やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 また一冊新しい試みを詰め込んだ本を出版することができた.糖尿病をもつ人に深い関心を抱くこころの専門家による解説書である.心理臨床がこんなにも幅広く糖尿病臨床に関わっていることをぜひみていただきたい.
 最初から私事で恐縮であるが,糖尿病をもつ人のこころと行動の問題に本格的に取り組み始めてほぼ15年が経過した.1993年にジョスリン糖尿病センターのメンタル・ヘルス・ユニットで学ぶ機会を得たことが大きい転機となった.そのとき初めて,認知/行動科学が実際の糖尿病診療にどのように取り入れられ,どのように患者さんの役に立っているかを知った.また,精神分析も日常臨床に役立つ形で応用されていた.最も印象的だったのは,それらを使っている人たち-精神科医や臨床心理士-の人柄の温かさであり,誠実さであった.その後,欧米の多くの糖尿病心理臨床家との出会いがあった.それらの出会いと,彼らの経験や理論が,日本における私の糖尿病心理臨床の原動力となった.
 一方,日本においても糖尿病患者への心理的支援というテーマは徐々に理解されていき,それが糖尿病患者のケアに必須であると,多くの医療者に考えていただけるようになった.5年前,ようやく日本における臨床心理士を中心とした勉強会が発足した.この本はその会で発表いただいた方々に,発表を基調に書いていただいたものである.これらの人たちとの出会いが,日本におけるこの領域の発展につながった.欧米でもそうであるように,各執筆者によって基盤となる心理学は異なっている.しかしながら,糖尿病をもって歩む人の人生の傍にいて,お役に立ちたいという思いは同じである.その熱意が伝わる本である.
 つい先日ある会議で,エンパワーメントの提唱者Robert Anderson博士にお会いした.そこで昨年あたりから疑問に感じ始めたことを問うてみた.「ここ20年の心理学の進歩は,本当に糖尿病でつらい思いをしている患者さんの役に立っているのでしょうか?」.彼は急に真顔になって,こう答えてくれた.「我々はまだ道半ばにいる」.「しかし,糖尿病教育者/療養指導者たちは心理学が科学的な指針を与えてくれたので,もうそれで十分やれると過信している.より効果的な教育/指導のためには,知識や技術もさることながら,情熱,価値,信頼そして自分自身を知ることが必要である.これらの属性は科学で評価できないため軽視されてきた.それらは経験でのみ得られるものであり,患者さんのこころと魂を育むものである」.
 私たちは,まだ道半ばにいる.知識や技術に頼っていないか,真に患者さんのお役に立っているか,常にそのことを自問しながら,訓練を繰り返していく必要がある.本書が少しでもその参考になれば,私たちにとってこのうえない幸いである.
 2006年5月吉日
 著者を代表して
 石井 均
 序文(石井 均)
I 糖尿病の心理臨床から学ぶこと
 1.糖尿病患者への心理的アプローチ(石井 均)
 2.糖尿病患者に対するエンパワーメント・カウンセリング(久保克彦)
II 糖尿病とイメージ
 3.「糖尿病イメージ画課題」という試みについて(山ア玲奈)
 4.イメージという視点からみた糖尿病(中野祐子)
III 行動科学的アプローチ
 5.認知行動療法を導入した糖尿病患者への心理的援助(金 外淑)
 6.健康行動学的アプローチに基づいた包括的糖尿病カウンセリング――健康的なライフスタイルをめざして(安藤美華代)
 7.糖尿病患者への運動療法の動機づけ(石原俊一)
IV グループ療法
 8.糖尿病患者に対するグループワーク(グループ療法)(秋本倫子)
 9.糖尿病教育入院におけるグループ療法(久保克彦)
V 医療チームにおける臨床心理士
 10.糖尿病医療チームにおける臨床心理士の役割(戸川芳枝)
 11.糖尿病予防としての肥満専門外来の役割と心理士の仕事(岡ア順子)
VIさまざまな心理的アプローチ
 12.糖尿病臨床に関わるねらいと貢献の可能性(野澤千香子)
 13.糖尿病患者の心理特性を配慮した服薬指導(有田悦子・飯岡緒美)
 14.糖尿病治療におけるソーシャルサポートの意義(岡田弘司)
 15.サマーキャンプ体験を通してみた1型糖尿病患児の自己受容(斉藤智香)
 16.高齢糖尿病患者への心理的援助(小海宏之)
 17.糖尿病網膜症をきたした患者に対する心理的援助(上田幸彦・津田 彰)
 18.盲学校における糖尿病患者への心理的援助(奥田博子)
 19.糖尿病患者の家族への心理的援助(久保永子・大野奈津子)
 索引