やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 今,医学界に大きな波がやってきている.それは人体の構造と機能を4次元画像として扱えることができるようになってきたことである.この耳慣れない言葉である「4次元画像」によって,体内構造の動態を時間変化のなかで観察し,定量的に解析することが可能となった.最新の医用画像技術とリアルタイムイメージングを応用して,下顎運動をはじめて4次元画像として可視化し,下顎の複雑な動きを明らかにして読者の理解の助けとすることが本書の創意である.人の下顎の動きを知ることは,歯科学においてもその基礎とされ,現在歯学部では複数の学科目で講義されている.しかし,そもそもの発端は義歯の製作を適切に行うためであった.すなわち,18世紀末に陶歯が発明され,19世紀初頭に歯列の欠損を義歯によって修復するようになったとき,義歯の動揺を抑えるため下顎運動の観察や計測が行われ始めた.
 これらの一連の取り組みはあくまで臨床に立脚したものであったが,やがて,下顎の動きに近似した運動をする咬合器の製作へと進んでいった.その過程で複雑な下顎の動きを単純化・様式化する作業が必要になった.すなわち,さまざまな事象から原則を抽出する帰納法の手法により,今日でも重要な意味をもつボンウィル三角やベネット角や矢状顆路角などの概念が生まれたのである.また,その成果として今日ではさまざまな機構を備えた平均値咬合器,調節性咬合器などの咬合器が,義歯やクラウンブリッジの製作に用いられている.
 しかしながら,現在,この方向での取り組みは大きな壁にぶつかっている.日常臨床で使用する材料の精度は抽出した原則を具現化できるほどに高くはなく,原則自体もそれを演繹するには汎用性に問題があるからである.
 一方で,下顎の動きを形態と機能の両面から,細部の形態変化や機能障害も含めて理解する必要性が臨床現場からでてきている.MPD症候群や顎関節内障や変形性顎関節症などの治療には,抽象化された原則ではなく,疾病現場の情報が必要であり,断層造影X線写真やCT画像・MR画像(MRI)などからの解析が役立っている.しかし,下顎の機能はダイナミックな運動として表現されることが多く,時間軸を備えた下顎運動の記録に大きな期待が寄せられ,画像と運動を合体させた情報が望まれていた.
 本書の特色は,このようなニーズを4次元画像技術の開発によって実現できたことにある.CT・MR画像から得られた下顎の形態情報が下顎運動計測の時間軸にのって展開する立体的な軌跡を読者は本書の随所にみることができる.4次元画像では,これを「3次元的な形状をもつ生体構造が時間軸上で変化する状況をリアルタイムに定量的に解析する」と表現するが,4次元画像の言葉のなかに顎機能障害の診断と治療にこの技術が近未来に発揮する威力を予感できる内容構成になっている.
 なお,本書で用いた歯科関連の学術用語は,「臨床咬合学事典」(医歯薬出版)の解説を参考とした.最後に,本書が下顎の動きに興味をもつすべての方々に朗報となることを期待したい.
 平成16年6月
 編著者 福島俊士 鈴木直樹
4次元下顎運動アトラス CD-ROM付 目次

第1章 高次元医用画像工学
 1.医用3次元画像
 2.3次元画像から4次元画像へ
 3.4次元画像の臨床への応用
 4.4次元顎関節モデルとは

第2章 4次元下顎運動解析
 1.コンピュータX線断層撮影像(CT画像)
 2.磁気共鳴画像<MR画像(MRI)>
 3.3次元再構築画像
 4.4次元運動解析
 5.4次元下顎運動解析システム
  1)リアルタイムイメージングシステム
  2)カラーマップ表示
 6.4次元咀嚼筋モデル

第3章 歯列・顎関節・筋
 1.基準面
 2.歯 列
  1)垂直被蓋,水平被蓋
  2)咬合平面とボンウィル三角
  3)スピー彎曲とウィルソン彎曲
 3.顎関節
  1)構成要素
  2)解 剖
  3)下顎頭の動き
 4.頭頸部の筋
  1)解 剖
  2)開口と閉口のメカニズム
  3)筋の緊張と弛緩

第4章 下顎運動
 1.運動解析点
 2.ポッセルトフィギュア
  1)3次元的下顎限界運動範囲
  2)矢状面内下顎限界運動範囲
  3)ポッセルトフィギュアに対応する下顎頭の運動
 3.前方運動
 4.側方運動
  1)第一大臼歯部における側方運動
  2)作業側下顎頭の運動
  3)平衡側下顎頭の運動
  4)側方運動の咬合様式
 5.後方限界運動
  1)後方運動
  2)終末蝶番運動
 6.開口運動
 7.閉口運動
 8.習慣性開閉口運動
 9.タッピング運動

第5章 下顎位の記録と咬合器
 1.下顎位の記録
 2.矢状切歯路角と矢状顆路角
 3.ベネット角とベネット運動
 4.フィッシャー角
 5.平均値咬合器
 6.調節性咬合器
 7.顎間関係の記録
  1)チェックバイト法
  2)ゴシックアーチ描記法

第6章 顎機能障害
 1.関節円板の転位
 2.骨変形
 3.下顎運動にみられる変化
  1)前方運動
  2)側方運動
  3)開口運動
  4)側方限界運動
 4.その他の手法による機能解析
  1)顆頭間軸
  2)顎関節部のカラーマップ表示