やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 「医者にうまく面接する技法を習得してもらう必要があるから,医学的面接の本を書いている」と妻に言ったら,「まず私とうまく対話できなきゃ駄目ね!」と言われてぎゃふんとなった.それにもめげずに,この難しい課題を扱おうとこの本を書いた.
 著者の大学内の調査では,医者自身の50%は患者との対話能力が不十分と自認している.共に働く看護婦の評価でも,約半数の医者は患者とのコミュニケーションが不十分だとしている.この成績はわが大学に限ったことではない.だから,医者ばかりでなくすべての医療スタッフの対話能力の向上は患者と医者との関係を良くし医療が半歩でも一歩でも良くなることに役立つと思った.そこで,長年にわたり著者が教育現場で考えてきた,患者と医者との関係をより良くする技術についてまとめ,世に問うことにした.
 医学は理系の学問と,わが国では誤解されている.このことに根本的な問題があると考えている.医学は文系の学問である.物理と数学がわかっているだけでは医者は勤まらない.ヒト,なかでも病人を相手にする科学なのである.ヒトを知っている,ヒトを知ることのできる能力を持っている,ヒトとやりとりができる能力を医者が持っていることは,微分や積分の知識よりはるかに大切なのである.この教育こそが大切だと痛感している.
 聞き上手,話し上手になるためには,やはりそれ相当の学習と訓練が必要である.己を知り,自己を評価し,他からの評価に耐えうる医者になるには,医学的面接の技法は不可欠である.その学習のために,この本が役立てば本を書く苦労が報いられると期待している.
 2000年7月 田村康二
はじめに:医学的に聞き上手,話し上手になる技術
 ・医学的面接は医療の基本である
 ・医学的面接は十分すぎることはない
 ・医学的面接には特別の技術が必要である
 ・技術の習得にはまず教科書,次いで実地経験だ
 ・医学的面接を十分にできる能力をこの本で習得してほしい
 まとめ

第1部:期待される医師像と医師(医学生)の自己評価
 1.患者の選択する医療機関はどれか?
 2.理想的医師像とは
  1)患者の求めるデキる医師像
  2)医師の求める理想的医師像
 3.医師の自己評価
 4.医師としての評価を上げる方法
  1)群書を読む
  2)議論をする
 まとめ

第2部:聞き上手になる技術
 1.面接(問診)は科学的芸術だ
  1)人を科学的に観る(人間観察法)
  2)デキる医師とは,患者とよく対話ができる医師をいう
  3)面接には客観性が大切である
  4)デキる先生の面接技術に倣う
 まとめ
 2.日本語,話し方ならびに態度は科学的に,芸術的に
  1)日本語を論理的に正しく使う
  2)話し方(平等意識,社会的奉仕観)ならびに態度は医師らしく
  3)病状・病名の定義
  4)非言語的面接を習う
 まとめ
 3.なぜ私のところへ来られたのですか?
  1)患者の確認と自己紹介
  2)主訴から医学的問題を探る
  3)主訴以外の問題
  4)問題志向型診療録の考え方とその進め方
  5)患者自身ならびに生活情報
  6)現病歴
 まとめ
 4.身体検査中にも問診を続ける
  1)系統的レビュー
  2)身体検査中の会話こそ大切
 まとめ
 5.人の生活と人生を知る
  1)1日の生活
  2)喜怒哀楽とストレス
  3)人の一生を知る
 まとめ
 6.他の医師やそれ以外の人にも聞く
  1)患者の家族
  2)対診,並診,回診,検討会など
  3)他の医療従事者との対話
  4)人々を健康人,病人あるいは障害者と3分することはできなくなった
 まとめ
 7.面接結果を記載する
  1)とにかく書く
  2)診療録の意義
 まとめ

第3部:話し上手になる技術
 1.人を観ての話し方
  1)小児,学童
  2)男性と女性
  3)加齢と老人
  4)精神障害者
 まとめ
 2.外来での話し方
  1)医師の思いと患者の思い
  2)健康保険的医療と学術的医療
  3)摂生や養生の仕方とその教育
  4)偽医療への警告(医療情報の正しい選択法)
 まとめ
 3.病室での話し方
  1)ベッドサイドでの面接
  2)重症例での面接
 まとめ
 4.病人を元気づける話し方
  1)楽観主義,悲観主義そして現実主義
  2)自立を助ける方法
 まとめ
 5.不幸な医療情報の話し方
  1)悪いニュースを伝えるさいの障害
  2)医師の情報伝達が遅れることは敗北を否定したい心理があるからである
  3)医師が情報を取捨選択する中で患者が混乱してくる
 まとめ
 6.患者教育(説明と同意)のための話し方
  1)病状説明,患者教育とコンプライアンス
  2)インフォームド・コンセント(説明と同意)
  3)患者の権利(自己裁量権)の重要性とその危うさ
  4)患者への溢れる医療情報とセカンド・オピニオン
 まとめ
 7.アンケート質問表を使っての話し方
  1)アンケート質問表
  2)コンピュータと情報伝達
 まとめ

 参考文献

 附録1 患者に対するアンケート質問表(病歴の調査)
 附録2 精神的障害を持つ人への病歴の質問用紙