やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2 版の発刊にあたって
 筆者らが,上下歯列を無意識に接触させ続ける癖に名づけた用語であるTCH(Tooth Contacting Habit)が,歯科医や歯科衛生士の方々に広まってきました.これも,2013 年に出版した旧著を多くの歯科医療者の方々がお読みになり,われわれの考えにご賛同くださったおかげであろうと感謝いたしております.歯科医師会等からのご依頼で各地にうかがって講演する際にも,「TCH是正によるさまざまな効果を経験しました」というお話を聞く機会が増え,嬉しいかぎりです.
 われわれは顎関節症の病因調査結果の解析から,TCHが顎関節症の発症や慢性化に最も強く影響することを知ったのですが,その後の観察から,TCHは顎関節症だけでなく,歯周病の悪化や知覚過敏,天然歯や充填物・補綴物の破損,義歯性疼痛や口内炎,舌痛症といった,歯科治療全般にわたる影響をもつことが明らかになってきました.さらに,これまで原因がわからないとして非歯原性疼痛と考えられてきた原因不明歯痛の一部も,TCHが原因であったというケースを経験しています.
 TCHは年齢的に,小学校の学童から70 歳を越えた高齢者にまで,幅広い年齢層の患者にみられます.受験勉強をきっかけに,職場での昇進をきっかけに,老親介護への不安をきっかけに等,何らかのライフイベントから始まったと考えられる事例にしばしば遭遇します.もちろん,たとえTCHがあろうと,その負荷に耐えうる体組織をもっているならば何ら問題は起こらないわけですが,元々耐久力が低かった,あるいは年を取って耐久力が低下してきたというようなことがあると,TCHというみずからの習癖による負担に体が耐えられなくなり,さまざまな症状が発生するのでしょう.
 65 歳以上の人口が1/4 を超えた超高齢社会のわが国では,健康で活動的な身体状況を維持する「健康寿命」をいかに延ばすかということが,医療提供者に求められている課題です.TCHのコントロールは,歯科医療者がまさにこの「健康寿命」延伸に貢献しうる道であると,確信しています.TCHコントロールが国民の多くに広まり,高齢になっても顎機能や口腔衛生状況が良好に維持されるようになれば,歯科保健において8020 ではなく「8028」が可能になることでしょう.そうなれば,100 歳を越える健康で活発な「センテナリアン」が今以上に増加することが期待できます.
 今回の改訂にあたっては,日本顎関節学会での改定作業が終了した顎関節症の概念,分類等を紹介するとともに,一般歯科治療にも関連するTCHのリスク分類とその対応等も盛り込みました.本書の内容が顎関節症の治療のみならず,顎関節症以外の問題をもつ患者さんへの治療にとっても有効な手段となることを願ってやみません.
 2015 年7 月
 木野顎関節研究所
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科顎関節口腔機能学分野非常勤講師
 木野孔司
Chapter 1 TCHを知る・見つける・コントロールする
 TCHを知る
  1.TCH(上下歯列接触癖)とは?
  2.どんなときにTCHは起こりやすいか?
  3.TCHは口腔内にどのような影響をもたらすか?
 TCHを見つける
  1.問診
  2.視診
  3.行動診査法
  4.TCHリスク分類
 TCHをコントロールする
  1.TCH是正法の実際
Chapter 2 TCHのコントロールを取り入れた顎関節症治療
 顎関節症は多因子疾患である
 TCHは最重要かつコントロール可能な寄与因子
 顎関節症患者の典型例
 顎関節症の診査・診断
  1.患者の観察と問診
  2.診査
  3.診断
 顎関節症の治療
  1.運動療法
  2.精神的因子への対応
  3.その他の治療
  4.モデル治療ケース
 顎関節症患者とのコミュニケーションの取り方
 顎関節症治療後の補綴修復の留意点
Chapter 3 臨床例
 顎関節症治療の目標はQOLの向上
 臨床例
  Case 1 咀嚼筋の痛み
  Case 2 顎関節の痛み
  Case 3 関節円板の位置異常
  Case 4 クローズドロック(短期)
  Case 5 クローズドロック(長期)
  Case 6 筋自発痛
 Column TCH是正に関するチャージの考え方

 文献
 付録 質問票・診査票