やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 佐藤真澄
 (独)農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所
 動物疾病対策センター疫学情報室
 動物の疾病には,細菌,ウイルス,寄生虫,プリオンなどの病原体を原因とする感染症のほか,良質な産肉を得るために特殊な飼養管理を行う結果として発生する乳房炎や過肥などの,いわゆる生産病,また腫瘍も含まれ,その原因はヒトの場合と同様に幅広い.しかし,動物,とくに産業動物(経済動物)である家畜においては,周囲に感染することで甚大な経済被害を及ぼす可能性のある“感染症“が問題であり,これらは法律の下では“伝染病”として厳格な対応がとられる.
 家畜伝染病予防法(家伝法)ではウシ,ブタ,ウマ,ニワトリからミツバチに至る種々の家畜を対象とし,26の家畜伝染病(法定伝染病)(表1)と71の届出伝染病(表2)が規定されている.そのなかには,ヒトには感染しないが家畜では大きな被害を及ぼす海外悪性伝染病として知られる口蹄疫や牛疫など,また,人獣共通感染症として知られている高病原性トリインフルエンザやプリオンによる疾病なども含まれている.伝染病の予防と制圧,いわゆる防疫では国と地方自治体との役割が家伝法に規定されており,都道府県に設置された家畜保健衛生所が伝染病をはじめとする家畜疾病の診断や農場の衛生指導など,数多くの業務を行っている.一方,動物疾病の研究は全国の獣医科大学などで行われているが,とくに家畜の感染症に関しては農林水産省家畜衛生試験場を前身として2001年4月に独立行政法人となり現在に至る,(独)農業・食品産業技術総合研究機構動物衛生研究所で網羅的・体系的に実施されている.
 家畜衛生技術の向上と平準化を目的として,農水省消費・安全局長通知(家畜衛生講習会実施要領)により全国の家畜保健衛生所の獣医師を対象として毎年講習会が行われているが,2009年11月に動物衛生研究所で開催された家畜衛生研修会(病性鑑定病理部門)においては,藤田保健衛生大学医学部第一病理学教室の堤寛教授に“感染症の病理“と題してご講演いただくとともに,多くの家畜感染症の症例報告にご助言をいただいた.“動物の感染症”に興味をもたれた先生から「感染症に関する情報交換を」とのご提案をいただき,連載を企画することとなった.連載では海外悪性伝染病を含む動物特有の感染症をはじめ,ヒトにも感染する疾病などについてそれぞれの専門家に執筆をお願いした.インフルエンザとプリオン病に関しては動物における病態と対比するため,医学分野からもそれぞれご専門の先生に解説をお願いした.本連載およびこの別冊化を機に,感染症研究において医学分野と獣医学分野のさらなる交流が深まることを祈念する.
 本企画をご提案くださるとともに,別冊化にあたり大変お忙しい中,序文をご執筆くださいました堤寛先生に深謝申し上げます.
 はじめに(佐藤真澄)
 別冊化によせて―医師が知っておきたい動物の感染症(堤 寛)
第1章 国際重要伝染病
 1.口蹄疫―最大の家畜伝染病とその防疫(津田知幸)
  ・口蹄疫ウイルス
  ・疫学
  ・臨床症状
  ・診断
  ・ワクチン
  ・防疫
  ・日本の口蹄疫防疫
 2.牛疫―撲滅宣言を控えて(吉田和生・他)
  ・原因
  ・近年の発生地域
  ・牛疫の発生とその対応
  ・感受性動物
  ・伝搬
  ・症状および病変
  ・診断
  ・予防・治療
第2章 ウイルス感染症
 3.動物のインフルエンザウイルス―パンデミックインフルエンザの起源(西藤岳彦)
  ・ブタインフルエンザと遺伝子再集合
  ・トリインフルエンザ
 4.ヒトに感染するインフルエンザウイルスの出現(影山 努)
  ・インフルエンザウイルスとは
  ・過去のパンデミック・インフルエンザウイルス
  ・ソ連・インフルエンザの出現
  ・トリインフルエンザ
  ・2009新型インフルエンザ(H1N1)の出現
 5.ヒトと動物に脳炎を引き起こす蚊媒介性ウイルスの人獣共通感染症(白藤浩明・山川 睦)
  ・日本脳炎
  ・ウエストナイル熱・脳炎
  ・西部馬脳炎および東部馬脳炎
  ・ベネズエラ馬脳炎
 6.近年急増するウシ白血病―その概要と発生状況(村上賢二)
  ・ウシ白血病研究の歴史
  ・ウシ白血病ウイルス(BLV)とその感染様式
  ・臨床・病理
  ・ウシ白血病ウイルス(BLV)の伝播と予防
  ・近年のウシ白血病の発生数とウイルス感染状況
  ・公衆衛生的観点からのウシ白血病
 7.E型肝炎ウイルス―食品媒介性の人獣共通感染症(萩原克郎)
  ・E型肝炎とは
  ・疫学
  ・諸外国と日本の感染状況
  ・家畜における感染状況
  ・HEV感染リスクとその対策
第3章 細菌・真菌感染症
 8.動物のサルモネラ症(内田郁夫)
  ・各種動物におけるサルモネラ症
  ・成牛型サルモネラ症の増加とS.Typhimurium DT104 との関連
 9.ブタレンサ球菌感染症(松大輔)
  ・ブタにおけるS.suis感染症
  ・ヒトにおけるS.suis感染症
  ・S.suisの多様性とMLSTを利用した病原因子の探索
 10.腸管外病原性大腸菌感染症としての鶏大腸菌症(秋庭正人)
  ・APECの病原性と疫学
  ・APECの病原因子
  ・APECゲノムにおける病原性関連遺伝子の局在
 11.ヨーネ病―世界中に蔓延するウシの抗酸菌感染症(森 康行)
  ・病原体
  ・発生状況
  ・発病機構
  ・ヨーネ菌の感染経路
  ・診断
  ・予防・対策
  ・公衆衛生上の問題
 12.Lawsonia intracellularisによる増殖性腸炎(三上 修)
  ・増殖性腸炎の原因菌
  ・菌の培養
  ・Lawsonia intracellularisの感受性動物
  ・豚増殖性腸炎(porcine proliferative enteropathy:PPE)
  ・豚増殖性腸炎の病理
  ・腺腫様過形成の機序
  ・診断法
  ・治療
 13.ブルセラ症と流産(度会雅久)
  ・感染性流産のマウスモデル
  ・胎盤における菌の増殖
  ・菌の栄養膜巨細胞への感染と流産
  ・宿主免疫応答と流産
 14.動物のレプトスピラ症(菊池直哉)
  ・原因
  ・疫学
  ・動物のレプトスピラ症
  ・診断法
  ・治療
  ・予防・対策
  ・日本における動物のレプトスピラ症の発生状況
 15.真菌症(高鳥浩介)
  ・皮膚糸状菌症
  ・アスペルギルス症
  ・ムーコル症
  ・カンジダ症
  ・クリプトコックス症
  ・輸入真菌症と病原性真菌
第4章 寄生虫・原虫病
 16.動物のトキソプラズマ症から学ぶ―生態系や動物行動におけるトキソプラズマのかかわり(西川義文・亀山響子)
  ・トキソプラズマの発育環と感染メカニズム
  ・動物のトキソプラズマ感染
  ・環境問題とトキソプラズマ
  ・トキソプラズマ感染による動物の行動変化
 17.マダニから学ぶバベシア症制御の手がかり―感染症研究のあらたなパラダイム形成をめざして(辻 尚利・藤ア幸蔵)
  ・家畜・伴侶動物で重要なバベシア原虫種
  ・バベシア原虫の病原性:バベシア原虫種によって異なる病原性
  ・吸血性節足動物としてのマダニ
  ・マダニを棲家とするバベシア原虫
  ・マダニ吸血生理と原虫媒介機構の知見をいかしたマダニとバベシア症制御対策の確立
  ・マダニ吸血・病原体伝播のロジスティクス
 18.疥癬―人獣の代表的 neglected disease(藤ア幸蔵・他)
  ・分類
  ・形態
  ・生活史
  ・伝搬,生存,感染性
  ・臨床所見
  ・動物の疥癬
  ・診断
  ・治療
第5章 プリオン病
 19.動物のプリオン病―わが国の現状と防疫対策(横山 隆)
  ・プリオン
  ・牛海綿状脳症(BSE)
  ・BSE検査
  ・わが国のBSEの現状
  ・BSE感染牛の同居牛への対応(疑似患畜)
  ・BSEプリオンの体内分布
  ・非定型BSE
  ・BSE対策への研究の貢献
  ・スクレイピー
  ・スクレイピーの株
  ・わが国のスクレイピーの現状
  ・非定型スクレイピー
  ・シカ慢性消耗病(CWD)
 20.ヒトのプリオン病の実態―獲得性プリオン病を中心に(山田正仁)
  ・ヒトのプリオン病の実態
  ・医療行為は孤発性CJDのリスクか?
  ・ヒトのプリオン病における感染防御対策
第6章 人獣共通感染症の課題
 21.人獣共通感染症―近年の状況・対策・課題(加来義浩・筒井俊之)
  ・はじめに―近年の人獣共通感染症をめぐる状況
  ・人獣共通感染症に対する国際的な連携
  ・わが国の人獣共通感染症対策
  ・今後の課題

 ・サイドメモ目次
  赤血球凝集素蛋白と免疫による選択圧
  新型インフルエンザ
  遺伝子再集合ウイルス誕生のしくみ
  国際獣疫事務局(OIE)
  介卵感染
  S.suisの血清型
  MLST
  食品衛生法における家畜疾病
  IV型分泌機構
  ヒトのトキソプラズマ症
  疥癬よもやま話
  WHO region,“One World,One Health”,感染症法