やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 日本移植学会,日本臓器移植ネットワーク 野本亀久雄

 脳死状態からの臓器提供を可能とする臓器移植法が平成9年(1997)10月16日から施行されたが,この法の成立と施行は限定された条件下とはいえ,わが国の臓器移植に重大な影響をもつ出来事である.臓器移植の本格的な臨床応用は1960年代に腎移植からはじまり,欧米諸国では腎移植数の増加とともに心臓,肝などの移植へと展開したが,当時の免疫抑制法には骨髄機能抑制,それに伴う敗血症という難問がつきまとうこともあり,わが国では腎移植が細々と続けられるにとどまっていた.1980年代には免疫抑制剤の進歩によって骨髄機能抑制を伴うことなく拒絶反応を回避することが可能となり,欧米諸国では腎のみならず,心臓,肝,その他の臓器の移植が飛躍的に増加した.一方,わが国では脳死という新しい死の概念をめぐって国民レベルのまどいもあり,大きな進展がみられないまま1990年代に至った.
 わが国においては1990年代において脳死の定義や判定に関する検討がほぼ終結し,同時に脳死状態からの臓器提供と臓器移植をどのような形で行うべきかの議論が積み重ねられ,平成9年(1997)6月17日臓器移植法が成立した.現行の臓器移植法の特徴は臓器提供者本人の自己決定権の尊重にあり,脳死を自らの死として受け入れること,臓器提供の意思があることを生前文書で明示することが要求されている.臓器移植の定着,普及という面からのみみれば制約の多い法といえるが,生命重視型の社会構造への一歩として市民の一人ひとりが自らの生と死を考える社会習慣を確立する面からは,新しい展望を開く法といえよう.自己決定権を重視することから,この法が15歳以上に限定して適用されるため,小児の臓器移植,とくに心移植について困難さを残している.国民レベルの議論による将来像の創造が望まれるところである.
 著者の立場では法施行3年余でわずかに13例の法的脳死判定完了(臓器提供は12例で実施)は少なすぎるという批判や非難を受けることが多いが,国民レベルの理解と信頼をえながら一歩一歩進むのが適切なあゆみと考えれば,この13例の意義は大きいと判断される.臓器移植は他人からの臓器提供による移植という現行の姿(同種移植)にとどまらず,再生医学によって再構築される自己由来の組織や臓器の活用のための技術的基礎の蓄積にもつながるものである.今後の医療の基本的技術の進歩にもつながるテーマといえよう.同種移植に関しても免疫抑制を行わない形の移植,すなわち免疫寛容の実際的応用が乗り越えるべき課題としてつきつけられている.
 平成12年(2000)度からミレニアムプロジェクト中の再生医学に一部として臓器移植が取り上げられ,現行の臓器移植の技術面からの成績向上(主任研究者,深尾 立),社会面の整備(主任研究者,大島伸一),基礎的研究とその応用(主任研究者,磯部立章)が推進されている.本特集は上記の3氏によって構成されたものである.
 はじめに 野本亀久雄

I.基礎編-安全な移植技術の開発をめざして
 1.安全な移植技術の開発をめざして―革新的技術の開発と臨床応用 磯部光章
 2.免疫寛容の分子機構 岸原健二
 3.遺伝子導入による免疫制御 岩崎倫政・上出利光
 4.新しい免疫抑制剤の開発―FTY720と抗AILIM/ICOS抗体 鈴木盛一
 5.移植医学におけるHGFの役割 水野信哉・中村敏一
 6.遺伝子治療がひらく新世代移植医療―移植医療のための遺伝子導入・発現技術の開発 金田安史
 7.肝遺伝子治療の拒絶反応抑制への応用―臓器移植と肝遺伝子治療 林 衆治
 8.遺伝子導入による虚血再灌流障害の抑制 澤 芳樹
 9.免疫隔離膜を利用した膵島細胞移植 藤間真紀・井上一知
 10.移植ラ島局所環境調節による免疫隔離の誘導 砂村眞琴・荒井浩介
 11.膵島移植の免疫制御―NKT細胞による免疫寛容誘導と細胞療法 中山俊憲
 12.慢性心拒絶反応の病態と遺伝子治療 月岡勝晶・他
 13.副刺激の阻害による寛容誘導 清野研一郎
II.臨床編-さらなる成績向上をめざして
 14.さらなる成績向上をめざして―臓器移植の臨床における諸問題 深尾 立・湯沢賢治
 15.わが国における脳死臓器移植のシステムと臓器提供の現況 寺岡 慧・他
 16.臓器移植における組織適合性の意義 柏原英彦
 17.拒絶反応の病理と組織診断―移植臓器における生検診断の意義 井藤久雄・加瀬 諭
 18.Marginal donorからの臓器移植 小浩一・長尾 桓
 19.新しい免疫抑制剤 堀 誠司・落合武徳
 20.拒絶反応の診断法の進歩 浅原利正・速水啓介
 21.慢性拒絶反応の克服 小野佳成・大島伸一
 22.腎移植 東間 紘
 23.ABO血液型不適合腎移植の臨床 中川由紀・高橋公太
 24.小児生体肝移植における免疫抑制療法からの離脱 上田幹子・他
 25.成人生体肝移植 菅原寧彦・幕内雅敏
 26.心臓移植 松田 暉・福嶌教偉
 27.心臓移植のための心筋保護法―ドナープールの拡大をめざして 川合明彦・小柳 仁
 28.肺移植 清水信義・伊達洋至
 29.膵移植および膵島移植の現況 杉谷 篤・他
 30.小腸移植,腹部多臓器移植 藤堂 省・古川博之
III.社会編-臓器移植の社会資源の整備に向けて
 31.臓器移植の社会資源の整備に向けて 大島伸一
 32.臓器移植医療の世界の現況 雨宮 浩
 33.臓器移植法成立後の日本の移植の実状 長澤俊彦
 34.海外の臓器移植の法的な状況 齊藤誠二
 35.臓器移植法をめぐる論争 町野 朔
 36.臓器移植に関する法律成立の過程―臓器移植法成立に向けたさまざまな取組み 岩崎康孝
 37.移植コーディネーターの現状と役割 小中節子・菊地耕三
 38.意思表示カードの普及と無効例の実態 藤田民夫
 39.社会経済的視点からみた臓器移植―見直しの時期に入った臓器移植体制 長谷川友紀
 40.病理解剖からみた臓器移植―脳死後移植臓器提供者の剖検,著者らの経験から 秦 順一
 41.渡航心臓移植の現状とわが国における意義 小柳 仁・他
 42.臓器不全と移植希望登録の実状―肝 藤原研司
 43.そしてメデイアは暴走した―プライバシーと脳死報道 宮田速雄
 44.臓器提供施設における脳死患者への対応―提供病院における問題点 田中秀治・他
 45.献腎提供と意思確認のあり方 神野哲夫
 46.臓器移植と倫理問題の視程 米本昌平

サイドメモ
 胸線におけるT細胞の成熟
 FTY720は冬虫夏草由来
 HGFからみた線維化疾患の病理発生機構
 遺伝子治療
 Th1/Th2バランス
 E2F
 副刺激(costimulatory signal)
 臓器移植の日米格差
 HLA(human leukocyte antigen)
 アポトーシス
 単純冷却保存法(CS)と低温持続灌流保存法(PP)
 二重濾過血漿分離交換
 マイクロキメリズム
 機械的循環補助
 虚血性障害と再灌流障害
 脳死肺移植
 Tabatha Foster
 日本脳死臓器移植の近況
 脳死移植と生体移植
 臓器売買罪の保護法益
 Opt-in/out;心臓死説と3徴候説;違法阻却論
 臓器移植に関する世論調査
 臓器移植と検証
 4類型施設
 医療の経済的分析
 劇症肝炎と類縁疾患
 臓器移植と宗教各派
 フランス生命倫理3法