やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 皆さんは,体調が悪く病院を受診した際,点滴(輸液療法)を受けたとたんに体調が改善した経験がないだろうか.点滴の中には特別な薬剤は混注されていないのに劇的に改善した理由は,脱水症で失われた体液(水・電解質)が正常化されたためである.病院で治療する際,はじめに点滴を受ける理由は,薬剤投与のルート確保と治療に耐えうる適切な体液環境を提供するためである.私たちは,朝,起床したときには,だるくて食欲もなくすっきりしない場合が多い.これは睡眠時間が足りない場合もあるが,たいていは身体が脱水状態になっているためである.朝食をとることにより体液が正常化し,1日を乗り切れる身体になる.私たちの身体において,体重の6割が体液である.その体液に異常をきたすと,体液が多すぎても少なすぎても体調不良に陥る.体液バランスの重要性は,いうまでもないだろう.
 著者は30年来の麻酔科医である.麻酔科医になってはじめに学ぶことは,質の高い麻酔を患者に提供するためには適切な体液管理が必要である,ということである.その理由は,安全な麻酔管理の大前提として,効果的に麻酔薬を体内に分布させ,血圧や脈拍の変動を最低限に抑えるためには,適切な体液状態が欠かせないからである.著者は,栄養管理の基本も,体液管理と考える.体液管理が不十分であると,いくら優れた栄養素を投与しても期待するほどの効果は得られない.体液管理がうまくいっていることが栄養管理を効果的に実施する大前提である.質の高い栄養管理は,体液管理と両輪をなしてはじめて達成されるのである.
 本書では,栄養管理のさらなる質向上を目的に,著者が臨床現場で習得してきた体液管理のノウハウを,栄養管理に活用しやすいように解説する.基礎編では,体液の基本から,日頃の水分管理および経口補水療法まで,イラストを用いてわかりやすく解説する.応用編では輸液療法,酸-塩基平衡および電解質異常まで,臨床現場で必要な水・電解質管理の知識が習得できる.両書を読むことで,“効果的な栄養管理を行うには適切な体液管理が必要不可欠”という著者の信念を読者の皆様にもお伝えしたい.そして,次は読者の皆さんが,水・電解質管理の伝道師となることを期待している.
 折しも,私が医師になって30周年,そして医歯薬出版株式会社の創業100周年が重なった.さらには,私がライフワークとしている水・電解質管理の要である経口補水液を製造販売している株式会社大塚製薬工場および輸液製剤の製造販売をしているテルモ株式会社も創業100周年と偶然が重なった.今回,このようなアニバーサリーのタイミングで,ライフワークの集大成として,本書を執筆するという幸運にも恵まれた.水・電解質の書籍の執筆は,まさに満を持しての執筆機会となった.そんな,私の医師人生の節目に出版できた本書,はじめてとりくむ水・電解質の管理(基礎編および応用編)をじっくりと読み味わってもらいたい.
 2021年7月
 谷口英喜
 序
Chapter 1 輸液療法を理解しよう
 1 輸液療法の目的
 2 水・電解質輸液(クリスタロイド)と膠質輸液(コロイド)
  輸液療法を歴史から理解する─細胞外液補充液(等張輸液)を学ぶ
  細胞内液補充液(低張輸液)
  膠質輸液
 3 栄養輸液
  末梢静脈栄養輸液,中心静脈栄養輸液
  アミノ酸輸液
  脂肪輸液
 4 水補給液(蒸留水),キャリアウォーター
 5 細胞外液補充液と細胞内液補充液の使い方
  細胞外液補充液の用途
  細胞内液補充液の用途
 豆知識 よもやま話 リンガーハットを見たら,リンゲル輸液を思い浮かべよう
Chapter 2 酸-塩基平衡を理解しよう
 1 基本事項の確認
  pH(ピーエイチ)を克服する
  酸-塩基平衡を整理しよう
 2 酸-塩基平衡の実際
  酸-塩基平衡の異常(基本編)
  酸-塩基平衡の異常(応用編)
Chapter 3 電解質異常:総論
 1 細胞内外液中の電解質分布
 2 電解質の基準値
 3 電解質異常の症状の考え方
Chapter 4 ナトリウムイオンの異常
 1 低Na血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
 2 高Na血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
Chapter 5 カリウムイオンの異常
 1 K+の細胞内外間の移動に影響する3大因子
  インスリン濃度
  酸-塩基の状態による移動
  βアドレナリン(カテコールアミン)作用
 2 低K血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
 3 高K血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
Chapter 6 カルシウムイオンの異常
 1 低アルブミン時における総Ca2+濃度の補正方法
 2 Ca2+の働き
  骨と血中の移動
  小腸での吸収,排泄
  腎臓からの排泄,再吸収
 3 低Ca血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
 4 高Ca血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
Chapter 7 マグネシウムイオンの異常
 1 身体におけるMg2+の働き
 2 Mg2+の吸収と排泄
 3 低Mg血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
 4 高Mg血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
Chapter 8 リンの異常
 1 身体におけるPの働き
 2 低P血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
 3 高P血症
  症状
  原因
  診断アルゴリズム
  治療
Chapter 9 ケーススタディ:疾患別の水分管理を理解しよう
 ケーススタディ(1)
 ケーススタディ(2)
 ケーススタディ(3)
 ケーススタディ(4)
 ケーススタディ(5)
 ケーススタディ(6)
 ケーススタディ(7)
 参考 消化液に含まれる電解質の組成

 索引

 さらにステップアップ!
  浸透圧による水の移動
  輸液回路の名称
  末梢静脈栄養用の脂肪乳剤を配合したキット製剤が発売
  非蛋白熱量/窒素比(NPC/N比)
  輸液の分布を推測してみよう
  アニオン・ギャップ(AG)
  P/F比
  食塩制限(減塩指導)のエビデンス
  Na+排出が多くなる病態
  経口補水液中毒による高Na血症(著者の経験例)
  Na+濃度の補正は,こうする
  K+濃度の異常は心電図から疑う
  1日に必要な電解質の投与・摂取量
  本当に,術前経口補水療法はゼロバランス維持に有効か?
  リフィーディング症候群の病態を理解する
  追加で脂肪製剤やアミノ酸製剤を投与するとNPC/N比は変化する
  急性腎不全の際のアミノ酸製剤の選択
  過剰栄養(overfeeding)を避ける
  肝硬変に対する栄養管理の考え方

 用語解説
  中和剤
  浸透圧比
  中心静脈とは
  ダブルバッグ,トリプルバッグ,フォースバッグ
  分岐鎖アミノ酸(branched chain amino acid:BCAA)
  必須脂肪酸欠乏症
  代謝性アシドーシス
  基準値
  橋中心髄鞘融解症(または,浸透圧性脱髄症候群)
  Na+/H+交換輸送体&Na+-K+ポンプ
  アルドステロン症(血症)
  K緩衝系
  ビスホスフォネート
  酸化マグネシウム(通称:カマ)
  二次性副甲状腺機能亢進症