やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに 訪問介護を学ぶために

 本書は,利用者が主役の事例を中心として構成されています.
 私たちの生活はどのように成り立ち,どのように保持され,どのような変化を遂げていくのでしょう.多くは,生まれ,育ち,年齢とともに人間としてのさまざまな経験を重ね,老いを感じ,老い,そしてその人生を終わります.人生は,描く絵にたとえられます.自分の構図,自分の色,自分の思うように描けるのが幸せな人生であると.反面,その絵は環境の影響を受け,人の助けを借り,ときには代筆を頼み,完成されるのが現実です.
 しかし,どのように人の手を借りようとも,自分の人生は自分の描いたように描きたいのが人生です.方法論や技術論を学ぶことは大切なことではありますが,利用者の生活を支える,自立支援を行うには,精神的な支えが何にも増して大切なことはいうまでもありません.それには,人間,存在,歴史,人生の営みへの深い洞察力が不可欠であり,生活全体を視野に入れた,全人的な支えが必要とされています.利用者の生活の状況を理解するためには,さまざまな価値観への共感的理解が必要です.
 そのため,本書をまとめるにあたり,多くの事例を用い,そのひとつひとつの考察を中心といたしました.執筆者は,実際に訪問介護を実務として積み上げ,現在もそのありかたを問い,介護の場を支えている介護福祉士,また訪問介護との連携のなかで地域介護を実践している,多くの専門職の皆様です.
 日ごろ理論として学んでいる介護学が生活の場でどのように展開されるのか,それがどのように在宅生活を支えるものになっているのか,事例のなかから学び,学習を深めていただきたいと考えています.事例を読み進めるなかで,この方法を選択したことへの疑問や他の方法への可能性が考えられる場面も出てくることでしょう.それが,事例学習なのです.角度を変えて思考し,真のニードを明らかにし,自分なりの援助の方針を立てていくことや,サービス提供プランの演習を行ってください.
 介護福祉士をめざす方々の訪問介護学習の一助となることを祈っております.
はじめに

第1部 総論

第1章 訪問介護の背景と意味
 1.社会の変化と訪問介護
 2.家族の変化と訪問介護
 3.介護保険と訪問介護
 4.在宅で暮らすということ

第2章 訪問介護の目的と特徴
 1.訪問介護の目的
 2.施設介護と在宅介護の違い
 3.在宅介護の特徴
 4.訪問介護とケアマネジメント
 5.地域で暮らすということ

第3章 地域の連携と社会資源
 1.訪問介護とチームスタッフ
 2.介護保険と訪問介護
 3.地域の社会資源と支援体制
 4.ホームヘルパーステーションの役割
 5.地域の環境整備と訪問介護
 6.地域への働きかけ

第4章 家族の理解
 1.家族構成とキーパースン
 2.利用者と家族関係
 3.家族への支援
 4.一人暮らしの場合
 5.夫婦世帯

第5章 利用者の理解
 1.身体障害児・者
 2.知的障害児・者
 3.精神障害者
 4.高齢虚弱者
 5.高齢障害者
 6.痴呆のある人
 7.終末期にある人

第6章 利用者の健康管理
 1.医療知識が必要な理由
 2.健康管理はどの範囲か
 3.利用者の健康上の特徴
 4.医療を受ける方法
 5.医療器具・医療処置
 6.緊急対応
 7.起こりやすい症状と対応
 8.感染症

第7章 介護従事者の健康管理と倫理
 1.健康管理
 2.業務にあたっての心がまえ(倫理)

第2部 事例
 身体介護
   「ただ車椅子に乗るだけ」の価値
   「家族と同じ食卓に就く」ことをきっかけにして
   体位変換はしないけど
   座位をとることの効果
   座敷の風呂はイヤだいの
   利用者に人気の自宅風呂入浴の効果
   リウマチ患者の入浴介護
   依存傾向の強い歩行困難な人を歩かせたい
   身体のケアだけでなく心のケアも
   一人暮らしで外出が困難な事例
   重度障害者のケア
   身体介護と信頼関係
   24時間夜間巡回介護

 身体介護に関わる諸問題
   義歯の取り扱いと歯肉のブラッシング
   口腔清掃の目的と方法
   呼吸器としての口腔機能
   水分摂取量と義歯の安定
   味覚感受性の改善
   頑張る失語症の男性
   夫が妻を最後まで看取るために
   同性による身体介護
   おむつは男が換えるものじゃない
   同性による介護の必要性

 家事援助
   一人暮らし高齢者の生活介護
   買い物と調理に助言した事例
   糖尿病で食事制限がある事例
   糖尿病性腎症患者の食事援助
   視覚障害者への対応の留意点
   全盲の利用者のワンピースを完成
   知的障害者への家事育児援助
   初めての社会資源利用

 さまざまな介護
   住まいの工夫事例
   観察の必要性
   通院介助の留意点
   食事をおいしくする配慮
   アルコール依存症の方を在宅で支える
   家族関係復活の大切さ
   母親が聴覚障害をもつ子どもへの支援
   進行性筋ジストロフィー症・本人

 痴呆
   痴呆での在宅生活の限界
   銀行の通帳がなくなりました
   毎日7人分の食事を用意する痴呆性高齢者
   痴呆症(痴呆度Iia)の一人暮らし高齢者を支える
   人としての尊厳を保障する
   質問的な語りかけで痴呆性老人を誘導
   痴呆症を理解して適切に援助

 精神障害
   精神障害者が在宅生活を継続するための援助
   精神障害者とその家族を理解する

 家族の問題
   介護者の意欲も大切に
   家族の健康管理も考えながら
   子どもたちやその嫁は薄情者
   援助の範囲を越える仕事を要求する妻
   宗教が介護を拒む困難事例
   権利擁護(生活保護)の事例
   娘を他人に知られたくない
   知的障害のある家族を支える

 チームとネットワーク
   一人暮らしの痴呆性高齢者を援助するチームワーク
   一人暮らしの痴呆性高齢者の生活を地域で支える
   夫婦世帯の寝たきり高齢者と介護負担
   多様な在宅サービスの利用者にはチームワークが重要
   重度障害者の在宅一人暮らしを支える社会資源とニーズ
   支援ネットワーク
   チーム制に不信感を示した事例
   批判で終わった事例検討会

 事故やトラブルなど
   気むずかしい高齢者
   高齢者の性的ふるまいの事例
   遅刻がひきおこした不安
   訪問日程をめぐって利用者とのトラブル
   木のりんご箱の上のガスコンロ
   悪徳商法の事例