やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序にかえて

 医療事故は医療の側が意図したことではないにせよ,ひとたび起きてしまうと,患者はもとより,医療の側にとっても耐えがたいストレスを生む.しかもそれを源として医療不信を助長する可能性は否定できない.日本医師会は平成12年7月16日にナンシー・W・ディッキー元アメリカ医師会長/前全米患者安全基金会長をお呼びして「患者の安全に関するセミナー」を開催し,医療事故防止に関する総括を行った.
 愛知県医師会も当然この延長線上の問題として,医療事故防止に向けて取り組んでいる.本書を上梓するにあたって振り返ってみると,この危機感はとりわけ勤務医の先生方に強く,勤務医部会においては2カ月に一度熱心な経験交流が行われ,その具体的内容は迅速に「愛知医報」に掲載されて,全会員へのよい事例報告となっていった.このように県レベルの医師会の勤務医部会が主導した現場からの体験的事例報告は見当たらず,ぜひ,多くの医療関係者に知っていただき,なおかつ積極的なご批判を仰ぐことにより,事故防止対策が真に実りあるようになるためにと考えて,1冊の本として纏めたものである.
 さて一言で医療事故防止といっても,その内容はきわめて多岐にわたる.どういう切り口で事故防止対策を考えるか,病院の規模,病院の特性をはじめとして,さまざまな場面が想定されうる.私の病院では,さらには,私の医療では,具体的にどういう形で事故防止に取り組んでいるのか,他の病院と,さらには,他の医師の医療と,どこがどう違うのか,そのような眼で本書を繙いていただければ嬉しい.本書にはきっとなにがしかのヒントが潜んでいるはずだ.
 それにもかかわらず,医療事故を皆無にすることは難しいだろう.患者個人個人が全く同一でない以上,事故を惹起する要因は千差万別ともいえる.マニュアルも標準化もその意味においては限界がある.そこは患者の側に,あるいは第三者の側に納得してもらうしかない.事の本質はその点までも含めて患者の側,第三者の側に理解をいただいているか否かである.患者参加型の医療とはそのようなものである.医療の側の accoutabilityと transparencyと shared decisionがもっとも強く問われているゆえんである.
 日本の医療は側面からみると,薄利多売の医療ともいいうる.とりわけ医療事故防止に対する人的,経済的支援は全くないといえよう.医療関係者の犠牲のうえに取り組まれている現況は座視できない.ただそれらを理由に事故防止策を講じないことが免罪符にはならないことを肝に銘じて取り組んでいる実態である.それらの事実をしかと見つめ直していただきたいことも本書上梓のもう一つの理由である.

 愛知県医師会長
 大輪次郎
安全医療行動計画 ―医療事故現場からみた事例とその対策―

序にかえて
監修者・編集委員・執筆者・執筆協力者
掲載病院の安全医療への取り組み

■第1章 医療事故と安全医療への取り組み
 医療事故防止に向けて
  愛知県医師会勤務医部会における討議―議事録からの解析
  宮治 眞
   はじめに
   インシデントレポート,アクシデントレポートにかかわる討議
   リスク・マネージメント(委員会)・マニュアルにかかわる討議
   医師の資質・教育(研修を含む)にかかわる討議
   情報公開と共有・警察などへの届け出にかかわる討議
   医療事故防止総論・病院情報システムにかかわる討議
   病院管理(自殺を含む)にかかわる討議
   輸血,薬,薬剤師に関する討議
   転倒,転落にかかわる討議
   院内感染にかかわる討議
   本人の認証,リストバンドにかかわる討議
   ジャーナリズムにかかわる討議
   診療録,インフォームド・コンセントにかかわる討議
   その他
   おわりに

■第2章 病院規模と事故防止内容を考慮した安全医療への取り組み
●PART1――大中規模病院の標準的な取り組み
 コンピュータ化による安全管理状況と医療事故防止対策
 堀口祐爾
  はじめに
  各種報告書の提出の実際
  医療事故防止対策の実態
   1.患者リストバンドの採用
   2.薬剤入力ミス防止のためのコンピュータ画面の対応
   3.点滴ルートの統一化
   4.安全対策マニュアルと標語の配布
  コンピュータによる安全管理状況報告
  問題点と今後の対応

 医療事故発生防止のためのシステムの変更と事故報告基準
 高松浩一
  はじめに
  2000 年度システム改善事例
  2001 年度システム改善事例
  事故報告基準
  問題点とまとめ
  第2段階への取り組み
  会の名称変更
  2001 年度の取り組み
  今後の取り組み

 インシデントレポート分析による医療安全推進への取り組み方
 近藤照夫
  はじめに
  医療事故対策の取り組み
  医療事故対策の現況
   1.医療事故防止マニュアル
   2.医療安全推進委員会
   3.インシデントレポートの分析
   4.オーダリングシステムの応用
   5.カルテ管理
   6.看護部門の業務の見直し
   7.その他
  問題点
  今後の展望
  おわりに

 へき地拠点病院における安全な医療に対する取り組み
 早川富博
  はじめに
  医療事故防止対策の組織づくりの特徴
  インシデントレポートの分析結果と一つの改善策
  インシデントレポートの公開
  いわゆる地域密着型病院での問題
  問題点と今後の取り組み

●PART2――特徴ある創意工夫をこらした安全医療への取り組み
 大規模停電事故発生時の状況とその対策
 山本隆男
  はじめに
  事故の概要
  停電時の院内の状況
  アンケート調査の結果
  停電の原因と対策
  おわりに

 リスクマネージメントとも関連させた院内巡視への取り組み
 田邉克彦
  はじめに
  チェック項目の作成
  巡視委員の選定
  巡視の実施
  巡視結果の取り扱い
  巡視による効果
  まとめ

 医療過誤委員会活動の経時的報告と医療過誤防止対策
 宇佐美平雄
  はじめに
  具体的活動内容
  委員会が重大事例と判断した事故
  まとめと今後の展望
 大学附属病院における医療事故予防の取り組みと厚生労働省立入調査
 高本 滋
  はじめに
  具体的事例
   1.医療の安全管理体制
   2.医療事故防止対策マニュアル
   3.中途帰局者,講演会欠席者に対する安全教育
   4.厚生労働省立入調査における指摘事項
  問題点とまとめ
  今後の取り組みへの展望

 医療安全委員会と研修医教育講座
 木田義久
  はじめに
  医療安全委員会
  具体的活動
   1.研修医講座(1999年6月〜2000年12月)
   2.事例提示
  ヒヤリハット報告
  今後の課題

 医療事故防止対策の背景となった医療事故と輸血事故防止
 岩井克殷
  はじめに
  輸血事故防止への取り組み
  不適合輸血発生時の対策――その治療マニュアルを考える
  まとめ

 リスクマネージメント委員会と各部署の医療事故防止策
 明石 学 永井敏也
  リスクマネージメント委員会
   1.リスクマネージメント委員会
   2.リスクマネージメント委員会の役割
   3.医療事故防止関連の資料の収集
   4.医療事故防止マニュアルの作成
  インシデント・アクシデント報告
   1.インシデント・アクシデント用紙
   2.インシデント・アクシデント報告件数
  徹底した医療事故防止策
  徹底した事故防止策のまとめ
  “ご意見箱”の内容の公開
  今後の対応

 中小私的病院の医療安全推進総合対策
 勝又一夫
  はじめに
  医療安全推進対策のための基本方針
  医療の安全管理体制の整備――医療安全管理対策委員会とその役割
   1.医療安全管理者とリスクマネージャーの役割
   2.医療事故の予防に役だつ参考事例の選択基準
   3.報告用紙
   4.職員のリスクマネージメントに対する基本的取り組み
   5.重大な医療事故の対応
  インシデント,アクシデント等の具体例とその対策
  最近の医療事故の予防に役だつ参考事例とその対応
  与薬の過誤と対策
   1.与薬エラーの分析
   2.与薬エラーの原因
   3.誤りやすい薬剤
  まとめ

 医療事故防止のための基本的対策と医療安全強化月間への取り組み
 久野邦義 山本昌弘
  はじめに
  具体的事例
   1.医療事故防止マニュアルの概説
   2.ゼネラル・リスク・マネージャーのあり方と権限
   3.実践されている取り組み
  第1回医療安全強化月間への取り組み
   1.医療安全強化月間の目標
   2.テーマ
   3.方 法
   4.結 果
   5.費 用
   6.考察と結語
  今後の取り組みへの展望

 IDバンド,Unknown Set等による事故防止の実践
 中北武男 鈴木 照
  はじめに
  活動の経緯
  IDバンドへの取り組み
  Unknown Set(身元不明セット)の試み
  高カロリー輸液の方法
  産科病棟のセキュリティー調査およびその改善
  「リスク・マネジメント・マニュアル」(第1版)発行
  活動の問題点
  今後の取り組みへの展望
   1.確認作業等の自動化
   2.安全文化の醸成

 独自の標準的医療確立のためのマニュアルづくり
 松崎安孝
  はじめに
  キャッチフレーズ
  インシデント・アクシデントレポート
  点滴ボトルの事故防止
  今後の取り組み――「医療安全のためのマニュアル」作成

  診療録の一本化と夜間投薬時等の安全対策
  大山正巳
  はじめに
  安全対策委員会
  具体的事例
   1.安全対策マニュアル
   2.安全対策への具体的取り組み
  問題点とまとめ
  今後の取り組みへの展望

 インシデントレポートの提出体制と院内リスクマネージメント研修
 堀澤増雅
  はじめに
  インシデントレポートの位置づけ
  リスクマネージャーの役割
  院内リスクマネージメント研修の重要性
  研修事例の評価
  問題点と今後の展望

 医療事故防止システムと病院内での自殺事例の検討
 今井邦之
  はじめに
  具体的事例
   1.医療事故防止システム
   2.2001年のインシデント事例の集計結果
   3.2001年のおもな医療事故
   4.自殺事例
   5.病院内での自殺に関して
  問題点と今後の対策

 医師の意識改革を目指した医療事故防止対策への取り組み
 神谷 厚
  はじめに
  医療事故防止対策への取り組み
  事故対策の取り組みに対する評価
   1.インシデントレポートの報告
   2.くすり
   3.院内感染の防止に
   4.満足度調査
  まとめと今後の展望

●PART3――安全医療への取り組みと問題点
 愛知県医師会勤務医部会幹事病院の事例のまとめ
 早川富博
  はじめに
  報告病院
  委員会の名称
  インシデントレポート(ヒヤリハット)
  具体的な改善策
  今後の問題点

■第3章 医療の機能特性に基づく安全医療への対応
 臨床試験(治験)における医療事故防止対策
 加藤知行
  はじめに
  受託研究事務局の事故防止への役割
   1.事務局員(医師)による実施計画書および安全性報告書の事前確認
   2.事務局員(看護師)による看護職員に対する啓蒙活動
   3.事務局員(薬剤師)による適正な治験薬の管理
   4.事務局員(事務職員)による迅速な事務の実施
   5.治験コーディネーター(CRC)による治験等の管理
   6.受託研究事務局としての事故防止等への取り組み
  事故防止マニュアル
  まとめ
  おわりに

 精神病院における医療事故対策への取り組み
 三輪勝征
  はじめに
  院内安全対策
  インシデント・アクシデントレポート
  医療事故防止マニュアル
   1.自殺
   2.無断離院
  問題点とまとめ
  今後の取り組みへの展望

 有床診療所における医療安全管理
 加藤雅通 柵木充明
  はじめに
  診療所と病院における医療事故防止対策の違い
  リスクマネージメントと医療安全管理
  リスクマネージメント,医療安全管理に対する姿勢
  インシデントレポート
  おわりに

 感染対策と安全管理
 岩田 宏
  はじめに
  具体的事例:感染対策
  問題点とまとめ
  今後の取り組みへの展望

 院内イントラネットを利用した医療事故防止活動
 安藤恒三郎 岸 真司
  はじめに
  メディカルリスクマネージメント活動
   1.リスクマネージャーの養成
   2.院内イントラネットを利用したインシデント事例報告制度
   3.危険予知システムの導入とその共有化
   4.オーダリングシステムの導入
   5.クリティカルパス法の導入
  医療事故防止活動の問題点
  今後の取り組み

■第4章 安全医療に向けての検討と分析
 医療事故の警察への届け出
 勝又一夫 丹羽 脩 森 澄 藤野明男 妹尾淑郎
  はじめに
  警察へ届け出るポイント
   1.警察への届け出についての意見の要約
   2.警察への届け出に対する民間医療機関の対応
   3.外科系10学会の異状死ガイドライン「診療行為に関連した
  患者の死亡,傷害の報告について」
   4.討論
  まとめ

 わが国の過去16年間における医療事故文献の動向
  藤原奈佳子 宮治 眞
  はじめに
  対象および方法
  結果
  考察
  あとがきにかえて
  和文索引
  欧文索引