やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 がんばれないから病気になった.だのに,どうしてがんばらされるのだろう.痛いときに痛いと叫べば痛みが楽になるのは赤ん坊でも知っている原理だ.治る,元気になる,痛くない,怖くない.これが病院であるはずだ.
 ここに来たら安心で,これからはがんばらなくていいんだよ,これからはがまんしなくてもいいんだよと言ってもらえるのが,癒しの環境であるべきだ.「がまん」と「がんばれ」が当たり前だった1994年,癒しの環境研究会は立ち上がった.
 手負いの動物は隠れ家で,安心して傷をなめる.近くには誰も近寄せず,傷も見せない.だんだん元気になっていくと,かしらを上げ,周囲を見渡し,立ち上がり,外に踏み出ていく.一度手術された経験のある犬は尻尾を振って,自分を治してくれると思っている人間に近づく.猫はまた痛いことをするのだろうと猜疑の目で爪を立てる.死ぬことを予感した犬も猫も,自分の住処から出ない.癒しの環境のあるべき姿は自然な動物の行動から学べるかもしれない.
 サンディエゴ小児病院は子どもたちを微笑みと魔法の国に迎え入れて,元気な子どもにかえていくことを理念としている.大人だって,病気になっても治せる魔法をかけるところが病院である.この本で,読者に,魔法の種を明かそう.
 きれいな病院では治る気がしますよね.しゃれたお店のある病院では,町の外の空気も吸える.面会人も気軽に来てくれる.きれいなハードはソフトを変えるのだ.
 入院前に塗り絵で楽しく病院・手術探検をした子どもは,手術を受けるのが楽しみだとニコニコ顔で入ってくる.大人だって,こんな病院に行ってみたい,こんなところを作ってみたい,とひそかに楽しみにされるかもしれない.そんな病院がある.
 医療提供者も医療施設を建築設計する人も,日常のグッズを作る人も,この本を読むと変わるでしょう.病気の人も病気でない人も,こういう癒しを日常でつくろうと,医療や介護施設を選ぶときはこう選べばいいんだと,自信が湧くでしょう.
 そうやって,本当に患者が癒される環境をつくろうではありませんか.
 癒しの環境研究会は設立以来,一貫して人間の視点に立って,医療現場,福祉の現場,さらには地域における癒しを研究してきた.この本は,研究会10年のあゆみで得られた知をベースに,今後の10年に役立つことを満載した.癒しに関心をもつ,ソフト,ハード,その境界領域にいるよりすぐりの専門家に書いていただいた.
 基本である患者の権利に始まって,安全,くつろぎ,元気になる,生きるよろこびを章立てとして縦の糸に,専門家の珠宝を横の糸に縦横無尽に織り成した.証拠に基づいた医療環境で実際に役に立つ指南書として使っていただける本である.
 第6章に,病院訪問グラフィックガイドとして,癒しの環境研究会が病院見学で訪れたところもご紹介した.
 楽しく使っていただきたいと思います.患者さんを元気にする環境を目指して.
 2007年2月
 癒しの環境研究会 代表世話人
 高柳和江
 カラーグラフ:眼で見てわかる患者の権利と癒しの環境
 はじめに/高柳和江(癒しの環境研究会代表世話人)
 監修・編集委員一覧 執筆者一覧

第1章 癒しの環境とは
  癒しの環境をつくる/高柳和江(日本医科大学医療管理学教室助教授)
  癒しの原点/星 和夫(青梅市立総合病院名誉院長)
  患者や家族が癒される病院環境とは/柳田邦男(ノンフィクション作家)
   Column 多床室の患者さんの気持ちは?
第2章 安心する(安全)
 病室
  患者の視点からみた癒しの病室/高柳和江(日本医科大学医療管理学教室助教授)
  これからの個室/上野義雪(千葉工業大学工学部デザイン科学科助教授)
   Column ICU患者体験
 トイレ
  建築の立場からみた病院のトイレ/長澤 泰(東京大学教授大学院工学系研究科建築学専攻)
   Column おむつが外せる「盲腸ポート手術」
  もう一歩先の病院トイレがめざすべきもの/坂本菜子(坂本菜子コンフォート研究所代表)
   Column 「癒しのトイレ」でおむつ使用が減らせた
 床
  医療・福祉施設の床について/伊藤一章・鈴木光一(株式会社伊藤喜三郎建築研究所)
   Column 癒しの床の散歩
 におい
  がんのにおいにどう対処するか/真野 徹(沼津市立病院薬剤部)
   Column ラボで現場からの発想を形にしよう
  加齢臭を減らす/中村祥二(資生堂研究所香料顧問)
   Column 緑の力でいやなニオイよ,さようなら
  いやなにおいをとる光触媒膜付き蛍光ランプ/仁藤興次(日立ライティング株式会社)・星 和夫(青梅市立総合病院名誉院長)・村木 晃(青梅市立総合病院管理課)
   Column 安全ミラー
 不安と痛み
  子どもの不安をとる処方箋/藤井あけみ(宮城県立こども病院チャイルド・ライフ・スペシャリスト日本チャイルド・ライフ研究会代表)
   Column 子どもの患者の権利
 光
  高齢者と光療法/大川匡子(滋賀医科大学精神医学講座教授)
   Column リラックス:足底温熱刺激とリラクセーション
 コミュニケーション
  コミュニケーションと癒し/葛西龍樹(公立大学法人福島県立医科大学地域・家庭医療部教授)
  メールでコミュニケーション/山田紀代美(名古屋市立大学看護学部教授)
   Column むくみを改善する脚部用ポンプ
第3章 くつろぎ
 心と脳
  脳機能最先端科学が明らかにしはじめた心と癒しのメカニズム/川島隆太(東北大学教授加齢医学研究所脳機能開発研究分野)
 色彩
  癒しの色彩環境 色彩心理を活かしたメンタルケアの試み/末永蒼生(多摩美術大学非常勤講師「色彩学校」主宰)
   Column 色彩映像のストレス緩和効果
   Column 授乳室にふさわしい色環境
 照明
  医療環境における癒しの照明/手塚昌宏(ヤマギワ株式会社PDCシニアプランナー)
 音
  病院の騒音の実態と快適な音環境への道/山田由紀子・小久保隆之(明治大学理工学部建築学科)
   Column 窓から緑が見える環境が自己治癒力を高める
 森林
  自然がもたらす快適性増進効果/宮崎良文(独立行政法人森林総合研究所生理活性チーム長)
   Column 自然と人工の森林環境における心理的・身体的変化
 眠る
  心地よく眠れる枕/上野義雪(千葉工業大学工学部デザイン科学科助教授)
 水
  水がつくる癒しの環境/辻野純徳(有限会社UR設計)
   Column 屋上緑化の効果
 入浴
  良質な睡眠を確保するための就寝前入浴 脳器質的疾患患者の夜間睡眠障害に対する効果/武井秀憲(三島社会保険病院副院長)
  傷の治療と入浴,シャワー浴/夏井 睦(相澤病院傷の治療センター長)
   Column 夜間入浴が感情に及ぼす影響
第4章 元気になる
 音楽
  音楽が癒す心と体/村井靖児(聖徳大学人文学部音楽文化学科教授精神科医)
  リズム打ちと発声訓練による音楽療法の試み/杉尾登志光(徳島文理大学音楽学部講師NPOオペラ徳島副理事)
 メイク
  患者の美容と癒し/野澤桂子(目白大学大学院心理学研究科)
  看取りの場面としてのエンゼルメイク/小林光恵(元看護師作家エンゼルメイク研究会代表)
 愛
  パッチ・アダムスとのみこまずに語る医療/高柳和江(日本医科大学医療管理学教室助教授)
 酒
  病院ですが,ふつうにお酒を/森嶋正美・公文 康(適寿リハビリテーション病院)
   Column 衣服で異なる病人の回復度
 笑い
  笑いの人体に及ぼす医学的効果/中島英雄(中央群馬脳神経外科病院理事長)
   Column 閉鎖医療環境における笑いの免疫能向上
  笑いと癒し/森田喜一郎(久留米大学高次脳疾患研究所教授)
 アート
  アートを通した高齢者ケア施設の社会化の試み/加藤 淳(アート・コンサルティング・ファーム代表)
   Column アートプロジェクトの医学的・経営的効果
   Column がん末期患者の絵画による心理的・免疫学的影響
第5章 生きる歓び
 尊厳
  感銘,感服のエデン運動/田辺 功(朝日新聞編集委員)
 ホスピス
  ホスピスの癒しの環境/竹宮健司(首都大学東京都市環境学部建築都市コース助教授)
   Column チャプレンの必要性
 食べる
  手術の前後はもっと食べさせてくれ NSTの活動/丸山道生(東京都保健医療公社大久保病院外科部長)
   Column 真空調理法の経済効果
  人を幸せにする食事/金谷節子(浜松大学健康プロデュース学部臨床栄養学研究室助教授)
  米国には病人食はなかった/牟田 実(シダックスアイ株式会社顧問 有限会社食と生活ラボ代表)
   Column 筋力維持で,歩けるよろこびを
 ユーモア
  ユーモアと癒し/アルフォンス・デーケン(上智大学名誉教授)
 踊る
  心が躍れば体も踊る ねたきりになら連の活動報告/石川富士郎・石川隆子(富士医院)
   Column 癒しの椅子たち
第6章 グラフィックガイド これが癒しの環境だ
 1.安全そして安心
 2.くつろぎ(リラックス)―落ち着き,自己治癒力を高める環境
 3.効率―質の高い医療
 4.元気になる
 5.生きる歓び
終章
 歳をとっても健康で美しい「健院」 超高齢社会でつくらねばならない建築/長澤 泰(東京大学教授大学院工学系研究科建築学専攻)

 参考文献および注
 「癒しの環境研究会」テーマと講師一覧
 あとがき/長澤 泰(東京大学教授大学院工学系研究科建築学専攻)