やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者まえがき

 発生学の教科書として,アメリカならびにカナダで不動の地位を築いている「The Developing Human;Clinically Oriented Embryology 」の 6th editionの日本語訳「ムーア人体発生学」の原著第6版を,皆様のもとにお届けできる運びとなった.Keith L.Mooreが1973年に本書の初版を世に問うて以来,人体の正常発生過程および臨床的に重要な発生異常について,最新の情報を網羅し,図解を多用することにより,より理解しやすく記述するという方針が貫かれ,改訂されてきた.第5版より,T.V.N.Persaudを共著者に迎え,より充実した内容となった.本第6版でも,この方針が受け継がれ,これまでの版に比べて,多くの正常および異常の胚子のカラー写真が追加され,また,胚子の超音波像ならびに核磁気共鳴像のような診断用画像が付け加えられている.その結果,ほとんどの付図が三次元的に描かれ,かつ着色されて,時々刻々と変化し,複雑化していく人体の発生過程をより効果的に,よりわかりやすく表されているのが大きな特徴の一つである.また,最近の発生生物学の進歩,特に分子生物学的進歩により,将来の研究や臨床医学に重要な影響を及ぼすようになり,胚子の発生の分子生物学的機構についての知識が求められるようになってきている.本書ではもう一つの特徴として,このような分子生物学的機構についての最新の情報が随所に記載され,各章末に参考文献があげられている.そのため,発生学を初めて学ぶ学生はもとより,各種の医療関係職従事者や研究者にとっても有用な内容となっている.
 Keith L.Mooreは,すでにカナダのトロント大学を最後に引退しているが,現在でも国際解剖学会連合(International Federation of Associations of Anatomists:IFAA)の役員として,また,国際解剖学用語委員会(Federative Committee of Anatomical Terminology:FCAT)の重要なメンバーとして活躍されていると同時に,本書をより完成度の高い教科書とすべく努力されている.そのためこの第6版では,単に最新の情報を取り入れることにとどまらず,ほとんどすべての文章が書き直されている.昨年9月に,淡路島にある兵庫県立淡路夢舞台国際会議場で,FCAT Meeting Japanが開催された.FCATでは目下のところ組織学用語,発生学用語の改訂に従事しているが,彼も出席され,発生学用語検討小委員会の重要なメンバーとして活躍されるとともに,本書が常に最重要参考文献の一つとして取り上げられていたのが印象的であった.
 本書の訳出にあって,用語に関しては昭和62年9月発行の日本解剖学会編「解剖学用語,第12版」に準拠した.組織学用語とともに発生学用語第2版が1980年のメキシコでの第11回国際解剖学会議で承認された.これを受け,国内でも解剖学用語委員会で検討が行われ,1984年に発生学用語案(解剖誌,59巻,3号)が発表され,前記の用語集にはこれが収録され,現在にいたっている.もとより学術用語は,その学問の進歩発展とともに細分化され,複雑になっていく運命にあり,その学問領域の混乱を避けるためには不断の検討が必要となってくる.発生学用語については,FCATにおいて検討中であるが,まだ道半ばといった段階で,ひととおり検討が終了するまで,まだ数年かかることが予想されている.
 本書は,カナダ,マニトバ大学で,Keith L.Mooreの同僚として教授をされていた,星野一正京都大学名誉教授により,初版より第4版までが翻訳された.翻訳は現役教授によるべきであるとの星野先生の主張により,第5版は山村英樹元名古屋大学教授にバトンタッチされたが,同版の訳出終了間際に,山で遭難死され,筆者がお手伝いするよう仰せつかったわけである.そして,この第6版より高知医科大学第二解剖学教室の教室員にも分担してもらい,すべてを筆者のもとで翻訳した.現在,発生学の重要性はますます増してきている.本書が医学を学ぶ学生はもとより,広く医療関係者の参考となるものと信じている.
 最後に,本書の出版の機会を与えていただきました京都大学名誉教授星野一正先生,ならびに編集にご協力くださった医歯薬出版の関係各位に感謝する次第である.
 2001年3月 高知にて 瀬口春道
監訳者まえがき
第6版のはしがき
第1版のはしがき

第1章 発生学序論
 1.発生の期間
 2.発生学の意義
 3.歴史的重要事項
 4.発生学で用いられる記述用語
 臨床に関連した問題

第2章 ヒトの発生の初期
 第1週
 1.生殖子形成
 2.子宮,卵管および卵巣
 3.女性の生殖周期
 4.生殖子の輸送
 5.精子の成熟
 6.生殖子の生存能力
 7.受精
 8.接合子の卵割
 9.胚盤胞の形成
 10.発生第1週の要約
 臨床に関連した問題

第3章 二層性胚盤の形成と絨毛嚢
 第2週
 1.着床の完了と胚子発生の継続
 2.絨毛膜嚢の発生
 3.胚盤胞の着床部位
 4.胚盤嚢の着床の要約
 5.発生第2週の要約
 臨床に関連した問題

第4章 胚葉の形成と初期組織器官の分化
 第3週
 1.腸胚形成:胚葉の形成
 2.神経胚形成:神経管の形成
 3.体節の発生
 4.胚内体腔の発生
 5.心臓血管系の初期発生
 6.絨毛膜絨毛の発生
 7.発生第3週の要約
 臨床に関連した問題

第5章 器官形成期:
 第4週から第8週まで
 1.胚子発生の段階
 2.胚子の折り畳み
 3.胚葉由来の構造物
 4.胚子発生の調節
 5.第4週から第8週における重要点
 6.胚子齢の推定
 7.第4週から第8週までの要約
 臨床に関連した問題

第6章 胎児期:
 第9週から出生まで
 1.胎児齢の推定
 2.胎児期の重要点
 3.分娩予定日
 4.胎児の発育に影響を及ぼす因子
 5.胎児の状態を把握する方法
 6.胎児期の要約
 臨床に関連した問題

第7章 胎盤と胎膜
 1.胎盤
 2.分娩(出産)
 3.羊膜および羊水
 4.卵黄嚢
 5.尿膜
 6.多胎妊娠
 7.胎盤と胎膜の要約
 臨床に関連した問題

第8章 ヒトの先天異常
 1.先天異常学 Teratology-発生異常の研究
 2.遺伝要因による異常
 3.環境要因による先天異常
 4.多因子遺伝による先天異常
 5.ヒトの先天異常の要約
 臨床に関連した問題

第9章 体腔,腸間膜および横隔膜
 1.胚内体腔
 2.横隔膜の発生
 3.先天性横隔膜ヘルニア
 4.体腔の発生の要約
 臨床に関連した問題

第10章 咽頭器官(鰓性器官)
 1.咽頭弓
 2.咽頭嚢
 3.咽頭溝
 4.咽頭膜
 5.甲状腺の発生
 6.舌の発生
 7.唾液腺の発生
 8.顔の発生
 9.鼻腔の発生
 10.口蓋の発生
 11.咽頭器官の要約
 臨床に関連した問題

第11章 呼吸器系
 1.喉頭の発生
 2.気管の発生
 3.気管支および肺の発生
 4.呼吸器系の要約
 臨床に関連した問題

第12章 消化器系
 1.前腸
 2.脾臓の発生
 3.中腸
 4.後腸
 5.消化器系の要約
 臨床に関連した問題

第13章 泌尿生殖器系
 1.泌尿器系の発生
 2.副腎の発生
 3.生殖器系の発生
 4.鼠径管の発生
 5.泌尿生殖器系の要約
 臨床に関連した問題

第14章 心臓脈管系
 1.心臓と血管の初期発生
 2.原始心臓の発生
 3.心臓と大血管の異常
 4.大動脈弓の行く末
 5.大動脈弓奇形
 6.胎児循環と新生児循環
 7.リンパ系の発生
 8.心臓脈管系の要約
 臨床に関連した問題

第15章 骨格系
 1.骨と軟骨の発生
 2.関節の発生
 3.軸骨格の発生
 4.付属肢骨格の発生
 5.骨格系の要約
 臨床に関連した問題

第16章 筋系
 1.骨格筋の発生
 2.平滑筋の発生
 3.心筋の発生
 4.筋系の要約
 臨床に関連した問題

第17章 体肢
 1.体肢発生の初期段階
 2.体肢発生の最終段階
 3.皮膚分節と体肢の皮膚の神経支配
 4.体肢に分布する血管
 5.体肢の奇形
 6.体肢発生の要約
 臨床に関Aした問題

第18章 神経系
 1.神経系の起源
 2.脊髄の発生
 3.脊髄の先天異常
 4.脳の発生
 5.脳の先天異常
 6.末梢神経系の発生
 7.自律神経系の発生
 8.神経系の要約
 臨床に関連した問題

第19章 眼と耳
 1.眼の発生
 2.耳の発生
 3.眼の発生の要約
 4.耳の発生の要約
 臨床に関連した問題

第20章 外皮系
 1.皮膚の発生
 2.毛の発生
 3.爪の発生
 4.乳腺の発生
 5.歯の発生
 6.外皮系の要約
 臨床に関連した問題
 臨床に関連した問題の回答

付録
・ヒトの出生前期間における発生の進行過程-第1週から第6週まで
・ヒトの出生前期間における発生の進行過程-第7週から第38週まで
・ヒトの発生における臨界期

和文索引
欧文索引