やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 1965年(昭和40年)に理学療法士及び作業療法士法が制定された.日本において理学療法教育の初期の段階では海外からの外国人講師陣の招聘により,教材はほとんどが英語で書かれた本や文献,授業も英語で行われていたと聞く.その後にリハビリテーションに関わる医師が執筆した学術書,英語の書籍の翻訳書などが出版され教科書とされてきた.現在,日本においては多くの養成校が存在し,毎年1万人以上の新人理学療法士が輩出され,理学療法士の総人数は10万人を超えている.そのような社会背景の変化に伴い,日本の理学療法士養成システムに準じた多くの教科書が,豊富な臨床と教育経験を有する理学療法士により執筆されている.この現状は,大変喜ばしいことではある.
 近年,AIが台頭し,将来的にAIに取って代わられる職業をネットやマスコミなどが取り上げている.幸いなことに理学療法士という職業は,現時点ではAIが代わることが難しい職業として位置づけられている.運動能力低下,動作制限,活動制限,参加制約のいわゆる障害を有する患者・クライアントに対して,われわれ理学療法士は上記の障害を同定し,個人因子と環境因子を考慮しながら,構造障害と運動機能障害を推論し,仮説を立て,予後を予測して理学療法を実施する.そして,結果とアウトカムを考慮して,一連の臨床理学療法の実践を繰り返す.臨床理学療法実践において意思決定は重要となり,理学療法士個々の知識・技術・経験に基づく専門的技能(clinical expertise)は,臨床意思決定に強く影響を及ぼす.理学療法臨床実践において簡易マニュアルが存在しないことは,臨床での理学療法実践の高度さを示している.一方で,学生や経験年数が少ない理学療法士にとってこの現状は深刻な問題でもある.
 本テキストは,運動器理学療法に焦点を当てて作成された.編者が理学療法士になった頃は,運動器の理学療法として主だったのは,脊髄損傷,切断,関節リウマチ罹患者に対する代償動作の獲得であった.編者は,整形外科における理学療法士の役割もわからないまま,骨折後の理学療法に関してわずかな教育を受けた状態で整形外科の臨床に飛び込んだ.現在では,運動器理学療法に関わる理学療法士の数は多く,今年一般社団法人としてスタートした日本運動器理学療法学会は登録会員数の多い分科学会の一つである.さらに高齢社会である日本においては,健康寿命を延ばすための理学療法への期待が今まで以上に高まりつつある.日常生活活動において運動器は中心的な役割を果たし,運動器の構造障害・機能障害(impairment)は,患者の運動能力,動作,そして活動に大きな犠牲を与えるばかりか,全身の健康状態をむしばむきっかけになり得る.そして今,運動器理学療法の対象は,骨粗鬆症,変形性関節症,サルコペニアとさまざまな難治性加齢疾患を包含している.あくまでも私見ではあるが,現在において理学療法は,運動に関連する機能と能力,活動と参加状況の問題を判断・治療・予防する臨床医学の一分野を担う専門分野として,その役割がよい意味で大きく変更されているのではないかと感じている.
 本テキストは,現在の運動器理学療法の最前線で活躍されている先生方に執筆いただいた.本テキストの対象は,理学療法士を目指す学生から新人の理学療法士である.内容については運動器理学療法を実施するうえで必須の知識を網羅した.この本のみですべての患者が抱える問題を解決でき,臨床で結果を出せるというわけではないが,ぜひ運動器理学療法に関心をもつ学生に未来を切り開くきっかけを与える書として活用していただければ幸いである.
 本テキストは発行までにかなりの時間を要したにもかかわらず,最後までお力添えをいただいた執筆者の先生方に深甚の謝意を表する.
 2021年10月
 木藤伸宏
1 総論
 (山内正雄)
  運動器とは
   1.筋・筋膜
   2.腱・靱帯
   3.骨・関節
   4.神経
  運動器と運動系
   1.運動系
   2.上位運動ニューロン
   3.下位運動ニューロン
  運動器と機能障害,活動制限,参加制約
   1.運動器疾患と介護
   2.ICIDHとICF
2 運動器の基礎理論
  運動科学に基づく運動・動作の原則(木藤伸宏)
   1.運動系とは
   2.最小抵抗軌道の法則
   3.安定性と運動性
   4.相対的硬さ(剛性)と相対的柔軟性
  メカニカルストレスと組織損傷と修復(木藤伸宏)
   1.メカニカルストレスと物理的ストレス理論
   2.組織治癒過程
  筋の病態と損傷,修復(森山英樹)
   1.筋の損傷
   2.筋萎縮
   3.筋の修復
  骨の病態と損傷,修復(森山英樹)
   1.骨折
   2.骨萎縮
   3.骨折の修復
  靱帯の損傷,修復(公森隆夫)
   1.靱帯損傷の重症度は?
   2.靱帯組織の修復過程は?
   3.まとめ
  神経の病態と損傷,修復(大石敦史)
  軟骨の病態と損傷,修復(松村将司)
   1.軟骨の基礎
   2.運動器における軟骨損傷
   3.軟骨の修復
  運動器と疼痛(浅田啓嗣)
   1.痛みの種類
   2.運動器の侵害刺激に対する生体反応
   3.運動機能障害による疼痛
  成長における運動器の変化(小松泰喜)
  加齢と運動器の変化(加藤 浩)
   1.骨・軟骨の加齢変化
   2.筋の加齢変化
   3.結合組織(関節包,靱帯,腱)の加齢変化
  演習課題(木藤伸宏)
3 運動器理学療法の評価
  運動器理学療法における病期の評価とリスク管理(常盤直孝)
   1.急性期における評価とリスク管理
   2.回復期における評価とリスク管理
   3.維持期における評価とリスク管理
  医療面接(赤坂清和)
   1.医療面接の導入
   2.コミュニケーションの基本的考え方
   3.医学的情報の聴取方法
   4.心理・社会的情報の聴取方法
   5.医療人としての話し方
   6.要約と確認の方法
  急性期での理学療法評価の考え方(神戸晃男)
   1.情報収集
   2.加齢による影響と慢性疼痛,生活習慣に起因する代償運動の評価の重要性
   3.合併症を含むリスク管理と精神機能の評価
  急性期後の理学療法の考え方(瓜谷大輔)
   1.急性期後の理学療法評価のポイント
   2.病歴聴取
   3.視診
   4.触診
   5.神経学的検査
   6.運動検査
   7.副運動検査
  頸部・肩甲帯・上部脊椎の理学療法評価(林 寛)
   1.評価の目的
   2.評価の過程
  体幹・骨盤の理学療法評価(東 裕一)
   1.問診
   2.理学療法評価
  下部脊椎・骨盤・下肢の理学療法評価(山内正雄)
   1.問診
   2.視診(姿勢観察)
   3.自動運動
   4.神経のテスト
   5.筋のテスト
   6.関節のテスト
   7.整形外科的なテスト
   8.画像診断
  検査結果の解釈(木藤伸宏)
   1.治療における意思決定としてのクリニカルリーズニング
  演習課題
4 運動器理学療法の治療
  総論(対馬栄輝)
   1.何にどうアプローチするか
   2.運動器理学療法の基本的な考え方
   3.これからの運動器障害に対する理学療法のあり方
  患者教育と生活指導(東 裕一)
   1.理学療法の発展と患者教育が注目される歴史的背景
   2.患者教育と生活指導
   3.患者教育の基礎
  物理療法(東 裕一)
   1.電気療法
   2.超音波療法
  関節の機能改善と理学療法(林 寛)
   1.関節の基本
   2.骨運動と関節運動
   3.関節の機能障害
   4.正しい関節の動かし方
  筋機能障害と理学療法(山内正雄)
   1.筋力トレーニング
   2.筋のストレッチング
   3.マッサージ
   4.モーターコントロールトレーニング
  運動・動作の改善と理学療法(横山茂樹)
   1.“椅子からの立ち上がり”動作の特徴
   2.治療戦略と改善に向けた方策
  生活活動改善と理学療法(白谷智子)
   1.筋力トレーニングによるADLへの効果
   2.「活動」や「参加」への直接的アプローチ
   3.総合的評価について
  疼痛管理(宇於崎 孝)
   1.炎症性疼痛への対処
   2.運動療法
   3.物理療法
   4.患者教育
  運動器疾患と装具・義足・義手(小松泰喜)
  演習課題
5 変形性膝関節症
 (山田英司)
  疾患のおさらい
  理学療法評価(意義・目的・方法)
   1.医療情報の収集
   2.形態測定
   3.関節の構造的評価
   4.膝関節の機能評価
   5.筋の機能
   6.姿勢観察・歩行分析
   7.疾患特異的質問票
  画像所見(X線)
  人工関節置換術後のリスク管理
   1.深部静脈血栓症
   2.術後感染
   3.腓骨神経麻痺
  目標設定・機能予後
   1.保存療法
   2.術後の理学療法
  保存療法
   1.関節機能の治療
   2.筋機能の治療
   3.基本的運動・動作の獲得
  人工膝関節置換術後の理学療法
   1.人工膝関節置換術(TKA,UKA)
   2.術前理学療法
   3.術後理学療法
  演習課題
6 大腿骨近位部骨折
 (家入 章)
  疾患のおさらい
  理学療法評価
  画像所見
  術後のリスク管理
  目標設定,機能予後
  術後理学療法
  理学療法
   1.機能改善
   2.基本動作練習
   3.ADL指導
  演習課題
7 脊椎椎体骨折
 (石田和宏)
  疾患のおさらい
  理学療法評価
  画像所見
  保存療法ならびに手術治療
  理学療法
   1.機能改善
   2.基本動作練習・移乗動作
   3.ADL・IADL指導
  演習課題
8 関節リウマチ
 (内田茂博)
  疾患のおさらい
   1.疾患の概念
   2.関節リウマチの症状
  関節リウマチの進行度,機能障害度
  理学療法評価
   1.医療情報の収集
   2.身体構造の評価
   3.心身機能の評価
   4.活動と参加
  画像所見(X線)
   1.手関節・手指
   2.膝関節
   3.足関節・足趾
   4.頸椎
  機能予後
  保存療法
   1.早期
   2.進行期
   3.晩期
  術後理学療法
   1.滑膜切除術
   2.人工関節置換術
   3.頸椎固定術
   4.関節固定術
   5.足趾形成術
  理学療法の実際
   1.運動療法
   2.物理療法
   3.ADL指導
   4.補装具療法(自助具)
9 脊椎疾患(腰痛,頸部痛を含む)
 (宇於崎 孝)
 I.頸椎
  疾患のおさらい
   1.頸椎症
   2.頸椎ヘルニア
  理学療法評価
   1.問診
   2.姿勢観察
   3.触診
   4.安全性のテスト
   5.神経学的検査
   6.関節可動域
   7.筋力
  画像所見
  理学療法
   1.疼痛緩和
   2.運動療法
   3.基本動作練習
   4.ADL指導
 II.腰椎
  疾患のおさらい
   1.腰部脊柱管狭窄症
   2.腰部椎間板ヘルニア
   3.腰椎分離症・すべり症
  理学療法評価
   1.問診
   2.姿勢観察
   3.触診
   4.神経学的検査
   5.関節可動域
   6.筋力
  画像所見
  術後理学療法
   1.疼痛緩和
   2.運動療法
   3.ADL指導
 III.脊柱側弯症
  疾患のおさらい
  理学療法評価
   1.姿勢観察
   2.タイプ分類
   3.関節可動域
   4.筋力
   5.呼吸機能
   6.神経学的検査の実施
  画像所見
  目標設定,機能予後
  理学療法
   1.疼痛緩和
   2.運動療法
   3.ADL指導
  演習課題
10 脊髄損傷
 (信太奈美)
  疾患のおさらい
   1.急性期
   2.回復期
   3.社会復帰
  理学療法評価
   1.目的
   2.方法
   3.評価のTips
   4.神経的検査の実施
  画像所見
  目標設定,機能予後
  保存療法ならびに術後理学療法
   1.保存療法
   2.観血的治療
   3.術後療法
  理学療法
   1.急性期管理
   2.自律神経障害の理解
   3.機能改善
   4.基本動作練習
   5.車いす練習
   6.立位・歩行
   7.ADL指導
   8.合併症に対する自己管理
  演習課題
11 スポーツ外傷・障害
  靱帯損傷(金村朋直,吉田昌平,小林寛和)
   1.靱帯損傷の病態
   2.靱帯損傷の理学療法に必要な医学的情報
   3.靱帯損傷後の理学療法評価に必要な検査・測定・テスト
   4.靱帯損傷後の理学療法の基本的な流れ
   5.靱帯損傷後の理学療法:膝ACL再建術後の理学療法
  半月板損傷(吉田昌平,金村朋直,小林寛和)
   1.半月板の基礎知識
   2.半月板損傷の理学療法に必要な医学的情報
   3.半月板損傷後の理学療法評価に必要な検査・測定・テスト
   4.半月板損傷術後の理学療法の基本的な考え方
   5.半月板部分切除後の理学療法
   6.半月板縫合術後の理学療法
  野球肩(宮下浩二・小林寛和)
   1.野球肩とは
   2.野球肩の理学療法に必須の知識
   3.評価方法
   4.理学療法
  テニス肘(宮下浩二・小林寛和)
   1.テニス肘とは
   2.テニス動作の基本
   3.評価方法
   4.理学療法
12 切断
 (川口 司・山田拓実)
  疾患のおさらい
   1.切断者数
   2.切断部位と原因
   3.切断の原因
  術後理学療法
   1.断端の管理(断端形成)
  義肢装着前理学療法
   1.切断肢の拘縮予防と関節可動域運動
   2.筋力増強運動
   3.バランス練習,ホッピング練習
   4.全身持久力トレーニング
   5.日常生活動作練習
  義肢装着理学療法
   1.義肢装着練習
   2.アライメント設定
   3.義肢を装着しての練習
  義肢装着後の生活指導
   1.体重コントロール
   2.断端の自己管理について学ぶ
   3.ADLおよびIADLの指導
  股義足について
   1.疫学
   2.義足の構造
   3.懸垂
   4.歩行の特徴
   5.リハビリテーション
  演習課題
13 肩関節疾患
 (山崎 肇)
  はじめに
  疾患のおさらい
   1.凍結肩(肩関節周囲炎/五十肩)
   2.腱板断裂
  理学療法評価(意義・目的・方法)
   1.問診
   2.視診
   3.触診
   4.可動域計測
   5.筋力評価
   6.評価表
  治療
   1.保存療法
   2.手術治療
  疼痛緩和
   1.疼痛が生じるメカニズム
   2.安静肢位
  運動療法
   1.凍結肩
   2.腱板断裂
  ホームエクササイズ
  二次的合併症の予防
   1.凍結肩
   2.腱板断裂
  術後のリスク管理
   1.腱板断裂修復術後の再断裂と神経麻痺
   2.リバース型人工肩関節置換術後の脱臼と骨折
  演習課題
14 絞扼性末梢神経障害
 (大石敦史)
  疾患のおさらい
   1.末梢神経障害の定義
   2.主な絞扼性末梢神経障害
   3.末梢性絞扼神経障害の好発部位
  理学療法評価
   1.身体運動に対する神経系の適応
   2.滑走や伸張による適応が阻害された場合の症状
   3.絞扼性末梢神経障害による症状の特徴
   4.症状出現動作による症状の再現
   5.神経伸張テスト(ニューロダイナミクステスト:NDT)
  機能予後と治療方針
   1.治療目標と機能予後
   2.治療方針
  理学療法
   1.神経外の問題と神経内の問題
   2.神経に対する治療手技
   3.病態別マネジメント
  演習課題
15 慢性疼痛疾患
  疾患のおさらい(浅田啓嗣)
   1.慢性疼痛疾患とは
   2.痛みの慢性化の原因
   3.痛みの心理・精神面への影響
   4.慢性疼痛への対応
  頸肩腕症候群の評価と治療(浅田啓嗣)
   1.頸肩腕症候群(頸肩腕障害)とは
   2.胸郭出口症候群の概念と症状
   3.胸郭出口症候群の原因と診断
   4.理学療法評価
   5.胸郭出口症候群に対する治療
   6.理学療法介入
  複合性局所疼痛症候群(浅田啓嗣)
   1.概念と症状
   2.診断
   3.治療
   4.理学療法評価
   5.理学療法
   6.生活指導
  演習課題(大石敦史)

 索引