直面することが多くなっている.看護スタッフには,患者やその家族が有するニーズを的確に把握する感性,生命の尊厳に対する倫理観,高度の専門知識を基盤とした総合的な分析力・判断力・実践力,他の医療スタッフとの協調性などが求められている.さらに,対人関係の心理学やコミュニケーション論に関しても予備知識が必要である.
 本書は,不安や葛藤などの正常範囲の心理的・精神的反応から,明らかに病的状態までの幅広い精神状態に対して適切な精神看護を実践するために,個々の問題の医療現場における位置づけを明らかにし,その理論的理解と臨床的理解を深めることを目的とした書である.看護学生はもちろん,日常の臨床において,看護スタッフの実践の手引きとしても少しでもお役に立てれば幸いである.
 1998年8月 太田保之
序章 精神保健とはなにか
 1.精神保健の概念
 2.精神保健の歴史
  欧米における精神保健の流れ
  日本における精神保健の歴史
   1)精神保健福祉法改正の流れ
   2)最近の重要な動き
 3.心の理解
  脳と心
  小児期の発達
  家族・社会との相互作用
  心の援助・介入のステップ
   1)医療の場で起こる問題の理解
   2)介入の目的と方法
   3)カウンセリングの実際
 引用・参考文献

第1章 心の発達
 1.なぜ心の発達を学ぶのか
 2.発達の原則
 3.ライフステージと心身の発達
 4.心理・社会的発達
  フロイトによる精神性的発達
  エリクソンの心理・社会的発達理論
   1)乳児期:基本的信頼対基本的不信
   2)幼児前期:自律性対恥と疑惑
   3)幼児後期:自主性対罪悪感
   4)学齢期:勤勉性対劣等感
   5)青年期:自我同一性対同一性拡散(役割混乱)
   6)成人初期:親密性対孤独
   7)成人期:世代性対自己停滞
   8)老年期:統合性対絶望
  母子関係の発達
   1)アタッチメント(愛着)
   2)ひとみしり
   3)移行対象
   4)分離不安
  マーラーの母子関係発達論
   1)正常な自閉期(〜1カ月頃)
   2)共生期(〜5カ月頃)
   3)分離個体化の時期
   4)個の確立の時期(26カ月〜3歳頃)
 5.感覚・認知の発達
  胎児・新生児の感覚・知覚
  視覚および操作能力の発達
  言語系の発達
  認知の発達
   1)感覚運動的段階(出生〜24カ月頃)
   2)前操作的段階(2〜7,8歳頃)
   3)具体的操作の段階(7,8歳〜11,12歳頃)
   4)形式的操作の段階(11,12歳頃〜)
 6.心の発達の評価
  心理・社会性の発達過程
  心の発達の現状
  神経障害の検査
  身体面の評価
  親子関係,家族内葛藤の評価
 引用・参考文献

第2章 性の発達
 1.性をめぐる概念
  性の語源と由来
  フロイトにおける性の概念
  セクシュアリティにおける性の概念
 2.人間の性に関連した諸問題
  解剖・生理学的な性
  性的欲求としての性
  人間形成としての性
  生殖としての性
  連帯性としての性
  性役割としての性
 3.性の健康と障害の概念
  WHOの定義
  性障害とDSM-IVによる分類
 4.性欲(性意識)・性行動のメカニズム
  大脳における中枢神経系の機能
  性欲の発生と性行動のメカニズム
   1)ホルモン産生による性的刺激の場合
   2)視聴覚的刺激や心理・社会的葛藤刺激ならびに人格調整能力の葛藤刺激による場合
 5.性差とその心理的側面
  女性の性周期の変化にともなう感情と行動
  男性の性周期の変化にともなう感情と行動
  性交に関しての心理的性差
   1)性交に至るまでの心理過程
   2)性交を満たす過程
   3)性交後の受け止め方
 6.性意識・性行動の形成
  性に対する感覚的・心情的受容と生育環境
  性に対する理解の仕方・態度と性情報の与え方
  性価値観の形成と自己体験
   1)乳幼児期のおしゃぶり体験
   2)幼児期のエディプス・コンプレックス体験
   3)自慰の体験
   4)性的空想の体験
   5)射精・オーガズムの獲得体験
   6)月経・性周期の体験
   7)性交の体験
   8)避任の体験
   9)妊娠・出産の体験
   10)流産・不妊または老化にともなう性機能不全の体験
 7.性についての対応
  性の悩みに対応する際のポイント
  自分の性に対する点検と解消法
 引用・参考文献

第3章 生活の場とクライシス(精神的危機)
 1.クライシスとはなにか
  ストレスとは
  ライフイベント
  クライシスとは
  クライシスの分類
   1)成長にともなう危機(発達危機)
   2)状況的危機
   3)社会的危機
  クライシスの発生と経過
  クライシス回避・解決モデル
  クライシスにおける看護婦(士)・保健婦(士)の役割
 2.家庭における危機
  現代の家庭とその課題
   1)家庭の現状
   2)結婚および夫婦関係
   3)親子関係
  家庭における危機的状況
   1)夫婦関係における危機的状況
   2)親子関係における危機的状況
  家庭における危機と今後の課題
   1)家庭・家族の新しい形と機能
   2)高齢化社会と家庭
 3.学校における危機
  学校教育の動向と問題
  不登校
   1)不登校の要因
   2)不登校への対応
  非行
   1)非行の要因
  いじめ
   1)いじめの要因
   2)いじめられっ子・いじめっ子
   3)いじめに対する対応
  体罰
  養護教諭(学校ナース)の役割
 4.職場における危機
  現代の職場における社会的な問題
  職場における精神医学上の危機
  ライフサイクルからみた職場の精神的不健康の状態
   1)青年期〜成人期
   2)成人期〜壮年期(中年期)
   3)壮年期(中年期)〜初老期
  職場のメンタルヘルス
   1)メンタルヘルスとは
   2)職場のメンタルヘルスケアの原則
   3)職場のメンタルヘルスケアの実際
   4)産業看護職の役割
 5.地域における危機
  地域精神保健の動向
  地域における危機
   1)痴呆性老人に関する危機
   2)痴呆性老人を抱える家族の危機
   3)高齢者の自殺の危機
 引用・参考文献

第4章 医療現場における精神危機
 1.医療現場の危機に影響する要因
  危機を引き起こす出来事
  出来事の受けとめ
  ソーシャル・サポート
  対処機制/防衛機制
   1)対処機制
   2)防衛機制
 2.危機のプロセスと看護介入
  さまざまな危機モデル
  危機の問題解決モデル
  フィンクの危機モデルと看護介入
   1)危機のプロセス
   2)危機への働きかけ
 3.慢性疾患・障害における危機
  障害をともなった患者の特性
  障害の受容に至るプロセス
  障害の受容に影響する要因
  障害受容への援助
   1)障害受容のプロセスに応じた援助
   2)日常生活の援助と日常生活動作の拡大
   3)感覚遮断・過負荷に対する援助
   4)役割修正・再獲得への援助
   5)ソーシャル・サポートと社会資源の活用
 4.医療現場の人間関係
  医療現場の人間関係の現状
   1)患者をめぐるチーム医療
   2)医療者間の人間関係
   3)医療組織の特殊性
   4)コンサルテーション
  リエゾン精神医学とリエゾン精神看護
   1)リエゾン精神医学の概念と歴史
   2)リエゾン精神看護の発達
   3)わが国におけるリエゾン精神看護婦(士)の活動
  看護職の精神保健
   1)患者との対人関係
   2)医師との人間関係
   3)看護者間の人間関係―リーダーシップとチームワーク
 5.医療現場における精神的アプローチの実際
  精神的アプローチの対象者
  看護における精神的アプローチ
   1)一般病棟における精神的アプローチの原則
   2)一般病棟における精神的問題に対する看護のアプローチ
  看護職が活用できる,その他のアプローチ法
   1)リラクセーション技術
   2)イメージ療法
  その他の精神療法的アプローチ
   1)精神分析
   2)個人精神療法
   3)集団精神療法
 引用・参考文献

第5章 ターミナルケア
 1.ホスピス
  ホスピスの歴史
   1)ホスピスの語源
   2)ホスピスのはじまり
   3)近代ホスピスの設立
   4)日本のホスピス
  近代的ホスピスの定義
  ホスピスケアの実際
   1)苦痛の緩和
   2)日常生活の援助
   3)十分なコミュニケーション
   4)家族ケア
   5)遺族へのケア
 2.末期患者の心理
  心理プロセス
   1)キューブラ・ロスの5段階
   2)日本の患者の心理プロセス
  末期患者の心理面に影響を与える要因
   1)それまでの生き方
   2)病気の種類と症状緩和
   3)ケアの質
  末期患者の精神症状と,その対応
   1)不安
   2)うつ状態
   3)混乱
 3.がんの告知
  日本の現状
   1)がんに対する国民の意識
   2)告知の現状
   3)告知を阻む要因
   4)日本人の文化的特徴
  がん告知の歩み
   1)インフォームド・コンセント
   2)わが国におけるインフォームド・コンセント
   3)がん告知の試み
   4)プロセスとしての告知
  ターミナルケアと告知
   1)末期状態の告知について
   2)告知後の対応
 4.ターミナルケアにおける家族への援助
  家族とは
   1)家族の変遷
   2)ターミナルケアにおける家族ケアの目的
   3)家族の役割と理解
   4)家族の問題
   5)家族の心理的プロセス
  家族ケアの実際
   1)入院中のケア
   2)臨終間近のケア
   3)臨終時のケア
 引用・参考文献

第6章 災害被災者の精神保健
 1.災害の及ぼす心理的影響
  災害の分類
  心理的影響の多元性
   1)正常の反対の経過
   2)PTSDの歴史的変遷
   3)PTSDの主症状
   4)災害がもたらす精神的問題
 2.被災者・被害者に対するメンタルヘルスケア
  精神保健活動の必要性
  基本となること
  必要な戦略
   1)積極的に被災者のもとに出向く
   2)精神的な支援活動であると強調しすぎず,求められていることを行う
   3)正しい知識をもつ
   4)精神症状をスクリーニングする
   5)多職種が連携する
  災害後のメンタルヘルスケアの実際―阪神・淡路大震災後の活動
 3.救援者の受ける心理的影響とその対策
  災害救援者の心理的影響
  看護職の受けるストレス状況
  救援者を守るために
 引用・参考文献

第7章 精神医学の基礎知識
 1.総論
  はじめに
  精神疾患の診断と分類
  面接基準
  精神疾患の鑑別診断
  多軸評定
 2.各論
  通常幼児期・小児期または青年期に初めて診断される障害
  せん妄・痴呆・健忘および他の認知障害
  一般身体疾患による精神疾患
  物質関連障害
  精神分裂病および他の精神病性障害
  気分障害
  不安障害
  身体表現性障害
  虚偽性障害
  解離性障害
  性障害および性同一性障害
  摂食障害
  睡眠障害
  他のどこにも分類されない衝動制御の障害
  適応障害
  人格障害
  臨床的関与の対象となることのある他の状態
 引用・参考文献