やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 三浦於菟先生は我校の東瀛よりの学子也.中日文化の交流を求め,漢唐医学の伝承,近代我国の中医薬学の新進展を了解せんが為,公元一九八四年より一九八七年に於いて来華す.留学期間,曽つて我が臨床に随いて待診し,病情の診察に観摩し,弁証用薬の真の鑽研を認めて,領悟すること頗る多し.往昔を回顧するに,恍として昨日の如し.後に悉る,国に返り,中医医療工作を開展し,弁証論治の特色を発き皇め,中医薬学理論をして,能く一歩を進め,臨床の実際と密切に結合し,人群に福を造し,建樹すること頗る多きを.
 頃,我校の黄煌教授,三浦君の新著『実践漢薬学』を携え来り.閲後,作者の学を治め,嚴として実を求むるの風,紙上に躍然たるとの感を深くす.該書,臨床の実践に立足し,中薬学固有の理論を以て指導と為す,薬物の功効を按じて系統分類を進行し,首ず該類薬物の基本知識を叙べ,味毎に薬物特有の効能を詳介し,相い関る薬物の異同を対比し,各自の作用得点を突出させ,常に弁証を用いて配伍し,臨床の宜忌に関わるもの有り,条分縷析し,内容は充実し,実用に合うこと切なるものこれあり.臨床中医師の必備し閲読する参考良書為り.その成ること有るを喜ぶ故に,楽しみて之の序を為す.
 癸未六月
 南京中医薬大学 周仲瑛

〔注〕
 東瀛―瀛は大海の意で東海,更には日本のこと. 建樹―功績を残す.
 悉る―詳しく知ること. 躍然―生き生きとするさま.
 観摩―模範し研究すること. 条分縷析―筋道をたて細かく分析すること.
 鑽研―研鑽と同じ. 認―善し悪しを見極める.
 恍―ぼんやりした中からふと思いだすこと. 皇―著作をなす.または広めること.
 領悟―悟ること.悟り領める.



 漢薬学は,伝統医学を構成する重要な一部門である.現在の中国では,“中医薬“や“中医薬学”などと並び称せられ,“中医“と“中薬”は切っても切れない関係にある.高等中医学教育にあって,漢薬学の知識教育とその応用技術の研修は,より専門的な伝統医薬学の人材を養成するための基礎である.そのため,どの養成機関でも,“中薬学科”やその教育カリキュラムへの配慮には強いものがある.
 本学の“中薬学科“は全中国の最先端にあり,特に現在の本草綱目と称せられた『中華本草』は賞賛の栄に輝いた.本書は,中国国内でも有名な本学の数十名の専門家によって編纂された“中薬学”の大著である.
 さて三浦於菟先生は1980年代初期に本学で伝統医学を学習された.その時期,文化大革命はすでに終了し伝統医学教育は正常化しており,本学は未だかって無い学問的雰囲気につつまれていた.このような南京にあって三浦先生は,講義の聴講,周仲瑛教授など著名な老中医外来の陪診,機会を捉えての老中医への質問など,骨身を惜しみ研鑽された.飢え貪るような状態だったと言えるかも知れない.こうして多量の文献資料と臨床経験を蓄積していかれたのである.
 三浦先生の新著『実践漢薬学』を拝読した私は,得も言われぬ親しみ覚えたものだ.行間に漂っているのは,まさに南京中医薬大学の学術的雰囲気であったからだ.とはいえ,三浦先生自身の学術的特色も少なくない.例えば,実際的な臨床応用,常用漢薬の分析分類による相違点と類似点の記載などである.本書は学習の便を図るだけでなく,臨床の指南書としての価値も高いものがある.“青は藍より出て,藍より勝る”.ここで私が思い至ったのは,この中国の昔の故事成語であった.
 私にとって,三浦先生の『実践漢薬学』の出版はとても喜ばしい事である.今後もより伝統医学を研究努力され,その発展普及を目指される事を希望してやまない.そして学術研究の光輝ある精華が不断に生み出される事を,ここに望むものである.
 2003年6月2日
 南京中医薬大学校長 項平


自序
 薬を用いるは,兵の如くせよ.人口に膾炙されたこの言葉を引用するまでもなく,漢薬の効能を自家薬籠中の物とする事が,臨床に於いて重要であることは言うまでもない.一人一人の性格を知ることが,方剤という集団の理解につながり,的を得た運用を可能にするからである.漢薬の効能の理解は,漢方エキス方剤の理解にも役立つ訳である.
 だが漢薬の学習には,困難さを伴う事も事実であろう.その原因として,常用だけでも約150種以上という漢薬の多さ,独特の東洋医学用語の難解さ,理解しやすい漢薬学書の少なさなどがあげられよう.本書はこれらの原因を克服すべく書き記した漢薬の入門書であり,臨床の場ですぐに役立つ実践書である.
 入門書として必要なことは,理解が容易なことである.そのために以下に配慮した.翻訳調を廃し自国語を用い,筆者の自らの言葉で簡潔な記述を心がけた.適時東洋医学の病態理論を解説した.学術用語には本文中や巻末に解説を設け,更に分類表や図などを多用することで理解を容易にしたなどである.
 実践書で重要な事は,その病態にどの薬物が適当かを判断できる事である.そのためには,各漢薬の効能や性質などの特徴を理解把握する必要がある.そこで本書では,各漢薬の特徴の明確化を試みた.具体的には,表形式を採用し,類似薬物の類似点・相違点という観点から解説する,各漢薬の特徴を一言で言い表す,漢薬効能をまとめて比較するなどである.本書は,筆者が臨床で使用しても充分に耐える書物を目指したつもりである.
 ここで本書の成り立ちにつき述べたい.本書の土台は,筆者が留学していた南京中医学院(現南京中医薬大学)での中薬学教研室陳育松先生の中薬学の講義とその講義録である.この講義録を基とし,平成10年3月より行った日本医科大学東洋医学科月例研究会の実践漢薬学の講演資料を作成した.この講演資料は『漢方研究』紙上ですでに発表した.この講義録と講演資料を大幅に加筆修正し,さらに南京中医学院編の中薬学の教科書を底本として参照しつつ出来上がったのが本書である.
 本書は,筆者の南京中医学院への留学がなければ完成せず,いわば陳育松先生をはじめ多くの南京中医学院諸先生方との共著ともいえるものである.親愛に満ちたご指導を賜った諸先生方に,衷心より感謝の念を捧げたい.
 本書の発行に際し,恩師である元南京中医学院長の周仲瑛先生,更に現南京中医薬大学学長の項平先生から序文をおよせ頂いた.また無味乾燥な本書に一輪の花を添えるべく,漢薬の臨床応用史話を南京中医薬大学教授 黄煌先生から特別寄稿して頂いた.身に余る光栄であり,感謝の言葉もない.
 周先生の序文は,先生の高潔な人格を思わせる格調高い名文であり,訳するに忍びず敢えて書き下し文とさせて頂いた.心温まる項先生の序文からは,過ぎし留学の日々が去来し,懐想の念湧くことしきりであった.黄先生の史話は,知られざる臨床の秘話が語られ,誠に興味尽きない.臨床の奥深さを感じ取って頂ければ幸いである.
 本書の出版にあたっては,以下の多くの方々の協力を得た.ここに列記し心より感謝申し上げたい.山本浩之先生,斉藤志穂美さん,日本内経医学会講師 岩井示右泉先生,李彦先生,日本医科大学東洋医学科医局員や東静漢方研究会の諸先生方,東京大学文学部 青木佳伶さん,順天堂大学医史学研究室 郭秀梅先生,健生堂薬局 加藤三千尋先生,(株)栃本天海堂 佐橋佳郎氏.
 平成15年10月24日
 江南の地,南京の空を思わせる碧空の日に記す
 三浦於菟
実践漢薬学 目次

■第1部 漢薬学総論

第1章 薬性理論
 1.四気分類
 2.五味分類
  1)辛味の作用
  2)甘味の作用
  3)苦味の作用
  4)酸味の作用
  5)鹹味の作用
  6)淡味の作用
  7)澁味の作用
 3.気と味の関係
 4.昇降浮沈
  1)臨床的意義
  2)気味や薬用部位との関係
  3)炮製(修治)との関係
第2章 炮 製
 1.炮製の目的
 2.修 治
 3.炮 炙
  1)火 製
  2)水火共製
第3章 用薬法
 1.配合理論
  1)作用を強化する配合
  2)作用を抑制する配合
  3)不適当な配合
 2.用薬の禁忌
  1)妊娠時の禁忌薬
  2)配合禁忌
  3)飲食物の禁忌
 3.有毒薬
  1)用 量
  2)炮 製
  3)用 法
  4)剤 型
  5)体質と病状
 4.煎薬方法
  1)一般的な煎薬方法
  2)特殊な煎薬方法
 5.薬 量
  1)薬物の効能の要因
  2)配合と剤型の要因
  3)病態・個人の素質の要因
  4)環境要因
 6.服薬法
  1)服用回数
  2)服用時間
  3)服用温度

■第2部  漢薬学各論
第1章 解表薬
 解表薬総論
 解表薬各論
 1.辛温解表薬
    麻黄・麻黄根・桂枝
    紫蘇葉・荊芥
    防風
    羌活・藁本・白し
    蒼耳子・辛夷
    葱白
    生姜
    香じゅ
 2.辛凉解表薬
    薄荷・牛蒡子・蝉退
    桑葉・菊花
    蔓荊子
    淡豆鼓
    柴胡・葛根・升麻
    浮萍
第2章 清熱薬
 清熱薬総論
 清熱薬各論
 1.清熱瀉火薬
  1)清熱燥湿薬・2)清熱瀉火薬
    黄連・黄▲・黄柏
    苦参
    竜胆草・山梔子・夏枯草
    石膏・知母
  3)清熱生津薬
    芦根・天花粉
    竹葉・淡竹葉
  4)清肝明目薬
    穀精草・木賊・密蒙花・青▲▲
 2.清熱解毒薬
  1)広域作用薬
   (1)温熱病薬
    金銀花・連翹
    大青葉・板藍根・青黛
   (2)熱毒廱腫薬
    蒲公英・紫花地丁
    白花蛇舌草
    白▲皮
    土茯苓
  2)狭域作用薬
   (1)清肺薬
    魚腥草・金蕎麦
    山豆根・射干・馬勃
   (2)清腸薬
    馬歯▲・地錦草
    白頭翁・秦皮
    大血藤・敗醤
 3.清熱凉血薬
    犀角・牛黄
    生地黄・玄参
    牡丹皮・赤芍薬
    紫根
 4.清虚熱薬
    青蒿・白薇
    地骨皮
    銀柴胡・胡黄連
第3章 去風湿薬
 去風湿薬総論
 去風湿薬各論
 1.去風湿止痛薬
    独活・威霊仙・尋骨風
    秦▲
    清風藤
    臭梧桐・海桐皮・蚕沙
    防已・▲草
    雷公藤
 2.舒筋活絡薬
    木瓜・桑枝
    白花蛇
    海風藤・絡石藤
 3.去風湿強筋骨薬
    五加皮・桑寄生・虎骨
第4章 利水滲湿薬
 利水滲湿薬総論
 利水滲湿薬各論
 1.淡滲利湿薬
    茯苓・猪苓・沢瀉
    ▲苡仁
    赤小豆・冬瓜皮
    車前子・滑石
 2.清熱利湿薬
  1)利尿通淋薬
    木通・通草
    金銭草・海金沙
    石葦・瞿麦・扁蓄・冬葵子
  2)清熱利湿薬(狭義)
    ひかい
    茵▲蒿
    地膚子
第5章 芳香化湿薬
 芳香化湿薬総論
 芳香化湿薬各論
 1.苦温燥湿薬
    蒼朮・厚朴
 2.芳香化湿薬
  1)芳香化湿薬
    ▲香・佩蘭
  2)化湿理気薬
    砂仁・白豆▲
    草豆▲・草果
第6章 温裏薬
 温裏薬総論
 温裏薬各論
 1.広範囲使用薬
    附子・烏頭・肉桂
    乾姜・細辛
    呉茱萸
 2.作用限定薬
    蜀椒
    胡椒
    高良姜
    ▲撥
    ▲澄茄
    丁香・小茴香
第7章 理気薬
 理気薬総論
 理気薬各論
 1.柑橘類薬
  1)理気和中薬
    陳皮
    青皮
  2)行気化痰薬
    枳実
    枳穀
    仏手
    香櫞
    枸櫞
 2.常用理気薬
  1)辛温理気薬
    木香
    香附子
    烏薬
    檀香
    蘇梗
  2)苦味理気薬
   (1)苦寒理気薬
    川楝子
    青木香
   (2)理気活血薬
    延胡索・▲瑰花・路路通
   (3)他の苦味理気薬
    薤白
    沈香
    柿蔕
  3)他の理気薬
    茘枝核
    九香虫
第8章 消食薬
 消食薬総論
 消食薬各論
    山▲子
    麦芽・穀芽
    神麹
    莱ロ子
    鶏内金
第9章 駆虫薬
 駆虫薬総論
 駆虫薬各論
    四君子
    苦楝皮
    檳榔子・大腹皮
    南瓜子
第10章 止血薬
 止血薬総論
 止血薬各論
 1.凉血止血薬
    大薊・小薊
    地楡・槐花・槐角
    紫珠・茅根
    側柏葉
 2.収斂止血薬
    白▲
    仙鶴草・藕節・血余炭
 3.化▲止血薬
    茜草根
    蒲黄
    三七
 4.温経止血薬
    艾葉
    ▲心土
第11章 活血薬
 活血薬総論
 活血薬各論
 1.活血行気薬
    川▲
    乳香・没薬
    鬱金・姜黄
    三▲・莪朮
    降香
 2.活血,薬
    丹参
    虎杖
    益母草・沢蘭
    鶏血藤
    桃仁・紅花
    五霊脂
    牛膝
    穿山甲・王不留行
    蘇木
 3.破血薬
    劉寄奴
    タ虫・水蛭・虻虫
    血竭・自然銅
第12章 化痰薬(化痰止咳平喘薬)
 化痰薬総論
 化痰薬各論
 1.化痰薬
  1)温化寒痰薬
    半夏・天南星
    白附子
    白芥子
  2)化痰止咳薬
    白前・旋復花
    前胡・桔梗
  3)清熱化痰薬
    貝母・瓜萎
    竹▲・竹瀝・天竺黄
    ▲石
  4)化痰軟堅薬
    海藻・昆布
    海浮石・海蛤殻
    瓦楞子
    黄薬子
 2.止咳平喘薬
  1)止咳薬
    杏仁・蘇子・百部
    紫苑・款冬花
    桑白皮・琵琶葉
  2)平喘薬
    ▲子
    白果
第13章 安神薬
 安神薬総論
 安神薬各論
 1.鎭心安神薬
    朱砂
    磁石
    竜骨
    琥珀
 2.養心化痰安神薬
    酸棗仁・柏子仁・夜交藤
    遠志・合歓皮
第14章 平肝熄風薬
 平肝熄風薬総論
 平肝熄風薬各論
 1.介類鉱物薬
    羚羊角
    石決明・牡蛎・代赭石・珍珠
    玳瑁
 2.虫類薬
    全蝎・蜈蚣
    白僵蚕・地竜
 3.植物薬
    釣藤鈎・天麻
    決明子・▲▲子
第15章 開竅薬
 開竅薬総論
 開竅薬各論
 1.芳香開竅薬
    麝香
    冰片
 2.化痰開竅薬
    蘇合香
    石菖蒲
第16章 瀉下薬
 瀉下薬総論
 瀉下薬各論
 1.攻下薬
    大黄
    芒硝
    番瀉葉
    芦薈
    巴豆
 2.潤下薬
    麻子仁・郁李仁
 3.峻下逐水薬
    甘逐・大戟・芫花
    牽牛子
第17章 補虚薬
 補虚薬総論
 補虚薬各論
 1.補気薬
  1)重要補気薬
    人参
    党参
    太子参
    西洋参
    黄耆
  2)補気健脾薬
    白朮・山薬・白扁豆
  3)補中調和薬
    甘草・大棗
    膠飴・蜂蜜
  4)他の補気薬
    霊芝
 2.補血薬
  1)常用補血薬
    当帰
    白芍薬・熟地黄・阿膠
  2)温和な補血薬
    何首烏
    竜眼肉
 3.補陰薬
  1)養肺胃陰薬
    南沙参・北沙参
    麦門冬・天門冬
    石斛・玉竹・黄精
    百合
  2)滋補肝腎陰薬
    山茱萸・枸杞子
    女貞子・旱蓮草
    桑椹・胡麻
  3)滋陰潜陽薬
    亀板・鼈甲
 4.補陽薬
  1)温腎壮陽薬
    鹿茸
    鹿角
    巴戟天・肉▲蓉・鎖陽
    淫羊霍・仙茅
    胡芦巴
    黄狗腎
    海狗腎
  2)温腎強健筋骨薬
    杜仲・続断
    狗脊
    骨砕補
  3)補腎暖脾止瀉薬
    補骨脂・益智仁
  4)補腎納気薬
    蛤▲▲胡桃肉・冬虫夏草
  5)陰陽兼補薬
    紫河車
    菟絲子・潼疾藜
第18章 収斂薬
 収斂薬総論
 収斂薬各論
 1.広範囲作用薬
    五味子・烏梅・五倍子
    烏賊骨
 2.作用限定薬
  1)斂汗薬
    浮小麦・糯稲根
  2)澁腸止瀉薬
    肉豆▲・訶子・罌粟穀
    赤石脂・禹余粮
    椿根皮・石榴皮
  3)固精縮尿止帯薬
    ▲実・蓮子
    金櫻子
    覆盆子・桑▲蛸
第19章 他の漢薬
    蟾酥
    露蜂房
    瓦楞子
    大蒜
    蛇婆
    樟脳
    蛇床子
    鯉魚
 用語解説
 漢薬応用史話
 一般・用語索引
 薬物名索引
 方剤名索引