やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 黒川峰雄
 東京大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科
 近年,造血器腫瘍の治療体系の進歩がめざましい.あらたな分子標的療法がつぎつぎと登場し,さまざまな場面で治療戦略を変えつつある.もっとも代表的なものは慢性骨髄性白血病に対するイマチニブであり,その高い有効性と低い毒性には目をみはるものがある.さらに,変異型BCR-ABLにも有効なあらたなチロシンキナーゼ阻害剤が開発されている.
 急性前骨髄球性白血病(acute promyelocytic leukemia:APL)の再発例に対しては,三酸化砒素による再寛解導入が標準的治療のひとつとなった.カリケアマイシン抱合型抗CD33モノクローナル抗体であるゲムツズマブ・オゾガマイシン(gemtuzumab ozogamicin:GO)も,難治性のAPLや急性骨髄性白血病(acute myelocytic leukemia:AML)に用いられる.また,海外の解析ではGOを寛解導入療法に併用することで,長年横ばいであったAMLの寛解導入率を改善する可能性が示唆されている.
 抗CD20モノクローナル抗体のリツキシマブは,びまん性大細胞型B細胞リンパ腫の治療成績を有意に改善しただけでなく,濾胞性リンパ腫を中心とする低悪性度リンパ腫に対する治療概念も変えつつある.さらに,放射性同位元素を抱合した抗CD20モノクローナル抗体によるradioimmunotherapyも,その臨床効果の検証に入っている.
 このように分子標的療法は各疾患に対する日常診療を大きく変革した.しかも,それらに続く次世代のモダリティがその出番を待っている.本別冊では,確立されたものから今後の発展が期待されるものまで,造血器腫瘍の分子標的療法が広くカバーされており,その最前線を一望することができる.今後,良質な臨床研究により多くの分子標的薬の有効性が確定するとともに,疾患の分子病態の解明が進み,あらたな治療標的の同定と優れた分子標的療法の開発がなされることを期待したい.
 はじめに(黒川峰夫)
第1章 標準的治療にみる分子標的療法
 1.イマチニブによる慢性骨髄性白血病の治療と新規BCR-ABL阻害剤(田内哲三・大屋敷一馬)
  ・イマチニブによるCML治療の問題点
  ・Nilotinib(AMN107)
  ・Dasatinib(BMS-354825)
  ・ON012380
  ・NS-187
  ・その他の新規ABLキナーゼ阻害剤
  ・おわりに
 2.レチノイン酸,Am80 による急性前骨髄球性白血病の治療―急性前骨髄球性白血病に対する全トランス型レチノイン酸と合成レチノイドAm80の標準的な治療と発展性(竹下明裕)
  ・ATRAによる分化誘導療法の方向性
  ・ATRAの作用機序
  ・ATRAの耐性
  ・Am80による分化誘導法
  ・ATRA治療後に再発したAPLに対するAm80の有効性の検討
  ・Am80臨床第II相試験の結果
  ・ATRAとAm80の適応と投与における注意
  ・おわりに
 3.亜砒酸―確立された臨床効果と今後の展望(大西一功)
  ・薬としての亜砒酸の歴史
  ・亜砒酸のAPLに対する作用機序
  ・再発またはATRA耐性のAPLに対する亜砒酸の治療成績
  ・未治療APLに対する亜砒酸の成績
  ・おもな有害事象
  ・APLに対する亜砒酸による治療戦略と今後の展望
 4.ゲムツズマブ・オゾガマイシン―急性骨髄性白血病治療のあらたな治療戦略におけるその役割(山口祐子・薄井紀子)
  ・薬理学的作用機序
  ・薬物動態
  ・単独療法による治療成績
  ・併用療法による治療成績
  ・副作用(毒性)
  ・GOの耐性機序
  ・おわりに
 5.リツキシマブ―B細胞リンパ腫治療にもたらしたインパクト(伊豆津宏二)
  ・リツキシマブの作用機序
  ・未治療びまん性大細胞型B細胞リンパ腫に対するR-CHOP療法
  ・再発DLBCLに対するリツキシマブ併用サルベージ化学療法
  ・リツキシマブによって濾胞性リンパ腫の予後が改善した
  ・濾胞性リンパ腫に対するリツキシマブ維持療法
  ・おわりに
 6.分子標的療法におけるbortezomibの現状と未来―多発性骨髄腫と今後の適応疾患(宮腰重三郎)
  ・いままでの多発性骨髄腫の治療
  ・骨髄腫細胞とstromal細胞の相互作用
  ・多発性骨髄腫に対する分子標的療法―そのメカニズム
  ・多発性骨髄腫に対する分子標的療法―bortezmibの臨床試験
  ・Bortezomibの副作用
  ・Bortezomibの今後の適応疾患
  ・多発性骨髄腫以外の悪性疾患に対するbortezomib療法
 7.抗IL-6受容体抗体によるCastleman病の治療(西本憲弘)
  ・Castleman病とは
  ・Castleman病の診断
  ・Castleman病の症状
  ・Castleman病とIL-6
  ・Castleman病の病因
  ・抗IL-6受容体抗体によるCastleman病の治療
  ・トシリズマブの用法・用量
  ・おわりに
第2章 期待される分子標的療法とその臨床効果
 8.骨髄異形成症候群に対するレナリドマイド療法(通山 薫)
  ・染色体異常5q-を有するMDSの特徴
  ・免疫調節剤サリドマイドのMDSへの有用性
  ・サリドマイド誘導体レナリドマイドのMDSに対する効果
  ・染色体異常5q-を有するMDSに対するレナリドマイドの効果
  ・ヨーロッパにおける臨床試験報告
  ・レナリドマイドの薬理作用機序
  ・おわりに
 9.多発性骨髄腫に対するサリドマイドとその誘導体(服部 豊)
  ・新規薬剤を用いた骨髄腫治療の意義と注意点
  ・高齢者に対する初期治療への導入
  ・自家造血幹細胞移植適応者の初期治療への導入
  ・自家移植後の維持療法としてのサリドマイド療法
  ・難治・再発症例の対策
  ・わが国におけるサリドマイドの管理体制
  ・おわりに
 10.DNAメチル化阻害剤の造血器腫瘍に対する効果(小林幸夫)
  ・DNAメチル化
  ・Decitabine
  ・5-azacyidine
  ・DNAメチル化阻害剤の作用機序
  ・おわりに
 11.Radioimmunotherapy(RIT)によるB細胞性リンパ腫治療の展望―Ibritumomab tiuxetan(Zevalin(R))と tositumomab(Bexxar(R))(小椋美知)
  ・RITに選択される放射性同位元素
  ・Ibritumomab tiuxetan(Zevalinィ)
  ・RITの初発進行期濾胞性リンパ腫に対する投与
  ・高用量の放射免疫療法
  ・おわりに
 12.アレムツズマブ―適応疾患と今後の可能性(神田善伸)
  ・アレムツズマブ―Campath-1H―の開発
  ・アレムツズマブの特異性および細胞傷害機序
  ・慢性リンパ性白血病に対する臨床試験
  ・T細胞性腫瘍に対する臨床試験
  ・造血幹細胞移植における拒絶予防・移植片対宿主病(GVHD)予防
  ・アレムツズマブの薬物動態
  ・おわりに
第3章 新規分子標的療法の開発と展望
 13.FLT3 阻害剤と抗FLT3抗体(清井 仁)
  ・Tandutinib(MLN-/CT53518,Millenium社)
  ・PKC412(Novartis社)
  ・Lestaurtinib(CEP-/KT-5555,Cephalon社)
  ・Sunitinib(SU11248,Pfizer社)
  ・抗FLT3 抗体
  ・今後の展望
 14.造血器腫瘍に対するファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤の臨床応用(松村 到・金倉 譲)
  ・Rasの機能と造血器腫瘍におけるRasの活性化機構
  ・Rasの翻訳後修飾
  ・FTIの抗腫瘍効果に関する基礎データ
  ・FTIの造血器腫瘍に対する臨床効果
 15.ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤(朝倉敬子・木崎昌弘)
  ・エピジェネティクスとは
  ・アセチル化と脱アセチル化
  ・脱アセチル化と腫瘍化との関連
  ・HDAC阻害剤の作用・抗腫瘍効果
  ・進行中の臨床試験
  ・おわりに
 16.NF-κB阻害剤―あらたな知見と可能性(堀江良一)
  ・分子標的としてのNF-κB
  ・NF-κBの活性化経路
  ・NF-κB阻害剤
  ・おわりに
 17.ゾレドロン酸によるRas関連蛋白を分子標的とした造血器悪性腫瘍治療の可能性―ZOLのRas阻害による造血器悪性腫瘍の治療(木村晋也・黒田純也)
  ・Ras関連蛋白質の活性化と下流シグナルの活性化機構
  ・造血器悪性腫瘍でのRasシグナルの意義
  ・ZOL開発の経緯
  ・Ras関連蛋白阻害によるZOLの造血器悪性腫瘍における抗腫瘍効果
  ・Ras関連蛋白阻害作用にとどまらないZOLの抗腫瘍効果
  ・おわりに
 18.発作性夜間血色素尿症患者の“生活の質”を改善するエクリツマブ―血管内溶血,輸血,血栓症の顕著な減少(中熊秀喜)
  ・発作性夜間血色素尿症(PNH)の臨床像
  ・溶血の特徴
  ・溶血の分子病態
  ・溶血の治療
  ・Eculizumabによる溶血抑制
  ・今後の展開
 19.抗CCR4 抗体によるT細胞腫瘍治療(稲垣 淳・石田高司・上田龍三)
  ・ケモカインレセプター,CCR4
  ・T細胞性リンパ腫におけるCCR4発現の臨床的意義
  ・CCR4陽性T細胞性腫瘍の起源
  ・抗体の作用機序
  ・CCR4を分子標的とする新規抗体療法の開発
  ・Treg制御薬剤としての抗CCR4抗体
  ・おわりに
 20.急性骨髄性白血病に対する抗 VLA4 抗体(松永卓也)
  ・VLA4を介したフィブロネクチンとの接着によるAML細胞の抗癌剤耐性
  ・抗VLA4抗体と抗癌剤とを併用したAMLの治療
  ・ヒト化キメラ抗VLA4抗体の作製とその効果の確認
  ・トランスレーショナルリサーチの予定と準備状況
  ・AML以外の白血病における白血病細胞と骨髄ストローマ細胞との接着を介した抗癌剤耐性
  ・おわりに
付.AYUMI Glossary of Terms
 21.臨床腫瘍専門医をめざす医師にとっての造血器腫瘍分子標的療法の最新基礎知識(半下石 明)
  ・フィラデルフィア(Ph)染色体
  ・PML-RARα
  ・亜砒酸(arsenic trioxide)
  ・DNAメチル化
  ・ヒストンアセチル化・脱アセチル化
  ・表面抗原を分子標的とした抗体療法
  ・CD20と抗CD20抗体
  ・CD33と抗CD33抗体(gemtuzumab ozogamicin)
  ・CD52および抗CD52抗体(alemtuzumab)
  ・CCR4(CC chemokine receptor 4)
  ・VLA-4
  ・キャッスルマン病(Castleman's disease:CD)
  ・エクリズマブ(eculizumab)
  ・FLT3
  ・ras
  ・ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤(farnesyltransferase inhibitor:FTI)
  ・サリドマイド(thalidomide)とその誘導体,レナリドマイド(lenalidomide)
  ・ユビキチン・プロテアソーム系(ubiquitin-proteasome pathway)
  ・プロテアソーム阻害剤
  ・ビスフォスホネート(bisphosphonate:BP)製剤の抗腫瘍効果

 ・サイドメモ目次
  レチノイン酸症候群
  亜砒酸による心毒性
  MDSのFAB分類と新WHO分類
  International Prognostic Scoring System(IPSS)
  サリドマイド/レナリドマイド使用時の深部静脈血栓症予防
  自己免疫疾患に対するアレムツズマブの臨床試験
  ファージディスプレイ法によるヒト型抗体の作成
  NF-κBとIκBファミリーの構造と機能
  PNHIII型赤血球
  血管内溶血
  血栓症