やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに―別冊化に際して
 天野惠子
 静風荘病院女性内科・女性外来
 2017年1月から,“性差医学・医療の進歩と臨床展開”として掲載されてきた連載が,多くの先生方の協力を得て昨年(2017)夏,無事21回をもって終了した.今回,本連載を別冊として1冊の書物の形にまとめていただけるという,性差医学・医療に携わっているわれわれにとっては,このうえない提案をしていただいた.
 昨夏,本連載終了後の2017年9月,東北大学大学院医学系研究科循環器内科学教授・下川宏明先生を学会長とする第8回国際性差医学会学術集会(The 8th congress of the International Society for Gender Medicine)が,9月14日(木)〜16日(土)の3日間,仙台国際センターにおいて,開催された.
 メインテーマは,「Trends in Gender Medicine:super-aging Society and Globalization」.
 世界の18カ国から約250名の参加者があり,約200演題が発表されて活発な質疑が行われた.また,下川理事長が,国際性差医学会のboard memberに選出された.国際性差医学会は,2006年に第1回学術集会がドイツ(ベルリン)で,フンボルト大学シャリティー性差医学研究所Vera Regitz-Zagrosek教授(http://gender.charite.de/)主催で開催され,その後ヨーロッパ,アメリカで開催を重ねていたが,国際メンバーからのたっての要望を受け,仙台で開催され,予想を大きく超えた海外の研究者の参加を得たことは喜びに堪えない.他の所属学会(とくに循環器や糖尿病の分野など)の国際学会はHuge(巨大)になりすぎて,交流が希薄になりがちな傾向もある.一方,国際性差医学会は国や世代,専門分野を超え,性差という視点から,アットホームな雰囲気で親しく活発な会話やディスカッションができ,とても楽しく実りのある時間を共有できた(写真).
 性差医療の先に求められているものは“女性を専門に“あるいは“男性を専門に”対象とする医療ではなく,オーダメイド医療のような(性別をひとつの特徴とする)個々人の特性に適った治療である.
 今回の特集が多くの医療医学に携る方々の共感を得て,性差医療・医学のさらなる発展があることを願っている.


はじめに
 天野惠子
 静風荘病院女性内科・女性外来
 2006年11月4日発行の医学のあゆみ219巻5号で,“性差医学―性差の背景を探る:遺伝子・ホルモン・環境”と題した特集を組んでいただいてから,はや10年がたった.
 欧米での性差医学医療研究は活発で,アメリカ政府は,NIHが関与する臨床研究への女性の参入,女性の健康や性差をターゲットとした研究を推し進め,研究者の育成を続けている.2007年にはAdvancing Novel Science in Women's Health Research(ANSWHR)が立ちあげられ,2010年9月には1990〜2010年までにNIHが支援したWomen's Health and Sex Differences Researchのハイライトをまとめ報告している1).2012年,ドイツCharite UniversityのSabine Oertelt-Prigione,Vera Regitz-Zagrosek両教授2)はその時点までの性差医学・医療の知見をまとめたテキストを出版している.
 日本でも学会の各分野における性差医学への関心は確実に進み,日本性差医学・医療学会,消化器病における性差医学・医療研究会などへと発展した.日本循環器学会では,2010年秋に「循環器診療における性差医療に関するガイドライン」の完成をみた3).
 今後の課題は,(1)基礎科学における性差研究をさらに進める,(2)新しい技術,医療機器,医薬品の開発にあたって性差を考慮する,(3)老若男女を問わず遺伝学的・形態学的性差のみならず,個人の行動,既往歴をも組み込んだpersonalized medicineの提供,(4)女性の健康に関する研究に対し全世界で共有しうるような戦略的研究ネットワークの構築,(5)女性の健康とウェルネスに関する理解と認識を高めるための新しい情報提供の仕組みを発展させる,(6)性差医学研究と性差医療の発展のためにさらなる研究拠点の開発を革新的に,戦略的に行う.以上6つである.本連載が読者の今後の研究の方向性の決定や,臨床現場での性差を考慮した医療に役立てば幸いである.

 1)https://orwh.od.nih.gov/resources/pdf/ORWH-Highlights-2010.pdf
 2)Oertelt-Prigione,S and Regitz-Zagrosek,V(.Eds):Sex and Gender Aspects in Clinical Medicine,Springer,London,2012.
 3)循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008-2009年度合同研究班):循環器領域における性差医療に関するガイドライン.Circ.J.74:(Suppl.II):1085-1178,2010
 書き下ろし はじめに―別冊化に際して(天野惠子)
 はじめに(天野惠子)
総論
 1.わが国における性差医療の現状(高橋 潤・下川宏明)
  ・性差医療・性差医学とは?
  ・虚血性心疾患と性差
  ・慢性心不全と性差
発生
 2.遺伝的制御と内分泌制御による性分化・性差構築の制御(諸橋憲一郎)
  ・遺伝的制御
  ・内分泌制御
  ・性決定遺伝子以外の遺伝子による性の遺伝的制御
  ・細胞が独自に確立する性
  ・遺伝的制御と内分泌制御の相互作用
内科疾患
 3.動脈硬化性疾患と性ホルモン(秋下雅弘)
  ・エストロゲンと動脈硬化
  ・テストステロンと動脈硬化
 4.循環器疾患における性差(多胡素子・他)
  ・虚血性心疾患と性ホルモン
  ・虚血性心疾患の危険因子
  ・虚血性心疾患の症状・検査における性差
  ・冠攣縮性狭心症と微小血管狭心症
  ・心肥大・心不全における性差
  ・不整脈における性差
  ・心房細動における性差
 5.呼吸器疾患における性差―COPDと肺癌を中心に(矢幅美鈴・他)
  ・COPDと性差
  ・肺癌と性差
  ・その他の呼吸器疾患
 6.消化器疾患における性差(徳重克年・他)
  ・上部消化管疾患と性差
  ・下部消化管疾患と性差
  ・肝疾患と性差
  ・胆道戻患と性差
  ・膵疾患と性差
 7.糖尿病と性差(内潟安子)
  ・糖尿病の病態と性差
  ・血糖コントロールと性差
  ・糖尿病合併症と性差
  ・医療者側の性差は?
 8.内分泌疾患における性差(福田いずみ)
  ・間脳下垂体疾患
  ・甲状腺疾患
  ・副甲状腺疾患
  ・副腎疾患
 9.高血圧・腎疾患と性差(鈴木洋通)
  ・疫学
  ・性ホルモンの血圧調節への影響
  ・性ホルモンと食塩の関係
  ・RA系構成因子と性ホルモンの関連
  ・性ホルモンとRA系
  ・RA系抑制薬の効果の男女差
  ・高血圧と密接な関連のある腎疾患には性差があるか
 10.高脂血症と性差(佐久間一郎)
  ・日本人の虚血性心疾患(IHD)発症の性差と脂質異常症治療目標値
  ・日本人男女の年齢別血清脂質変化とIHD発症
  ・性差医学に基づいた脂質異常症治療の実際
  ・厚生労働省が推奨する食事療法と食習慣把握の必要性
  ・「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012」の女性における脂質管理目標の問題点
  ・別冊化にあたって
 11.肥満とやせの性差(番 典子・龍野一郎)
  ・わが国における体格と性差(一般論)
  ・肥満における性差
  ・わが国におけるやせの傾向と性差
脳の性差(発生)
 12.脳の性分化―分子機構とエピジェネティクス(松田賢一)
  ・脳の性分化とは
  ・脳の性分化の分子機構
  ・脳の性分化とエピジェネティクス
 13.脳卒中(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血)の性差(井川房夫・加藤庸子)
  ・閉塞性脳卒中の性差
  ・脳出血の性差
  ・くも膜下出血の性差
  ・厚生労働省の脳血管疾患年齢調整死亡率
  ・脳卒中の性差とその原因
 14.多発性硬化症の性差(山村 隆)
  ・AIRE遺伝子と自己免疫疾患の性差
  ・腸内細菌と自己免疫疾患の性差
  ・性特異的MS治療の可能性
 書き下ろし 15.メンタルヘルスと性差(雨宮直子)
  ・抑うつ障害群
  ・不安障害群
 16.認知症と性差(熊谷 亮・一宮洋介)
  ・高齢者人口の男女差
  ・遺伝子の影響
  ・性ホルモンの影響
  ・認知の予備力
  ・認知症の介護と性差
  ・ADの予防とホルモン補充療法
その他
 17.運動器疾患と性差(中村耕三)
  ・運動器の働きと構造
  ・病院受療にみる運動器疾患と性差
  ・運動器疾患と性差
  ・運動器と性ホルモン
  ・運動器疾患と性差の概観
 18.がんにおける性差(葛西 傑・元雄良治)
  ・がんの罹患数・死亡数における性差
  ・がんの治療法選択における性差の考慮
  ・がん治療薬の副作用における性差
 19.臨床検査にみられる性差とエイジング(大櫛洋一)
  ・臨床検査基準範囲の設定方法
  ・アルブミンにおける性差と年齢差
  ・収縮期血圧における性差と年齢差
  ・LDL-コレステロール(LDL-C)における性差と年齢差
  ・空腹時血糖における性差と年齢差
  ・まとめ
 20.薬物動態と薬力学における性差(上野光一・佐藤洋美)
  ・処方薬提供実態の男女差
  ・薬物動態の性差
  ・薬力学の性差
 21.自然災害による健康被害における性差―東日本大震災の検証から(青木竜男・下川宏明)
  ・震災と心血管病―救急搬送記録,入院患者記録の解析
  ・震災と急性心筋梗塞(AMI)―Miyagi AMI registry studyより
  ・震災によるPTSDと心不全の予後―CHART-2研究より
  ・震災後の生活習慣病
 22.千葉県「健康診査データ収集システム確立事業」―健診結果指導へ性差を考慮する必要性(天野惠子)
  ・男性での特徴
  ・女性での特徴
 書き下ろし 23.海外の性差医学動向の最新知見―国際性差医学会の報告から(高橋 潤・下川宏明)
  ・特別講演
  ・虚血性心疾患における微小循環障害と性差
  ・Precision medicineにおける性差
  ・災害医療における性差
  ・癌と性差
  ・臨床薬学における性差

 サイドメモ目次
  冠危険因子における性差
  大規模臨床試験SPRINTの結果と課題
  PCSK9 モノクローナル抗体製剤
  M字カーブ
  behavioral and psychological symptoms of dementia(BPSD)
  ロコモティブシンドローム(ロコモ)
  性差医療の歴史