やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 樋口悠子
 富山大学学術研究部医学系神経精神医学講座
 「魚を食べると頭がよくなる」「カルシウムが足りないとイライラする」.こういった栄養と精神に関するフレーズが方々で聞かれる.精神科の診察室でも,本人や家族から「この病気では何を食べるとよいのでしょう」と問われることが少なからず経験される.巷では栄養サプリメントがもてはやされ,日本人の1/4が何らかのサプリメントを服用しているという報告もあり,食品が心の健康,認知機能に及ぼす好ましい影響を期待する人々の関心の高さがうかがえる.
 実際,どのような疾患に,どのような食生活を行うといかなる効果が期待できるのか.メカニズムの解明も含めたエビデンスの蓄積は世間の要求と相まって強く望まれるところである.さらには精神疾患の治療など臨床応用につながれば,公衆衛生上の大きなニーズである精神保健の向上,究極的には予防につながることが期待される.
 ω3不飽和脂肪酸(以下,ω3)などの脂質は細胞膜の構成成分であり,その組成割合により神経細胞の活動性が変化することから,精神活動への影響が注目された.1980年ごろから精神疾患に関する研究がはじまり,以後,疫学調査や介入研究などが次々と報告されてきた.これまで,胎生期のω3摂取量と精神疾患との関連を論じた興味深い研究をはじめ,うつ病などの気分障害,認知症性疾患(および軽度認知障害),自閉スペクトラム症に加え,統合失調症などの精神病性障害,さらにはその発症リスクが高い状態であるアットリスク精神状態(at risk mental state:ARMS)などを対象とした多数の報告が行われている.
 今回の特集では,「精神・神経疾患とω3不飽和脂肪酸」をテーマとし,わが国で精神機能および精神疾患と脂肪酸組成に関する研究に取り組むエキスパートの先生方に執筆をお願いし,それぞれのお立場から,最新の知見について読みやすくまとめていただいた.読者の皆様に脂質栄養組成への理解を深めていただき,さらなる発展につなげることができれば幸いである.
特集 精神・神経疾患とω3不飽和脂肪酸
 はじめに 樋口悠子
 多価不飽和脂肪酸に着目した統合失調症病態メカニズムの理解と創薬の可能性 前川素子
 食とメンタルヘルス─ω3不飽和脂肪酸を中心に 大久保 亮
 うつ病とω3不飽和脂肪酸 浜崎 景
 アルツハイマー病による認知症とω3不飽和脂肪酸 上原 隆
 統合失調症と多価不飽和脂肪酸─発症リスクの軽減に向けて 住吉太幹・樋口悠子
 自閉症スペクトラム症における多価不飽和脂肪酸の代謝の役割 橋本謙二

連載
バイオインフォマティクスの世界(16)
 やってみようバイオインフォマティクス─エンリッチメント解析編 凌 一葦・他

人工臓器の最前線(4)
 小児に対する補助人工心臓 上野高義

TOPICS
 輸血学 へき地・離島における輸血医療 田中朝志
 臨床検査医学 ナノスーツ技術による感染症への診断戦略 河崎秀陽

FORUM
 グローバルヘルスの現場力(1)
  はじめに 神馬征峰
  結核対策─世界戦略構築への現場からの発信 小野崎郁史
 中毒にご用心─身近にある危険植物・動物(20)(最終回) カサゴ,オコゼ,ゴンズイ─ヒレにある毒棘に刺されると…… 岩崎泰昌

 次号の特集予告