やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第3版の改訂にあたって
 『ライフスタイル療法』の初版から5年がたち,このたび大幅に改訂することとした.第2版(2003年11月)では主に「高脂血症」を,その2刷(2005年4月)では主に「糖尿病」を学会ガイドラインに沿って改訂した.
 今回は,「睡眠」と「高血圧」を新たなテーマとして加えた.この2つの領域でも行動療法が有用であることを,編者の実践研究から確認できたからである.それに伴い渡辺純子氏に,実践例として高血圧患者の診療所外来での指導例をまとめていただいた.これで管理栄養士による指導実例が加わったことになる.
 以上3点が新しく追加された項目である.そのほかにも「体重コントロール」を肥満症治療ガイドラインとメタボリックシンドロームの診断基準策定に合わせて修正し,「休養とストレス対処」「身体活動」「飲酒のコントロール」「禁煙支援」にも新しい情報を盛り込んだ.実践例1の「企業における選択メニュー方式の生活習慣改善プログラム」では,厚生労働科学研究による長期効果の成績を紹介した.また「うつ病」では最近の疫学調査の結果や産業保健対策の動きなどを紹介した.その結果,初版と比べると,実践例を除きほとんどの項目が新しくなった.
 本書は,さまざまな生活習慣改善や疾病の予防・治療における行動療法の実践を簡潔に概観したものである.実践例を具体的に示したことによって,これまでの枠を超えた幅広い読者に,行動療法の魅力をいくらかでも伝えることができたように思う.版を重ねてこのように情報を刷新できることは,大変ありがたいことである.また,韓国語に翻訳されたことも嬉しい反響であった.
 本年5月に上梓した『ライフスタイル療法II 肥満の行動療法』は,本書で概観した行動療法の,より細かで具体的な実践書である.合わせて読んでいただければ,行動療法への理解がいっそう深まると思う.
 2006年9月

補訂の序
 増刷にあたり,主に修正した点は以下の4点である.日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2009」ならびに2010年に日本糖尿病学会が発表した「糠尿病の新しい基準」をそれぞれの項目に反映させた.また,禁煙の実践例を2006年の禁煙治療の保険適用化を踏まえて加筆修正した.
 食行動異常については米国精神医学会の実践ガイドライン2006を受けて微修正を行った.
 なお,第3版第3刷(2008年)当時の基準を採用している他のガイドラインおよび初版当時の指導内容を示した症例(事例)報告などは,そのままとした.
 2010年10月
 足達淑子

はじめに(初版)
 食べる,動く,休みくつろぐ,交わるなど,日常の習慣や行動にアプローチしようとするとき,もっとも頼りになるのが行動療法だと思う.
 ふた昔ほど前に九州大学で山上敏子先生と行動療法に出会って以来,行動療法の考え方,もののみかたは,対人保健サービスという仕事上だけではなく,私の実生活上の指針となった.心の問題から習癖,教育などの広範な問題に具体的な指針と方法をもつ威力にはじめは驚き,次に,どこででも誰にでも役立つこの方法がなぜ広まらないのかと不思議に感じたものであった.
 ここにきて,行動療法は習慣変容の鍵を握るものとして,急速に保健医療専門家から注目され期待されるようになった.生活習慣の改善が健康増進と疾病コントロールに重要であることは常識となり,世界保健機関や米国衛生研究所の報告も,肥満や高血圧における食事や運動,喫煙などの行動変容法を,lifestyle modification(ライフスタイル変容法),lifestyle therapy,lifestyle measures(ライフスタイル療法)として薬物療法と同等に扱っている.しかし,日本では,この方法への関心の高さと有用性の割には,正しい実践は遅れている.その理由のひとつに,「行動理論をどう実行するか」という具体的なモデルが乏しいことがあげられよう.さらに行動療法は常識的であるにもかかわらず,理論から入ろうとすると難解にみえることも一因と思う.
 行動療法は実学であり,その魅力は現場の実践にこそあることを思うと,それは非常に残念である.
 そこで,理論と実践をつなぐ手引き書,実践のモデルのような本が欲しいということになり,本書では医師,看護師,栄養士,ソーシャルワーカー,運動トレーナーなど多くの職種の方に実践例を紹介していただくことにした.行動療法が職種やフィールドの差を越えて役立つものであることを理解し,ふだんの仕事にどのように用いることができるかを具体的にイメージしていただきたい,との思いからである.筆者はどなたも現場における実践者である.おかげでいきいきとした実践書にすることができた.
 さらに,行動療法という用語がもつ固いイメージを拭い,誰にでも有用であるという意味をこめて,新しく「ライフスタイル療法」という用語を提唱することとした.これはとくに「日常の主要な生活習慣の変容をめざした行動療法」という意味で用いている.この新しい言葉によって,より多くの読者に関心をもっていただきたいと願う.
 また,わかりやすくするために,理論は実践に必要な最小限にとどめ,実例を介して示すように努めた.「健康日本21」の目標値や,学会の新ガイドラインなど最新の情報も盛り込んである.前著『栄養指導のための行動療法入門』とあわせて読んでいただければ幸いである.
 2001年4月
 足達淑子
1 ライフスタイル療法を始める前に
 1 セルフケアを促す治療・指導のために
  ・ライフスタイルが健康のキーワード
  ・行動変容アプローチの基本姿勢
  ・自分のライフスタイルを変えてみることが,もっとも近道
  ・クライアントの中で生じる連鎖
 2 ライフスタイルを変える行動療法
  ・行動療法は科学的な心理療法である
  ・行動療法はどこででも誰にでも役にたつ
  ・現実的・具体的な問題解決法なので実行しやすくわかりやすい
  ・治療の構造が明確なのでマニュアル化しやすい
  ・実践することで理解が進む まずできるところから取りかかる
  ・理論の学習は基礎的なものを
 3 クライアントとの間に良い関係を築く
  ・治療者はクライアントにとって重要な刺激(社会的強化子)である
  ・初対面の第一印象が勝負になる
  ・自分の体調や気分を良い状態に整える
  ・思い込みを捨てて,クライアントのありのままを受け止める(理解)
  ・常に正直に,誠実に行動をする―ささいなことが大切,クライアントも試している―
  ・治療(指導)者―患者の関係を保つ(適度な距離をもち続ける)
 4 習慣変容アプローチの4つのステップ
  ・問題行動を具体的に記述する
  ・行動と状況や環境(刺激)との関係を分析する(行動のアセスメント)
  ・行動技法を選んでクライアントに実行させる(技法の選択と適用)
  ・結果を確認しながら続ける
 5 行動を変えるための方法
  ・行動はその結果に大きく影響される原則にもとづく(オペラント強化)
  ・行動しやすいように環境を整える(刺激統制法)
  ・手本を示して練習をさせる(モデリング)
  ・新しい行動を少しずつ形づくる(行動形成・シェイピング)
 6 よく用いられる行動技法
  ・目標設定(goal setting)
  ・セルフモニタリング(self-monitoring)
  ・反応妨害法/習慣拮抗法(response prevention)
  ・社会技術訓練(social skills training/assertive training)
  ・認知再構成法(cognitive restructuring)
  ・再発防止訓練(relapse prevention)
  ・社会的サポート(social support)
  ・ストレス対処法(stress coping/stress management)
2 セルフケアを促すカウンセリング
 1 初回面接で行うこと
  ・面接までに準備すること
  ・クライアントのニーズをつかむ質問の手順
  ・実行を促すテクニック(目標の決め方と動機づけ)
  ・記録の残し方
  ・初回面接のチェックポイント
 2 2回目以降の面接で行うこと
  ・クライアントの素朴な感想を優先する
  ・課題(宿題)を実行したかどうかをチェック
  ・わずかな進歩を具体的に取り上げる
  ・しなかったときは「できなかった」とみなす
  ・回を重ねてはじめてわかることもある
 実践例 減量のための面接
  Case 外食,飲酒の機会が多く,総コレステロール値が高い女性
3 ライフスタイルへのアプローチ
 1 食行動の改善
  ・食べることは「生きること」
  ・食事の制限はストレスになる
  ・食事への関心は高く改善意欲もある
  ・食の評価は食べ方と食べる内容で行う
  ・必要分をきちんと食べることが基本
  ・上手な食品選択が指導に不可欠
  ・食べ方を改善しやすくする具体的な方法
  ・食事の変化は焦らず段階的に
 2 身体活動の促進
  ・運動を続けさせるには行動療法が効果的
  ・運動は体にも心にも良い影響がある
  ・身体活動量の評価法には一長一短がある
  ・身体活動を促進するための具体的な方法
  ・ひとりひとりにマッチした指導を
  ・長期の維持をめざしたサポートと課題
 ・健康づくりのための運動基準・指針2006
 3 休養とストレス対処
  ・休養とストレス対処は「こころの健康」のエッセンス
  ・こころと身体の関係は密接
  ・ストレスが大いにある人は12%,男性は仕事,女性は健康と経済
  ・行動療法はストレス対処法でもある
  ・ストレス対処は,教育と訓練(練習)で上達させられる
  ・職場でのストレス対策がシステム化された
  ・ストレス対策を特別視せず,生活習慣改善に含めて総合的に行いたい
 4 睡眠
  ・睡眠は食事と同様生命維持に不可欠な生活習慣
  ・健診でも診療でも,睡眠状態のチェックを必須に
  ・不眠のパターンは4種類
  ・睡眠改善には行動療法が効果的
  ・行動療法に関するエビデンス
  ・自己治療や簡単な教育にも可能性
 5 禁煙支援
  ・行動療法にもとづいた禁煙法が主流
  ・禁煙すると健康が戻る
  ・喫煙習慣の本質はニコチン依存症
  ・喫煙の行動論
  ・喫煙行動の評価方法
  ・禁煙のためのおもな行動技法
  ・ニコチン代替療法は離脱症状対策
  ・再開しやすい状況を予測して続けさせるための工夫を
 6 飲酒のコントロール
  ・飲酒の適量は日本酒一合
  ・未成年者の飲酒予防には親への啓発が重要
  ・妊娠中の飲酒はとくに警告が必要
  ・飲酒による心理的な利点を多くあげる人は依存になりやすい?
  ・簡単なスクリーニングと短期の介入で教育効果があがる
  ・節酒をしたい人は意外に多いその場合はセルフコントロールの方法を
  ・飲酒のコントロールもタバコや食事と同じ
 実践例1 企業における選択メニュー方式の生活習慣改善プログラム―セルフコントロール(評価/目標設定/モニタリング)による通信指導
   ・募集と参加の流れ
   ・結果
   ・簡単なきっかけで習慣を改善できる人が多い
  Case1 休肝日を増やして5万円貯金した例(飲酒コース)
  Case2 リラックスタイムを増やして肩こりがとれた例〔くつろぎ(休養)コース〕
 実践例2 禁煙専門外来における禁煙後の体重コントロール
   ・対象と方法
  Case1 禁煙後,運動量を増やして,体重コントロールに成功した例
  Case2 「楽しみながら改善」をモットーに体重コントロールに成功した例
   ・行動療法を用いた体重コントロール面接を行って
 実践例3 会員制クラブにおける中高齢者のシェイプアッププログラム
   ・募集とプログラムの内容
   ・結果
   ・行動療法を取り入れることで得られたこと
  Case1 脳梗塞のリハビリを目的とした例
  Case2 医師から減量を勧められてはじめて運動に挑戦
  Case3 膝痛のため医師から脚力強化の運動を勧められた高齢の女性の例
4 病態別のアプローチ
 1 体重コントロール
  ・体重コントロールは健康増進と生活習慣病の予防の原型
  ・内臓肥満の減少が肥満治療の目標
  ・軽度の減量でも効果がある長期の維持をめざす
  ・予防が大切,太り気味なら今より太らないこと
  ・減量への準備性を考え動機を高める
  ・運動の必要性を十分理解させる
  ・減量はゆっくりと,6カ月で体重の5〜10%減をめざす
  ・やせる必要のない人では過った減量の害を強調する
  ・肥満の行動療法は過食の治療から始まった
  ・現在の行動療法はより総合的に,包括的に
  ・肥満の行動技法は生活習慣病に共通
  ・セルフマニュアルや非対面指導でも効果がある
 2 高血圧
  ・高血圧の基準が低くなり,血圧コントロールの対象者が倍増した
  ・血圧の自己測定は血圧管理の第一歩
  ・高血圧コントロールのライフスタイル改善は総合的に
  ・食事は減塩と積極的な野菜摂取を中心に
  ・一般的な優先順位は運動,体重コントロール,適正飲酒の順?
  ・睡眠,休養,ストレス管理も
 3 脂質異常症(高脂血症)
  ・新ガイドラインでは動脈硬化性疾患の包括的管理を重視
  ・米国では教育プログラムが効果をあげた
  ・新ガイドラインはNCEPに近づいた
  ・脂質異常症の指導(治療)の要点と特徴
  ・NCEPの治療指針
  ・脂質異常症の食事療法の実際
  ・個人の評価と面接による目標設定ができれば理想的
  ・行動変容は過激にならずに段階的に
 4 糖尿病
  ・糖尿病対策が急務となった
  ・糖尿病アプローチは生活習慣病の集大成,個別対応が重要
  ・いつでも予防が可能,普通の生活ができると希望をもたせる
  ・まず定期的な医療機関受診を促す
  ・目標は血糖値コントロールと合併症予防(知識は最小限簡潔に)
  ・食事だけでなく生活全体の自己管理を一歩ずつ
  ・境界型は習慣改善を行いながらのフォロー体制を
  ・糖尿病の行動療法は肥満が原型
 5 食行動異常
   ・増え続ける食行動異常
   ・症状も重症度も個人差が大きい―治療は条件にあわせて慎重に選ぶ
  神経性過食症(BN)
   ・病気の特徴と治療
   ・体重の変動が大きいときは注意する
   ・BNの認知行動療法(CBT)
   ・段階的治療とセルフヘルプアプローチ
  神経性無食欲症(AN)
   ・病気の特徴と治療
   ・ANの認知行動療法
   ・治療の目的は体重の回復と食行動の改善,身体イメージの是正
   ・患者との信頼関係が治療の成功の鍵
   ・入院では治療の導入を念入りに,途中は臨機応変に柔軟に
   ・入院治療では看護師のケアが重要
   ・食べることと体重増加にはオペラント治療が有効
   ・体型・体重への態度の修正には認知の再構成を
 6 うつ病
  ・うつ病は,知識の普及啓発がもっとも効果的な精神疾患
  ・軽いうつ病を見逃さないように
  ・よくある誤解と偏見を理解しておく
  ・認知行動療法は,再発予防に効果がある
  ・行動と感情と認知は相互関係にある
  ・病気以外にも応用できるしセルフマニュアルもある
 実践例1 「行動療法による減量指導」実践セミナー参加者の体験事例
   ・プログラム作成までの課程
   ・プログラムの方法と対象
   ・プログラムの結果
   ・プログラムでの工夫
  Case 初めて高血圧といわれて減量を希望したケース
 ・行動療法を学んで行動療法による減量指導者トレーニング
 実践例2 内科診療所における高血圧の栄養相談
  Case1 適正な目標設定と記録の継続が効果的だった例
  Case2 入院中に本人と,退院後は妻と面接し,血圧・体重を維持できた例
 実践例3 病院のソーシャルワークに行動療法を用いた事例
  Case1 片麻痺と失語症で看護スタッフを困らせていた男性
  Case2 子どもを叩いてしまうと悩んでいたうつ状態の女性
 実践例4 入院病棟における神経性無食欲症の看護の実際
  Case ひどいやせでクリニックから紹介され入院した若い女性
 実践例5 糖尿病の面接
  Case 教育入院の経験があり過度に心配していた例
 ・糖尿病面接で注意すること

・3章文献
・4章文献
・用語解説・主要人名
・索引