やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 65歳以上の高齢者人口は総人口の14%を越え,2025年(平成37年)には27.4%,2050年(平成62年)には32.3%に達すると見込まれている.また平均寿命は,男性78年,女性84年であり,2050年には男性は79年,女性では86年に達し,いよいよ高齢者が社会の中で大きな比重を占めるようになってくるといえる.これが,わが国の実態であり,近い将来像である.
 急速に高齢社会に突入したわが国では,ゆっくりとした速度で高齢化を迎えた欧米とは異なり,高齢社会に対する社会基盤の蓄積が必ずしも十分ではない.歯科,とりわけ相対的に多くの高齢者患者を担当する補綴治療領域においては,このように急速に到来した高齢社会に対して,迅速かつ現実的な対応が求められている.
 さらにQOLという視点からみても,高齢者に対して「生活の楽しみは何か?」とアンケートをすると,「美味しく食事をとること」が常に第1位の座を占める.美味しく食事を楽しむためには,咬合機能が十分に遂行できることが必要となってくる.この点で補綴治療の役割は,医療のみならず社会的な意味からも,いよいよ重要になってくる.
 無歯顎の口腔内に総義歯を装着すると,咀嚼能力が回復されるだけでなく,顔貌・審美性も,有歯顎時代へと“若返り“,高齢者にとっては生活意欲の向上へとつながっていく.義歯を使用するまではベッドに伏していた高齢者が,義歯の装着により食事ができるようになっただけではなく,ベッドから離れて,外出できるようになったことをよく耳にする.これまでは,咀嚼のための道具にすぎないと考えられていた歯や“補綴装置”が,生活を充実させる意欲の回復など,心理状態の向上にも大いにかかわっている実例である.
 しかし治療効果の反面,高齢者に対する治療あるいは処置そのものについて考えてみると,その対象が,多かれ少なかれ加齢による老化を伴った器官であることを認識しなければならない.すなわち,生体のもつ形態的・機能的な予備能力の低下した口腔内が対象となる.
 このような患者に対して,前述の例のごとく有効な補綴治療を施すためには,口腔内のみならず身体のエイジング・加齢現象に対する,十分な知識に裏付けされた補綴治療に関する力量が必要になってくる.
 そこで本別冊では,口腔を中心とする生体の加齢現象を基礎として,高齢者に対する具体的な補綴処置,あるいは地域住民に対する訪問診療について,最新の情報をお届けすることを目指した.本書が先生方の臨床にいくらかでも助力となり,高齢者の方々の口腔の健康の回復と維持が果たされれば幸いである.さらに付け加えれば,高齢者に対する補綴治療の診査・診断・治療ならびに対応能力を身につけるということは,成人に対するそれらの能力を一段と向上させることを付記させていただく.
 1999年5月
巻頭対談 エイジングからみる歯科補綴の本質……河野正司・渡辺 誠

SECTION 1 高齢者の歯科補綴を行ううえで必要な医学的・歯学的基礎知識
Medical and dental essentials in prosthetic treatment and management for elderly
 PART 1.高齢者の解剖学的・生理学的・心理学的・社会学的特徴
  1.高齢者の解剖学的・生理学的特徴……伊藤進太郎・西浦寛人
  2.高齢者の心理学的・社会学的特徴……服部佳功・北村晴朗
 PART 2.高齢者の顎口腔の特徴
  1.高齢者における顎口腔の解剖学的・生理学的特徴……西浦寛人・伊藤進太郎
  2.高齢者における歯の解剖学的・生理学的特徴……佐藤智昭・服部佳功

SECTION 2 高齢者の歯科補綴を行ううえで必要な臨床的基礎知識
Clinical and basic knowledge for prosthodontic treatment of elderly
 PART 1.全身的な点において考慮すべき事項
  1.高齢者の全身管理……冨田健嗣・佐々木啓一
  2.通常の補綴処置前診査〜問診とバイタルサインのチェック……瀬尾憲司
  3.麻酔時の診査〜全身疾患と局所麻酔法……瀬尾憲司
  4.下顎位と姿勢〜咬頭嵌合位を求めるために……池田圭介
  5.骨粗鬆症および閉経後の変化……田中みか子・中島正光
 PART 2.歯に対して考慮すべき事項
  1.根面齲蝕と楔状欠損……福島正義
  2.高齢者の歯周病……奥田一博・吉江弘正
  3.露出歯根への対応……坂野智三・高田和子・湊 修
  4.部分床義歯の支台歯の選択基準……岩片信吾・五十嵐直子
  5.咬耗歯列への対応……荒井良明
 PART 3.歯槽堤および軟組織に対して考慮すべき事項
  1.歯槽堤粘膜の耐圧性とその対応……加藤一誠
  2.歯槽堤粘膜の異常とその対応……野村章  子
  3.下顎歯槽堤の吸収とその対応……田中みか子
  4.オーラルディスキネジアへの対応……小林 博
 PART 4.義歯形態を付与するうえで考慮すべき事項
  1.短縮歯列への対応……金田 恒
  2.歯槽堤の吸収と義歯の床縁・床翼形態……野村章  子
  3.義歯の着脱への配慮……紋谷光徳
  4.要介護状態への配慮……野村修一
 PART 5.咀嚼機能を回復するうえで考慮すべき事項
  1.食物動態からみた高齢者の咀嚼能力……木戸寿明
  2.高齢者の口腔内状態と食形態……土田幸弘
  3.高齢総義歯装着者の咬合と咀嚼状況……野村修一
  4.高齢者の下顎頭運動……岩片信吾
  5.高齢者の顎関節症の特徴……岩片信吾

SECTION 3 高齢者の歯科補綴治療の考え方と実際
Diagnosis and management in prosthetic treatment for elderly
 PART 1.おもに全身的な点に考慮して対処すべき症例
  1.唾液分泌能を考慮した補綴治療……玉澤佳純・川田哲男
  2.舌機能を考慮した補綴治療……川田哲男・玉澤佳純
  3.顎間関係を考慮した補綴治療……服部佳功・渡部芳彦
  4.骨の量・形態・質を考慮した補綴治療……高津匡樹・菊池雅彦
  5.粘膜の被圧縮性を考慮した補綴治療……菊池雅彦・高津匡樹
 PART 2.おもに歯に考慮して対処すべき症例
  1.根面露出を考慮した補綴治療……高田和子・坂野智三
  2.咬耗症を考慮した補綴治療……荒井良明
  3.残根の状態を考慮した補綴治療……櫻井直樹
  4.すれ違い咬合の補綴治療……澤田宏二

SECTION 4 在宅高齢者の補綴治療の進め方
Prosthetic considerations for homebound elderly patients
 PART 1.在宅高齢者における補綴治療の位置づけ
  ・在宅要介護高齢者の歯科治療における補綴治療の位置づけ……佐々木啓一
 PART 2.規模別在宅高齢者訪問歯科診療システム
  ・規模別による在宅高齢者訪問歯科診療システムの実態
 実例報告に先だって……渡辺 誠
  1.県単位でのシステム
  ・新潟県のシステムと在宅訪問歯科診療のあり方……根津雄一
  ・宮城県における在宅要介護高齢者に対する歯科保健医療のあり方……会田良子
  2.市単位でのシステム
  ・地区歯科医師会の在宅診療システムと介護保険導入への課題……藤 秀敏
  ・仙台市のシステムと在宅訪問歯科診療のあり方……阿部洋一郎
  3.村単位でのシステム
  ・西蒲原郡弥彦村のシステムと在宅歯科診療のあり方……田村卓也
 総 括……渡辺 誠
 PART 3.在宅訪問歯科診療での補綴治療と器材
  ・在宅訪問歯科診療での補綴治療をスムーズに行うための器材一覧……沖津正尚
 総 括……渡辺 誠