やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 医療崩壊を何とかくい止めたい.
 その思いを込めて,2008年2月から1年余にわたって週刊『医学のあゆみ』誌に続けて掲載された連載フォーラム「地域医療の崩壊と医師不足」「医療関連死問題をかんがえる」の全論文および同誌第226巻9号「救急医療Update」[企画:矢作直樹(東京大学大学院医学系研究科救急医学講座)]掲載の関連項目をこの本一冊にまとめた.この2つの連載テーマは現実問題として,どちらかが原因で他方が結果として国民の前に現出していると思われるが,いずれも今から解決に向けて手がけなければならない事柄である.
 「地域医療の崩壊と医師不足」[企画:本郷道夫(東北大学病院総合診療部)]は,現実のデータにこだわり,その解決の道を探った好企画である.「医療関連死問題をかんがえる」は医療過誤を題材に,医療従事者と患者のありかたを,医療の安全確保と健康危機管理を論じていただいた.意見がなかなかまとまらないと指摘されているなかで,ならば“意見の違いをそのまま”できるだけ偏らない人選を行って,その思いの丈を自由に語っていただくことにした.そしてできれば読者に,この問題について一緒に考えてもらおうと願っている.
 したがって,医療従事者とその卵たちの医療系学生,研修医はもちろんのこと,法曹界,行政の担当者だけでなく,広く一般の読者に読んでいただき,この問題についてよくよく吟味していただければ幸いである.そのために,馴染みにくい専門用語はなるべく最小限にしたつもりである.
 この本のジャンルは「医療版リスクマネジメント」の総論の一部に相当すると思われるので,他の分野,例えばビジネス分野や航空業界での飛行機運航などで培われてきたリスクマネジメントの理論と実践との互換性にも配慮した.ただ,ある考え方に立脚した編集企画ではなく,むしろ問題提起の側面が強いためにサブタイトルには“争論”と付け加えた次第である.
 講義やゼミの資料に,また地域社会で,存分に活用していただきたいと愚考いたす所存である.そしてこの本が,医療崩壊をくい止めるための国民的なコンセンサスづくりの一助になれば望外の喜びである.
 医療崩壊を本当に何とかくい止めたい切に思う.
 2009年4月 小島英明
Part1 医師不足と地域医療の崩壊
・Overview
 1.序にかえて(本郷道夫)
  ・医療崩壊の要因
  ・医療崩壊の現場
  ・医学部の教育環境の問題
  ・地方の問題
 2.岩手からの提言―国策が招いた医師不足(熊坂義裕)
  ・宮古市の現状
  ・医師不足は国策の誤り
  ・世界最悪の労働条件
  ・“それでも医師は不足する”
  ・私の提言
 3.長崎からの提言―長崎県の離島医療への取り組みとこれからの地域医療に必要なもの(八坂貴宏)
  ・長崎県の離島医療施策の歩み
  ・長崎県の医師養成制度
  ・地域医療に必要なもの(長崎からの提言)―医師定着を促進する地域医療システムの再構築
・病院の問題
 4.自治体病院からの提言(小山田 惠)
  ・医師不足について
  ・全国自治体病院協議会の活動
  ・自治体病院改革の方向
  ・私の提言
 5.国立大学附属病院の危機―現実となった破綻のスパイラル(黒木登志夫)
  ・“返すのはお前だ”
  ・実質年3.3%の経営改善係数
  ・破綻のスパイラル
  ・日経新聞への投稿
・診療科の問題
 6.産婦人科医師不足と医療崩壊(生水真紀夫)
  ・産婦人科医師数の減少
  ・産婦人科医師数の減少の原因
  ・産婦人科における医療崩壊の様式
  ・地方型医療崩壊と都市型医療崩壊
  ・病院と診療所の視点
 7.外科からの提言―減少を続ける外科医の現状と展望(門田守人)
  ・進歩しつづける外科学
  ・不足する外科医
  ・外科の現状(日本外科学会アンケート調査から)
・現場の目
 8.医療現場からの提言―医療崩壊を食い止めろ!(本田 宏)
  ・日本の医療崩壊はなぜ進行しているのか
  ・医療崩壊の現状
  ・医療崩壊阻止の処方箋と展望
 9.医療現場からの提言(鈴木 厚)
  ・国の責任と提言
  ・厚労省の責任と提言
  ・地方自治の責任と提言
  ・企業の責任と提言
  ・住民の責任
・政治家の目
 10.日本政治からの提言(桜井 充)
  ・医師不足の要因
  ・解決策:医療費総額の増加
  ・解決策:負担軽減
・マスコミの目
 11.記者からの提言(田辺 功)
  ・日本の医師は少ないか
  ・医師不足の原因は
  ・専門医制度も問題
  ・医師自身にも問題が
  ・どこが解決するのか
  ・どう解決するのか
・展望
 12.東北大学地域医療システム学からの提言(伊藤恒敏)
  ・きっかけ・医師不足の予兆
  ・地域医療プロジェクト“拠点”
  ・深刻な“医師不足”の発見
  ・医療危機への提言:ビジョンをもって
  ・医師の大幅増員
  ・マグネットホスピタル:若い医師を教育環境で惹きつける
  ・包括的医師育成機構:地域全体で医師を育てる
  ・政治や行政が負う医療政策への責任と市民の成熟
  ・医療政策の立案・評価:“医療政策科学”の提言
・Book Review
 『医師不足と地域医療の崩壊 vol.1 今,医学部に何ができるのか』東北大地域医療システム学(編)(幸村 近)
 『マグネットホスピタル―医療崩壊から地域医療を救う』(伊藤恒敏・他著)(小島英明)
 『自治体病院再生への挑戦―破綻寸前の苦悩の中で』(杉元順子著)(広井良典)
Part2 医療関連死問題をかんがえる
・Overview
 1.序にかえて(小島英明)
  ・問題の発端:“起の章”国民に根強い医療不信
  ・“承の章“それに対する試み―“医療の安全保障”
  ・意外な展開:“転の章”あっと驚く展開―「医師法21条」
  ・“混迷の章”:さまよえる救急車と医療安全の議論
  ・「医療安全調査委員会(仮称)第三次試案」の提案
  ・「医療安全調査委員会設置法案の大綱案」の公表
 2.医療界が主体となって取り組む医療安全の新しい仕組み(佐原康之)
  ・医療の安全
  ・1999年以降の動き
  ・新制度に関する試案
 3.医療関連死に関する医師の取り組み(久史麿)
  ・第三次試案に対する疑問―各医学会から
  ・私の提言
・大野病院事件の教訓―医療事故調査委員会に求めるもの
 4.日本産科婦人科学会からの提言(吉村泰典)
  ・福島県立大野病院問題がもたらしたもの
  ・“医療事故に対する刑事訴追”に関しての日本産科婦人科学会の見解
  ・厚生労働省「第三次試案」に対する日本産科婦人科学会の意見
 5.医療事故調査委員会に求められるもの―大野病院事件を例に(安lェ二)
  ・否定された“県立大野病院医療事故調査委員会”報告書
  ・専門分野における検証,専門家を探すことの難しさ
  ・記憶に頼る調査の限界・客観的証拠の確保の重要性
  ・真相の“究明“か,“糾明”か
 6.日本救急医学会からの提言(有賀 徹)
  ・救急医療の本質と,その萎縮などに関する議論
  ・医療安全を構築することと紛争を解決することの違い
  ・今後への提言―大綱案にある“喫緊”の問題点から
・“旧思考(責任追及型)“か,“新思考(学習改善型)”か
 7.医療事故調―対立の概要と展望 (小松秀樹)
  ・規範はときに有害になる
  ・医療事故調の目的をめぐる議論
  ・パラダイムシフト
  ・対立の起源
  ・厚労省第三次試案の問題点
  ・医師法 21 条問題
  ・医療提供者への非難と処罰のあり方
  ・厚労省案をめぐる対立
 8.医療事故の調査―院内事故調査と第三者機関による調査の関係(神谷惠子)
  ・第三者機関設立への希求
  ・死因究明と事故原因の調査のとらえ方
  ・原因究明のための調査制度のあり方と問題点
  ・院内事故調査委員会と医療安全調査委員会に関する類型
  ・院内事故調査委員会と医療安全調査委員会の関係についての検討
 9.医療事故と責任―不可抗力事故を社会化しなければ,医療はなくなる(近藤喜代太郎)
  ・日本人の心情の変化とあたらしい患者・医師関係
  ・医療事故の2大類型と責任
  ・不可抗力事故の処理は社会化すべきである
  ・「医療事故調」に望むもの
  ・健康を守っているのは医療であり,司法や厚労省ではない
 10.医事紛争からみた厚生労働省第三次試案(上松瀬勝男・徳永孝明)
  ・第三次試案の目的
  ・医療事故死の原因究明
  ・責任の明確化と処罰は別組織で
  ・医療安全調査委員会の構成
  ・調査時の人権配慮
  ・医療安全調査委員会と現行刑事訴訟法
  ・医療事故による死亡届出の新しい工夫
  ・考察
・法医・病理医・臨床医のクロストーク
 11.診療関連死モデル事業から新調査制度に向けて(吉田謙一)
  ・モデル事業について
  ・異状死について
  ・大綱案の問題点
  ・刑事処分と医師の管理
  ・イギリス,オーストラリアの死因究明制度
  【サイドノート】診療行為に関連した死亡(診療関連死)の調査分析モデル事業(“モデル事業”)概説
 12.医療関連死に対する日本病理学会の取り組み(黒田 誠)
  ・モデル事業を経験して
  ・病理医の現状
  ・病理解剖の現状
  ・モデル事業における解剖と新制度への展望
 13.病理解剖をもとにした“医療関連死の医療評価システム”(高澤 豊・深山正久)
  ・病理解剖の意義と課題
  ・医療関連死と病理解剖の現状
  ・モデル事業から新制度への展望
  ・“医療関連死の医療評価システム”の新制度の望まれる姿
 14.医療関連死問題解決のカギ―根治療法か,対症療法か?(岩瀬博太郎)
  ・死因判定のあるべき姿
  ・諸外国と日本の死因判定
  ・法律の問題点
  ・医療関連死の死因究明
  ・根治療法と対症療法
 15.だから今こそ“医療安全調査委員会”を強力に支持しよう!―救急医療における瑕疵認定の問題(西田 博)
  ・なぜ,医療版事故調に関する議論が医療界のなかでねじれてしまっているのか?
  ・医師の逮捕拘留による自白強要は,医学的真相解明のために必要か?
  ・医療界と医療界の外の世界を乖離させる議論は不毛ではないか?
  ・救急医療はハイリスクであるから“医療安全調査委員会”に反対すべきか?
  ・ハイリスクであるからこそ“医療安全調査委員会”を作るべく努力すべきか?
  ・“医療安全調査委員会”設立は何のために?
 16.医療関連死の問題における法医学的視点の役割―どのように貢献できるか,なぜ臨床医にはなじみにくいのか(藤田眞幸)
  ・医慮関連死の解剖に生かされる法医学的視点
  ・医療関連死の解剖・病理解剖・法医解剖の進め方
  ・医療関連死の解剖における事故原因究明の視点
  ・医療関連死の解剖において中立性・公正性を確保・維持する視点
  ・科学的・社会的客観性と医師に対する社会的配慮
  ・事故調査報告のあり方
・医療事故被害者の目
 17.医療事故をめぐる患者の権利と医療者の責任(平野 亙)
  ・医療事故とインフォームド・コンセント
  ・医療者の責任とはなにか
  ・医療事故発生時に医療者の負うべき義務
  ・患者の権利からみた厚労省“医療安全調査委員会”(仮称)をめぐる議論
  ・患者の権利としての安全
 18.医療事故の被害者からの視点―医療事故情報センターから(柴田義朗)
  ・医療事故被害者の願い
  ・大綱案の問題点と課題
 19.医療事故:真実説明・謝罪普及プロジェクト(1)―医療事故問題対応の基盤としての(埴岡健一)
  ・日本でも共感される真実説明指針
  ・日本版ハーバード指針の作成
 20.医療事故:真実説明・謝罪普及プロジェクト(2)―真実説明と謝罪を経験して(菅俣弘道)
  ・事故の概要
  ・医療事故被害者・家族の望むもの
・今後の展望
 21.医療安全調査委員会設置法案”に対する賛否と今後の課題(古川俊治・他)
  ・新法案の概要
  ・政府・与党案に対する反対意見
  ・医療側と患者側の均衡の観点から
 22.わが国の医療ガバナンスの新しい潮流―医療関連死問題からみえるもの(上 昌広)
  ・医療が刑事処分の対象となった経緯
  ・厚労省検討会設置の経緯
  ・厚労省第二次試案が医療現場の大反発を引き起こした
  ・自民党は現場の反発に反応せざるをえなかった
  ・舛添厚生労働大臣,民主党,業界団体の反応は?
  ・厚労省は法案大綱を発表した
  ・医療ガバナンスが変わった
 23.専門家の自律性と信頼回復のために(前村 聡)
  ・医療不信の現状
  ・なぜ高まったのか
  ・医師法21条に対する最高裁判断
  ・刑事事件の増加と“無罪”判決
  ・もうひとつの流れ―“調査権限なき行政処分”の問題
  ・医療事故調と警察への“通知”
  ・“自分の問題”―自律性と信頼回復の一歩
 24.医療の安全保障と信頼回復に向けて―医師法21条改正試案も含めて(小島英明)
  ・今,問題になっていることを改めて整理する
  ・“旧思考(責任追及型)“と“新思考(学習改善型)”の対立
  ・『パイロットが空から学んだ危機管理術』
  ・何故“警察に通報”なのか?―医師法21条の歴史的な経緯
  ・戦後の“包括的な衛生行政と健康危機管理体制”
  ・「医師法21条」の解釈変更の理由
  ・「異状死はもよりの“保健所長”を通じて都道府県知事に」―医師法21条の改正試案
  ・医療の安全と危機管理のために