やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 スポーツ外傷を治療するということは,スポーツによる外傷だけでなく,原因は何であれスポーツをすることの障害になっているすべての外傷を治療することである.スポーツ外傷を治療する際には,スポーツ復帰の目標をいかにするか,スポーツにはどのような段階を踏んで復帰するのか,治療する側とされる側が共通認識をもつことが非常に大切である.治療を受ける側も治療は医療者にすべて任せるのではなく,治療の目標をどうしたいのか意思表示し,治療方法の選択肢の提示を受けて,協議し相談して治療法を決めることが大切である.治療法が正しく選択されれば,医療施設で治療し,ジムでトレーニングし,スポーツ現場へ戻り競技復帰すればよいが,この過程には一貫性がなければならない.医師,コ・メディカル,トレーナー,コーチ,そして患者である選手のすべての人達が共通の認識と強い意志をもってこれに当らなければ成功は期待できない.本書は,これらすべての人達に共通の認識をもっていただくために,それぞれの立場の人が他の立場の人達の考え方を理解しやすいように企画した.
 スポーツ種目の違いにより,下肢の使い方には相違点より共通するところが多いといえるが,上肢の使い方はかなり異なる.同じ種目でも,ポジションにより上肢の使い方は随分違う.したがって,上肢のスポーツ外傷の診断と治療においては,常にこの種目やポジションの特殊性を考慮にいれなければならない.本巻の総論,各論のいずれにおいても,スポーツとの関わりについては,受傷機序,治療法の選択,後療法の進め方,再発予防の方策など,できるだけ具体的に触れていただくように執筆者にはお願いしたが,その成果が得られていることを喜んでいる.他の巻にも共通することだが,運動療法に大きな比重をおき,各論で触れていただく他に,特に肩関節の運動療法については詳細に解説した.
 肩の章では,それぞれの疾患の分類や位置づけに議論が残されている肩関節の不安定性に問題がある疾患群を,肩関節不安定症と仮称し,3人の執筆者にそれぞれの立場から疾患単位を分類していただき,記述していただく試みをお願いした.通読すると疾患単位と疾患群のとらえ方が人により異なることがよく理解でき,その基本的な考え方に立つことにより,各論の理解が深まるように感じる.肩関節の関節鏡視下手術とMRI診断など,最近著しく進歩している分野がある.これらの分野に関しては,早々に原稿をいただきながら編集に手間取ったために,時宜を失していることを恐れるが,普遍的な部分については輝きを保ち続けている.野球肩,水泳肩などの囲み記事は,専門家による的を射た記述が読者の参考になると信じている.
 本書は日本体育協会スポーツ診療所において,スポーツ外傷の臨床に長年携わってきた医師,コ・メディカルを中心に企画された.スポーツ外傷からスポーツ復帰できるまでの道筋を見開きの文章と解説図で具体的に示し,スポーツ現場でも医療の現場でも実地に役立つように企画された.そのために,日常診療の中で,またはスポーツ現場においてスポーツ外傷の臨床に携わり,さらにスポーツ外傷の研究に貢献されている大変忙しい人達に執筆をお願いした.私どもの不手際で編集作業に思わぬ時間を要したことをお詫び申し上げるとともに,実地の臨床と研究の成果が生き生きと表れている論文をお寄せ頂いたことを感謝している.
 スポーツの技術がその成績で評価されるのは当然だが,その成績が一時的であって,再現性のないものであってはならない.正しいスポーツ技術が研究され,指導される際には,スポーツ外傷に対する考察を欠かすことができない.急性外傷を起こしやすいスポーツ技術は,その結果が明らかなために排除されるか,ルールで禁止されることになる.しかし慢性外傷を起こしやすいスポーツ技術は,成績が長続きしないため完成された技術ということはできないが,そのスポーツ技術と慢性外傷との因果関係を研究することにより,その予防策を講じ,新しいより効果的なスポーツ技術を考案することが可能になる.本書がスポーツ外傷を起こしにくいスポーツ技術の開発と,避けられないスポーツ外傷からのより早期のスポーツ復帰を可能とすることに貢献できることを編者として願ってやまない.
 2000年8月 星川吉光
 序文

1 肩甲帯・肩・上腕
 総論
  1.解剖・機能解剖――玉井和哉
   1)皮膚
   2)筋肉
   3)骨
   4)関節と靭帯
   5)神経
   6)血管
  2.画像診断――玉井和哉
   1)X線
   2)CT
   3)超音波
   4)MRI
  3.関節鏡診断――玉井和哉
   1)適応
   2)進入法
   3)肩関節鏡検査
   4)滑液包鏡検査
  4.バイオメカニクス(外傷の発生,治療,スポーツ復帰)――渡會公治
   1)肩の構造と機能
  5.投動作のメカニズムと慢性障害――渡會公治
   1)投球障害の診断
   2)投球障害の治療
   3)回旋筋群の強化
   4)手術療法
 胸鎖関節脱臼――中川種史
  1.解剖
  2.受傷機転
  3.診断
  4.治療
 鎖骨,肩鎖関節損傷――中川種史
  1.鎖骨骨折
    受傷機転 分類 治療
  2.肩鎖関節損傷
    解剖 受傷機転 症状と診断 分類 治療
 ・テーピング(小林寛和)
    肩腱板の機能不全に起因する痛みに対するテーピング 反復性肩関節脱臼(前方脱臼) 肩鎖関節損傷に対するテーピング
 肩甲骨骨折――萬納寺毅智
  1.外傷性骨折
    分類 治療
  2.疲労骨折
   1)烏口突起
   2)肩峰
   3)体部
 肩関節不安定症
  1.肩関節不安定症A――勝本弘
   1)肩関節の安定性とは
   2)肩関節不安定症とは
   3)初回肩関節前方脱臼の治療―再脱臼の予防
   4)反復性肩関節前方脱臼・亜脱臼
   5)動揺肩
   6)習慣性後方脱臼
   7)随意性脱臼
  2.肩関節不安定症B――三橋成行
   1)反復性肩関節脱臼・亜脱臼(外傷性肩関節不安定症)
   2)動揺性肩関節
   3)症例
  3.肩関節不安定症C-腱板疎部損傷――塚西茂昭
   1)腱板疎部
   2)解剖
   3)臨床症状および診断
   4)治療
 ・肩関節不安定性の定量評価(玉井和哉)
    日整会法 前方および後方不安定性の評価法 動的評価法および関節鏡による評価法
 肩甲上腕関節の損傷――筒井廣明・山口光國
  1.発生
  2.病態(病理)
  3.予防(再発の防止)
  4.臨床症状
  5.診断
  6.治療方針
  7.治療
  8.スポーツ復帰までの過程
    治療期 調整期 強化期
 第2肩関節の損傷――福田公孝
  1.解剖と機能
   1)腱板を構成する4つの筋
   2)肩峰下滑液包
   3)肩峰
   4)烏口肩峰靭帯
  2.病態
   1)急性外傷による第2肩関節の解剖学的異常
   2)肩鎖関節の骨棘による第2肩関節の解剖学的異常
   3)慢性の機械的ストレスによる第2肩関節の異常
  3.臨床症状
  4.診断
   1)臨床所見
   2)画像診断
   3)治療方針
   4)観血的治療
   5)スポーツ復帰までの過程
 ・肩のMRI像(三笠元彦)
    腱板断裂 関節唇損傷
 肩関節鏡手術――福島直・米田稔
  1.肩関節鏡手術の発展
  2.外傷性前方不安定症
  3.looseshoulder
  4.拘縮肩
  5.有痛性Bennett病変
  6.腱板修復術
  7.鏡視下手術の問題点
  8.鏡視下手術の利点
 肩周囲筋の損傷――星川吉光
  1.肩周囲筋の分類とおもな機能
   1)体幹と肩甲骨を結ぶ筋
   2)体幹と上腕骨を結ぶ筋
   3)鎖骨,肩甲骨と上腕骨を結ぶ筋
   4)腱板筋群(肩甲骨と上腕骨頭を結ぶ筋)
   5)肩甲骨と前腕を結ぶ筋
  2.各種スポーツ動作の分析
   1)投動作
   2)クロール
   3)背泳
   4)スイング動作(ゴルフ)
   5)筋群の協働
  3.筋損傷の病態
   1)筋断裂
   2)腱断裂
   3)腱付着部断裂
   4)筋疲労
  4.肩周囲筋の損傷
   1)上腕二頭筋長頭腱
   2)大胸筋
   3)大円筋
   4)小円筋
   5)棘下筋
   6)棘上筋
   7)肩甲下筋
   8)Bennett病変
 肩関節の運動療法
  1.投球肩――川野哲英
   1)投動作での問題点
   2)投動作の観察
   3)野球肩のリハビリテーション
  2.コンタクトの肩――蒲田和芳
   1)コンタクトにおける肩外傷
   2)肩関節脱臼の危険因子
   3)肩関節脱臼後のリハビリテーション
   4)コンタクトスキルの獲得
 上肢の血行障害――重松宏
  1.発生機序・病態
  2.臨床症状・経過
  3.診断
  4.治療方針と術式の選択
  5.スポーツ復帰まで
  6.症例
 entrapmentneuropathy――三上容司
  1.肩甲上神経
    解剖 症状 発症機序 スポーツとの関連 診断 鑑別診断 治療
  2.腋窩神経
  3.肩甲背神経
  4.長胸神経
  5.橈骨神経
 上腕骨骨折――三木英之
  1.上腕骨の解剖と上腕の筋
  2.投球骨折の発生機転
  3.投球骨折の症状および現場での処置
  4.投球骨折の診断と治療
   1)hangingcast法
   2)U-shapedsplint法
   3)functionalbrace法
  5.投球骨折の治療―functionalbrace法―とスポーツ復帰まで
  6.合併症とくに橈骨神経麻痺に対する治療
 上腕の筋損傷――三木英之
  1.解剖
  2.上腕二頭筋挫傷(打撲)
  3.上腕二頭筋肉離れ
 ・野球肩:上腕二頭筋長頭腱のかかわり(柚木脩)
    解剖と機能 病態
 ・水泳肩(成長期/青年期・成人期)(石川知志・武藤芳照)
    発生 病態 予防

2 肘・前腕
 総論――楠瀬浩一
  1.解剖・機能解剖
   1)骨・関節
   2)靭帯
   3)筋
   4)骨端核の出現と癒合年齢
   5)血行
  2.バイオメカニクス
   1)静的状態のバイオメカニクス―屈曲・伸展時の荷重状態
   2)投球動作のメカニズム
  3.関節鏡
   1)手技
   2)刺入部位
 肘関節の骨折・骨端線損傷――楠瀬浩一
  1.小児に多くみられる骨折
   1)上腕骨顆上骨折
   2)上腕骨外顆骨折
   3)上腕骨内側上顆骨折
   4)上腕骨内顆骨折
   5)上腕骨遠位骨端線離開
  2.成人に多くみられる骨折
   1)上腕骨小頭骨折
   2)橈骨頭・頚部骨折
   3)肘頭骨折
   4)鉤状突起骨折
 肘関節の脱臼・靭帯損傷・不安定症――楠瀬浩一
  1.肘関節脱臼
   1)前方脱臼
   2)後方脱臼
   3)内側脱臼,外側脱臼
  2.内側側副靭帯損傷
    発生・病態 診断 治療
  3.外側側副靭帯損傷
    発生・病態 治療
 肘関節の骨端線障害――古賀良生・吉津孝衛
  1.肘関節部の骨化過程
  2.Panner病
  3.上腕骨内側上顆骨端炎
 肘関節の離断性骨軟骨炎――古賀良生・吉津孝衛
  1.成因
  2.発生
  3.診断
  4.X線所見と病期分類
  5.治療方針
  6.各種手術法と復帰期間
  7.競技復帰
  8.予防
 肘関節遊離体――古賀良生・吉津孝衛
 変形性肘関節症――島田幸造・米田稔
  1.遊離体形成
  2.軟骨の磨耗変性
  3.骨棘形成
  4.肘部管症候群
  [症例]
 肘関節の皮膚,軟部組織神経の損傷・障害――中川種史
  1.肘部管症候群
    臨床症状 診断 補助診断 治療 後療法とスポーツへの復帰 成績
  2.前後骨間神経麻痺
   1)前骨間神経麻痺
   2)後骨間神経麻痺
 野球肘――高槻先歩
  1.発生
  2.予防
  3.スポーツ現場での処置
  4.診断
  5.臨床症状,経過
  6.治療
 テニス肘――福岡重雄
  1.発生機序と病理
  2.発生要因
  3.診断
  4.治療
  5.内側型テニス肘
  6.ストレッチングと筋力トレーニング
 ・テーピング(小林寛和)
    野球肘に対するテーピング テニス肘に対するテーピング
 前腕骨骨幹部骨折――入江一憲
  1.機能解剖
  2.発生
  3.分類とスポーツ外傷としての特記事項
  4.診断上の注意点と合併症
  5.治療方針
  6.スポーツ復帰までの過程
 前腕骨疲労骨折――入江一憲
  1.発生・診断
  2.発生のメカニズム
  3.予後

3 手関節・手指
 総論――高柳誠
  1.手関節の解剖
    橈骨-手根間関節 遠位橈尺関節 手根間関節,手根中央関節 手関節の外傷
  2.手指の機能解剖
  3.補助診断法
    X線撮影 断層撮影 CT シンチグラム MRI 関節造影 関節鏡
  4.外傷のバイオメカニクス
  5.手指・手関節外傷の予防
  6.スポーツ復帰
 骨折,脱臼,靭帯損傷――田中寿一
  1.橈骨末端骨折
  2.遠位橈尺関節障害
  3.TFCC損傷
  4.手根骨骨折・脱臼
   1)舟状骨骨折
   2)有鉤骨骨折
   3)その他の手根骨骨折
  5.月状骨脱臼,月状骨周囲脱臼
  6.手関節靭帯損傷
   1)舟状月状骨解離
   2)月状三角骨靭帯損傷
   3)手根中央不安定症
 手根不安定症――鈴木正孝
  1.手根不安定症とは
  2.臨床症状
  3.診断
  4.治療方針
  5.スポーツ現場で注意すべきこと
 Kienbo¨ck病――鈴木正孝
  1.Kienbo¨ck病とは
  2.臨床症状
  3.診断
  4.治療方針
 hypothenarhammersyndrome――鈴木正孝
  1.hypothenarhammersyndromeとは
  2.臨床症状
  3.診断
  4.治療方針
 手関節のentrapmentneuropathy――鈴木正孝
  1.entrapmentneuropathyとは
  2.臨床症状
  3.診断
  4.治療方針
 手指の骨折,脱臼,靭帯損傷――河野卓也
  1.発生とスポーツ現場での処置
  2.診断と治療
   1)母指
   2)中手骨
   3)基節
   4)中節
   5)末節
   6)腱の皮下断裂
  3.スポーツ復帰までの過程
 ・テーピング(小林寛和)
    手指のスポーツ外傷に対するテーピング 手関節のスポーツ外傷に対するテーピング
 腱鞘炎――菅原誠
  1.バネ指
 病態 臨床症状・経過 治療方針 保存的療法 手術療法
  2.デ・ケルヴァン腱鞘炎
 病態と臨床症状・経過 治療方針 治療 スポーツ復帰までの過程 予防
  3.その他の腱鞘炎
   1)轢音性腱周囲炎
   2)尺側手根伸筋腱鞘炎
   3)固有示指伸筋腱症候群
   4)短指伸筋症候群
  4.非特異性腱鞘炎との鑑別診断
    手関節ガングリオン 腱鞘ガングリオン 慢性化膿性腱鞘炎 リウマチ性腱鞘炎 結核性腱鞘炎 急性手石灰沈着性腱鞘炎 腱鞘巨細胞腫 反射性交感神経性ジストロフィー,Sudeck骨萎縮
 皮膚,軟部組織,腱の損傷・障害――菅原誠
  1.手指のスポーツ障害と外傷
  2.手指の損傷の現場での診察と応急処置
   1)挫傷・擦過傷
   2)切創
   3)咬創
   4)指尖損傷
   5)PIP関節捻挫
  3.スポーツ時に起こる腱損傷
   1)総指伸筋腱断裂
   2)boxer'sknuckle(指伸筋腱脱臼)
   3)習慣性尺側手根伸筋腱脱臼
   4)深指屈筋皮下腱断裂
  4.爪・皮膚の損傷・障害
   1)爪剥離
   2)爪下出血
   3)爪周囲炎
   4)ひょう疸
   5)亀裂状湿疹
   6)まめ,胼胝
   7)指神経炎
   8)bowler'sthumb

 文献
 索引