やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本別冊の発行にあたって
 補綴処置や歯周治療を行うなかで,歯の位置や傾斜を変えたいと思うことはないだろうか?そんな問題を解決しようと,筆者は1988年にスタディグループ「矯正を臨床で生かす会」を立ち上げた.今年で32年,例会開催も300回を超えた.はじめは簡単かつ小規模な歯の移動を取り上げていたが,次第に広範囲な治療にも取り組むようになった.
 スタディグループには,さまざまな世代の歯科医師が集い,そのレベルや興味関心の方向は多様である.しかしながら,すべての基本となるのが,本別冊で取り上げるMTMの技術であり,ハイレベルな全顎矯正治療もこのMTMの実践の延長線上に存在すると考えている.
 本別冊で取り上げるのは以下の5つの技術である.
(1)エクストルージョン
 一般臨床医にとって最も診療に取り入れやすい矯正治療である.移動も簡単で,縁下カリエスの処置から歯周ポケットの浅化,歯槽骨・歯肉の増生,インプラント埋入に必要な歯槽骨の獲得まで応用範囲が広く,MTMを始めるにあたって最適な処置である.ぜひ,ここから始めてほしい.
(2)傾斜移動(アップライト)
 日常の歯科治療において歯の傾斜を治したい局面は多い.移動は比較的簡単な場合が多いので,マスターしてほしい.
(3)歯体移動
 歯牙移動のなかでは最も難しい処置の一つである.小臼歯の遠心移動などの定型パターン以外では,どうしても傾斜移動を起こしやすい.しかし,インプラント埋入のための吸収しない歯槽骨が得られるなど,この処置は他のどのGBRより優れている.
(4)前歯部の歯幅が原因の歯列不正への対応
 前歯部の補綴治療が必要な際,歯幅が原因で歯列不正を生じている場合は少なくない.矯正歯科専門医は限られた歯幅のなかで矯正治療を行うという暗黙の制限があるが,ディスキングは一般臨床医にとって大きなアドバンテージといえ,歯列不正を容易に解決できる場合がある.
(5)補綴用インプラントを用いた矯正治療
 残存歯の矯正治療により,インプラント埋入を行いやすくするという処置はよく目にする.一方,ここで取り上げるのは,補綴用インプラントの埋入を先行させ,これをアンカーとして矯正治療を行い,その後に最終補綴に移行するという処置である.この考え方は,今まで難しかったインプラント補綴を容易にしてくれる.
 以上の技術についての解説に加え,本別冊では,歯牙移動や歯牙移植について,基礎実験からも考察する.歯牙移動や歯牙移植を一般臨床医は経験的に行っているが,どのような変化が組織で起こっているかはあまり知られていない.基礎実験を通して歯牙移動と歯牙移植の本質を病理組織学的見地から検証していく.
 臨床と基礎のそれぞれの視点から,本別冊を日々の臨床に役立てていただきたい.
 2020年10月 編者を代表して
 林 治幸
Part.1 エクストルージョン
 模型実習(1) エクストルージョンの基本手技(林 治幸)
 模型実習(2) パワーチェーンの掛け方とエクストルージョンの方向調整(林 治幸)
 1-1.ブラケットを使用しないエクストルージョン
  【縁下カリエス,歯根破折への応用】
   Case01 縁下カリエスの処置(林 治幸)
   Case02 水平的な歯根破折への対応(林 治幸)
   Case03 エクストルージョンに伴い増殖した歯肉の処置(林 治幸)
   Case04 インプラント周囲骨維持のための水平破折歯根の保存(林 治幸)
   Case05 片側だけに隣在歯がある場合(林 治幸)
  【歯周ポケットを浅くする】
   Case06 ポケットと骨吸収の改善(ガムラインを揃える)(林 治幸)
   Case07 分割根への対応(1)(影山龍市)
   Case08 分割根への対応(2)(林 治幸)
  【インプラントに必要な歯槽骨をつくる】
   Case09 エクストルージョンによりGBRを有利にする(武内清隆)
   Case10 エクストルージョンによるインプラントのための骨増生(武内清隆)
  【移植・再植の前処置としてのエクストルージョン(矯正移植)】
   Case11 根管治療のための再植(林 治幸)
   Case12 不要な犬歯の矯正移植(1)(林 治幸)
   Case13 不要な犬歯の矯正移植(2)(林 治幸)
   Case14 智歯の矯正移植(1)(神山洋介)
   Case15 智歯の矯正移植(2)(神山洋介)
   Case16 上顎洞ソケットリフトを行った矯正移植(1)(神山洋介)
   Case17 上顎洞ソケットリフトを行った矯正移植(2)(神山洋介)
 1-2.ブラケットを使用したエクストルージョン
  【ポケットと歯槽骨を改善】
   Case18 ブラケットを使用してポケットと歯槽骨を改善(林 治幸)
  【下顎第一大臼歯のポケットを浅くする】
   Case19 ブラケットを使わない方法(林 治幸)
   Case20 ブラケットのポジショニングによる方法(林 治幸)
   Case21 ブラケットとワイヤーベンディングを用いた方法(林 治幸)
  【エクストルージョンによるインプラントのための骨増生】
   Case22 前歯のブリッジ脱離,歯根破折(神山洋介)
  【エクストルージョンの応用症例】
   Case23 歯周治療のなかでのエクストルージョンの利用(1)(林 治幸)
   Case24 歯周治療のなかでのエクストルージョンの利用(2)(林 治幸)
Part.2 傾斜移動
 模型実習(3) ガイドワイヤーを使用した簡単なアップライト(林 治幸)
 模型実習(4) ガイドワイヤーの調節(林 治幸)
 模型実習(5) オープンコイルを使用したアップライト(林 治幸)
 模型実習(6) インダイレクトボンディングによるブラケット装着(中嶋淳二)
 2-1.ブラケットを使用しないアップライト
  【ガイドワイヤーを使用したアップライト】
   Case25 ガイドワイヤーを使用したアップライト(1)(林 治幸)
   Case26 ガイドワイヤーを使用したアップライト(2)(林 治幸)
  【矯正用アンカースクリュー(TAD)を使用したアップライト】
   Case27 TAD1本でできる簡単なアップライト(林 治幸)
   Case28 TADを使用した応用症例(林 治幸)
  【アンカースクリューとガイドワイヤーを使用したアップライト】
   Case29 TADとガイドワイヤーを使用したアップライト(林 治幸)
 2-2.ブラケットを使用したアップライト
  【ブラケットを使用したアップライト】
   Case30 7のアップライト後,ブリッジを装着(林 治幸)
   Case31 7のアップライト後,ブリッジを装着(林 治幸)
   Case32 7アップライト後のスペースにインプラントを埋入(折田隆二)
  【エクストルージョンとアップライトを用いた応用症例】
   Case33 7 5 7,7のアップライト(林 治幸)
   Case34 補綴,インプラントのためのMTM(林 治幸)
   Case35 歯根にインプラントが近接している際の対応(池田大造)
   Case36 MTMを用いた後期若年性歯周炎患者への歯周補綴(林 治幸)
Part.3 歯体移動
 模型実習(7) 小臼歯の遠心移動(林 治幸)
  【小臼歯の遠心移動】
   Case37 ブリッジのための小臼歯の遠心移動(1)(林 治幸)
   Case38 ブリッジのための小臼歯の遠心移動(2)(和久雅彦)
  【インプラント埋入に最適な,吸収しない歯槽骨の獲得】
   Case39 移動で獲得した骨にインプラント1本を埋入した13年の経過(林 治幸)
   Case40 移動で獲得した骨にインプラント2本を埋入した12年の経過(林 治幸)
  【上顎側切歯欠損にインプラント埋入に必要な幅のある歯槽骨を獲得する】
   Case41 2先天欠如(林 治幸)
   Case42 2 2先天欠如(神山洋介)
  【大臼歯の近心移動】
   Case43 ポジショニングで補正した6 7近心移動(石橋敦己)
   Case44 ベンディングで補正した8の近心移動(林 治幸)
   Case45 7 8の近心移動(林 治幸)
Part.4 歯牙移動,歯牙移植の基礎実験からの考察
  【移植実験からわかること】(村松 敬/症例:林 治幸)
   歯根膜が歯槽骨に変わる
  【なぜエクストルージョンは移植・再植に有効なのか?】(村松 敬/症例:林 治幸)
   歯根膜が増殖し骨形成タンパクが出現しているので短期間に歯槽骨ができる
   増殖した歯根膜により抜歯時の損傷が少なく,歯根と歯槽骨の幅が確保できるのでアンキローシスを起こしにくい
   ストレスタンパクによりアポトーシスを起こしにくい(細胞が死ににくい)
  【歯牙移動実験からわかること】(村松 敬/症例:林 治幸)
   歯牙移動により獲得された歯槽骨は吸収されない
   歯牙移動により獲得された歯槽骨はなぜ幅も広いのか
   X線写真上でなぜスジ雲状の像が長期間みられるのか
   歯は生涯移動をしながら歯槽堤を作る
Part.5 前歯部の歯幅が原因の歯列不正への対応
 講義(1) 前歯部ディスキングの際の注意点(林 治幸)
 講義(2) 前歯部の歯軸を理解する(林 治幸)
 講義(3) 前歯部の歯軸と2態咬合(林 治幸)
  【大きすぎる前歯】
   Case46 2舌側転位を改善しブリッジを装着(林 治幸)
   Case47 2舌側転位歯を自家歯牙移植に使用(林 治幸)
   Case48 2舌側転位歯をディスキングで唇側へ(林 治幸)
  【小さすぎる前歯】
   Case49 臼歯交換期の2矮小歯の処置(神山美穂)
   Case50 歯列完成後の2矮小歯の処置(神山美穂)
  【補綴治療を必要とする,2態咬合を伴った下顎前突】
   Case51 歯周病を伴った2態咬合への歯周補綴(神山美穂)
   Case52 矯正歯科でも治らないと言われた下顎前突(神山美穂)
   Case53 難しい2態咬合とその対策(林 治幸)
Part.6 補綴用インプラントを用いた矯正治療
   Case54 臼歯部の咬合獲得に移植を用いた長期経過(参考症例)(林 治幸)
   Case55 すれ違い咬合が原因の前突症例(林 治幸)
   Case56 クロスバイトのためすれ違い咬合になっている症例(林 治幸)
   Case57 臼歯部が崩壊している重篤な歯周病症例(林 治幸)

 Column揃えておくべきMTMの基本セット