やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 冨岡洋海 神戸市立医療センター西市民病院呼吸器内科
 菊地利明 新潟大学医学部呼吸器・感染症内科
 HammanとRichが,急性で激烈な経過を取り死に至る原因不明の間質性肺炎剖検例を報告したのは1935年であった.以降,間質性肺疾患に関する研究は,主に形態学による疾患分類が中心となり,治療に結びつき,患者に恩恵を与える成果は得られない時代が長く続いた.その間,剖検から生検材料への転換,分子生物学の導入,高分解能CT(high resolution CT:HRCT)画像診断など,形態学の進歩に加え,疾患の挙動(disease behavior)を考慮することで,間質性肺疾患に対して経験的に行われてきた抗炎症治療(ステロイド)が効かない病態が浮かび上がってきた.その代表的疾患である特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis:IPF)は,慢性進行性の線維化を特徴とする予後不良の疾患であり,長い間,有効な治療薬がないままであった.
 Hamman-Rich症候群の報告から80年,2015年の改訂IPF国際ガイドラインにおいて,2つの抗線維化薬がはじめて承認された.これらは,IPFにおける重要な予後因子である努力肺活量の低下を有意に抑制し,その結果,予後の改善も現実的なものとなっている.そこには,IPFの病態概念として従来,抗炎症治療の根拠であった「慢性炎症によって線維化が起こる」とする概念から,「繰り返す肺胞上皮細胞の傷害によって,特定の素因を持ったホストでは,その修復過程で異常な線維化が起こる」とする概念への転換があり,多くの基礎研究の積み重ねが,臨床に結びついたパラダイムシフトであった.
 今回,「間質性肺疾患の研究と診療UPDATE」として,このパラダイムシフトをもたらした肺の線維化に関する最新の研究成果をまとめることができた.診療においては,この肺の線維化を軸とした疾患分類の見直しが行われ,各ガイドラインが整備されてきている.さらに,難治性病態である本疾患に対する全人的医療として,呼吸リハビリテーション,緩和医療,合併症肺がん対策など,また,注目されるびまん性肺疾患も取り上げている.
 ご執筆いただいた各エキスパートの先生方に心より御礼を申し上げるととともに,本特集が,間質性肺疾患における“医学のあゆみ”を記した道標として,ご評価をいただければ幸いである.
 はじめに 冨岡洋海・菊地利明
研究
 CD4陽性T細胞と肺の線維化 平原 潔・他
 疾患特異的マクロファージの機能的多様性 佐藤 荘
 細胞多様性と肺線維症 呉 斌・他
 特発性肺線維症における上皮細胞,線維芽細胞老化の役割 原 弘道・他
 肺の組織幹細胞から考える肺疾患 森本 充
 ヒトiPS細胞由来肺胞オルガノイド技術を基盤とした間質性肺炎への橋渡し研究 三河隆太・後藤慎平
 新規動物モデルを用いた肺線維症の発症機構の解明 大塚邦紘・安友康二
 薬剤による間質性肺炎・肺線維症とマイクロRNA 高野幹久・川見昌史
診療
 間質性肺疾患のレジストリー研究とMDD診断─現状と課題 奥田 良・小倉高志
 『特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き2022』(改訂第4版)のポイント 坂東政司
 過敏性肺炎─国際診断ガイドラインとわが国の診療指針 宮崎泰成・冨岡洋海
 『膠原病に伴う間質性肺疾患 診断・治療指針』の今後 山野泰彦・近藤康博
 間質性肺疾患における呼吸リハビリテーション 有薗信一
 間質性肺疾患における緩和医療 小谷内敬史・他
 間質性肺疾患合併肺がんの診療 柴木亮太・藤本大智
注目されるびまん性肺疾患
 Pleuroparenchymal fibroelastosis(PPFE) 石井 寛
 肺胞蛋白症 島 賢治郎・菊地利明
 Birt-Hogg-Dube症候群(BHDS)─肺嚢胞・気胸を中心に 難波由喜子・瀬山邦明

 次号の特集予告

 サイドメモ
  病原性Th2細胞(Tpath2細胞)
  TAS-Seq法─より高感度かつ高精度にscRNA-seq解析ができる新技術
  特発性肺線維症(IPF)に対する多職種の専門医による合議(MDD)
  疾患進行時における対応
  6分間歩行試験の実際
  特発性肺線維症(IPF)とpleuroparenchymal fibroelastosis(PPFE)
  全肺洗浄術の実際