やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 東京大学医科学研究所先端医療研究センター免疫病態分野 森本幾夫

 免疫機構が正常に機能することはわれわれの健康を維持するために必須なことである.HIV感染により免疫不全に陥ると,普通に免疫機構が働いていればなんの病原性もない微生物に感染する,いわゆる日和見感染症を発症するが,これなどは免疫系がいかにわれわれの体を外界の微生物の侵入から守るために大事であるかを再認識させたよい例である.しかし,免疫系はかならずしもよいことだけでなく“ジキルとハイド“のような二面性をもっており,外部からの侵入物からわれわれの体を守るだけでなく,間違って自分に対して攻撃を仕かけることもある.すなわち,免疫系がこの“自己”と“非自己“の識別ができなくなったために,自分に攻撃を仕かけるために起こる病気が慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患である.さらに,免疫系はスギ花粉やダニなど外界の物に対して過剰な防御反応を示すため,鼻水やくしゃみがでたり,また皮膚に蕁麻疹や発疹などができるアレルギー反応も生じさせる.免疫系は,特異性をもつ免疫の記憶により特徴づけられる獲得免疫をつかさどるT細胞,B細胞や,外界からの侵入物を食べたりして原始的な方法で自分を守る自然免疫をつかさどる単球/マクロファージ,樹状細胞などから成り立っている.この単球/マクロファージ,樹状細胞などはT細胞に対して抗原提示も行う.これらの免疫担当細胞は造血幹細胞から発生してくるが,B細胞は胎児肝や骨髄において分化し,さらに免疫反応の中心的役割を担うT細胞は胸腺で分化し,その過程で免疫の基本である“自己”と“非自己”の識別ができるように教育される.
 末梢へと移動していったリンパ球は免疫ネットワークを構成して生体の防御反応をつかさどる.免疫系を構成するT細胞,B細胞,単球/マクロファージ,樹状細胞,大顆粒リンパ球では細胞表面上にそのマーカーとなるさまざまな細胞表面分子が発現されている.これらの表面分子は,はじめは細胞のマーカーとして確立されたが,実際ただのマーカーのみというのはありえず,なんらかの機能をもっていることが予測された.つまり,これらのマーカーとしての表面分子はリンパ球がもつなんらかの役割に関与する機能分子のはずである.これらの分子は現在,CD(cluster of differentiation)番号で示されているが,多くの研究者は“マーカーから機能”へということでCD抗原分子の機能解析にその勢力を注いだ.第1回国際ヒト白血球分化抗原会議は1982年パリで開催され,この会議では15の表面分子のクラスター(CD1からCD15)が分類されたが,1996年神戸で開催された第6回国際ヒト白血球分化抗原会議では166にものぼるCD番号が登場した.
 現在CD番号は細胞表面膜抗原に対する分子から成り立っているが,今後は細胞内の分子に対するモノクローナル抗体の対応抗原などもCD分類され,ますます複雑なものとなっていく可能性がある.
 免疫系が外界からの侵入物を攻撃するためにはリンパ球の抗原特異的クローン増殖が必要であるが,T細胞抗原受容体が抗原提示細胞上のMHCで提示された抗原ペプチドを認識して抗原特異的T細胞を活性化しなければならない.しかし,一般的にこのT細胞抗原受容体の抗原認識のみではT細胞を真の意味で活性化するには十分でない.T細胞が活性,増殖して,そのエフェクター機能を発揮するためには,T細胞受容体のMHC上の抗原ペプチド認識によるシグナル1と同時に,T細胞上の共刺激分子受容体と抗原提示細胞上のそれに対応するリガンドとの相互作用によるシグナル2が細胞内に伝わることが必要とされる.T細胞受容体が抗原認識のさいにこのシグナル2を受け取れない場合は,T細胞は死ぬか,あるいは将来その抗原に出くわすさいにT細胞活性化に抵抗性を示すようになる.この概念は本特集でも述べられているであろうが(とくにCD28/CTLA-4),とくに本来抑制したい抗原(移植抗原)のみに免疫学的不応性(寛容)を示し,他の免疫反応は正常に保つという抗原特異的免疫制御という面で,移植免疫や自己免疫病の治療手段として臨床現場でも現在用いられはじめている.
 免疫学研究のトレンドとして,一時期本来の細胞生物学的研究からシグナル伝達,遺伝子制御の研究に偏り,ともすると免疫系のもつさまざまな細胞生物学的現象を見失う傾向が出ていた.とくにその下流のシグナル伝達系研究では他の研究分野での普遍的なシグナル伝達との接点もあり,本来の免疫現象のどこに位置づけられているのかはっきりせず,生命機能の細分化傾向がますます把握し難い方向へ導かれているのではないかという危惧ももたれた.しかし,ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスを用いた研究が可能となり,個々の分子の生体において果たす役割を個体レベルや分子および遺伝子レベルで解明することが可能となってきた.
 リンパ球表面上には抗原受容体や共刺激分子以外にも細胞接着分子やこれらの分子に対応するリガンドなどが発現されている.免疫応答がスタートすると,さらにサイトカインやケモカインなどの可溶性因子も免疫担当細胞から分泌され,それらの対応する受容体との相互作用も加わりリンパ球の細胞表面分子の発現をポジティブおよびネガティブに制御しつつ,最終的にたとえば炎症部位などへのリンパ球のホーミングや細胞遊走が生じ,その後エフェクター機能を発揮して生体の防御反応が遂行される.
 本書は,その意味でも古くて新しいリンパ球細胞集団の細胞表面分子に再度スポットライトをあてて,各分野で日本を代表する方々を執筆者として選定して免疫系の担い手であるT細胞,B細胞,マクロファージ,NK細胞などがいかにして外界からの刺激(リガンド,可溶性因子など)を受け取った後,その細胞が本来もつ機能をポジティブおよびネガティブに制御しているのか,さらにこれらの機能発現における転写因子の役割はいかなるものかなどを念頭において編集した.さらに,いろいろな疾患において,これらの細胞表面分子が媒介する細胞表面から細胞内への情報伝達から機能発現におけるさまざまな現象が,いかに疾患の病態に関与しているかについても述べてもらった.
はじめに 森本幾夫
■T細胞抗原認識および共刺激
1.TCR-CD3複合体 竹内 勤
 TCR-CD3 complex
  ●TCR-CD3複合体を構成する各サブユニット
  ●ζ鎖ファミリーの構造と機能
  ●SLEにみられるT細胞シグナル異常
  ●TCR刺激によるSLE T細胞のチロシンリン酸化
  ●SLEにおけるζ鎖発現異常
  ●ζ鎖異常と自己免疫
2.CD1を介した脂質抗原提示―結核菌感染免疫における重要性 杉田昌彦
 Lipid antigen presentation by CD1-A role in immunity against mycobacterial infection
  ●グループ1 CD1分子はマイコバクテリア由来の脂質抗原をT細胞に提示する
  ●CD1分子の細胞生物学―結核菌感染細胞における脂質抗原提示経路
  ●CD1を介した免疫応答は結核菌感染をコントロールする
  ●CD1研究―課題と今後の展開
3.Con A誘導肝炎におけるVα14NKT細胞の役割 金子佳賢・谷口・克
 Role of Vα14NKT cells in Con A-induced hepatitis
  ●Con A誘導肝炎
  ●Con A誘導肝炎におけるVα14NKT細胞の役割
  ●IL-4の関与
  ●IL-4による細胞障害活性の増強効果
  ●肝細胞障害のメカニズム
4.CD28/CD152-B7costimulationと疾患 東 みゆき
 CD28/CD152-B7 costimulation and diseases
  ●CD28-B7ファミリー
  ●CD
  ●CD152(CTLA-4)
5.CD40/CD40Lの異常と免疫不全症 野々山恵章
 CD40/CD40L
  ●CD40の構造と機能
  ●CD40Lの構造と機能
  ●CD40L異常による免疫不全症(伴性劣性高IgM症候群)
6.OX40(CD134)/OX40L系と免疫制御 堀・利行
 The OX40/OX40 system and immune regulation
  ●OX40とOX40Lの構造
  ●OX40とOX40Lの発現分布
  ●補助シグナル分子としてのOX40/OX40L系
  ●T細胞とB細胞の相互作用における役割
  ●T細胞と血管内皮細胞の相互作用における役割
  ●T細胞と樹状細胞の相互作用における役割
  ●OX40シグナルとTh1/Th2分化誘導
7.CD70/CD27相互作用と自己免疫疾患 森本真司・小端哲二
 The role of CD70/CD27 interaction in autoimmune disease
  ●CD70/CD
  ●CD70/CD27相互作用と疾患との関連
■B細胞刺激と機能
8.CD19/CD21発現量の変化と自己免疫の誘導 佐藤伸一
 Altered expression of CD19/CD21 in autoimmunity induction
  ●CD19/CD21複合体の構造と機能
  ●CD19/CD21の機能
  ●CD19/CD21発現量と自己免疫
  ●CD19/CD21発現量と全身性強皮症
9.CD5+B細胞(B1細胞)と関連疾患 濱野慶朋・白井俊一
 CD5+B cells(B1 cells)and related diseases
  ●B1細胞の特徴
  ●CD5分子とその機能
  ●B1細胞の増殖調整機構
  ●B1細胞の起源
  ●B1細胞と自己免疫疾患・B-CLL
10.CD23/FcεRII 中尾篤人・羅・智靖
 CD23/FcεRII
  ●CD23の構造,細胞分布,機能
  ●CD23によるIgE抗体産生調節
  ●CD23ノックアウトマウスによるCD23機能の再評価
■細胞接着・マクロファージ
11.β2インテグリン(CD18/CD11)と関連疾患 川村信明・小林邦彦
 Disorders related to β2 integrins(CD18/CD11)
  ●好中球と血管内皮細胞の接着,走化に関与する接着分子とその異常
  ●β2インテグリン(CD18/CD11)の構造と機能
  ●β2インテグリン異常による白血球接着不全症とその類似疾患
12.T細胞機能におけるCD26分子の多彩な役割 石井智徳・森本幾夫
 The multi-function of CD26 in the T cell immune response
  ●CD26分子の構造
  ●CD26分子のcostimulation分子機構
  ●DPPIV活性とリンパ球機能
  ●ADAとの結合とその生物学的意味
  ●CD26と疾患
13.CD29・β1-インテグリンとその関連分子 岩田哲史・森本幾夫
 CD29/β1 integrins and related molecules
  ●インテグリンファミリー
  ●インテグリン由来のシグナルと悪性腫瘍
  ●インテグリン下流のシグナル伝達分子
  ●インテグリンおよびその関連分子と炎症性疾患
14.CD31 田中良哉
 CD31
  ●CD31の分子構造
  ●CD31の発現
  ●CD31の機能
  ●CD31を介する情報伝達機構
  ●CD31と疾患との関連性
15.CD44の機能解析―その機能的リガンド・エピトープの探索 宮崎圭央・他
 Analysis of CD44-functional ligands and epitopes
  ●CD44の発現・構造
  ●CD44のリガンド
  ●CD44を介したシグナル伝達
  ●可溶型CD44(soluble CD44)
■その他
16.CD94 井田弘明・江口勝美
 CD94
  ●CD94分子の構造とシグナル伝達
  ●CD94分子のリガンド
  ●CD94分子の機能
17.サイトカイン受容体による情報伝達機構 佐々木義輝
 Cytokine receptor signal transduction
  ●IL-2受容体サブユニットの構造と発現
  ●IL-2受容体からの情報伝達
18.ケモカイン受容体の病態生理 河崎・寛
 Pathophysiology of chemokine receptors
  ●ケモカイン受容体
  ●ケモカイン受容体と感染症
  ●ケモカイン受容体とアレルギーおよび免疫応答
  ●ケモカイン受容体と移植免疫,癌免疫
  ●ケモカイン受容体と血管系
19.リンパ球機能発現と転写因子 田中廣壽・他
 Tanscription factors in immune regulation
  ●転写調節機構
  ●NF-κB
  ●NFAT(nuclear factor of activated T cells)
  ●STATs
  ●AP-1
  ●核内レセプター