やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

新装版発行によせて
 1998年の改版だから.もう7年も経ってしまった.ミレニアム騒動も夢のように思えるし,介護保険導入時の侃々諤々の議論も懐かしい.国民は景気の低迷にじっと耐え,大きな借金を抱えているという.一体誰にその金を借りているのだろう.誰に何兆円という利子を払っているのだろう.その人がうらやましい.
 何はともあれ要介護者(高齢者に限らない)が増えて国は驚いて見せているが,これだけ科学技術が医療に取り入れられて,技術が進めば,身体が理由で生活の困難をきたす人が増加するのは当たり前である.300グラム台の極小未熟児が生きながらえ,百歳高齢者が何万人も出現する時代である.極小未熟児の四分の一は障害児で,二分の一がボーダーラインにあるともいわれる.救命技術が進んで,障害を残して生きながらえる人も増えた.いわば,かつては生きることが不可能であった人が,生命存続の恩恵に浴すことができるようにもなった.これは,健常な者が健常でいられる安全幅がひろがったとも言える.それは誰のおかげかと言えば,障害をおいながら生き続けている人たちの存在のおかげなのである.300グラム台の赤ちゃんの生命力のおかげで,普通に生まれた子どもが育っていく安全性が限りない幅で担保されている.そのことに思いを致せば,元気なものが,そうでないものに感謝し共に生きていくために手を差し伸べるのは当然である.それがセフティネットの基本的な考えであろう.
 何はともあれ,時代は動き,2003年6月高齢者介護研究会(堀田力委員長)が「2015年の高齢者介護」という報告書を提出した.現在これにもとづいて高齢者の保健福祉施策が進んでいる.2004年1月には「高齢者のリハビリテーションの在り方」と言う報告書(同名の研究会,委員長上田敏)も出され,高齢者のリハビリテーションは脳卒中モデル,廃用症候群モデル,認知症(痴呆)モデルの3つとされた.
 2005年6月の改正介護保険法では介護予防に重点が置かれた.あらゆるサービスに「介護予防」という「冠」が付いた.しかしその内容は明確でなく,市町村は対応に苦慮している.(新)予防給付という新しい介護予防サービスを提供しようにも,国からはそのスクリーニングの基準や手法が未だ(平成17年11月30日時点)示されない.おそらく国もエビデンス(科学的根拠)を明確にした基準を持っていないのであろう.何ごとにもエビデンスを求める国が,エビデンスのしっかりした基準を示さないで市町村や事業所にそれを求めるのは,権力を傘にした乱暴きわまりないやり方である.賢い市町村は国の指針に囚われないで,自ら対策を模索し始めている.おそらくいずれ国はそれを追認するであろう.
 思いつくだけでも書き切れないほどの変化が,この数年に起こった.しかし制度がどのように変わろうとも,身体の動き,すなわち生物学的な動きは変わらない.脳卒中による片麻痺の動作・運動学的な事柄も同様である.現場はそのような障害をおった人々の幸せを願って,機能やADLの改善,それを核としてQOLを考えた援助手段を模索しているのである.
 この書は1979年の初版の後,内容に関しては一度だけ大きく改変された.それは日本アビリティーズ協会から出版された1984年である.その後1998年に表装と一部が改定されたが,動作訓練の内容は変わってはいない.今回も新装だけで内容は変わらない.変わったのは取り巻く社会の趨勢の方である.
 この書を手にしたいという要望は強かったが,いろいろな事情で特定非営利活動法人日本アビリティーズ協会からしか入手できなかった.それに関して伊東弘泰協会長のお骨折りで,医歯薬出版株式会社の協力を得て,一般書店からも購入できるようにして頂いた.リハビリテーションの専門家である理学療法士や作業療法士でなくても,在宅で療養する脳卒中者を一人でも寝たきりにしないことに,歴史あるこの書を役立 てて下さることを願っている.改定すべき点があれば改めるのに何のこだわりもないので,読者の忌憚のないご意見をお寄せいただきたい.
 平成18年3月10日
 茨城県立健康プラザ管理者
 茨城県立医療大学名誉教授
 大田仁史

序にかえて
法的に認知された在宅でのリハビリテーション
 平成4年7月の第2次医療法の改訂にはじまっで,日本の医療は大きく変わろうとしています.公的介護保険が平成12年から施行される予定ですが,医療法も第3次の抜本的改訂に手がつけられると思います.第2次の医療法の改訂の中には,医療は予防にはじまって治療から,リハビリテーションにいたるまで良質のものが提供されなければならないとされ,リハビリテーションの必要性が予防,治療とならんで同等に強調されました.また,「居宅(在宅)」が医療提供の場として,はっきり明示されたのも注目すべき点でした.すなわち,在宅のリハビリテーションが法的にきちんと認知されたということになります.もちろん,ここでいうリハビリテーションは機能訓練を中心にした狭い意味での表現ですが,寝たきりを防ごうという観点から考えると,生活の質(QOL)にかかわることであり,大進歩だと思います.
地域リハビリテーション
 さて一方,地域リハビリテーションという言葉も最近さかんに使われます.公的介護保険法や老人保健法にもでてきます.いずれも,在宅生活者に,訪問や通所サービスによって理学療法や作業療法を提供しようとの意味です.これもリハビリテーションという言葉が狭い意味で使われています.それはそれでよいのですが,「リハビリテーション」は,もともとより広い意味を持った言葉です.あまりそれを無視していると,ついつい活動やサービスが狭いものになる恐れがありますから,きちんと整理して理解しておくことが大切です.一つは在宅で受ける各種の機能訓練(狭義),もう一つは地域全体をノーマライゼーションに向けて変えていく諸活動(広義),ということです.
 後者の意味に関して,1991年に日本リハビリテーション病院協会が行なった定義がとてもわかりやすいと思いますので紹介しておきます.
 「地域リハビリテーションとは,障害を持つ人々や老人が住み慣れたところで,そこに件む人々とともに一生安全にいきいきとした生活が送れるよう,医療や保健,福祉および生活にかかわるあらゆる人々が行なう括動のすべてをいう.その活動は,障害を持つ人々のニーズに対し,先見的で,しかも,身近で素早く,包括的,継続的そして体系的に対応しうるものでなければならない.また,活動が実効あるものとなるためには,個々の活動を組織化する作業がなければならない.そしてなにより,活動にかかわる人々やそこに住む人々が,障害を持つことや歳をとることを,家族や自分自身の問題としてとらえることが必要である.」
 この定義によって,理念・目的が明確になり,具体的に3つの活動の枠組み,すなわち,(1)直接的な援助活動(メニューづくり),(2)組織化活動(システムづくり),(3)教育啓発活動(支援者,当事者,一般に対して)が提示されました.さらに活動の内容に関しても,先見性,包括生,アクセスの容易性,体系性など,そのあるべき方向性が示されています.この定義に従えば,狭義の地域リハビリテーション(在宅での機能訓練)は,直接的な援助活動の一つということになります.
リハビリテーション医療の流れ
 リハビリテーション医療の流れは,「机上での議論はもはや終わった」と言えるのではないかと思います.下に概念図を示しておきますので,自分がこの図に照らしてどの部分を受け持っているか認識しておくとよいでしょう.
 ここで重要なのは,流れをよくするために,たとえば病院でサービスを提供する場合,患者さんの退院後すなわち次の生活の場について深い関心を持ち,ソフトランディングできるように工夫をこらしたり,次の援助を受け持ってくれる人たちと連携をしっかりとることでしょう.連携とは単に連絡することでなく,連絡して一緒に働くことです.第3次の医療法の改訂では,このような連携の重要性が厳しく指摘されるはずです.
公的介護保険とリハビリテーション
 公的介護保険の一番の問題は,提供できるサービスが質量ともに十分なものであるかどうか,ということです.サービスの質の点で言えば,自立支援のためのリハビリテーションの視点からのアセスメントやケアプランがなされるかどうかが,極めて重要です.そのような視点に乏しい介護計画や介護は,ただただ目先の介護,思いつきの介護に終わってしまう恐れがあります.「自立に向けて」ということを,介護の中の重要な要素として考えなければなりません.言うなれば,先見性のある介護です.リハビリテーションは,先見性なしにはありえないことです.その意味からいっても,介護にとってリハビリテーションの思想は欠かせないものです.
 しかし,「在宅でリハビリテーション」といっても,どこからどう取り組めばよいのか,慣れない人にはなかなか取りつきにくいものです.この本は,そういう人たちのために,脳卒中の人の動作の改善のために,どこから取り組めばよいかを説き明かしたものです.いわば,理学療法士や作業療法士がアセスメントし,訓練プランを立てるとき,どう考え,どうしようとしているか,その道筋を説き明かしたともいえます.実は,この本の姉妹書ともいうべき「脳卒中・いきいきヘルス体操」(荘道社)を上梓しております.この本とセットで利用していただければ,公的介護保険でのアセスメントやケアプランだけでなく,通常の訪問ケアでも,また,機能訓練事業やデイサービス,デイケア,老人保健施設,特別養護老人ホーム,専門家のいない病院などで,脳卒中片麻痺の人たちに関わることが苦にならなくなると信じます.
 この本の原初版は1979年で,その後一部改訂し,体操の部分を増補して今日に至りました.その間,とくに保健婦さん方には随分とご利用いただきました.もう20年近くたちましたが,チェック項目や訓練の手法などに大きな変更を加えてはおりません.
 また,初版当初からみるとリハビリテーションの思想もかなり行き届き,在宅療養の生活様式もベッドが多くなるなど,療養する人々も少しは楽になったとは思いますが,この本では日本の畳の生活を基本においていることもそのままです.一つには,畳で動作ができればベッドでは容易ということもあるし,やはり,日本の生活様式での動作が不自由ではいざというとき困ることもあろうからです.そういうことで,このたび版を重ねるにあたって,第1章の一部にのみ手を入れました.基本的な内容は変わりません.古い本をお持ちの方は買い替えることはないでしょう.
 アビリティーズ総合研究所の支援で再版を上梓できることを心から感謝します.
 1997年12月
 大田仁史
 序にかえて
第1章 在宅での動作訓練指導の進め方
  ◇指導をはじめるまえに
   ・脳卒中による片麻痺について
   ・在宅での初期のケア
   ・在宅での療養を長つづきさせるために
   ・患者の全体像を知る
   ・障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定規準
   ・寝たきりゼロへの10カ条
   ・閉じこもり症候群からの脱出
  ◇動作訓練指導の進め方
   ・日常生活動作と基本動作について
   ・基本動作の指導
   ・訓練を生活の中にとりいれる
第2章 基本動作の指導の実際
 1.寝がえりができない人への指導
  ◇「寝がえり」訓練プログラム
   ・基礎的なこと
   ・可能性の探索/できない原因とその対策
    動作テスト(1)首を左右に十分まわせるか
    動作テスト(2)頭を枕からあげられるか
    動作テスト(3)健側の手で患者の腕をあやつることができるか
    動作テスト(4)健側の脚を麻痺した脚の下に入れ,一緒にもちあげられるか
   ・「寝がえり」練習の指導
   ・「寝がえり」の指導を当面あきらめるとき
 2.起きあがれない人への指導
  ◇「起きあがり」訓練プログラム
   ・基礎的なこと
   ・可能性の探索/できない原因とその対策
    動作テスト(1)膝をのばしたままで脚を他動的に60度以上あげられるか
    動作テスト(2)健側の脚を麻痺した脚の下に入れ,6つ数える間一緒にもちあげていられるか
    動作テスト(3)頭を枕から6つ数える間浮かしていられるか
    動作テスト(4)起こしてやれば,支えなしで15分程度座っていられるか
   ・「起きあがり」から「脚なげだし座り」練習の指導
   ・自力での「起きあがり」指導を当面あきらめるとき
 3.膝立ちができない人への指導
  ◇「膝立ち」訓練プログラム
   ・基礎的なこと
   ・可能性の探索/できない原因とその対策
    動作テスト(1)あおむけで両膝をそろえて立て,これを開閉できるか
    動作テスト(2)あおむけの姿勢で両膝を立て,腰を浮かせられるか
    動作テスト(3)健側を下に横座りになれるか(正座でもよい)
    動作テスト(4)四つばいの姿勢がとれるか
   ・「膝立ち」練習の指導
   ・「膝立ち」の指導を当面あきらめるとき
 4.床から立ちあがれない人への指導
  ◇「床からの立ちあがり」訓練プログラム
   ・基礎的なこと
   ・可能性の探索/できない原因とその対策
    動作テスト(1)椅子からの立ちしゃがみができるか
    動作テスト(2)安定して立っていられるか
    動作テスト(3)立膝で歩けるか
    動作テスト(4)患脚を前に出し,片膝立ちができるか
   ・「床からの立ちあがり」練習の指導
   ・「床からの立ちあがり」指導を当面あきらめるとき
   ・椅子から立ち上がるためのチェックと訓練
 5.歩けない人への指導
  ◇「歩く」訓練プログラム
   ・基礎的なこと
   ・可能性の探索/できない原因とその対策
    動作テスト(1)腰かけて足ぶみが20回できるか
    動作テスト(2)立って両膝を少し曲げ,左右のバランスがとれるか
    動作テスト(3)健側の脚で6つ数える間,片脚立ちしていられるか
    動作テスト(4)麻痺側の脚と杖で3つ数える間,立っていられるか
   ・「歩行」練習の指導
   ・「歩行」の指導をあきらめるとき
第3章 日常に必要な基本体操
  ◇基本体操のねらい
   ・腰かけてできる基本体操
   ・立ってできる基本体操
   ・座ってできる基本体操
   ・寝てできる基本体操
   ・顔の運動

 参考書
 基本動作の判定記録
 索引