やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

糖尿病足病変に関するインターナショナル・コンセンサス

 本書の目的は,コストを考慮に入れ,専門的意見により議論されたEBM(EvidenceBasedMedicine)の原理を用いて,糖尿病足病変の影響を減らすための管理と予防のためのガイドラインを提供するところにある.本書の中には,糖尿病のフットケアの基本概念が,さまざまな診断・予防・治療戦略として明確な記述で書かれている.
 本文書は3つの異なる章から成っており,それぞれヘルスケアの政策担当者,一般的なヘルスケアの専門家,足ケアの専門家向けに書かれている.
 「糖尿病足病変 専門家と政策担当者への難問」(13ページ〜)
 本章は,立案やヘルスケア資源の分配に従事する政策担当者にとって重要な諸要素を含んでいる.糖尿病足病変の社会経済的影響と,ねらいを定めた介入戦略によって,その影響を減らす可能性に焦点を当てている.
 「糖尿病足病変の管理と予防に関するインターナショナル・コンセンサス」(17ページ〜)
 本章は,「プラクティカル・ガイドライン」の参考文献となっている.さらに,糖尿病足病変の重要なトピックスに一連の定義を与え,管理と予防についての現在の戦略を要約しており,糖尿病のフットケアに従事する専門家に役立つ内容となっている.
 「糖尿病足病変の管理と予防に関するプラクティカル・ガイドライン」(付録)
 本章は,予防と治療の基本方針を記載した,一連の簡潔なガイドラインである.このガイドラインは,糖尿病患者のケアに従事するすべての医療従事者が日常活動で活用できる.
 本書に概括されている原則は,地域の社会経済的差異やヘルスケア・文化的要因へのアクセスの容易さを考慮に入れて,地域の環境に従って地域用に解釈されなければならない.そのプロセスを促進するために,IDFとWHOのような国際機関との密接な連携のもとに,ガイドラインの実施に関するワーキンググループが組織された.最後に,4年後,本書は,世界中の選ばれたセンターにおけるガイドライン利用の経験に基づいて,改訂されることになっている.
 本書の製作過程では,証拠に基づくアプローチが採用され,はっきりしたわかりやすい一連の実践的ガイドラインを生み出そうとした.しかし,現在,多くの関連するトピックスについてのしっかりした科学的証拠が欠如している.よって,本書は糖尿病患者の足疾患のケアに従事するさまざまな領域の著名な専門家のグループの意見をもとに作られた.この形成過程で使用された情報は,文献研究から得られたものと,いくつかのCochrane分析,さらに他の文書の合意文などである.

糖尿病足病変に関する国際ワーキンググループ

 1996年,糖尿病の足病変領域のある専門家グループが,糖尿病足病変の管理と予防に関する定義とガイドラインを国際的に定める必要性を提起した.15人の専門家による予備的ワーキンググループが組織され,翌1997年初め,2日間の会議を開催して,目的,文書のテーマの特定と今後の手順を明確にした.文章はいくつかの章に分けられ,それぞれ1,2の専門家が最初の執筆者に割り当てられ,全プロセスを指導する編集委員会が設置された.
 予備的ワーキンググループによって提出された概要に従い,文書は編集委員会で数度検討され,執筆者の協力のもとに一連の予備的文章が作成された.1998年,これらの文章は,2日間の「糖尿病足病変に関する国際ワーキンググループ」会議中に発表された.全大陸45人の専門家からなるグループには,一般医,糖尿病専門医,足療法士,糖尿病専門看護婦,一般外科医,血管外科医,整形外科医が含まれていた.また,いくつかの国際機関の代表者も参加していた.分科会および全体集会での広範な議論に基づいて,修正点のリストが同意された.会議後,文章は原執筆者の協力の下,編集委員会によって書き直された.改訂された文書は,コメントを求めて国際的ワーキンググループに送られ,その後,編集委員会によって再度書き直された.その後,同じ過程が再度繰り返された.最後に,文書は国際ワーキンググループの全員によって承認され,1999年5月5〜8日,オランダのNoordwijkerhoutで開催された第3回糖尿病足病変に関する国際シンポジウムの最中,合意が発表されたのである.

実施

 合意文書作成後のきわめて重要な最初の一烽ヘ,ガイドラインを実施するプログラムである.文書は全世界で翻訳され,地域の基準に適合させられなければならない.したがって,国際ワーキンググループの委員には,その国の文化的,社会経済的差異を考慮に入れて,文書を特定の国に向けて翻訳する会議を組織することが求められている.また,国際ワーキンググループに代表を送っていない各国の医療従事者も,その役割を果たすことが求められている.この過程では,ガイドラインの承認を検討しているWHOやIDFのような国際機関の支援が最も大事である.
 たしかに,数年後には文書の改訂版が必要である.糖尿病足病変に関する臨床研究の数は着実に増加しており,ガイドライン実施の期間中に重要な情報が得られるであろう.したがって,2003年には第2版の作成が計画されており,「糖尿病足病変に関するインターナショナル・コンセンサス」の定式化と実施を,継続中のプロセスとしている.

保健機関の承認と支援

 国際的合意は,WHOと参加したIDF,ADA,EASD代表者との緊密な連携の下に作成されており,文書はこれらの機関に承認を求めて提出されている.
 前述した通り,合意は独立の専門家グループによって形成されており,現在の文書はいかなる製薬会社の影響も受けていない.しかし,合意の展開と実施プログラムは,製薬会社の財政的支援によって大いに促進されている.現在まで,ジョンソン&ジョンソン,デルマグラフト企業連合(アドバンスド・ティッシュ・サイエンス/スミス&ネフュー)が,合意の開始に多大の支援を行っている.さらに,オランダのEASD基金から寄付が寄せられている.条件をつけない財政的支援によって,これらのスポンサーは国際的合意に大きな貢献を行っている.
 糖尿病足病変に関する国際ワーキンググループ編集委員会

監訳者のことば

 日本でも,足の壊疽を合併した糖尿病患者の数は,着実に増加しているが,その治療対策は糖尿病全体からみるとマイナーな領域であるため,個人のレベルの経験をもとに行われており,多くの臨床医やコメディカルスタッフに共通して受け入れられるものは少ない.
 昨年行われた第42回日本糖尿病学会総会では,会長の済生会中央病院松岡健平先生の御尽力で,今までになく足病変に対してスポットライトをあてていただいた.総会ではシンポジウムが1つ,そしてモーニングレクチャーや一般講演に足病変のディスカッションが行われた.また学会終了後に記念のビデオが作成されるなど,足に対する関心を充分なまでに盛り上げていただいた.なかでもモーニングレクチャーの講師として,イギリスからお招きしたボウルトン先生には,豊富な経験を交え,足病変の臨床について熱弁を振るわれたので,たいへん感銘を受けた.そのレクチャーの司会をおおせつかった小生は,講演の前に先生から一冊の本をいただいた. InternationalConsensusontheDiabeticFoot と題した本書は,足病変の疫学から,病態生理,そして治療とフットケアについて,世界の各国の事情を丹念に調査し,多くの専門家のコンセンサスをまとめたものであった.
 日本における糖尿病足病変の増加に伴い,ますます「糖尿病足病変研究会」は意気盛んであるが,発足して6年をむかえ,新たな社会活動を模索していたため,メンバーに本書の翻訳を提案した.しかし実行に移すためには,むずかしい問題が山積しており,済生会中央病院の渥美義仁先生やボウルトン先生のもとに留学されていた細川和広先生に事務局との交渉など細々したことをお願いした.お二方の多大なご尽力で翻訳の許可が得られ,ようやく出版にまでこぎつけることができた.
 本書はToptoDownでお読みいただくことも有用である.しかし本書の構成が,本文をあたかも付録のプラクティカル・ガイドの参考文献に見立ててあるため,実地診療ではプラクティカル・ガイドのみで用が足りることも多いと思われる.
 折しも,糖尿病療養指導士制度が開始されようとしており,足病変の治療対策としてコメディカルの方々の活躍が期待されている.足病変治療のスタンダードとして,本書が多くの医師やコメディカルの方々に有効に利用されることを願ってやまない.
 平成12年5月 「糖尿病足病変研究会」代表世話人 内村 功

序言

 世界の1億2,000万人以上の人々が糖尿病に罹患している.これらの患者さんの多くは,糖尿病による足潰瘍をもっており,最終的には切断を余儀なくされる.足潰瘍に関連するコストが高いとすると,この病気は単に患者に対してだけでなく,ヘルスケアシステムにとっても重荷である.潰瘍形成と切断へ至る過程は,世界の国々で異なってはいないが,潰瘍と切断の有病率は国によって大きく異なっている.
 これらの違いは,おそらく,各地域の住民の特性と創傷管理に対する戦略の違いを反映しているのであろう.通常,潰瘍発症件数・切断件数,そして関連するヘルスケアコストを削減するため,患者志向で集学的なアプローチの必要性を強調する,いくつかの機構が同時に関係している.さらに,糖尿病患者にフットケアのための施設をもつ,機構のしっかりした組織が存在すべきである.こういうアプローチが有効になるためには,糖尿病患者とともに働いているすべての人々による協調した作業が必要であり,糖尿病のフットケアの統一性をはかるため特定のガイドラインが必要である.不幸にして,多くの国で,患者と医療従事者の双方の自覚,知識,手技の欠如のため,足病変患者の予防と管理が不十分なままとなっている.
 この10年の間に,いくつかの国で,糖尿病足病変の予防と管理に関するガイドラインがまとめられている.しかし,従事する専門,目的,対象とする集団,患者の特性の違いが,異なる内容の文書を作ってしまう.さらに,いくつかの国では,糖尿病足病変はヘルスケア政策担当者の協議事項となっておらず,予算の再配分のための議論が必要となっている.異なる国や地域でガイドラインを公式化するため,その始点となる国際的合意が,明らかに必要であり,まったく違う領域からも,合意の必要性が表明されていた.
 この10年の間に,糖尿病足病変の研究に従事する科学者の数は着実に増加しているが,いくつかの地域では,研究とデータの報告の基礎となるべき明確な定義が欠如している.こういう必要性を満たすため,独立した専門家グループによって,「糖尿病足病変に関するインターナショナル・コンセンサス」がつくられた.「糖尿病足病変に関する国際ワーキンググループ」は,糖尿病患者のケアに従事するいくつかの国際組織との緊密な連携の下に,本書をまとめたわけである.
●糖尿病足病変専門家と政策担当者への難問 内村 功 訳
●糖尿病足病変の管理と予防に関するインターナショナル・コンセンサス
  定義と基準 内村 功 訳
  糖尿病足病変の疫学 内村 功 訳
  社会経済的要因 内村 功 訳
  足潰瘍の病態生理学 渥美義仁・細川和広 訳
  糖尿病性神経障害 渥美義仁・細川和広 訳
  末梢血管障害と糖尿病 馬場俊也 訳
  バイオメカニクスと靴 新城孝道 訳
  糖尿病性足潰瘍:転帰と管理 太田明雄 訳
  糖尿病足病変の感染 太田明雄 訳
  神経障害性変形性関節症 松井瑞子 訳
  糖尿病患者の切断手術 松井瑞子 訳
  足病変をどのように予防するか 松井瑞子 訳
  フットケアを行うためのチーム医療組織 諸星政治 訳
  糖尿病足病変の管理:地域の概観 諸星政治 訳
  ガイドラインの実践 松島雅人 訳
  糖尿病足病変に関するインターナショナル・コンセンサスの参考文献
●付録 糖尿病足病変の管理と予防に関するプラクティカル・ガイドライン 島田 朗 訳