やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山本一博
 鳥取大学医学部病態情報内科
 心筋症の定義は一定していないが,たとえばアメリカ心臓協会(American Heart Association:AHA)では,「通常は(けっして全例ではない)不適切な心室の肥大や拡大を呈し機械的あるいは電気的機能障害を伴う多様な心筋疾患群であり,多くは遺伝的要因によるがその原因は多様である.心臓に限局している場合もあれば全身疾患の一部の場合もあり,しばしば心血管死や心不全に基づく活動障害を引き起こす」と記されている.
 臨床現場では拡張型心筋症,肥大型心筋症,拘束型心筋症,不整脈原性右室心筋症などの患者を診療する機会が多いと思われるが,現状の治療法の効果には限界が大きく,疾病発症の根本となる病態の解明と,それに対する直接的な介入を可能とする治療法の確立が望まれている.さらには根本的な病態について未解明点が多いため,病型分類さえ世界的に統一されていないという,心筋症を理解するための“入口”においてさえ問題点が残ったままである.
 そのようななかで,いわゆる二次性心筋症が検出される機会が最近は増えている.これは疾患の発症頻度が増加したのではなく,診断ツールの進歩や臨床現場における認識の広がりに負うところが大と思われる.しかし,いまでも診断に迷うケースは少なくなく,診断できたとしても治療に関するエビデンスが確立しているとはいいがたい.現在は,二次性心筋症も含め一定の条件を満たす難治性の重症心筋症患者では心臓移植が治療選択肢となりうるが,わが国ではドナーが圧倒的に不足している.このような現状のなかで,植込み型補助循環装置の保険適応は大きなインパクトを与えている.また,再生療法の進歩もめざましく,その成果に強い期待が寄せられている.
 本特集では,心筋症に関して診療と研究の両面においてエキスパートの方々に最新の情報をご紹介いただいた.読者の方々の明日からの診療と研究に寄与することを期待している.
 はじめに(山本一博)
心筋症分類の変遷
 1.心筋症:概念,定義,分類(磯部光章)
  ・疾患概念の定着
  ・遺伝子解析の進展
  ・WHO/ISFC合同委員会による定義と分類(1995年)
  ・わが国の調査研究班の分類(2005年)
  ・イオンチャネル病を含む概念(AHA分類2006)
  ・ヨーロッパ心臓学会(ESC)の分類(2008年)
  ・表現型と遺伝子型を含めたMOGE(S)分類(2013年)
  ・混乱の時代
  ・今後の展望
心筋症の病態解明方法の進歩
 2.心筋症のゲノミクス(木村彰方)
  ・心筋症の臨床病型と遺伝形式
  ・肥大型心筋症(HCM)の多彩な原因遺伝子
  ・HCM患者における遺伝子変異頻度
  ・HCM病因変異に基づく機能異常
  ・拡張型心筋症(DCM)の原因遺伝子
  ・DCM病因変異による機能異常
  ・病因変異による機能異常に着目した治療・予防の可能性
 3.心筋症のプロテオミクス(朝倉正紀)
  ・心筋症のオミックス研究の概要
  ・プロテオミクス技術の進歩
  ・心筋症のプロテオミクスの現状
 4.心筋症のメタボロミクス(平山明由・曽我朋義)
  ・DCMモデル動物
  ・メタボローム解析を行うための心筋組織の前処理法
  ・DCMモデルハムスター心筋組織における親水性代謝物プロファイル
 5.心筋症のマウスモデル―拡張型心筋症マウスモデルの心機能解析と遺伝子解析(鈴木 治・松田潤一郎)
  ・拡張型心筋症モデルマウス(4C30マウス)
  ・ゲノム解析
 6.iPS細胞を用いた心筋症の病態解明と創薬(内藤篤彦)
  ・多能性幹細胞―ES細胞とiPS細胞
  ・iPS細胞を用いた疾患モデリングと創薬研究
  ・肥大型心筋症(HCM)患者からのiPS細胞樹立
  ・拡張型心筋症(DCM)患者からのiPS細胞樹立
  ・iPS細胞を用いた心疾患の病態モデリングと創薬研究の課題と今後
心筋症診断の現状
 7.心筋症の病理検査―心内膜心筋生検と剖検を通して(松本 学・植田初江)
  ・EMBで診断されることの多い代表的疾患(二次性心筋症)
  ・画像情報などの臨床情報と統合すれば診断に有用な疾患(特発性心筋症)
 8.心筋症の心臓超音波検査所見(中尾倫子・大門雅夫)
  ・拡張型心筋症(DCM)の超音波検査
  ・肥大型心筋症(HCM)の超音波検査
  ・拘束型心筋症(RCM)の超音波検査
  ・催不整脈性右室心筋症(ARVC)の超音波検査
 9.心筋症の診断・評価のための心臓MRI検査(永田幹紀・佐久間 肇)
  ・壁運動の評価
  ・心筋性状の評価―遅延造影MRI,T1 mapping
 10.心筋症の心臓核医学検査(石田良雄)
  ・肥大型心筋症(HCM)の重症度評価―負荷心筋血流イメージングの応用
  ・心臓サルコイドーシスの診断―炎症イメージングの応用
  ・TTR型心臓アミロイドーシスの鑑別診断―Tc-99mピロリン酸(PYP)イメージングの利用
二次性心筋症
 11.周産期心筋症(大谷朋仁)
  ・周産期心筋症の定義
  ・疫学
  ・病態
  ・治療と予後
 12.糖尿病性心筋症(糖尿病合併心不全)(坂東泰子・室原豊明)
  ・糖尿病は心臓病である
  ・糖尿病と心不全に関する臨床知見 糖尿病性心合併症は大血管障害だけではない
  ・糖尿病性心筋症の病態―臨床的特徴
  ・糖尿病性心筋症の病理
  ・心筋脂肪酸代謝変化の影響―ミトコンドリア機能障害とCaハンドリング異常とのかかわり
  ・糖尿病性心筋症のサロゲートマーカーは存在するのか
 13.たこつぼ心筋症(松本泰治・下川宏明)
  ・たこつぼ心筋症の機序・病態
  ・たこつぼ心筋症の診断
  ・急性前壁心筋梗塞との鑑別
  ・たこつぼ心筋症の治療
  ・たこつぼ心筋症の予後
 14.心アミロイドーシス(小山 潤・池田宇一)
  ・心アミロイドーシスの疫学
  ・病因
  ・病態
  ・診断と鑑別診断
  ・治療と予後
  ・心アミロイドーシスの予後
 15.心サルコイドーシス(神谷 究・筒井裕之)
  ・心サ症の臨床像
  ・心サ症の診断・スクリーニング
  ・心サ症の画像検査
  ・心サ症の治療
 16.心Fabry病(窪薗琢郎・他)
  ・Fabry病の病因
  ・Fabry病の疫学
  ・Fabry病の病理
  ・Fabry病の性差
  ・Fabry病の症状と診断
  ・Fabry病の治療と予後
 17.頻脈誘発性心筋症診療の新局面(三明淳一朗・山本一博)
  ・病態生理とメカニズム
  ・診断
  ・頻脈誘発性心筋症と再発性頻脈
  ・心房細動による頻脈誘発性心筋症
  ・心房細動以外の不整脈による頻脈誘発性心筋症
 18.化学療法誘発性心筋症(及川雅啓・竹石恭知)
  ・アントラサイクリン心筋症
  ・分子標的治療薬による薬剤性心筋症
  ・トラスツズマブ心筋症
  ・VEGF阻害薬による心筋障害
  ・その他の薬剤誘発性心血管障害
心筋症非薬物療法の進歩
 19.心筋症に対する左心補助循環装置(西村元延)
  ・人工心臓開発の歴史と現況
  ・心筋症による重症心不全治療のための診断と検査
  ・治療の一般的方針
  ・小児とくに低体重児における補助人工心臓治療
 20.心筋症に対する心筋再生治療(澤 芳樹)
  ・心筋症とは
  ・細胞シート技術による心筋再生治療法の開発
  ・重症心筋症に対する自己筋芽細胞シートによる心筋再生治療
  ・iPS細胞による心筋再生治療と創薬応用への期待

 サイドメモ
  遺伝要因の概念
  浸透率
  キャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)
  遺伝子改変動物の遺伝子型
  左室流入血流波形による左室拡張能の評価
  糖尿病性心筋症と糖尿病合併心不全
  東日本大震災で心不全が増加した要因
  植込み型定常流補助人工心臓