やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

刊行にあたって

 嚥下障害ビデオシリーズ(1-6巻)は1998年に発売されて以来大変好評である.この度やっとシリーズの追加(第7巻)として『嚥下造影と摂食訓練』を刊行することができた.
 嚥下造影はたいへん誤解されている検査である.従来の医学では診断が重要視されているあまり,嚥下造影においても「誤嚥の診断検査」という意味合いの強い検査がなされる傾向にある.もちろん診断的検査として嚥下障害の機能診断,原因診断など「悪い部分を発見する」ことは大切である.しかし,悪いところを発見したら,その後どのようにそれを克服するかという視点がなければ嚥下造影は不十分であり先につながらない.現在のところ嚥下障害に有効な治療法はリハビリテーション(以下リハ)か手術であり,薬物療法などはあまり効果が期待できない.検査の際にリハ手技を確認し,誤嚥や咽頭通過,咽頭残留にどのように対処するかなどの情報を得て,その後の訓練に役立てるようにしてはじめて検査が生きてくる.その意味で嚥下造影は「治療的検査」である.
 以上のような観点からこのビデオは嚥下造影の技術的側面を解説するのではなく,摂食訓練との関連を重視した.嚥下リハでは摂食訓練はたいへん効果的である.嚥下造影では摂食訓練を安全にすすめるための情報を得ることが大切である.各施設でレントゲンの機種も異なり,常に十分な条件に恵まれているとは限らないが,ビデオでお示ししたポイントを理解して,症例ごとに創意と工夫を重ねていただきたい.我々の方法が少しでもお役に立てば幸いである.
 2001年5月 藤島一郎

はじめに

 嚥下には30にも及ぶ筋肉が一連の動きとして協調して働いている.口から食べるためにはこれらの筋肉を「食べる」という目的に沿って流れとして訓練する必要がある.そのため基礎訓練も大切であるが,実際に嚥下障害の患者が食べるようになるためには摂食訓練が不可欠となる.嚥下造影(videofluoroscopic examination of swallowing,VFと略す)は誤嚥や咽頭残留をなくして,安全に摂食する方法を探すためにたいへん有効な検査である.
 このビデオでは嚥下造影の基本と摂食訓練で使用するリハビリテーションテクニックについて解説する.
 嚥下造影の基本
 ■嚥下造影の適応
 症状や問診,反復唾液飲みテスト,水飲みテストなどから嚥下障害が強く疑われる時,また長期間絶飲食となっていた患者が摂食を開始する時などに嚥下造影を行う.
 ■嚥下造影の目的
 この検査は,口腔,咽頭,食道など嚥下関連器官の構造や動きの異常を検査するとともに食塊の動きを評価することが目的である.その際に体幹や頚部の角度.一口量,摂食方法,食物形態など条件を変え,誤嚥をなくし咽頭残留を除去する方法を探す.悪いところを発見する(診断的検査)だけでなく,よい部分(残存能力)を発見し,いかに伸ばすかという視点が不可欠である.その意味で嚥下造影は治療的検査としての意味が大きな比重を持つ検査である.
 嚥下造影は,嚥下障害の疑いのある患者に行う検査なので,いきなりバリウムを大量に飲ませて,誤嚥したから摂食困難と判定するような検査をすることは許されない.
 座位のみの検査で大量の誤嚥が見られ摂食出来ないという判定されていたものが,当院の検査で誤嚥しない条件を発見し,その後摂食できている症例は多い.
 検査に際しては,意味,目的,方法をよく説明しなければならない.検査前には口腔内を湿らせて,空嚥下と嚥下の準備体操を行う.当院では検査は最も誤嚥しにくい体位と食物形態から開始して,徐々に難易度を上げていくようにしている.
 誤嚥は最小限に留めるようにし,誤嚥がある場合は代償的方法や摂食訓練のテクニックを用いて誤嚥をなくし,安全に摂食できる条件を探す.咽頭残留も誤嚥につながるので除去する方法を検討する.VFの主な評価項目を表に示した.
 ■準備する物品
 準備する物品は,氷水,アイスマッサージ棒,模擬食品として40%バリウム水,増粘剤,ゼラチンゼリー,寒天ゼリー,蒸しパン,クッキーなどである.また,吸引機を準備して痰や誤嚥物を吸引できるようにする.
 検査中はパルスオキシメーターで経皮的に血中酸素飽和度をモニターする.90%を切る場合には検査を中断する.
 ネームプレートを作成し患者名,日付,検査の始めと終わりをビデオに録画しておくと後で見直す時に便利である.
 検査は口唇での取り込みから食道・胃までを見るようにする.角度は水平位から90度座位まで設定できるようにし,側面像と正面像を見る.食道の異常所見もたいへん多いので必ず見るようにする(表1).
 摂食訓練テクニック集
 ■嚥下反射誘発法
 嚥下がなかなか起こらない場合は嚥下反射誘発法を行う.嚥下反射促通手技とK-point刺激法がある.
 ・嚥下反射促通手技
 甲状軟骨から下顎下面へ,皮膚および舌骨上筋群を下から上へ用手的に摩擦すると嚥下が起こる.基礎訓練としても用いるが,摂食場面や嚥下造影中,食べ物を口に入れたままなかなか嚥下が起こらないときに行うとよい.
 ・K-point刺激法
 K-point刺激法も嚥下が起こらないときに有効である.K-pointは臼歯後三角最後部やや後方の内側にある.仮性球麻痺患者にK-pointを舌圧子やスプーンなどで軽く圧迫刺激すると,咀しゃく様運動に続き嚥下反射が誘発される.手足の麻痺の強い側のK-pointを刺激した方が誘発されやすい.
 ビデオの症例は73才男性,痴呆・仮性球麻痺の患者で,食物を口腔にためてしまい,嚥下してくれないため,平らなスプーンでK-pointを軽く刺激したところ咀嚼様運動に続いて嚥下が起こっている.
 ■体幹角度の調整
 体幹角度の調整は摂食訓練に際して重要である.
 座位に比較してリクライニング位の利点は,口唇からのこぼれがなく,口腔内移送と咽頭への送り込みに有利である,誤嚥と咽頭残留防止効果がある等である.
 ビデオではVFで体幹90度座位と30度リクライニング位の比較,次に体幹90度座位と45度リクライニング位の比較を供覧している.いずれも座位に比しリクライニング位の方が送り込みや誤嚥,残留が減少している.リクライニング位は不自然で自力摂取に不利なため座位にこだわって摂食をすすめる臨床家もいるが臨機応変に対処すべきである.
 ■頚部前屈と顎引き
 頚部前屈と顎引きは誤嚥防止の方法としてよく知られている,手技が一定していないので注意が必要である.
 われわれは頚部の角度を,頚部前屈位と単純顎引き位,前屈顎引き位の3つに区別していて,頚部前屈位が一番自然で嚥下には有利と考えている.
 単純顎引き位はC1とC2で前屈をかけるものであるが,咽頭腔が前後に狭くなり,これは喉をつめて嚥下がしにくくなる.咽頭腔が狭くなるので嚥下圧を上昇させるためには有利であるが,喉頭蓋が反転できないなどの欠点があることをよく理解しなければならない.
 前屈顎引き位はC1からC7までの前屈にC1,C2の強度前屈を同時に行ったものである.しばしば顎を胸骨につけるようにと指導されるが,これも舌骨や喉頭の挙上を阻害し喉をつめるため嚥下がしにくくなる.
 頚部前屈はわれわれが最も推奨するものでC1からC7まで緩やかに屈曲させる方法である.リクライニング位では枕を高くかって頚部が伸展しないように注意しながら前屈位をとる.枕が低いと頚部前屈位をとったつもりでも単純顎引き位になるので注意しなければならない.また枕を高くかった場合でも,顎を引きすぎると前屈顎引き位となって嚥下しにくくなるので注意が必要である.
 以上は一般論を述べたものであり症例ごとに最適な角度を検討すべきである.
 ビデオではそれぞれの症例を供覧している.
 ■一口量
 一口量は少ないと刺激が弱く,嚥下を誘発しにくいという欠点があるが,誤嚥や咽頭残留も減って安全に訓練できるという利点がある.一方多いと刺激が強く嚥下を誘発しやすくなるが誤嚥や咽頭残留がふえて危険が増す.最適一口量は病態や食品の性状により異なる.
 ビデオでは一口量が増加すると誤嚥や残留が増加する例を紹介している.
 ■ゼラチンゼリーの丸のみ法
 重症患者では,口腔や咽頭を通過しやすいスライス型の食塊をあらかじめつくって丸のみしてもらうと誤嚥や(咽頭)残留無く,摂食訓練を行うことができる.丸のみ法にはゼラチンゼリーを使用する.ゼラチンゼリーは体温で溶けてしまうという欠点もあるが,誤嚥した場合や残留した場合でも容易に吸引可能なため安全度が高い.ビデオではゼラチンゼリーに割面を入れて平らなスプーンでスライス型食塊をつくる方法を紹介している.
 症例:77歳男性.咽頭への送り込みが不良の人であるがスライス型食塊はスムーズに嚥下される.山型食塊では口狭の通過が不良で咽頭通過時間もやや延長する.ファイバースコープで見るとスライス型食塊は梨状窩にウェッジするように入り,スムーズに嚥下されるのがわかる.大きな山型食塊は咽頭に残留した場合喉頭に落ちるように誤嚥されることがあり大変危険である.
 ■息こらえ嚥下
 随意的に呼吸と嚥下のタイミングを調節することで誤嚥を防止する方法である.大きく息を吸って,しっかり止めた状態で嚥下し,嚥下後勢いよく息を吐き出す.しっかり息を止めることで声門が閉鎖し,気道に食物が入りにくくなる.また息を吐き出すことで誤嚥しかかった食物を気道から喀出することができる.
 内視鏡では息こらえをすると声門が閉鎖するのがよくわかる.
 ビデオでは息こらえ嚥下で侵入が消失した症例を供覧している.
 ■一口毎の咳
 一口毎の咳は誤嚥物喀出に有効で,しばしば摂食訓練に用いる.
 症例:73歳男性,繰り返す肺炎.VFでは嚥下中および嚥下後の誤嚥が認められたが,随意的な咳で喀出可能であった.一口毎に軽い咳と数口に1回の強いハフィングを行うよう指導することで,以後肺炎を併発することなく経過している.
 ■横向き嚥下・頚部回旋
 横向き嚥下・頚部回旋も摂食訓練でよく用いられる方法である.これには嚥下前から横を向いて嚥下してもらう方法と,嚥下後に横を向いて空嚥下してもらう方法がある.回旋の際には軽く頚部前屈をつけることがポイントである.
 ・嚥下に対する効果のメカニズム
 嚥下に対する効果のメカニズムは,まず喉頭蓋が回旋側に偏位して食塊を非回旋側に誘導できることがあげられる.ファイバースコープで見ると(ビデオでは向かって左側が患者の右側になっている),頚部を左に回旋すると右側の喉頭蓋と咽頭壁の隙間が広がるのがわかる.
 ビデオでは左横向き嚥下で食塊が右側の咽頭を通過するところをとらえた画像を紹介している.メカニズムには非回旋側の輪状咽頭筋静止圧が低下することも知られている.
 ・回旋による誤嚥予防の例
 症例:70歳男性.正面を向いた状態では咽頭残留と誤嚥を認めるが,嚥下前に右横を向いてから嚥下することで咽頭残留と誤嚥なくスムーズに嚥下された.
 症例:62歳男性.右横向き嚥下では反射も起こりにくく,食塊が喉頭蓋谷に残留している.左横向き嚥下にすると反射も起こりやすく,咽頭通過が良好となった.
 この症例のように頚部回旋には人によって左右差があるので注意しなければならない.
 ・回旋による咽頭残留除去の例
 ビデオの症例は嚥下後,喉頭蓋谷と左右の梨状窩に食塊が残留しているが,まず,右横向き嚥下を行うと左側の残留が消失し,次いで左横向き嚥下を行うことで右側の残留も消失している.
 咽頭残留に対する左右横向き嚥下は一般高齢者に対しても食事の途中や食後に指導するとよいと思われる.
 ■一側嚥下
 側臥位と頚部回旋を併用する方法である.咽頭通過に著明な左右差があるワーレンベルグ症候群で特に有効であるが,仮性球麻痺などでも症例を選んで行うと効果的である.咽頭通過がよい健側を下にした側臥位を取り,頚部を患側に回旋させる.このようにすることで食塊を咽頭通過のよい一側のみを確実に通過させることができる.
 ビデオでは嚥下造影で食塊が右の咽頭を通過する場面をとらえたところを紹介している.
 ■交互嚥下
 交互嚥下は異なる性状の食品を交互に嚥下する方法で咽頭残留除去に役立つ.ビデオでは寒天ゼリーの塊が喉頭蓋谷に残留したものが,次にゼラチンゼリーをのむことで除去される場面を供覧している.ファイバースコープの影像は喉頭蓋谷に残留したお粥がお茶ゼリーを交互に嚥下することで消失した場面をとらえたものである.
 ■胃食道逆流
 胃食道逆流は誤嚥性肺炎の原因として重要である.
 症例:50歳,男性,胃切除術後に肺炎を繰り返している患者.著明な胃食道逆流が嚥下造影で証明された.この人の発症様式は夜間,臥位で逆流が咽頭に達し誤嚥されて突然呼吸困難を伴った激しい肺炎を起こすというものであった.夜間も30度上体を起して寝てもらうことで肺炎の発症はなくなった.
 症例:肺炎を繰り返す82歳の女性. 口腔・咽頭に問題なく,臥位で胃食道逆流があり,これが肺炎の原因と考えられた.
 ■食道残留と逆流
 食道残留と逆流もよく見られる所見である.ビデオの症例は嚥下困難を主訴に来院した45歳男性であるが,食道全体にわたり食塊が充満するように残留している.もう一人は76歳男性で食道から咽頭へ逆流する場面が嚥下造影でよくわかる.食後の臥位を禁止する指導を行った.
 ■食道の変形・蛇行・チューブの先あたり
 ビデオの症例は70歳男性で,著明な食道の変形と蛇行が認められている.蠕動運動も不良で食塊を胃に送り込めていない.もう一人は64歳女性で,食道下部と胃の変形が著明である.経管栄養チューブが先あたりして胃に送り込めていない.このような人ではチューブが先あたりしたまま留置されると先端に潰瘍が形成され,穿孔にいたる場合があるので危険である.
 一般に食道通過が不良の場合は,腹部を圧迫しない座位をとるように指導する.ビデオの症例も60度座位で食道残留が消失した.
 ■食品の調整
 食品の調整は摂食訓練でたいへん重要である.
 一般に粘性が増すと誤嚥しにくくなる.汁物などでむせるときは増粘剤でトロミをつける方法がよく行われるが,適度なトロミに調整することが大切である.
 ビデオではポタージュ状,うすめのとろみに調整したお茶,ヨーグルト状,濃いめのトロミに調整したお茶,増粘剤を大量に用いてジャム状にしたものを供覧している.増粘剤の量が多いと粘性がまし,嚥下しにくくなることがあるので注意しなければならない.
 症例に応じて適度な粘度に調整する事が大切である.増粘剤は年々改良が進み,味や香りを損なわない優れた製品が手にはいるようになった.
 トロミをつけすぎてもべたべたにならない製品(ヘルシーフード:トロミクリアー,キューピー:かんたんゼリーの素など)も発売されている.それぞれの特徴をよく理解して使用するとよい.
 ビデオでは水でむせるが,わずかなトロミでむせがなくなる人のVFを紹介している.さらに,うすめに調整したトロミ(ポタージュ状)では誤嚥するが,濃いめのとろみ(ヨーグルト状)にすると誤嚥なく嚥下される症例の場面も紹介している.
 誤嚥や残留を減らすためには,食品の調整が最も手軽で効果の上がる方法であるが,他の摂食訓練テクニックを併用することでより効果を上げることができる.嚥下に適した食品の知識や嚥下食の作り方などは本シリーズ第6巻で詳しく解説しているのでご覧いただければ幸いである.
 おわりに
 以上,嚥下造影と摂食訓練で用いるリハビリテーションテクニックについて紹介したが,種類が多く,どのような時にどのテクニックを使用するかを決めることは大変難しいものである.ここで紹介したもの以外の方法もあり,可能な限り嚥下造影で効果を確認しながら使用したいものである.また,摂食訓練ではチームアプローチが不可欠で,嚥下造影で得られた所見はチーム全員で共有し,患者さんやご家族の指導にも役立てることが大切である.
 私どもの方法を参考にしていただければ幸いである.
 参考文献
 1) 藤島一郎:脳卒中の摂食・嚥下障害.第2版,医歯薬出版,1998.
 2) 藤島一郎:新版 口から食べる 嚥下障害Q&A.中央法規出版,1998.
 3) 藤島一郎(監修):嚥下障害ビデオシリーズ (1)嚥下の内視鏡検査,(2)仮性球麻痺の嚥下訓練,(3)球麻痺患者に対する嚥下訓練,(4)嚥下障害における経管栄養法,(5)嚥下障害における肺理学療法,(6)嚥下食.医歯薬出版,1998.
収録時間約23分 末尾の数字は目安の分:秒

はじめに
嚥下造影の基本
 嚥下造影の適応 1:07
 嚥下造影の目的 1:28
 準備する物品 3:31
摂食訓練テクニック
 嚥下反射誘発法 4:48
  ・嚥下反射促通手技 4:55
  ・K-point刺激法 5:43
 体幹角度の調整 6:38
 頚部前屈と顎引き 7:50
 一口量 9:52
 ゼラチンゼリーの丸のみ法 10:40
 息こらえ嚥下 12:24
 一口毎の咳 13:12
 横向き嚥下・頚部回旋 13:52
  ・嚥下に対する効果(メカニズム) 14:15
  ・回旋による誤嚥予防の例 15:02
  ・回旋による咽頭残留除去の例 15:52
 一側嚥下 16:21
 交互嚥下 17:05
 胃食道逆流 17:34
 食道残留と逆流 18:10
 食道の変形・蛇行・チューブの先あたり 18:43
 食品の調整 19:44

おわりに 21:52

参考文献