やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 厚生労働省によれば,医療安全の確保は最も重要な課題の一つであり,患者の安全を最優先に考え,その実現を目指す態度や考え方としての「安全文化」を醸成し,これを医療現場に定着させていくことであるとしています.
 歯科医療においても,この概念は当然のことながら相当するもので,基本原則は安全確保と患者本位であり,我々はその原則に従い,日々の診療に励んでいます.その一方で,歯科医療安全に対する社会の目は厳しさを増し,時に歯科における医療安全対策,例えばタービンの使い回し問題等に対し,マスメディアによる厳しい報道がありました.このような国民の医療安全に対する意識の高まりを受け,平成19年4月1日,医療法の一部改正が施行され,歯科医院等の無床診療所でも安全管理対策,院内感染対策の構築,個人情報の保護,管理規定等の医療安全管理の体制を整備すべきことが義務付けられました.つまり,より精度の高い「医療安全」の仕組みの整備と実施が歯科にも求められたことになり,単に安全な歯科治療を提供することのみならず,歯科医療における「新たな安全文化」への転換が求められたことに他ならないと考えます.この法改正から10年余経過し,その間に再度の法改定が行われたことも相俟って,歯科医療における「安全文化」はさらなる醸成が図られてきたものと考えますが,最新の医療情報を基に常に医療安全の精度を高める努力が必要であることを忘れてはなりません.
 さて,歯科医療行為は歯の切削をはじめとする外科的処置が多い,危険な処置が伴うものです.そして,超少子高齢社会が進行する現在,これまでとは異なりいわゆる有病者歯科患者が増加していることを勘案しますと,リスクの高い処置をハイリスク患者に提供するということを理解しなければなりません.このような社会環境の中,「医療安全」という高い理念とともに,我々に求められていることは,歯科医療事故を防止するための具体的な対応策であると考えます.そこで,本マニュアルは,代表的な医療安全対策法を提示するとともに,単なる医学的知識のみならず可及的に日々の臨床で役立つ内容を目指して作成いたしました.本マニュアルが多くの歯科医療現場で活用され,歯科医療安全対策の推進に役立つことができましたら望外の喜びです.
 稿を終えるにあたり,新型コロナウイルス(COVID-19)が蔓延する大変な社会情勢の中,ご多忙にも関わらず本マニュアルの作成に向けて作業を続けてこられました編者,執筆の先生方,ならびに医歯薬出版編集部の皆様に心から感謝を申し上げます.
 令和5年11月吉日
 一般社団法人日本有病者歯科医療学会
 前理事長・監事 今井 裕
I.はじめに
 (栗田 浩)
 1.医療安全管理の基本方針
 2.ヒューマンエラー
II.インシデント管理
 (田中 彰)
 1.概念.用語
 2.インシデント報告
 3.医療事故発生時の対応
 4.医療事故調査制度
III.外来(診療所)救急時対応マニュアル
 (森本佳成)
 1.外来(診療所)救急時対応フロー
 2.一次救命処置 Basic Life Support(BLS)
 3.救急薬剤
 4.酸素ボンベの管理
 5.AED(自動体外式除細動器)の管理
IV.歯科医療事故防止マニュアル
 (近藤英司,山田慎一,栗田 浩)
 1.歯科治療中にはどのような事例が発生しているのか?
 2.病歴聴取
 3.アレルギー
 4.インフォームドコンセント(説明・同意)
 5.患者の確認
 6.指示・指示受け
 7.薬剤の管理(外来)
 8.処方薬の投与
 9.歯科医療機器の管理
 10.転倒・転落防止
 11.歯科治療中の誤飲・誤嚥防止
 12.バー等による損傷・火傷
 13.左右・上下・部位の誤り
 14.オトガイ神経・舌神経麻痺
 15.抜歯中の根尖の破折
 16.抜歯時の歯の残留
 17.根管治療時の穿孔
 18.リーマー等の破折
 19.上顎洞穿孔
 20.皮下気腫
 21.抜歯後異常出血
 22.顎関節脱臼
 23.皮膚・衣服の汚染
 24.ヨードを用いた皮膚の消毒について
 25.歯科用切削器具の取り扱い
 26.治療中のバー類の紛失防止
 27.抜歯に際する注意(自己血輸血,採血前)
V.感染管理
 (1,2:山口 晃,3,5,6:岩渕博史,4,5:柳本惣市,7:栗田 浩)
 1.概念
 2.用語
 3.標準予防策(スタンダードプリコーション)
 4.感染経路別予防策
 5.血液・体液曝露(針刺し,切創,粘膜曝露)
 6.予防接種・抗体価
 7.薬剤耐性
VI.その他の歯科医療安全管理
 (吉川博政)
 1.暴行・暴言・ハラスメントへの対応

 索引