やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊に寄せて

 1948年私がはじめて東大整形外科教室の門をくぐった当時は,小児を襲い,肢体不自由児をつくる二大麻痺性疾患として,脊髄性小児麻痺(いわゆるポリオ)と脳性小児麻痺(脳性麻痺)があげられていた.そのほか,年長児先天性股関節脱臼,骨関節結核なども小児の運動器疾患として,長期間の治療を要するため,これらを扱う施設として,東大整形外科高木憲次教授の努力により,東京に整肢療護園が設立されていた.やがて戦災で焼失した整肢療護園本館の再建と,全国各道府県における肢体不自由児施設の再建が始まった.高木教授は治療と教育を同時に施す「療育」なる概念を確立し,各施設では多くのスタッフが献身的な努力を払っていた.
 一方,早期診断の普及や抗生物質を初めとする薬剤の画期的進歩により,年長児先天性股関節脱臼と骨関節結核は著しい減少を示してきた.またポリオも有効なワクチンの発明によって,新しい患者の発生がほとんど完全に防止され,後遺症のみが残る状況になった.この後遺症患児に対しては,機能再建手術を初めとする整形外科的アプローチがきわめて有効であり,問題はほぼ解決された.
 残る最大の問題は脳性麻痺である.肢体不自由児の療育が整形外科から始まった関係上,最初は整形外科医が主として治療に携わったものの,整形外科的アプローチで解決できる範囲はごく一部に限られており,広範な医学的・社会的リハビリテーションの総合的なチームアプローチが必要不可欠であることが認識されるに至った.あまりにも複雑,困難な問題のために,脳性麻痺に正面から取り組むことは,泥沼に足を踏み込む勇気を必要とし,多くの整形外科医は脳性麻痺を敬遠するようになった.
 1971年私は縁あって,長崎大学整形外科を主宰する身となったが,教室に脳性麻痺治療に情熱を燃やしている一整形外科医のいることを知った.これが本書の編集者の一人,穐山富太郎君であった.私は彼の熱心な使命感に感激し,脳性麻痺の研究の一切を彼に任せた.幸い彼を全面的に支える教室員,川口幸義君という強力な協力者を獲得することができた.これがもう一人の編集者である.
 穐山,川口の名コンビはその行動力とあいまって,多くの学内外の共感を得,素晴らしい研究・療育チームが育って,現在に至っている.この間にあって,初期にドイツから1年間,長崎で早期理学療法を指導してくれたSeybold女史の功績は大きかった.日本の西端長崎から発進した,脳性麻痺研究の潮流は,やがて全国の同志を巻き込み,1977年から3年間,長崎の地で,脳性麻痺懇話会を開催するに至った.その後もこの長崎のチームは,わが国の脳性麻痺の研究,療育の主導権を確保していると私は信じている.
 今回,穐山教授の定年退官を機に,その仕事の集大成として本書が出版されることになった.執筆者のほとんどは,穐山チームを支える人々であり,本書自体が見事なチームアプローチから成り立っている.
 本書を脳性麻痺の療育に携わる人々に,自信をもって推薦したい.また今は亡きSeybold女史の霊前にも捧げたいと思う.
 2001年10月
 長崎大学名誉教授
 鈴木良平

あとがき

 日本において肢体不自由児の療育体系を確立したのは,高木憲次先生である.1918年から医療,教育,職能を授けられるような施設「夢の楽園教療所」の必要性を説くとともに,その具現化に努力され,1942年5月に整肢療護園(現在の心身障害児総合医療療育センター)を開設し療育活動の実践を始められた.しかし3年後,空襲によって灰燼に帰してしまった. 焼け野原のなかにただ一つ残った看護婦寮を利用して,オランダの長崎出島にたとえた「療育の灯を消すな」の合言葉(オランダ本国がフランスのナポレオンによって席巻されたが,遠くはなれた日本の出島のみにオランダ国旗がかかげられ,国家復興の起点となった)のもとに職員を鼓舞し,厚生省を動かし,療育事業を続けるとともに,療育活動を全国へ広めるべく自ら巡回された.
 わが長崎県においては,全国で11番目,西日本で4番目の肢体不自由児施設として,1954年12月,整肢療育園が開設された.翌年11月には五島地区の巡回療育相談を行い,その2,3年後には夏期に母子入園を実施している.当然のことながら内容は異なるが,開設して数年にして現在の療育体系の基本ができあがっており,先輩の先生方の先見性と実行力には頭が下がる思いがする.
 昭和40年代(1965年〜)に入って,発達障害児の早期発見・早期治療の大切さが認識されるようになり,穐山富太郎先生が長崎市の中央保健所と北保健所で,脳性麻痺の早期発見を目的に「CPクリニック(のちに発達指導クリニックと名称変更)」を開始した.昭和48年5月に西ドイツの理学療法士サイボルト先生を長崎に迎えて,県内の療育のレベルは一歩前進した.その当時は全国で理学療法士が1,366人,作業療法士が397人,養成校は理学療法士が10校,作業療法士が4校と少なく,入学定員も180人と80人と少なかった.県内で小児の機能訓練に専任で従事している療法士は数名しかいない状況であった.その後,Kong先生,Quinton先生,Milani先生,Brazelton先生などに来崎いただき,講演会や研修会を幾度となく開催した.それは穐山先生の熱意によるものであったが,鈴木良平名誉教授のご指導・ご支援の賜物でもあった.県内における療育のレベルアップはもちろん全国の療育関係者にも寄与できたものと思う.
 穐山先生の脳性麻痺の療育に対する情熱にひかれて医師や療法士が徐々に集まり始めた.その療育活動も脳性麻痺からダウン症をはじめとする知的障害へ,医学的リハビリテーションから社会的リハビリテーションへと広がり,発達障害児・者の早期治療,統合保育,統合教育,そして就労を含めた社会参加,社会的自立,地域住民への啓発,行政への働きかけなど幅広い展開をみせている.本著は穐山学級の門下生とチームワーク,ネットワークを介して直接関わりのある先生方,主役ともいうべき障害者本人とその家族に執筆していただいた.
 快く原稿をお寄せいただいた執筆者諸兄姉に深甚なる謝意を表しますとともに,鎖国時代に西洋の文化が長崎から全国に広まったように,長崎に由来する本書が全人的療育に携わる全国の療育関係者に一筋の光明となって広まらんことを祈念します.
 2002年1月 川口幸義
 執筆者一覧
 発刊に寄せて 鈴木良平
 序文 穐山富太郎

第1章 概 要
 1 療育の歴史 穐山富太郎
    社会背景の推移
    療育の歴史
 2 定義と疫学 木下節子
    脳性麻痺児の疫学調査
    脳性麻痺と周生期要因
    脳性麻痺と出生前要因
    脳性麻痺児・者の長期予後
 3 原因と病理 本山和徳
    出生前の要因
    周産期の要因
    出生後の要因
 4 予防 穐山富太郎
    出産の心構え
    妊婦教室
    産科最適スコア
    頭蓋内出血・虚血性脳病変の予防
    感染症の予防
 5 遺伝カウンセリング 松本 正
    遺伝カウンセリングの特性
    遺伝カウンセリングの実際
    脳性麻痺の遺伝的側面
    出生前診断
    おわりに
第2章 診 断
 診断と告知 穐山富太郎
    診断
    新生児期
    生後最初の1年間
    診断学的視点からみた脳性麻痺各病型の特徴
    告知
    脳性麻痺
    精神遅滞を伴った脳性麻痺
    重症心身障害児
第3章 評 価
 1 発達評価 大城昌平
    発達評価の目的
    評価の留意点
    新生児期の評価
    乳幼児期の発達評価
 2 低出生体重児の心理学的発達評価 後藤ヨシ子
    低出生体重児のフォローアップ
    生後発達と環境的要因
    早期介入・育児支援
    心理発達診断・評価
第4章 各発達期の療育
 1 新生児期 福田雅文
    人間性の回復,人間関係の修復のための母子同室と母乳育児支援
    ハイリスク児における母乳育児支援からの広がり
    まとめ
 2 NICUでの取り組み 大城昌平
    胎生期から新生児期にかけての行動発達
    ブラゼルトン新生児行動評価と早期介入
    早期介入(early intervention)
 3 乳児期 大城昌平
    乳児期の発達
    乳児期の療育
 4 幼児期・学齢期 川口幸義
    幼児期
    正常幼児の発達
    脳性麻痺
    各病型の特徴
    学齢期
    手術
    教育
    医学的管理と療育
 5 青年期・成人期 山口和正
    評価項目
    思春期の心と身体の変化
    二次障害は生活習慣病?
    麻痺のタイプによる二次障害の起こり方
    麻痺性の変化と廃用症候群
    地域での生活と施設での生活
    性・結婚の問題
    就労・作業所
    生きがい,趣味,芸術活動
 6 高齢期 穐山富太郎
    生活調査結果(施設・在宅生活者)より
    日頃の健康管理
    活動的な社会参加
第5章 療育の具体的アプローチ
 1 呼吸理学療法 北川知佳
    呼吸理学療法の必要性
    重度脳性麻痺児の呼吸の特徴
    呼吸障害の評価
    呼吸障害への治療
    まとめ
 2 摂食指導 角町正勝
    脳性麻痺児の口の状態
    口腔ケアの意義
    口腔ケアの実践
    食べるという行為
    摂食機能訓練
    連携のなかで
 3 リハビリテーション看護 上田美知恵
    リハビリテーションとハビリテーション
    障害をもつ児のリハビリテーション看護とは
    リハビリテーション看護(者)の役割
    障害児をもつ親への援助
    まとめ
 4 理学療法 岡安 勤
    ボバース法
    ボイタ法
    Rood法
    固有受容性神経筋促通法(カバット)
    上田法
    LS-CC法早期松葉杖歩行訓練
    渡辺敏弘療法士の訓練法
    動作療法
    MOVE(mobility opportunities via education)
 5 作業療法 太田勝代
    作業療法
    役割と目的
    問題点
    作業による問題点へのアプローチ
 6 言語聴覚療法 山田弘幸
    言語とは
    言語聴覚療法とは
    脳性麻痺と言語聴覚療法
    脳性麻痺に対する言語聴覚療法
    言語聴覚療法に関するまとめ
 7 心理療法 相川勝代
    脳性麻痺の発達
    脳性麻痺の随伴障害
    脳性麻痺の心理的特性
    脳性麻痺の精神医学的問題
    脳性麻痺の心理治療
 8 スポーツ療法 西野伊三郎
    遊びの展開とポイント
    音楽
    水を通したアプローチ
    まとめ
 9 姿勢保持具 山崎一雄
    目的や目標をはっきりさせる
    具体的アプローチ
    実際の製品の紹介
 10 遊び(感覚統合理論の考え方を生かして) 土田玲子
    子どもにとって遊びとは
    脳性麻痺の子どもの遊びを保証する様々な知恵
 11 合併症(てんかんなど)の治療 松坂哲應
    脳性麻痺におけるてんかんの頻度
    脳性麻痺,精神遅滞およびてんかんの関連性
    てんかんの臨床像
    構造異常を伴うてんかん症候群
    てんかんの治療
    外科治療はいつ考慮するか?
    てんかんの予後
    生命予後
    症例呈示
 12 手術療法 中村隆幸
    脳性麻痺における上肢変形
    評価
    脳性麻痺の上肢変形の特徴と治療
    Goldnerの勧める16の手術
    脳性麻痺における体幹変形
    頚部の変形
    脊柱変形
    脳性麻痺における下肢変形
    脳性麻痺における股関節の特徴
    下股手術について患児家族への説明
    下股手術の適応と効果
    股関節変形・拘縮と術前・術中評価
    脳性麻痺の膝
    股膝関節周囲筋群解離術の実際
    股関節脱臼の治療
    足部変形
 13 装具療法 二宮義和
    装具療法の目的
    装具療法を行う時期
    装具
    補助具
 14 キャスト療法 穐山富太郎
     1)適応
     2)方法
     3)痙縮緩解機序
     4)運動療法
     5)装具療法
第6章 社会的療育
 1 家庭療育 穐山富太郎
     1)睡眠-覚醒リズム
     2)臥位,抱っこ
     3)遊び,スポーツ
     4)日常生活諸動作
 2 重症心身障害児・者 穐山富太郎
 3 施設療育 太田勝代
    母子入園
    プレスクール
    施設療育
    療育・指導の実際
    思春期・成人期
 4 統合教育 大城昌平
     1)統合教育の意義
     2)統合教育の流れ
     3)統合教育の実例
     4)統合教育の課題
     5)後期中等・高等教育の課題
 5 就労 小峯義尚
    わが国の障害者施策の概要
    わが国の障害者雇用・就労施策の概要(雇用・就労促進のために)
    障害者・雇用(就業)・就労の動向
    障害者の雇用・就労の制度および職業リハビリテーションの概要
    まとめ
 6 福祉サービス 平光八郎
    社会保障制度とその構造改革の動向
    「障害」をどのように考えるか
    社会福祉の基礎構造改革と障害者の福祉
    高齢者と障害者の在宅生活支援
    支援費支給方式と障害者の自立生活
 7 住宅バリアフリー 光野有次
    これまでの日本の家屋
    住宅の設計のまえに
    障害者のための住宅
    移動を重視した設計
    脳性麻痺者・児への配慮
    介助を楽にするための工夫
 8 自立支援(生命尊厳) 東山 敬
    変容する社会と自立
    家庭における自立の支援
    ピア・カウンセリングと自立生活
    自立支援の現代的意義
 9 訪問看護 吉原律子
    訪問看護とは
    訪問看護ステーションの機能
    訪問看護の実際
    今後の展望
 10 訪問リハビリテーション 村田邦和
    五島列島における訪問リハ
    『総合リハケア』(事業所)における訪問リハの概要と事例
第7章 療育の実例
 1 可能性 吉原田鶴
 2 輝き始めたわが子大舟 中村静香
 3 ともに生きる 重松美保
第8章 自立生活
 1 体験記 遠藤悦夫
 2 パソコンと出会って 吉村隆樹
 3 自立の重み 浜本貞信
 4 長崎自立生活センター・ヒューマンライフ 亀井裕樹

 あとがき 川口幸義
 索引