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はじめに――骨粗鬆症は特殊な疾患か
 福本誠二
 東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科
 骨は,生体の支持組織や内臓の保護機構,運動の支柱として作用するのに加え,ミネラル代謝調節や骨髄による造血の維持に貢献するなど,多様な機能を担う臓器である.これらの機能を発揮するために,骨にはさまざまな細胞が存在し,それらの細胞機能はホルモンやサイトカイン,力学負荷,細胞間相互作用や基質蛋白などにより厳密に調節されている.すなわち,おそらく多くの方々が“骨“という言葉に対してもたれるであろう“静的”な印象とはまったく逆に,骨はつねに外的シグナルに対応し,その形態と量を変化させる動的組織である.
 この骨に対する細胞生物学的研究は,硬組織であるという骨の特性により他の分野より遅れていた.すなわち,ヒドロキシアパタイト結晶が沈着した骨組織から骨芽細胞や破骨細胞を分離することが困難であり,in vitroでの骨代謝研究の障害となっていた時代がある.一方,現状では骨に存在する細胞や骨基質蛋白の解析が進み,骨が他の組織と共通の分子機構を用いて調節されていることが明らかにされるとともに,骨に特異的な現象も明らかにされてきた.たとえば,本別冊でも触れられているが,1990年代には骨芽細胞や破骨細胞分化に必須の転写因子や分子が同定された.
 この骨代謝の異常のもっとも重要な臨床的課題が骨粗鬆症である.人口の老齢化に伴い,わが国における骨粗鬆症患者数は将来的には1,000万人を超えるとも予想されている.骨代謝研究の進展により,この骨粗鬆症の概念や診断,治療法にも近年大きな変化が認められる.実際,骨代謝マーカーの臨床応用や画像診断の進歩,骨粗鬆症治療薬としてのビスホスホネート製剤や選択的エストロゲン受容体モジュレーターの導入など,多くの進展が認められる.
 本別冊では骨代謝研究,骨粗鬆症診療に携わる第一線の専門家の先生方に,これらの近年の進歩を概括していただくことを目的とした.基礎的にも臨床面でも骨に対する研究が“動的”に進展しつつあることを御理解いただければ幸いである.
 はじめに―骨粗鬆症は特殊な疾患か(福本誠二)
第1章 骨粗鬆症理解のための基礎
 1.骨の構造と機能(網塚憲生・李 敏啓・下村淳子)
  ・骨芽細胞の構造と機能
  ・骨芽細胞の前駆細胞
  ・骨基質石灰化の微細構造学的メカニズム
  ・骨細胞の構造と機能
  ・骨細胞・骨細管系の構造と役割
  ・破骨細胞の構造と機能
  ・骨吸収の微細構造学
  ・おわりに
 2.骨リモデリングとはなにか?―骨リモデリングの調節機構とその臨床的意義(竹内靖博)
  ・骨リモデリングとは
  ・骨吸収のメカニズム
  ・骨形成のメカニズム
  ・骨吸収と骨形成のカップリング
  ・おわりに
 3.骨粗鬆症の病因と病態(松本俊夫)
  ・閉経後骨粗鬆症
  ・男性骨粗鬆症
  ・不動性骨粗鬆症
  ・ステロイド骨粗鬆症
  ・おわりに
 4.骨粗鬆症の疫学―有病率,発生率,危険因子(吉村典子)
  ・骨粗鬆症の有病率と有病者数,発生率
  ・骨粗鬆症による骨折の発生率とその予後
  ・骨粗鬆症の危険因子
  ・おわりに
第2章 骨粗鬆症克服をめざす骨代謝研究の最前線
 【破骨細胞】5.破骨細胞分化と活性化の調節機構(中村正樹・田中 栄)
  ・破骨細胞の分化
  ・破骨細胞の活性化
  ・おわりに
 【破骨細胞】6.Osteoimmunologyと破骨細胞(高柳 広)
  ・骨と免疫を結ぶ分子RANKLの発見
  ・T細胞による破骨細胞制御と骨免疫学
  ・サイトカインによる破骨細胞の制御
  ・骨破壊を引き起こすT細胞の同定
  ・破骨細胞分化の転写制御
  ・NFATc1が破骨細胞分化に必須であることの生体レベルでの証明
  ・カルモデュリンキナーゼによる破骨細胞制御
  ・破骨細胞分化に必須な免疫グロブリン様受容体
  ・骨免疫学の将来
  ・おわりに
 【破骨細胞】7.破骨細胞の形成部位を決める破骨細胞ニッチ―破骨細胞の形成部位は骨芽細胞が構築する破骨細胞ニッチが決める(高橋直之・溝口利英)
  ・破骨細胞分化を制御する骨芽細胞の役割
  ・破骨前駆細胞の細胞周期と分化の調節
  ・In vivoにおけるpOCPの存在様式
  ・骨誘導因子により誘導される異所性骨組織での破骨細胞形成
  ・イモリ再生肢芽における破骨細胞誘導実験
  ・骨芽細胞が構築する破骨細胞ニッチ
 【骨芽細胞】8.転写因子による骨芽細胞分化制御と骨の成熟―Runx2は骨形成においてオールマイティーな転写因子か?(小守壽文)
  ・間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化決定
  ・CbfβによるRunx2の転写活性制御
  ・骨芽細胞分化と骨の成熟
  ・おわりに
 【骨芽細胞】9.BMPシグナルによる骨形成―生理的および病的骨形成への関与(片桐岳信)
  ・BMPのシグナル伝達
  ・BMP活性修飾因子
  ・BMPと骨疾患
  ・おわりに
 【骨芽細胞】10.Wntシグナルと骨量維持機構(窪田拓生・大薗恵一)
  ・Wnt/β-cateninシグナル
  ・LRP5と骨形成
  ・Wnt/β-cateninシグナルの阻害因子(Dkk1,Dkk2,sFRP1,sFRP2,sclerostin)
  ・骨形成を調節する内因性のWnt(Wnt7b,Wnt10b)
  ・GSK3β阻害剤と骨量
  ・β-cateninによる骨吸収の制御
  ・LRP6と骨量
  ・おわりに
 【骨芽細胞】11.Sclerostinと骨代謝―骨硬化症から見出された骨形成抑制因子(細井孝之)
  ・Sclerostinとは
  ・Wntシグナルと骨代謝
  ・Sclerostinの機能
  ・Sclerostinと骨代謝の臨床
  ・おわりに
 【骨芽細胞】12.Growth factorsと骨芽細胞(河村直洋・川口 浩)
  ・IGF
  ・FGF
  ・BMP
  ・TGF-β
  ・PDGF
  ・VEGF
  ・おわりに
 【骨細胞】13.メカニカルストレスと骨―骨細胞の生物学から骨リモデリングシミュレーションへ(手塚建一・上岡 寛)
  ・骨細胞はメカニカルセンサーか?
  ・コンピュータモデルによる骨粗鬆症シミュレーション
第3章 骨粗鬆症臨床の現状と将来
 【骨粗鬆症の診断】14.骨粗鬆症の診断と骨量・骨質の評価法(伊東昌子)
  ・骨粗鬆症診断における骨密度(骨量)
  ・骨質とは
  ・骨のリモデリング
  ・骨構造特性の評価
  ・骨材質特性の評価
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の診断】15.骨粗鬆症診療における骨代謝マーカーの臨床的意義―測定によりなにがわかるか(岡崎 亮)
  ・おもな骨代謝マーカー
  ・骨代謝マーカーの測定によりなにがわかるか?
  ・骨代謝マーカーを測定してもわからないこと
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】16.Peak bone massと骨粗鬆症予防(田中弘之)
  ・最大骨量とは
  ・最大骨量の形成過程
  ・最大骨量を決定する因子
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】17.現在使用可能な骨粗鬆症治療薬(和田誠基・神谷貞浩)
  ・ビスホスホネート製剤
  ・選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)
  ・エストロゲン製剤
  ・活性型ビタミンD3製剤
  ・カルシトニン製剤
  ・ビタミンK2製剤
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】18.PTHとストロンチウムによる骨粗鬆症治療のエビデンスと展望(杉本利嗣)
  ・PTH製剤
  ・ラネル酸ストロンチウム
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】19.ステロイド骨粗鬆症の予防と治療(大中佳三・高柳涼一)
  ・ステロイド骨粗鬆症の特徴
  ・ステロイド骨粗鬆症の発症機序
  ・ステロイド骨粗鬆症の予防と治療
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】20.乳癌のホルモン治療中の骨粗鬆症―アロマターゼ阻害薬,ER修飾薬での骨合併症(遠藤逸朗・松本俊夫)
  ・乳癌と骨粗鬆症
  ・乳癌患者のホルモン療法と骨粗鬆症
  ・骨粗鬆症に対する治療
  ・おわりに
 【骨粗鬆症の予防と治療】21.骨粗鬆症の治療法の限界と将来への展望(池田恭治)
  ・ビスホスホネート
  ・ラロキシフェン
  ・PTH
  ・転倒防止の方策
  ・廃用症候群をターゲットとする医療
  ・おわりに
第4章 AYUMI Glossary of Terms
 22.骨粗鬆症の理解に必要な最新基礎知識(伊東伸朗・鈴木尚宜)
  ・骨粗鬆症の基礎研究
  ・骨粗鬆症の診断
  ・骨粗鬆症の治療
 ・サイドメモ目次
  Wntシグナル
  骨芽細胞と造血ニッチ
  Runxファミリー
  Wolffの法則
  反応拡散系
  日本人と欧米人の骨粗鬆症診療における人種差
  天然型(native)ビタミンDと活性型ビタミンD
  骨形成促進剤の臨床応用への展開