やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 田中靖人
 熊本大学大学院生命科学研究部消化器内科学講座
 ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV),結核,マラリアは世界三大感染症といわれているが,診断・治療薬の進歩により,これらの感染症による死亡数は減少傾向である.一方,肝炎ウイルス感染症,とくに,B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)感染による死亡数は増加傾向であるばかりか,アフリカでは小児期の新規感染が現在も増加している.現在のHBVキャリアは約2.9億人,年間100万人に迫る死亡数と推定されている.
 2021年にWHOは肝炎ウイルス撲滅に向けた目標設定を4つに変更し,2030年までに各国に即した目標を達成するように勧告した.オプションを以下に示す.
 Option A:B型肝炎の母子感染のエリミネーション
 Option B:C型肝炎のエリミネーション
 Option C:B型肝炎のエリミネーション(母子感染含む)
 Option D:B型・C型肝炎ともにエリミネーション(当初の目標)
 たとえば,アフリカではOption Aを目標とする.HBVキャリア率が10%で,母子感染対策が不十分であるため,垂直あるいは水平感染が大きな問題となっている.対策としては,出生時のHBワクチン接種(ユニバーサルワクチネーション)に加えて,ウイルス量が高い母親の妊娠後期にテノホビル(TDF)を予防投与することで,ウイルス量を低下させ,母子感染のリスクを極力低下させる試みが検討されている.一方,先進国ではC型肝炎ウイルス(hepatitis C virus:HCV)キャリアの拾い上げと直接作用型抗ウイルス薬(direct acting antivirals:DAA)によるHCV排除が積極的に実施されている.HBVに対する治療は,1986年にインターフェロン(interferon:IFN)が,2000年に核酸アナログ製剤がわが国で認可された.その後,IFNはペグインターフェロン(Peg-IFN)へ,核酸アナログ製剤はラミブジン(LAM)・アデホビル(ADF)からエンテカビル(ETV)・テノホビル(TDF/TAF)へと改良され,これらの薬剤でB型肝炎の病勢を抑えることができるようになった.しかし,B型慢性肝炎の現時点での治療目標であるfunctional cure,すなわちHBs抗原の陰性化を達成できる症例は少ない.また,核酸アナログ製剤とIFN以外のカテゴリに属する治療薬は長らく上市されておらず,新規治療法の開発が待たれる状況にある.
 本特集では,B型慢性肝疾患に対する現状の治療とその問題点に加えて,ウイルス自体を標的とした新規治療法の開発およびHBVに対する免疫治療の試みについて,わが国を代表するエキスパートの先生方に執筆いただいた.HBVに対する飽くなき挑戦はすでにはじまっている.
特集 B型肝炎ウイルスに対する飽くなき挑戦
 はじめに
  田中靖人
 B型肝炎の自然経過と治療の現状−IFNを中心に
  八橋 弘
 B型肝炎治療の現状と問題点−長期核酸アナログ治療の効果と問題点
  鈴木文孝
 高感度HBコア関連抗原測定法(iTACT-HBcrAg)の臨床応用
  井上貴子・田中靖人
 HBV培養細胞系を利用したウイルス侵入メカニズムの解析と創薬研究の進展
  塩野谷果歩・渡士幸一
 HBV侵入阻害効果を持つ胆汁酸誘導体
  奥村彰規・伊藤清顕
 HBVのcccDNAを標的としたゲノム編集遺伝子治療の開発
  杉山真也
 HBV RNA阻害薬
  渡邊丈久・田中靖人
 TLR7アゴニスト−HBV感染に対する免疫作動薬
  森 泰三・考藤達哉
 NASVAC経鼻ワクチンによるfunctional cure
  吉田 理・日浅陽一

連載
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