やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき

 最近,医療現場で,エチケットを守らず,マナーが悪い医師や医療従事者が目につくようになった,という声をよく耳にする.医療を受けている患者,家族がそういうことを感じるのであろうし,また,医療チームの中でも,なかなかコミュニケーションがとりにくくなっており,医師や医療従事者お互いの間でも,このことに気づいている人たちが多くなってきた.マナーが悪いということは,医療を行ううえで根幹につながる問題で,早急に何らかの対策を講じないと,お互いの信頼感の喪失となり,医療が崩壊しかねない.具体的にどうしたらよいのか,このことはどこかで教育されているのか,もっと力を入れて対応を考えるべきことが強調されている.
 医療には,知識,技術と共に「医の心」といわれる共感とか,思いやり,慈悲の気持ち,ヒューマニティーなどで代表されるような基本的な態度,姿勢が要求される.こうした医の心が根幹にあれば,病に悩む患者とのコミュニケーション,対応,マナーは自然に備わってくる.最近,医学,医療が極度に専門化し,分化したこともあり,最先端の細かな技術が必要になり,日常診療では,そうした特殊な技術を行使する,いわば技術者になってしまって,全体をとらえ,コミュニケーションを大切にすることに欠けた状況がつくられている.相手を人間として,深く理解し,そのうえで特殊な知識,技術をもって,疾病の診断治療にあたるというのではなく,誰にでも同じように,ビジネスライクにルーチンの操作を繰り返すといった状況になっている.したがって,患者にも横柄な態度で接し,あまりよい気持ちを与えないことも少なくない.いかにも,かなりの部分が機械的になりすぎている.
 疾病を診て,病者を診ていないとよくいわれるが,疾病は病者の中にあるもので,一体的であり,病者を別にして疾病だけを取り出して対応することはできないはずであるが,表面的には,そうしたことが医師や医療従事者の頭の中の感覚として取り扱われている.したがって,エチケットとか,マナーを考慮することはなく,機械的に行われている感がある.もちろん,医療のすべてにみられるわけではないが,一部特定の医療人に限られていることである.いずれにしても,医療の中でのマナーが地に落ち,患者側の気分を害するような態度,姿勢で対応していることが目につくようになってきた.これがもとで,医師―患者,家族関係に大きな亀裂が生じ,訴訟問題にまで発展することも少なくない.
 医療を実施するときのマナーには様々のことがあり,これらを全体的にまとめ,具体的な点に言及したものは比較的少ない.マナーの崩れを何とかしなければならないとの声があり,それに応えることが必要であるが,具体的にどうすればよいのかはなかなか難しい.マナーに関連する範囲は広く,全体を要領よくまとめることは至難の業である.したがって,ここでは,臨床上心掛けておくべき心得とでもいうものについて,気づいたことを若干ノート形式で,取り上げてみることにした.臨床経験から,ほんの気づいたことを並べてみたにすぎず,最近の声に十分に応えるようなことは到底できないが,少しでもよりよい方向に向かうのに役に立つことができれば,望外の喜びである.
 本書の出版にあたっては,医歯薬出版株式会社・秦幸夫,板橋辰夫の両氏に一方ならぬお世話になった.心から感謝の意を表したい.
 平成十三年秋 著者記す
まえがき

I 臨床心得でのベースになるもの
 臨床の視点─医師─患者,家族のふれあい─
 診る,考える
 医療におけるコミュニケーション
 患者の文化的背景を考慮する
 インフォームド・コンセントの実行
 告知には慎重な配慮と準備を
 医療におけるマナーの基本にあるもの
 チーム医療での役割とマナー
 欠如しているマナー教育
 社会人としてのマナーを身につける
 演技的対応による役割
 医療における基本的心構え
II 実際の臨床心得の中から
 清潔で端正な服装を
 患者が診察室に入るその瞬間の観察が大切
 付添い者にも注目する
 相手の話をよく聴く─忍の一字が大切─
 自然体の目線で
 言葉づかいを慎重に
 心配をつのらせるような言動は慎む
 横柄な仕草や態度は禁物
 診察には心細かな気配りを
 顔の表情に注目する
 手の仕草にも表情がみられる
 クリティカル・パスを説明する
 医師を迎える患者の気持ちを汲む
 寒い日には手を温めてから触診を
 病室訪問の時間帯を配慮
 病状の全貌をいつも把握している
 対診から得られるもの
 慣れっこになり,惰性にならない
 前医の医療内容を批判しない
 高齢者への対応
 おじいちゃん,おばあちゃんの呼称は禁句
 臨終の瞬間

参考文献