本書の出版にあたって
歯周基本治療の概念として,変わるもの,変えてはいけないもの
歯周病が感染症であることを疑う者は,現在いない.しかし,歯周病そのものが“感染症である“と認識されたのは,比較的最近である.日本歯周病学会は,昭和33 年より昭和42 年までは“日本歯槽膿漏学会”という名称であり,昭和43 年より現在の日本歯周病学会という名称に改名された1).この歯槽膿漏という言葉は,あくまで歯周炎の症状の一つからつけられた名称であり,難聴や近視などと同じく,症状名が疾患名となっていたのである.当時は原因がまだよく解明されておらず,先達らの努力によって徐々に感染と発症のメカニズムが解明され,はじめて感染症としての“歯周病”という名称が採用されたのである.もっとも,今から20 年と少し前の平成の時代に入ったばかりの頃,新卒の筆者が東京の大学病院の外来で治療していたときですら「あなたは歯槽膿漏ですよ,いまは歯周病という名前ですが」と患者に逐一説明していたことを記憶している.現在は歯周治療を行う我々にとって,大変恵まれた時代となった.
いずれにしても,TVのコマーシャルから「リンゴを噛むと血が出ませんか?」という言葉を耳にした時代から,最近では「歯周病原細菌の除菌」なる言葉が使われるようになり,広く国民の間にも歯周病が感染症であることが知られるようになってきた.しかし,その感染のメカニズムとなると歯科医師ですら熟知しているとはいいがたい.歯周病の感染は,内因性感染と外因性感染の組み合わせであること,そしてその外因性感染に対する個々の宿主の抵抗力には差があること,さらに,これらすべてを修飾するリスク因子が絡み合うことを特徴とする,まさに多因子性疾患なのである.このことを正確に理解し,そして患者に説明して治療できなければ,我々歯科医師は永遠に対症療法を行う「技術屋」から脱却できない.患者とその家族,あるいはこれから歯科医療の道を志す情熱ある若者たちの期待に応えるためには,我々歯科医師とコデンタルスタッフが真に尊敬される環境を整えていかなければならない.
詳細は本書の各項に譲るが,こうした歯周病を治療するにあたり,プラークコントロールの不良や,全身疾患,加齢などによる免疫力低下に起因する弱毒性常在菌の増加,多くはLPSなどの細菌内毒素による弱い感染症である内因性感染の因子と,健康な者にはほとんど存在しない歯周病原細菌が外毒素として分泌する各種タンパク分解酵素などによって破壊的に歯周病が進行する外因性感染の因子を分けて考える必要がある.そもそも,喫煙やブラキシズムなどのリスク因子を分けて診断し,また現在の細菌学的免疫学的診断に基づけば,歯周基本治療は従来一律に行われてきた口腔清掃指導→歯肉縁上歯石の除去→ SRP→再評価→歯周外科……,といった単純な流れにはならないはずである.これは,胃潰瘍の治療が従来の外科治療による切除療法から,細菌学的診断に基づき,発症前診断とその後の抗菌療法を応用したピロリ菌の除菌による発症前治療に移行したのとよく似ている.世界で最も細菌学的診断と免疫学的診断に恵まれたわが国の歯科医師は,歯をみる医者の歯医者から,「医者として,歯や口腔内を一人間単位として診て治療をする」真の歯の“医師”,真の歯科医師に今ならなくてはならない.
本書では上記理念に基づき,先達らの意志を強く引き継ぎ,確立した現在の歯周基本治療の術式に加え,わが国が世界にほこる細菌検査や免疫検査とその診断や,全身疾患との関わりを含めた,真の総合医療としての歯周基本治療の在り方を提唱したい.
藤原雅彦は,著書の「名著講義」2)のなかで,内村鑑三の“余は如何にして基督教徒となりし乎“3)を取りあげ,内村の「元々優れた土壌がある日本に,こうした(海外の)キリスト教のよい部分を持ち込めば,日本は世界でもとびぬけて完成度の高いキリスト教国となるのではないか」という“接ぎ木思想”を紹介している.そして,接ぎ木思想は日本人の核をなす儒教的な素晴らしい倫理観に聖書の教えを加えていくという考え方を示している.この“キリスト教”を歯周基本治療に置き換えれば,わが国は世界でも最も優れた歯周基本治療を行う国となる,といえる.元来,わが国の歯科治療は地域に深く根差し,内科医以上に患者やその家族とのかかわりが深い.また,質の高い口腔清掃指導を受け入れられるような国民性をもっている.保険治療での報酬が高くなくとも,歯科衛生士は一生懸命にただ患者のために口腔清掃指導やスケーリングを行っている.加えて,わが国では保険請求のできない抗菌療法やフルマウスディスインフェクションなどのエビデンスを各国の研究者や研究機関からの情報として取り入れることが自由にでき,わが国が学術的に積みあげたエビデンスと微力ながら我々がリサーチしたデータも含め,これらを横断的に理解し,あくまで医療人として倫理的にも医学的にも経済的にも実践可能であることを前提として本書を記す.そして,歯周基本治療の変えてはならない幹の部分は大切にし,そのうえで歯科医学の新しい部分を「接ぎ木」し,本書ではこれからの歯周基本治療を考えられるようにまとめてみたつもりである.
平成25 年1 月
吉野敏明
文献
1)http://www.perio.jp/information/history.shtml
2)藤原正彦: 名著講義. 文藝春秋,東京,2009.
3)内村鑑三 著,鈴木俊郎 訳:「余は如何にして基督信徒となりし乎」.岩波書店,東京, 1958.
歯周基本治療の概念として,変わるもの,変えてはいけないもの
歯周病が感染症であることを疑う者は,現在いない.しかし,歯周病そのものが“感染症である“と認識されたのは,比較的最近である.日本歯周病学会は,昭和33 年より昭和42 年までは“日本歯槽膿漏学会”という名称であり,昭和43 年より現在の日本歯周病学会という名称に改名された1).この歯槽膿漏という言葉は,あくまで歯周炎の症状の一つからつけられた名称であり,難聴や近視などと同じく,症状名が疾患名となっていたのである.当時は原因がまだよく解明されておらず,先達らの努力によって徐々に感染と発症のメカニズムが解明され,はじめて感染症としての“歯周病”という名称が採用されたのである.もっとも,今から20 年と少し前の平成の時代に入ったばかりの頃,新卒の筆者が東京の大学病院の外来で治療していたときですら「あなたは歯槽膿漏ですよ,いまは歯周病という名前ですが」と患者に逐一説明していたことを記憶している.現在は歯周治療を行う我々にとって,大変恵まれた時代となった.
いずれにしても,TVのコマーシャルから「リンゴを噛むと血が出ませんか?」という言葉を耳にした時代から,最近では「歯周病原細菌の除菌」なる言葉が使われるようになり,広く国民の間にも歯周病が感染症であることが知られるようになってきた.しかし,その感染のメカニズムとなると歯科医師ですら熟知しているとはいいがたい.歯周病の感染は,内因性感染と外因性感染の組み合わせであること,そしてその外因性感染に対する個々の宿主の抵抗力には差があること,さらに,これらすべてを修飾するリスク因子が絡み合うことを特徴とする,まさに多因子性疾患なのである.このことを正確に理解し,そして患者に説明して治療できなければ,我々歯科医師は永遠に対症療法を行う「技術屋」から脱却できない.患者とその家族,あるいはこれから歯科医療の道を志す情熱ある若者たちの期待に応えるためには,我々歯科医師とコデンタルスタッフが真に尊敬される環境を整えていかなければならない.
詳細は本書の各項に譲るが,こうした歯周病を治療するにあたり,プラークコントロールの不良や,全身疾患,加齢などによる免疫力低下に起因する弱毒性常在菌の増加,多くはLPSなどの細菌内毒素による弱い感染症である内因性感染の因子と,健康な者にはほとんど存在しない歯周病原細菌が外毒素として分泌する各種タンパク分解酵素などによって破壊的に歯周病が進行する外因性感染の因子を分けて考える必要がある.そもそも,喫煙やブラキシズムなどのリスク因子を分けて診断し,また現在の細菌学的免疫学的診断に基づけば,歯周基本治療は従来一律に行われてきた口腔清掃指導→歯肉縁上歯石の除去→ SRP→再評価→歯周外科……,といった単純な流れにはならないはずである.これは,胃潰瘍の治療が従来の外科治療による切除療法から,細菌学的診断に基づき,発症前診断とその後の抗菌療法を応用したピロリ菌の除菌による発症前治療に移行したのとよく似ている.世界で最も細菌学的診断と免疫学的診断に恵まれたわが国の歯科医師は,歯をみる医者の歯医者から,「医者として,歯や口腔内を一人間単位として診て治療をする」真の歯の“医師”,真の歯科医師に今ならなくてはならない.
本書では上記理念に基づき,先達らの意志を強く引き継ぎ,確立した現在の歯周基本治療の術式に加え,わが国が世界にほこる細菌検査や免疫検査とその診断や,全身疾患との関わりを含めた,真の総合医療としての歯周基本治療の在り方を提唱したい.
藤原雅彦は,著書の「名著講義」2)のなかで,内村鑑三の“余は如何にして基督教徒となりし乎“3)を取りあげ,内村の「元々優れた土壌がある日本に,こうした(海外の)キリスト教のよい部分を持ち込めば,日本は世界でもとびぬけて完成度の高いキリスト教国となるのではないか」という“接ぎ木思想”を紹介している.そして,接ぎ木思想は日本人の核をなす儒教的な素晴らしい倫理観に聖書の教えを加えていくという考え方を示している.この“キリスト教”を歯周基本治療に置き換えれば,わが国は世界でも最も優れた歯周基本治療を行う国となる,といえる.元来,わが国の歯科治療は地域に深く根差し,内科医以上に患者やその家族とのかかわりが深い.また,質の高い口腔清掃指導を受け入れられるような国民性をもっている.保険治療での報酬が高くなくとも,歯科衛生士は一生懸命にただ患者のために口腔清掃指導やスケーリングを行っている.加えて,わが国では保険請求のできない抗菌療法やフルマウスディスインフェクションなどのエビデンスを各国の研究者や研究機関からの情報として取り入れることが自由にでき,わが国が学術的に積みあげたエビデンスと微力ながら我々がリサーチしたデータも含め,これらを横断的に理解し,あくまで医療人として倫理的にも医学的にも経済的にも実践可能であることを前提として本書を記す.そして,歯周基本治療の変えてはならない幹の部分は大切にし,そのうえで歯科医学の新しい部分を「接ぎ木」し,本書ではこれからの歯周基本治療を考えられるようにまとめてみたつもりである.
平成25 年1 月
吉野敏明
文献
1)http://www.perio.jp/information/history.shtml
2)藤原正彦: 名著講義. 文藝春秋,東京,2009.
3)内村鑑三 著,鈴木俊郎 訳:「余は如何にして基督信徒となりし乎」.岩波書店,東京, 1958.
はじめに(吉野敏明)
Chapter 1 歯周基本治療の重要性と歴史的背景
1 歯周治療はどのように発展し歯周基本治療という概念が構築されたのか(田中真喜)
はじめに
歯周基本治療の概念の誕生
外科療法(切除療法)と非外科療法の比較
歯周基本治療のはじまり
わが国における歯周基本治療のはじまり
まとめ
2 現在の歯周治療の流れ(吉野宏幸)
はじめに
歯周治療の大きな流れ
応急処置
診断
Stage1 原因除去療法(歯周基本治療)
Stage2 歯周組織環境整備;歯周外科
Stage3 機能回復療法;補綴,咬合 治療
Chapter 2 歯周基本治療の考え方とバリエーション
1 口腔清掃指導(関根 聡)
口腔清掃指導の意義と重要性
歯周治療における口腔清掃指導の位置づけ
外科治療とのかかわり
口腔清掃指導の実際
口腔清掃指導の徹底により歯周組織の著しい改善を認めた症例
2 スケーリング・ルートプレーニングの概念と方法(吉野宏幸)
はじめに
SRPとは
SRPの目的
SRPで取るべきものと取ってはいけないもの
スケーラー
3 SRPを複数回に分割して行う場合の考え方(関根 聡)
はじめに
歯周病の感染機序とその対応
SRPを分割して行う際のメリット
SRPを分割して行う際のデメリット
臨床応用
4 フルマウスディスインフェクションの概念(吉野宏幸)
FMDという概念の成り立ち
細菌の伝播
治療効率
菌血症
全身疾患
Quirynenらのプロトコール
Wennstromらのプロトコール
Gomiらのプロトコール
Yoshinoらの提唱するFMDの分類とプロトコール
5 FMDと複数回のSRPのエビデンス(吉野宏幸)
FMDの文献的考察を行う意義
FMDと経口抗菌療法の併用効果に関するエビデンスはあるか?
6 歯周基本治療応用のディシジョンメイキング(吉野敏明)
感染の機序とその診断
FMDの臨床導入
細菌の量的規制と感染治療の境界線
診断名で治療方針が決まる;適応症とディシジョンツリー
細菌検査方法とサンプリング方法
抗菌療法
歯科衛生士が主体となるFMD治療の流れ
まとめ
Chapter 3 新しい診断法と治療法
1 細菌検査,免疫検査の術式,診断法(田中良枝,田中真喜)
細菌検査の位置づけ
細菌検査施術の注意事項
検査法の選択
歯周病のリスク評価のための細菌的指標
細菌検査結果の診断
免疫検査
2 抗菌療法の考え方,投薬方法(田中真喜)
抗菌療法とは
抗菌療法の臨床有用性
抗菌療法の種類と適応
局所投与の基本
全身投与の基本
投与の注意点
副作用と偶発症
3 フルマウスディスインフェクションの種類と適応(田中真喜)
はじめに
FMDの分類と適応症
経口抗菌療法とFMDの併用療法の臨床効果
経口抗菌療法とOS-FMDの併用療法の実際
4 Photodyanamic Therapyの歯周基本治療への応用(田中真喜)
はじめに
Photodyanamic Therapyとは
PDTの歯科治療への応用
a-PDTの実際
歯周治療におけるa-PDTの応用
Chapter 4 ケースプレゼンテーション
1 フルマウスディスインフェクションの症例
症例1 侵襲性歯周炎に対するFMDの応用(橋優子)
症例2 治療効率を優先したFMDの応用(Red Complexに感染した広範型中等度慢性歯周炎患者に,歯周組織再生療法の前処置としてFMDを行った症例)(田島祥子)
2 抗菌療法の症例
症例1 全身疾患と抗菌療法併用の歯周基本治療 (巻島由香里)
症例2 インプラント周囲炎回避のための歯周基本治療時の抗菌療法(田中良枝)
3 Photodynamic Therapyの症例
症例1 歯周基本治療におけるa-PDTの応用(田中真喜)
症例2 侵襲性歯周炎に対するa-PDTの応用(吉野敏明)
文献
索引
Chapter 1 歯周基本治療の重要性と歴史的背景
1 歯周治療はどのように発展し歯周基本治療という概念が構築されたのか(田中真喜)
はじめに
歯周基本治療の概念の誕生
外科療法(切除療法)と非外科療法の比較
歯周基本治療のはじまり
わが国における歯周基本治療のはじまり
まとめ
2 現在の歯周治療の流れ(吉野宏幸)
はじめに
歯周治療の大きな流れ
応急処置
診断
Stage1 原因除去療法(歯周基本治療)
Stage2 歯周組織環境整備;歯周外科
Stage3 機能回復療法;補綴,咬合 治療
Chapter 2 歯周基本治療の考え方とバリエーション
1 口腔清掃指導(関根 聡)
口腔清掃指導の意義と重要性
歯周治療における口腔清掃指導の位置づけ
外科治療とのかかわり
口腔清掃指導の実際
口腔清掃指導の徹底により歯周組織の著しい改善を認めた症例
2 スケーリング・ルートプレーニングの概念と方法(吉野宏幸)
はじめに
SRPとは
SRPの目的
SRPで取るべきものと取ってはいけないもの
スケーラー
3 SRPを複数回に分割して行う場合の考え方(関根 聡)
はじめに
歯周病の感染機序とその対応
SRPを分割して行う際のメリット
SRPを分割して行う際のデメリット
臨床応用
4 フルマウスディスインフェクションの概念(吉野宏幸)
FMDという概念の成り立ち
細菌の伝播
治療効率
菌血症
全身疾患
Quirynenらのプロトコール
Wennstromらのプロトコール
Gomiらのプロトコール
Yoshinoらの提唱するFMDの分類とプロトコール
5 FMDと複数回のSRPのエビデンス(吉野宏幸)
FMDの文献的考察を行う意義
FMDと経口抗菌療法の併用効果に関するエビデンスはあるか?
6 歯周基本治療応用のディシジョンメイキング(吉野敏明)
感染の機序とその診断
FMDの臨床導入
細菌の量的規制と感染治療の境界線
診断名で治療方針が決まる;適応症とディシジョンツリー
細菌検査方法とサンプリング方法
抗菌療法
歯科衛生士が主体となるFMD治療の流れ
まとめ
Chapter 3 新しい診断法と治療法
1 細菌検査,免疫検査の術式,診断法(田中良枝,田中真喜)
細菌検査の位置づけ
細菌検査施術の注意事項
検査法の選択
歯周病のリスク評価のための細菌的指標
細菌検査結果の診断
免疫検査
2 抗菌療法の考え方,投薬方法(田中真喜)
抗菌療法とは
抗菌療法の臨床有用性
抗菌療法の種類と適応
局所投与の基本
全身投与の基本
投与の注意点
副作用と偶発症
3 フルマウスディスインフェクションの種類と適応(田中真喜)
はじめに
FMDの分類と適応症
経口抗菌療法とFMDの併用療法の臨床効果
経口抗菌療法とOS-FMDの併用療法の実際
4 Photodyanamic Therapyの歯周基本治療への応用(田中真喜)
はじめに
Photodyanamic Therapyとは
PDTの歯科治療への応用
a-PDTの実際
歯周治療におけるa-PDTの応用
Chapter 4 ケースプレゼンテーション
1 フルマウスディスインフェクションの症例
症例1 侵襲性歯周炎に対するFMDの応用(橋優子)
症例2 治療効率を優先したFMDの応用(Red Complexに感染した広範型中等度慢性歯周炎患者に,歯周組織再生療法の前処置としてFMDを行った症例)(田島祥子)
2 抗菌療法の症例
症例1 全身疾患と抗菌療法併用の歯周基本治療 (巻島由香里)
症例2 インプラント周囲炎回避のための歯周基本治療時の抗菌療法(田中良枝)
3 Photodynamic Therapyの症例
症例1 歯周基本治療におけるa-PDTの応用(田中真喜)
症例2 侵襲性歯周炎に対するa-PDTの応用(吉野敏明)
文献
索引








