やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 大野博司
 理化学研究所統合生命医科学研究センター粘膜システム研究グループ
 たゆまない生命活動を支える分子機構は複雑多岐であり,なかでもとくに多細胞生物に特徴的な外界からの刺激に対する応答をつかさどる神経系や免疫系は,さまざまな異なる細胞集団の密接な連携のもとに構築されており,しばしば高次複雑系と称される.免疫系は自己と非自己を分子レベルで認識・識別し,自己は受け入れ(免疫寛容),他人の細胞・組織や病原体などの異物(非自己)に対しては攻撃・排除する(免疫応答)という相反する生体反応を巧みに調節・制御している.とくに,呼吸器系や消化器系などの生体内部に存在しながら体外環境との境界を形成する粘膜面において,いわゆる“内なる外”を監視・防御する役割を担う粘膜免疫系は,粘膜面に共生する膨大な数の常在細菌叢に対して過剰な免疫応答を起こさず,むしろ免疫抑制的に反応し,また腸管においては“無害な異物”である食物抗原に対しては免疫寛容(経口免疫寛容)となるなど,全身免疫系とは異なるユニークな特徴を有している.
 粘膜免疫系の重要性は,唾液や母乳が創傷治癒を促進したり,家畜の乳がさまざまな疾病の改善効果を有することなどから,古代より経験的に認識されていた.また,粘膜免疫に関しては,Jennerによる天然痘ワクチンの開発より遡ること1000年以上の8世紀の中国において,天然痘を防ぐ儀式として,治癒した天然痘の膿疱のかさぶたの粉末を吸引させていた.しかし,粘膜免疫の体系的な研究は,学問としての免疫学が形成される20世紀になってからのことである.しかも当初の免疫学は免疫細胞の発生の場である骨髄や胸腺といった中枢免疫系や,末梢免疫系のなかでも脾臓やリンパ節などの全身免疫系の組織・臓器が中心であり,同じ末梢免疫系でも粘膜免疫系はほとんど注目されてこなかった.
 しかし,各種網羅的解析法を含めた近年の解析技術の長足の進歩や,無菌マウス技術の普及,さらに腸内細菌叢が腸管のみならずさまざまな全身性疾患と密接にかかわることが示唆されてきたことなどにより,この20年ほどで粘膜免疫研究も大きく発展し,いまや免疫学の中心的存在といっても過言ではない感がある.本特集ではわが国発の粘膜免疫研究から,できるかぎり最先端でホットな知見をご紹介いただいた.お忙しいなか執筆をお引き受けいただいた研究者の方々に感謝するとともに,読者の皆様の知識・研究の一助となれば幸いである.
 はじめに(大野博司)
基礎
 1.腸上皮のPaneth細胞が担う自然免疫・粘膜免疫(綾部時芳)
  ・α-defensinを分泌するPaneth細胞
  ・病原菌を排除し常在菌と共生するα-defensin
  ・疾病とPaneth細胞
 2.ATP依存性の粘膜・皮膚免疫応答の制御(藤本康介・竹田 潔)
  ・細胞外ATPと免疫細胞
  ・E-NPP3欠損マウスでは慢性アレルギー炎症が増悪する
  ・E-NPP3によって制御される好塩基球やマスト細胞の活性化はP2×7受容体依存的である
 3.M細胞の分化と機能(金谷高史)
  ・腸管における生体防御と上皮細胞
  ・腸管上皮細胞の分化とM細胞の分化
  ・M細胞分化を誘導する諸因子
  ・転写因子によるM細胞分化の制御
  ・M細胞に発現する分子とその機能
  ・M細胞の生体内における重要性
 4.濾胞性ヘルパーT細胞による免疫グロブリンAを介した腸内細菌制御(河本新平・Fagarasan Sidonia)
  ・PPのGCにおけるIgA選択
  ・GC内のT細胞―TFH細胞およびTFR細胞
  ・PPのTFH細胞の機能
  ・PPのTFH細胞がもつ特殊性
  ・TFR細胞がIgA産生および腸内細菌叢に与える影響
 5.IgA抗体による腸内細菌の制御機構(新藏礼子)
  ・腸管IgA抗体
  ・腸管モノクローナルIgA抗体による腸内細菌認識
  ・腸管IgA抗体が結合する細菌は腸炎を惹起する悪玉菌である
  ・今後の展望
 6.腸内細菌とTh17細胞(新 幸二)
  ・腸内細菌による腸管免疫系の誘導
  ・Th17細胞の分化誘導・機能
  ・腸内細菌によるTh17細胞の誘導
  ・SFB誘導性Th17細胞の機能
 7.腸内細菌によるTreg誘導機構(長谷耕二・他)
  ・腸内細菌定着に伴う免疫適応
  ・腸内細菌由来の酪酸によるTreg分化誘導
  ・腸内細菌によるエピゲノム修飾を介したTregの機能成熟
 8.粘膜組織における自然リンパ球の役割(佐藤尚子)
  ・グループ1 自然リンパ球(ILC1)
  ・グループ2 自然リンパ球(ILC2)
  ・グループ3 自然リンパ球(ILC3)
  ・腸管に存在するILC3と感染防御に対する役割
  ・CXCR6-CXCL16を介したILC3制御
 9.消化器疾患・感染防御におけるマスト細胞(倉島洋介・他)
  ・マスト細胞と腸管粘膜疾患
  ・マスト細胞と腸管感染防御
 10.Toll様受容体と急性放射線性消化管症候群(武村直紀・植松 智)
  ・放射線性消化管症候群の現状
  ・放射線性消化管症候群の病態成立メカニズム
  ・放射線性消化管症候群の予防・治療
  ・Toll様受容体(TLR)の役割
  ・組織障害とTLR
  ・放射線性消化管症候群とTLR
 11.皮膚・粘膜における好塩基球の役割(三宅健介・烏山 一)
  ・皮膚における好塩基球の役割
  ・気道粘膜における好塩基球の役割
  ・消化管粘膜における好塩基球の役割
粘膜免疫と微生物・感染
 12.病原細菌感染における腸内常在細菌の役割(北本 祥・鎌田信彦)
  ・常在細菌による病原細菌の排除機構
  ・病原細菌の生存定着戦略
  ・常在菌叢の破綻と病原菌の定着増殖へ―代謝産物を中心に
 13.寄生虫感染と粘膜免疫(下川周子)
  ・腸管寄生蠕虫による2型応答の誘導とその排虫メカニズム
  ・好中球と寄生虫感染
  ・好酸球と寄生虫感染
  ・好塩基球と蠕虫感染
  ・肥満細胞と蠕虫感染
  ・蠕虫感染の免疫抑制
粘膜免疫と疾患
 14.炎症性腸疾患における腸内細菌叢と粘膜免疫の異常(清原裕貴・金井隆典)
  ・腸内細菌叢の異常と炎症性腸疾患
  ・遺伝子変異にみるIBDの粘膜免疫異常―オートファジー,microbial sensing,ERストレス/UPR
  ・Tissue resident macrophageと恒常性の維持
  ・獲得免疫系の異常
  ・Innate lymphoid cells(ILC)の発見とIBDにおける関与
 15.腸内細菌による多発性硬化症の制御(宮内栄治)
  ・MS・EAEに関与する免疫学的因子
  ・腸内細菌によるTh17活性化とEAE病態への影響
  ・腸内細菌による制御性T細胞の活性化とEAEの抑制
  ・腸内細菌による他因子の制御
 16.腸管組織における多元的免疫制御システムと食物アレルギー(長竹貴広・國澤 純)
  ・食物アレルギーの発症機序
  ・経口免疫寛容
  ・免疫誘導組織としての腸管関連リンパ組織
  ・病原体由来成分による免疫寛容の破綻
  ・腸内細菌と食物アレルギー
  ・食餌性成分と食物アレルギー
 17.腸内真菌の増殖とアレルギー性気道炎症(藤山 聡・澁谷 彰)
  ・抗生物質の投与が抗原によるアレルギー性気道炎症を増悪
  ・アレルギー性気道炎症の増悪に肺胞マクロファージが関与
  ・抗生物質の投与が肺胞マクロファージをM2型へ分化
  ・抗生物質の投与が腸管内のカンジダを増加し,気道炎症を増悪した
  ・抗生物質の投与が全身性および局所のPGE2を増加
  ・PGE2の上昇がM2型マクロファージの分化と気道炎症を増悪する
  ・抗真菌剤,シクロオキゲナーゼ阻害剤が気道炎症を軽減
 18.粘膜ワクチンの現状―経鼻ワクチンを中心に(福山賀子・幸 義和)
  ・なぜ粘膜ワクチンに着目するのか
  ・粘膜免疫の誘導メカニズム
  ・安全性を考慮した粘膜ワクチンの開発

サイドメモ
 抗菌ペプチド
 Paneth細胞とJoseph Paneth
 好塩基球/マスト細胞/IgE受容体/アデノシン三リン酸(ATP)/P2×7受容体
 絨毛M細胞様細胞
 各種動物のM細胞マーカーと細胞骨格形成蛋白質
 Foxp3+T細胞
 腸内細菌とCD4+T細胞
 体細胞突然変異と抗体の親和性成熟
 モノクローナル抗体
 無菌動物,ノトバイオート動物
 酪酸
 Uhrf/NP95
 ILCの命名由来
 抗菌蛋白質
 細胞外アデノシン三リン酸(ATP)
 経口免疫療法
 (R)-2-(3-Chloro-6-fluorobenzo[b]thiophene-2-carboxamido)-3-phenylpropanoic acid
 ハプテン
 TSLP(thymic stromal lymphopoietin)
 Nippostrongylus brasiliensis
 Heligmosomoides polygyrus
 粘膜型肥満細胞(MMC)
 オートファジー
 DAMPsとPAMPs
 ERストレスとUPR
 CD39とCD73
 嗅粘膜と中枢神経