やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 水痘,麻疹,日本脳炎などに1回感染すると,2度とこれらの疾患にかかることはない.この「二度なし現象」は,免疫(疫病を免れる)を獲得した状態を示している.免疫学は,生体が感染後,病原体に対して抵抗力をもつことなどを研究することから出発した学問であるが,その後,同じ機構によって生体に逆に障害を与えることがあることがわかってきた.その代表的なものは,自己免疫疾患やアレルギーである.
 臨床免疫学を理解するためには,まず基礎となる「免疫系」と「抗原抗体反応」をしっかり学ぶことである.その理解が深まるにつれ,「免疫系」がもつ複雑でかつ精巧な仕組みに驚きと感動を覚えるであろう.また,「抗原抗体反応」は多くの臨床検査の反応原理として応用されているので,種々の検査法の測定原理の理解が容易になるであろう.それらの基礎知識が身に付くと,疾患と臨床検査の意義などの理解もより深まると思われる.
 1958(昭和33)年4月23日,「衛生検査技師等に関する法律」が施行された.その頃は,検査技師教育のための専門の教科書はまだない時代であった.そこで当時,東京医科歯科大学第一内科(後に検査部)に勤務していた故福岡良男先生(東北大学名誉教授)らは,検査技師教育の充実と向上を目的に,1967(昭和42)年に「衛生検査技術講座 血清学」を医歯薬出版から発刊した.その後,免疫学・血清学の進歩や学生教育カリキュラムの改正などに合わせて,大小改訂を繰り返し,2006(平成18)年「臨床検査学講座 臨床免疫学(著者:福岡良男,伊藤忠一,福岡良博,佐藤進一郎,安藤清平)」まで40年以上にわたり刊行されてきた.この本は,これまでに多くの臨床検査技師学校で臨床免疫学の教科書として採用され,学生の教育に役立ってきた.
 故福岡良男先生は生前よりこの本に対する深い愛着があり,何とか後世に残して役立ててほしいとの強い遺志があった.そこで出版社と相談のうえ,本書は,前書のよい部分は整理して残し,最先端の知識や技術を取り入れるために各専門分野の先生にお願いして,全面的に大改訂を行うことになった.
 本書の特徴は,「臨床検査技師国家試験出題基準(平成23年版)」の大中小項目に準拠して再編集したことである.これによって,臨床検査技師の臨床免疫学教本として学習要点や指導要領を明確にすることを試みた.また,共著者として,大戸 斉(福島県立医科大学附属病院輸血・移植免疫部教授),〆谷直人(国際医療福祉大学熱海病院検査部長・教授),田崎哲典(東京慈恵会医科大学附属病院輸血部副部長),福岡良博(バージニア州立大学医学部内科学部門リウマチアレルギー免疫分野准教授),北海道赤十字血液センターの佐藤進一郎(検査部長),松林圭二(検査三課長),石丸 健(検査一課係長),宮崎 孔(検査三課係長)の各氏が専門分野を分担執筆して内容の充実を図った.卒後教育にも役立つように,重要な部分には専門性の高い内容が記載されている.さらに本書は,臨床検査分野以外の学生の臨床免疫学の副読本,あるいは参考図書としても十分役に立つと確信している.
 今後さらに内容を充実し,時代に即応した本にしたいと念願しているので,ご意見をお寄せくださるようお願いする.
 2011年6月
 執筆者一同
 序
 カラー図譜
第1章─免疫学の概要
 I.免疫学の定義
 II.免疫学の歴史と意義
  1)古代〜17世紀
  2)18世紀
  3)19世紀
  4)20世紀
第2章─生体防御の仕組み
 I.免疫系による生体防御
  1)自然免疫と獲得免疫
  2)自己と非自己の認識
 II.免疫器官,組織,細胞
  1)免疫器官と組織
  2)免疫細胞
  3)免疫担当細胞を特徴づける表面マーカー:CD(cluster of differentiation)抗原
  4)リンパ球の分化と再循環
  5)免疫機能の系統発生,個体発生と加齢
 III.抗原(antigen)
  1)定義
  2)抗原性(免疫原性)
  3)抗原の特異性
  4)抗原の決定基(決定群)
  5)抗原の分類
  6)抗原性を発揮するための条件
  7)抗原性の変化と変異
  8)抗原がヒトの体内に入る経路
 IV.抗体(antibody)
  1)定義
  2)抗体の分類
  3)抗体(免疫グロブリン)の構造と機能
  4)新生児の免疫グロブリン
  5)アジュバント(補助物質,免疫助成剤)
  6)ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体
 V.補体(complement)
  1)定義
  2)補体成分
  3)補体活性化経路
  4)補体系のコントロール機構
  5)生理活性補体フラグメント
  6)補体レセプター
  7)補体遺伝子ファミリーと染色体連鎖
  8)補体系と凝固系,線溶系,キニン系との関係
  9)補体が関与する免疫現象
  10)補体作用の変化
  11)補体の測定法
 VI.免疫の成立と調節
  1)サイトカイン(cytokine)
  2)接着分子(adhesion molecule)
  3)MHC分子と抗原提示
  4)一次免疫応答と二次免疫応答
  5)T細胞の活性化と調節
  6)細胞性免疫
  7)T細胞レセプターとB細胞レセプター
  8)リンパ球レパートリーと免疫寛容
  9)肥満細胞,好酸球由来のメディエーター
第3章─免疫と疾患の関わり
 I.感染防御免疫
  1)自然免疫(natural immunity)
  2)獲得免疫(acquired immunity)
 II.抗腫瘍免疫
  1)腫瘍に対する免疫監視
  2)腫瘍特異抗原
  3)腫瘍特異移植抗原
  4)腫瘍関連抗原
 III.免疫不全
  1)免疫機能不全
  2)免疫不全症
 IV.アレルギー
  1)アレルギーの機序と分類
  2)アレルギー疾患
 V.自己免疫
  1)自己免疫と自己抗体
  2)自己免疫疾患(autoimmune disease)
 VI.炎症と急性期反応物質
  1)炎症性サイトカイン
  2)炎症マーカーの臨床検査とCRP
 VII.免疫グロブリン異常
  1)高γグロブリン血症
  2)マクログロブリン血症
  3)Bence Jonesタンパク
  4)クリオグロブリン
  5)パイログロブリン
 VIII.輸血,移植,生殖における同種免疫反応
  1)同種免疫(alloimmune)とは
  2)同種抗原(allo-antigen,iso-antigen)
  3)主要組織適合抗原(MHC:major histocompatibility complex)
  4)同種抗体(allo-antibody,iso-antibody)
  5)同種抗体獲得に至る2つの機序:直接認識(direct recognition)と間接認識(indirect recognition)
  6)白血球除去の意義
  7)同種抗原と反応する細胞傷害性T細胞(allo-reactive cytotoxic T cells,killer T cells)
  8)拒絶反応(HVGR:host-versus-graft reaction,GVHR:graft-versus-host reaction)
  9)拒絶反応の制御・治療
  10)混合リンパ球培養反応(mixed lymphocyte reaction:MLR,mixed lymphocyte  culture:MLC)
第4章─抗原抗体反応による分析法
 I.抗原と抗体の結合
  1)抗原抗体反応とその原理
  2)抗原抗体反応の分類
  3)抗原抗体反応の特異性
  4)交差反応(cross reaction)
  5)抗原抗体反応の原理
  6)抗体の親和性(affinity)と抗原結合活性(結合力)(avidity)
  7)抗原抗体反応に関与する免疫グロブリン
  8)抗原抗体反応に影響を及ぼす因子
  9)抗原抗体反応における各因子の量的関係
 II.試薬抗体の性状
  1)ポリクローナル抗体
  2)モノクローナル抗体
 III.反応原理とその臨床応用
  1)沈降反応(precipitation reaction)
  2)凝集反応(agglutination reaction)
  3)抑制反応(inhibition test)
  4)溶解反応(lytic test)
  5)補体結合反応(complement-fixation test)
  6)中和反応(neutralization test)
  7)散乱光分析法(免疫比濁・比ろう法)(turbidimetry・nephelometry)
  8)ラテックス凝集光学的測定法(latex agglutination immunoassay:LAIA)
  9)標識抗原抗体反応
  10)フローサイトメトリー(flow cytometry:FCM)
  11)イムノブロット法(immuno blotting)・ウエスタンブロット法(Western blotting:WB)
  12)イムノクロマトグラフィー(イムノクロマト法)(immunochromatography)
 IV.測定感度
第5章─免疫検査の基本的技術
 I.抗体の作製
  1)動物を免疫してつくる方法
  2)モノクローナル抗体とその作製法
  3)免疫グロブリンの分離・精製
 II.器具・機器の取り扱い
  1)ドロッパーとマイクロダイリュータ
  2)マイクロプレートウォッシャー
  3)マイクロプレートリーダ
  4)蛍光顕微鏡
  5)フローサイトメーター
 III.検査目的別採血・保存法
  1)採血時・採血後の温度管理
  2)抗グロブリン試験用
  3)寒冷凝集素用
  4)Donath─Landsteiner反応用
 IV.血清・血漿の処理
  1)試験管
  2)血液バッグのセグメント
  3)非働化(不活化)
  4)保管法と解凍法
  5)連続希釈法
 V.細胞保存液の作製
  1)赤血球の保存
  2)白血球・血小板の保存
 VI.血液細胞の分離・調製法
  1)赤血球
  2)洗浄赤血球
  3)末梢血単核球細胞
  4)Tリンパ球・Bリンパ球
  5)濃厚血小板
 VII.唾液の採取と処理
  1)検査の術式
第6章─感染症の免疫学的検査
 I.溶連菌感染症関連抗体
  1)抗ストレプトリジンO価測定
  2)抗ストレプトキナーゼ価測定
 II.サルモネラ抗体
  1)Widal反応
  2)Vi─PHA法(Vi─受身赤血球凝集反応)
 III.梅毒血清反応
  1)抗CL・Lec抗体検出法
  2)抗TP抗体検出法
 IV.マイコプラズマ抗体
  1)粒子凝集法
  2)CF法(補体結合反応法)
 V.リケッチア感染症
  1)Weil─Felix反応
  2)ツツガムシ抗体価
 VI.クラミジア抗原
 VII.ウイルス性肝炎
  1)A型肝炎
  2)E型肝炎
  3)B型肝炎
  4)D型肝炎(δ─抗原)
  5)C型肝炎
 VIII.レトロウイルス感染症
  1)ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)
  2)ヒトTリンパ球向性ウイルス(human T─cell lymphotrophic virus:HTLV─1)
 IX.風疹抗体
  1)赤血球凝集抑制試験
 X.インフルエンザA・Bウイルス抗原
  1)イムノクロマトグラフィー
 XI.トキソプラズマ抗体
 XII.非特異検査
  1)CRP
  2)寒冷凝集試験
  3)Paul─Bunnell反応
第7章─アレルギー関連検査
 I.アレルゲンの同定
  1)皮膚反応
  2)IgE抗体試験管内測定法
  3)ヒスタミン遊離試験
  4)誘発試験
 II.レアギンの定量
  1)総IgE
  2)アレルゲン特異的IgE抗体
第8章─自己抗体の検査
 I.リウマトイド因子
  1)RAテスト
  2)RAPAテスト
  3)関節リウマチの早期診断
 II.抗核抗体関連
  1)抗核抗体検出法
  2)抗DNA抗体
  3)抗ENA抗体
 III.抗ミトコンドリア抗体
 IV.甲状腺関連抗体
 V.基底膜抗体
 VI.Donath─Landsteiner反応
  1)検査結果の意義および評価
  2)Mackenzie反応
 VII.血小板抗体
 VIII.抗リン脂質抗体
第9章─免疫機能検査
 I.液性免疫
  1)免疫電気泳動
  2)免疫グロブリン定量
 II.細胞性免疫
  1)リンパ球サブセット解析
  2)サイトカイン定量
  3)リンパ球刺激(幼若化)試験
  4)遅延型皮膚反応
 III.補体系
  1)血清補体価(CH50)の測定
  2)HAM試験
 IV.食細胞系
第10章─輸血と免疫検査
 I.血液型と同種抗原
  1)血液型とは
  2)ABO血液型
  3)Rh血液型
  4)その他のおもな血液型
  5)白血球抗原
  6)血小板
  7)血清型
 II.変異型と後天的変化
  1)ABO亜型
  2)Rh変異型
  3)血液型キメラ
  4)後天性B(acquired B)
  5)汎血球凝集(polyagglutination)
 III.輸血前検査
  1)ABO血液型検査
  2)Rh(D)血液型検査
  3)不規則抗体スクリーニング
  4)交差適合試験
  5)タイプ・アンド・スクリーン
  6)コンピュータクロスマッチ
 IV.血液型と抗体検査
  1)検査の準備
  2)ABO血液型検査
  3)Rh(D)血液型検査
  4)不規則抗体検査
  5)交差適合試験
  6)ABO血液型亜型検査
  7)抗A,抗B抗体価の測定法
  8)唾液を用いたABO血液型と分泌型・非分泌型検査
  9)直接および間接抗グロブリン(クームス)試験
  10)自己抗体保有患者の輸血検査
  11)HLAタイピング
  12)血小板特異抗原(HPA)タイピング
 V.血小板抗体の同定
  1)血小板抗体検査
  2)HLA適合血小板
第11章─輸血の安全管理
 I.成分輸血療法の意義と適応
  1)血液製剤の種類
  2)使用上の要点
 II.供血者の選択
 III.患者と供血者間の適合性
 IV.輸血に伴う副作用・合併症
  1)溶血性副作用(hemolytic transfusion reaction:HTR)
  2)発熱性非溶血副作用(febrile nonhemolytic transfusion reaction:FNHTR)
  3)輸血関連急性肺傷害(transfusion-related acute lung injury:TRALI)
  4)輸血後移植片対宿主病(post-transfusion graft-versus-host disease:PT─GVHD)
  5)アレルギー反応
  6)他の輸血副作用と対応
  7)輸血感染症
第12章─移植の検査
 I.移植前検査
  1)ABO,Rh血液型検査
  2)HLA検査
  3)交差適合試験
 II.造血幹細胞移植
  1)造血幹細胞移植概説
  2)幹細胞の分離同定(FCMでの評価:ISHAGE法)
  3)血液型キメラ
 III.造血幹細胞移植時および臓器移植時の輸血
  1)造血幹細胞移植
  2)臓器移植
第13章─妊娠・分娩の免疫検査
 I.免疫学的妊娠反応
  1)hCGの構造
  2)hCG受容体と機能
  3)妊娠中のhCGの推移
  4)hCGの検査
  5)hCGの異常
 II.血液型不適合妊娠
  1)新生児溶血性疾患
  2)出生前検査
  3)妊娠中の治療
  4)出生後検査
  5)交換輸血
  6)HDNの予防(抗D免疫グロブリン)
第14章─検査結果の評価と対策
 I.評価
  1)疾患との関連性
  2)二相性試験
  3)感染症の診断検査
 II.対策
  1)異常現象の背景と異常値の対応
  2)輸血副作用の原因究明と対策

 索引