やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 仙波恵美子
 和歌山県立医科大学医学部第二解剖学教室
 痛みは日常診療でもっとも多く遭遇する訴えである.とくに,癌性疼痛や神経因性疼痛などの難治性の疼痛ではさまざまな要因が絡まって多種多様な病態をつくっており,治療に難渋することもしばしばである.わが国では13.4%(すなわち千数百万人,とくに50歳以上に多い)が何らかの慢性的な痛みを抱えているという1).そのうち医療機関にかかっている人が70%,満足のいく治療を受けている人が22.4%というから,慢性痛の治療がいかに困難で,いかに多くの人たちが苦しんでいるかということがわかる.
 本特集号は,痛みのメカニズムの理解を基盤とした最新の治療法・治療薬について概説し,将来への展望を示すことを目的として企画した.まず,難治性疼痛の発症機序と根底にある分子メカニズムに関する最新の研究成果を概説する(“難治性疼痛を切る“).これまでの疼痛研究は末梢〜脊髄が中心であったが,脳イメージング法の発展により,やっと中枢にも目が向けられてきている.そこで,痛みの中枢回路とそれが慢性痛の発症・維持にどのようにかかわるかという新しい視点での研究を紹介する(“難治性疼痛を知る”).さらに,内臓痛や筋肉痛,癌性疼痛など痛み各論についての最近の進歩,脳イメージング法による難治性疼痛の評価,新しい物質による疼痛治療の可能性,麻酔科・脳外科や心療内科の取組みなどを紹介する(“難治性疼痛と闘う”).
 臨床家の先生方にもわかりやすく解説されており,難治性疼痛をめぐる基礎と臨床の最前線について,その概略をつかんでいただけると思う.痛みについては,最近では2004年に本誌で土肥修司教授の企画により特集号が組まれている.さらに広い領域がカバーされているので,それらも参照していただきたい.本特集号をきっかけとして痛みのメカニズムと治療についての研究がさらに発展し,多くの患者の福音となることを期待する.
 1)服部政治・他:ペインクリニック,25:1541-1551,2004.
 はじめに(仙波恵美子)
第1章 痛みを切る─根底にある分子メカニズム
 1.TRPチャネルと侵害刺激受容(富永真琴)
  ・カプサイシン受容体TRPV1
  ・TRPV2
  ・TRPM8
  ・TRPA1
  ・TRPV3,TRPV4
 2.痛みの伝達におけるMAP kinaseの役割(小畑浩一・野口光一)
  ・脊髄後角二次ニューロンにおけるERKの活性化と中枢性感作
  ・一次知覚ニューロンにおける MAPKの活性化と末梢性感作
  ・MAPKの活性化と遺伝子発現レベルの変化
  ・グリア細胞における MAPKの活性化と神経因性疼痛
 3.脱髄性神経因性疼痛におけるLPAの役割(植田弘師・松本みさき)
  ・神経因性疼痛モデルにおける有髄A線維の機能亢進
  ・無髄C線維におけるサブスタンスP免疫活性の低下
  ・有髄A線維における疼痛関連分子の発現上昇
  ・有髄A線維における脱髄現象
  ・神経因性疼痛の発症機序を担うリゾホスファチジン酸
  ・LPAと脱髄現象
 4.神経因性疼痛におけるミクログリアとATP受容体の関与(井上和秀)
  ・静止型ミクログリアとATP受容体
  ・ミクログリア活性化とATP受容体
  ・神経因性疼痛とミクログリアのP2×4受容体の関係
  ・ミクログリアのP2×4受容体刺激が神経因性疼痛を引き起こす機序
  ・他のP2プリン受容体の関与
 5.慢性疼痛と神経栄養因子―炎症,神経障害における可塑的変化とBDNF(吉村 恵)
  ・炎症モデルラットでみられるsproutingへのBDNFの関与
  ・抗BDNF抗体の作用
  ・幼若ラット脊髄での感覚回路
  ・幼若期におけるBDNFの作用
  ・炎症時と発達期での類似性
  ・Cl-トランスポーターの変化による慢性疼痛の発生機序
第2章 痛みを知る―痛みの中枢回路
 6.慢性痛における下行性疼痛調節系と5HTの役割―下行性疼痛抑制・増強(井辺弘樹・仙波恵美子)
  ・下行性疼痛調節系
  ・慢性痛と下行性疼痛調節系
  ・下行性疼痛調節系の5HTニューロンの役割
 7.痛みと情動―扁桃体およびその関連脳領域の役割(南 雅文)
  ・痛みによる扁桃体内c-fos mRNA発現
  ・痛みによる不快情動生成における扁桃体基底外側核および中心核の役割
  ・痛みによる不快情動生成における扁桃体基底外側核グルタミン酸神経伝達の役割とオピオイド受容体を介した制御機構
  ・痛みによる不快情動生成における分界条床核の役割
 8.慢性痛における扁桃体シナプス伝達の可塑的変化(加藤総夫)
  ・“痛み”と情動
  ・急性痛を伝える経路:脊髄→脚傍核→扁桃体中心核路
  ・慢性痛における扁桃体ニューロンの感作現象
  ・関節炎モデルにおける脚傍核→扁桃体中心核シナプスにおける伝達効率の増強
  ・神経因性疼痛モデルにおける扁桃体シナプス伝達増強
 9.痛みシグナルによる情動障害と帯状回領域の変化(葛巻直子・他)
  ・神経障害性疼痛刺激による帯状回ニューロンの応答特性とアストロサイトの活性化
  ・神経障害性疼痛刺激によるアストロサイトの活性化に伴う神経伝達物質トランスポーターの変化
  ・異なる脳部位への疼痛伝達と情動障害
 10.痛みは脳でどのようにして認知されるか―神経イメージング手法による痛覚認知メカニズムの解析(柿木隆介)
  ・脳磁図を用いた研究
  ・fMRIを用いた研究
第3章 痛み各論Up to Date
 11.内臓痛メカニズムの基礎(尾ア紀之・杉浦康夫)
  ・内臓痛をつかさどる知覚神経の形態的特徴
  ・内臓痛の受容機構
  ・内臓痛をつかさどる知覚神経の可塑性
  ・内臓の知覚神経による二重支配
  ・内臓の侵害受容器の分子機構
  ・内臓の侵害受容器の感作機構
 12.筋性疼痛のメカニズムはどこまでわかってきたか(水村和枝)
  ・遅発性筋痛をめぐって
  ・ラット遅発性筋痛モデルとその筋C線維受容器活動
  ・グルタミン酸と顎関節症
  ・NGFと炎症痛
  ・虚血性の筋性疼痛における乳酸の役割
  ・線維筋痛症(fibromyalgia)をめぐって
 13.癌性疼痛のメカニズムと治療(倉石 泰・藤田真英)
  ・癌性疼痛の動物モデル
  ・悪性腫瘍細胞の種類と癌性疼痛
  ・鎮痛薬などへの反応性
  ・神経障害
  ・腫瘍細胞の産生する因子
  ・脊髄後角における変化
  ・癌性疼痛と腫瘍細胞の増殖と転移
 14.CRPSの病態と治療(柴田政彦・真下 節)
  ・CRPSの歴史
  ・CRPS関連の研究成果
  ・診断基準に関する研究
  ・CRPSの治療法
 15.帯状疱疹に関連する痛みの病態と治療―帯状疱疹後神経痛を中心に(村川和重・森山萬秀)
  ・急性帯状疱疹痛の病態
  ・急性帯状疱疹痛の治療
  ・帯状疱疹後神経痛への移行の予防
  ・帯状疱疹後神経痛の病態
  ・帯状疱疹後神経痛の治療
第4章 痛みと闘う―新しい治療薬・治療法
 16.N-acetyl-aspartyl-glutamate(NAAG)と鎮痛―あらたな作用機序による鎮痛薬の可能性(山本達郎)
  ・GCPII阻害薬の現状
  ・GCPIIのノックアウトマウスの結果から
  ・GCPII阻害薬の正常動物に対する効果
  ・GCPII阻害薬の炎症性疼痛と神経因性疼痛に対する鎮痛効果
 17.カンナビノイドによる鎮痛の機序と治療への応用(川真田樹人・木谷友洋)
  ・カンナビノイドレセプターの構造と機能
  ・カンナビノイドレセプターをターゲットとした脊髄鎮痛
 18.反復的経頭蓋磁気刺激による難治性疼痛の治療―開頭術のいらない非侵襲的治療(齋藤洋一)
  ・ターゲティング
  ・刺激条件
  ・疼痛軽減効果の評価
  ・rTMSを行う際の留意点
  ・rTMSの有効率と効果持続時間
  ・rTMSの除痛機序
第5章 痛みと闘う―各科の取り組み
 19.MRスペクトロスコピーによる慢性疼痛患者の評価の試み(福井弥己郎(聖)・岩下成人)
  ・MR(磁気共鳴)スペクトロスコピーの概略
  ・脳機能画像による最新知見と脳内の痛覚認知機構の変化
  ・慢性疼痛患者の病態形成における前帯状回・前頭前野の関与
  ・MRSによる疼痛評価と著者らの研究結果
  ・MRSによる疼痛評価と治療方針の策定
 20.難治性疼痛とペインクリニック―麻酔科医の役割(増田 豊)
  ・痛みの治療に対する麻酔科医のかかわりと神経ブロック療法
  ・異常な病的痛み,慢性痛
  ・痛みが遷延する機構
  ・慢性痛の予防は可能か?
  ・完成した慢性痛への対応
  ・疼痛医療とペインクリニック
 21.システム論的な見方による難治性疼痛の予防と治療(中井吉英・他)
  ・入院患者よりみた難治性疼痛
  ・難治性疼痛を予測できないか
  ・システム論をベースにした治療
第6章 AYUMI Glossary of Terms
 22.難治性疼痛を理解するための最新基礎知識<基礎編>(中塚映政・他)
  ・痛みの伝導路 ・痛みの受容機構 ・脊髄における痛みの伝達機構 ・内因性鎮痛機構 ・末梢性痛覚過敏 ・シナプス伝達の可塑性 ・神経回路の可塑性 ・神経栄養因子 ・グリア細胞 ・細胞内シグナル伝達
 23.難治性疼痛を理解するための最新基礎知識<臨床編>(牛田享宏)
  ・アロディニア ・ Failed back syndrome ・断端神経腫 ・NMDA(N-methl-D-aspartate)受容体 ・失感情症 ・関連痛 ・筋付着部炎 ・外傷性頸部症候群 ・疼痛行動 ・認知行動療法

 ・サイドメモ目次
  TRPA1発現上昇と痛覚過敏
  RVMニューロンの分類
  痛みによる不快情動生成における前帯状回の役割
  脳波と脳磁図
  覚醒動物における筋機械逃避反応閾値の測定
  悪性腫瘍
  アロディニア(allodynia)
  痛みの動物実験モデル
  痛みの表現―とくに allodyniaやhyperalgesiaに関して
  難治性疼痛は中枢性も末梢性も治療は同じ?
  アロディニア(allodynia)