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第5土曜特集 糖尿病−予防から治療まで
はじめに−広角的な視野に立った糖尿病治療を

 滋賀医科大学長 吉川隆一

 “わが国の糖尿病患者数は690万人“という見出しで大きくマスメディアで報ぜられたのが5年前(1997 年調査)であったが,最近ふたたび“糖尿病患者数は740万人”と新聞各紙が伝えた(2002 年調査).また,糖尿病の可能性を否定できない人の数も880万人と5年前の680万人から大幅な増加を示している.
 この調査では質問表によりさまざまな情報を収集しているが,そのなかから2つの事柄を取り上げてみたい.無論,質問表形式なので,得られた情報の正確度は劣る可能性のあることはご容赦願いたい.
 第1に,“糖尿病が強く疑われる人”のうち,現在治療を受けている人の比率が1997年には 45.0%であったが,2002 年には 50.6%と増加している点があげられる.5%にすぎない増加であるが,実数でみると37万人と膨大な人数である.ただ,治療を受けていない人がなお 41.9%,実数にして310万人存在することから,学会などで行っている国民に対する啓蒙活動の効果の現れと受け取るのは早計かもしれない.
 第2に,合併症の推移があげられる.“現在治療を受けている“と回答された人のなかで,神経障害ありが 20.3%から 15.6%へ,網膜症ありが 16.1%から 13.1%へ,それぞれ減少しているのに対し,腎症ありが 14.3%から 15.2%へと増加しているのが気にかかる.1%弱の増加ではあるが,実数にすると14万人の増加である.さらに,気になる点は“糖尿病が強く疑われる人”のなかで,心臓病ありが 12.4%から 15.8%へ,脳卒中ありが 4.4%から 7.9%へと大きく増加していることである.
 糖尿病治療の目標は合併症の予防・進展阻止にあるが,その中心は細小血管障害を念頭においた血糖管理におかれている.しかし,今後の糖尿病治療は大血管障害の予防・進展阻止をも念頭においた広角的な視野に立った治療法をめざしていくべきではなかろうか.
2003/11/29 第5土曜特集 医学のあゆみ 目次

糖尿病−予防から治療まで
 編集 吉川隆一(滋賀医科大学)

はじめに−広角的な視野に立った糖尿病治療を 吉川隆一
研究の最前線
 1.膵β細胞再生の分子機構 山田聡子・小島 至
 2.膵β細胞インスリン分泌調節装置の新展開 坂 信広・稲垣暢也
 3.肝への遺伝子導入による膵β細胞再生−NeuroD−ベータセルリンによる糖尿病の遺伝子治療 小島秀人・他
 4.ES細胞からのインスリン産生細胞再生 宮崎純一
 5.膵β細胞糖毒性の分子機構 金藤秀明・梶本佳孝
 6.腸管ホルモンによる膵β細胞機能調節 山田祐一郎
 7.1型糖尿病モデルKDPラットの疾患感受性遺伝子のクローニング 横井伯英・清野 進
 8.MODY遺伝子 岩崎直子
 9.糖尿病と遺伝子異常 佐々木昭彦・武田 純
 10.ゲノムワイドSNP解析と糖尿病−糖尿病性腎症を中心として 前田士郎
 11.インスリン情報伝達系:Up to date−インスリン代謝調節作用とインスリン抵抗性 小谷 光・春日雅人
 12.PPAR−γと糖尿病 寺内康夫・門脇 孝
 13.アディポサイトカインの新展開 西澤 均・下村伊一郎
 14.抗糖尿病薬としてのレプチン治療の現況と今後の新展開 海老原 健・中尾一和
 15.脂肪細胞機能異常症としてのメタボリックシンドローム 益崎裕章・中尾一和
 16.AGEと糖尿病合併症−AGE阻害剤を用いた合併症の予防および治療の戦略 永井竜児・堀内正公
 17.糖尿病網膜症の新しい治療戦略 高木 均
 18.糖尿病性腎症発症・進展の分子機構 羽田勝計
 19.インスリンの血管壁作用−インスリンは動脈硬化を誘導するか 西尾善彦・柏木厚典
 20.心血管遺伝子治療の現況と今後 小田洋平・松原弘明

臨床の進歩
 21.糖尿病診療の現況と今後の動向 岩本安彦
 22.糖尿病の一次予防は可能か 伊藤千賀子
 23.糖尿病診断の問題点 富永真琴
 24.劇症1型糖尿病 花房俊昭・今川彰久
 25.緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM) 小林哲郎
 26.1型糖尿病の分子マーカー 川崎英二・江口勝美
 27.食後高血糖の臨床的問題 河盛隆造
 28.糖尿病治療ガイドライン:血糖管理のEBM−糖尿病大規模臨床研究から糖尿病診療ガイドラインへ 荒木栄一・徳永 寛
 29.食事療法の進歩 津田謹輔
 30.運動療法:研究・臨床の進歩−疫学・分子生物学から実地臨床まで 佐藤祐造
 31.2型糖尿病の薬物療法−経口糖尿病薬の選択基準 菅田有紀子・加来浩平
 32.インスリン療法の進歩と今後の展望−インスリン療法のEBMと実際 小林 正
 33.糖尿病性昏睡−診断と診療上の注意点 目黒 周・渥美義仁
 34.小児糖尿病の管理の現況と問題点−その治療内容の現状と患児のより良い予後のために何をすべきか 西村理明・田嶼尚子
 35.妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠−診断および管理の現況と問題点 杉山 隆
 36.糖尿病に合併した高血圧治療のEBM 片山茂裕
 37.糖尿病に合併した脂質代謝異常の治療 鈴木浩明・山田信博
 38.糖尿病網膜症の新しい臨床病期分類と外科治療の現況−情報の共有と最善の治療をめざして 川崎 良・他
 39.糖尿病性神経障害の診断と治療の進歩 加藤宏一・中村二郎
 40.エビデンスに基づいた糖尿病性腎症の治療−レニン−アンジオテンシン系の抑制の重要性 岡田震一・他
 41.糖尿病患者の冠動脈疾患管理−虚血の改善と動脈硬化の進展阻止 西山信一郎

■サイドメモ
 幹細胞(stem cell)
 ベクター作製のポイント
 インスリン産生細胞の評価の問題点
 ユビキチン化による蛋白の機能制御
 転写因子異常
 疾患関連遺伝子候補の検証
 インスリン情報伝達経路の始点と終点
 脂肪細胞の大きさと脂肪細胞由来の生理活性物質
 アディポサイトカイン
 脂肪萎縮症の原因遺伝子
 メイラード反応
 VEGF(血管内皮増殖因子)と受容体
 プロテインキナーゼC(PKC)とそのアイソフォーム
 インスリンの血流増加作用と糖代謝
 IGTと境界型
 血糖自己測定機器を用いて糖尿病診断をしてはならない
 VNTR(variable number of tandem repeat)
 EBMとは
 1日エネルギー所要量
 正常血糖クランプ法
 経口血糖降下薬の使い分け
 インスリンアナログと細胞増殖活性
 ソフトドリンクケトーシス
 小児1型糖尿病と思春期
 妊娠糖尿病のスクリーニングに関するトピックス
 利尿薬少量投与の再評価
 相対危険度と治療必要数
 Early treatment diabetic retinopathy study(ETDRS)
 C-peptide