やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 五十嵐 隆
 国立成育医療研究センター総長・理事長
 わが国では,国際的に使用されているワクチンが使用できなかったり,定期接種になっていないために接種率が低いなどの問題があった(ワクチンギャップ).このワクチンギャップを改善すべく最近になって国も学会も努力した結果,一部ではあるが成果がみられている.実際に,子どもの細菌性髄膜炎の原因として重要なインフルエンザ菌b,肺炎球菌に対するワクチン,子宮頸癌などの原因となるヒトパピローマウイルスに対するワクチンが実質的に定期接種並みになった.また,より安全性の高いワクチンとして導入が望まれていた不活化ポリオワクチンも2012年秋に導入された.
 現在,保育園に入所している子どもは平均で11時間も保育園ですごしており,その数は217万人に増加している.さらに,0歳児の入所者数も10万人を超えている.集団生活をする子どもにとってインフルエンザ菌bと肺炎球菌に対するワクチン接種は,重篤な後遺症リスクの高い細菌性髄膜炎の予防となるだけでなく,難治性中耳炎のリスクをも減らす効果が期待される.
 しかし,おたふくかぜ(ムンプス),水痘,B型肝炎ウイルスに対するワクチンは現在も任意接種のため,ムンプスと水痘ワクチンの接種率は3割程度で,B型肝炎ウイルスワクチンの接種率は1%程度でしかない.2012年3月に実施された日本医師会,日本小児科学会,日本小児科医会による合同調査で,ムンプスや水痘による脳炎・脳症が少なくないこと,さらにムンプスによる難聴は小児だけでなく成人にも生じることが明らかとなった.また,世界的にもB型肝炎は現在,性感染症と理解され,すべての子どもが予防接種の対象になっている.
 さらにわが国では,ワクチンの混合製剤が欧米のように整備されていないため,接種回数が多くなり,子どもへの負担が大きい.また,ワクチンの接種間隔についての現行ルールはその根拠が不明確で,今後適切な対応が必要である.
 本特集ではわが国の予防接種についての最新の状況を専門家にわかりやすく解説していただいた.今後,わが国の予防接種体制が国際標準をクリアしたものになることと,頻度の高い感染症と予防接種に関する正しい知識をすべての国民がもつことのできる教育を期待する.
 はじめに(五十嵐 隆)
総論
1.わが国の予防接種体制の問題点(渡辺 博)
 ・定期予防接種の違い ・予防接種実施体制の違い
 ・新規定期予防接種導入システムの違い ・まとめ
2.ワクチンに関する基礎知識(佐藤哲也・脇口 宏)
 ・ワクチンとは ・ワクチンの保存法
 ・ワクチンと免疫 ・ワクチンに含まれる添加物
 ・ワクチンの種類 ・ワクチンの製造工程
3.接種医に必要な基礎知識―同時接種,皮下注と筋注,接種部位(及川 馨)
 ・ワクチンの接種方法 ・接種上の注意
 ・注射用針 ・皮下接種
 ・同時接種 ・BCG接種
 ・同日接種 ・接種後の注意
 ・皮下注射と筋肉注射 ・ショックと紛らわしい“失神”
 ・接種部位 ・安全な接種を最大限心がける
【改訂】
4.ワクチンで予防できる細菌・ウイルス感染症―わが国での発症状況(尾内一信)
 ・インフルエンザ菌b型感染症  ・風しん(先天性風疹症候群を含む)
 ・肺炎球菌感染症 ・インフルエンザ
 ・百日咳 ・A型肝炎
 ・ジフテリア ・B型肝炎
 ・破傷風 ・水痘
 ・結核 ・流行性耳下腺炎
 ・麻しん ・ロタウイルス感染症
 ・日本脳炎 ・黄熱
 ・ポリオ ・狂犬病
 ・ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症(子宮頸癌,尖圭コンジローマ)
5.日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールと,特殊な状況への対応(細矢光亮)
 ・日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール
 ・特殊な状況への対応
 ・心臓血管系,腎疾患,肝疾患,血液疾患および発育障害などの基礎疾患を有することが明らかな者
 ・過去に痙攣の既往のある者
 ・過去に免疫不全の診断がなされている者
 ・接種しようとする接種液の成分に対してアレルギーを呈するおそれのある者
【改訂】
6.ワクチンの副反応への対応―アナフィラキシー,副反応報告,健康被害救済(庵原俊昭)
 ・ワクチンと免疫誘導・副反応 ・アナフィラキシーと失神
 ・副反応とワクチンの安全性監視体制 ・健康被害救済制度
7.英文予防接種証明書作成のポイント(中野貴司)
 ・黄熱ワクチン ・欧米諸国への留学と編入学
 ・髄膜炎菌ワクチン
【改訂】
8.世界における混合ワクチン―日本の現状を踏まえて(伊藤健太・宮入 烈)
 ・混合ワクチンとは ・混合ワクチン承認
 ・混合ワクチンの利点 ・日本で使用されている混合ワクチンと世界の混合ワクチン
 ・混合ワクチンの欠点,問題点
 ・混合ワクチンと免疫応答や諸問題 ・混合ワクチンの開発と今後の課題
予防接種各論
9.BCGワクチンの過去,現在,そして未来(原 拓麿・森 雅亮)
 ・BCGワクチンの歴史 ・BCGワクチンの副反応
 ・わが国のBCGワクチン接種の変遷 ・Koch現象
 ・わが国における結核の疫学  ・BCGワクチンは継続の判断
 ・BCGワクチンの有効性 ・新しい結核ワクチンの開発
 ・BCGワクチンの同時接種
10.ポリオワクチン―生ポリオワクチンの果たしてきた役割と,不活化ポリオワクチンの導入(岡部信彦)
 ・ポリオとは ・OPVの副反応であるワクチン関連麻痺(VAPP)
 ・ポリオウイルス感染の症状と合併症 ・OPVからIPVへ
 ・ポリオワクチン ・いぜん高いワクチン接種率維持の必要性
11.麻疹・風疹混合ワクチン―麻疹・風疹排除をめざして(多屋馨子)
 ・麻疹・風疹ワクチンの定期予防接種制度 ・麻疹に対する推計感受性者
 ・麻疹・風疹含有ワクチン接種率の推移 ・風疹の患者発生動向
 ・麻疹の患者発生動向
【改訂】
12.日本脳炎ワクチン―乾燥細胞培養ワクチンと接種勧奨の再開(宮崎千明)
 ・日本脳炎の疫学
 ・ワクチンの積極的勧奨差し控えと世代別日本脳炎抗体保有状況
 ・マウス脳由来ワクチンとADEM
 ・細胞培養日本脳炎ワクチンの製造方法,有効性,安全性
 ・積極的勧奨の再開の経緯
 ・2012年度以降における接種の実際
 ・海外の日本脳炎とワクチン
 ・細胞培養日本脳炎ワクチンの副反応に関する情報
13.おたふくかぜ(ムンプス)ワクチン(永井崇雄)
 ・おたふくかぜ(ムンプス)の発症病理 ・ワクチンの副反応
 ・臨床像 ・おたふくかぜの再罹患とワクチン接種後罹患
 ・治療と予防 ・ワクチンの2回接種と既感染者への接種
14.水痘ワクチンをライフスパンで考える(前田明彦)
 ・水痘ワクチンの歴史と現状 ・ヨーロッパにおける水痘ワクチンの位置づけ
 ・アメリカにおける水痘ワクチン ・ライフスパンでみた水痘ワクチンの位置づけ
 ・アメリカ2回接種導入後の課題 ・おわりに―日本の今後
 ・水痘ワクチンと帯状疱疹
15.インフルエンザウイルスワクチン―現行ワクチンの歴史的背景と新ワクチンへの期待(草刈 章)
 ・現行インフルエンザワクチンの歴史的背景
 ・またれるあらたなインフルエンザワクチンの登場
 ・H5N1パンデミック対策
16.わが国のB型肝炎予防体制の現状と課題(藤澤知雄)
 ・HBワクチン ・現状の問題と対策
 ・HBV感染の疫学と病態 ・HBワクチンの経済効果
17.A型肝炎ウイルスワクチン―最近の知見(和田宏来・須磨ア 亮)
 ・A型肝炎の概要 ・HAVワクチンの接種方法,効果と安全性
 ・A型肝炎の疫学 ・HAVワクチン接種の課題と将来の展望
18.Hibワクチン(富樫武弘)
 ・細菌性髄膜炎 ・副反応
 ・Hibワクチンとその効果 ・同時接種
【改訂】
19.HPVワクチン―はじめての思春期ワクチン(佐藤武幸)
 ・ヒトパピローマウイルス(HPV) ・男性への接種
 ・HPVワクチンの概略 ・HPVワクチン開始後の日本の現状
 ・2価HPVワクチンと4価HPVワクチンの選択 ・HPVワクチン接種後の疫学
 ・HPVワクチン接種の派生効果
 ・HPVワクチンの課題事項 ・思春期ワクチンとしての特殊性
20.ロタウイルスワクチン(大西周子)
 ・ロタウイルス ・ロタウイルスワクチン導入後の変化:腸重積の発症
 ・ロタウイルスワクチン
 ・ロタウイルスワクチンと腸重積 ・ロタウイルス感染と医療費
 ・第二世代ロタウイルスワクチン ・まとめ
 ・接種禁忌
 ・ワクチン副反応

 サイドメモ
  ACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)
  子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業(緊急促進事業)
  ブライトン委員会(Brighton collaboration)
  ワクチンの略語の欧文名,ワクチンの表記
  組織,その他の略語の欧文名
  MSMD
  TREC,KREC
  Sabin株による不活化ポリオワクチン(Sabin-IPV)
  日本脳炎患者数激減の原因
  日本脳炎ウイルスの起源
  アジュバント(Adjuvant)
  クレード(Clade)
  HBV再活性化,あるいはde novo HBV
  A型肝炎ウイルス(HAV)
  海外のA型肝炎ウイルス(HAV)ワクチン
  子どもの権利条約とHPVワクチン
  子どもの自己決定権・知る権利と親権
  ワクチンの同時接種