やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 急増する高齢者の多様なケアニーズに対し,地域の急性期病院,介護老人保健施設,地域包括支援センター,行政機関等,役割・機能の分化した保健医療福祉施設・機関が単独で充足することは困難であり,各々の機関の確実な役割遂行を基盤とした連携が不可欠となっています.そうした中で,地域の保健医療福祉施設・機関のほとんどに配置されている看護職者は,組織内および組織間の連携による地域ケアのシステム化を推進することが期待されています.
 本書は,千葉大学大学院看護学研究科に2002年開設された看護システム管理学専攻の教員であった著者らの地域高齢者看護システム管理学の講義・演習をもとに,2006年夏に企画されました.院生は,講義・演習の中で,病院と介護保険施設の看護管理者,保健師各々の立場により,事例の捉え方や認知症ケアに対する考え方が大きく異なることに気づきました.本書ではそうした違いの背景となるお互いの役割や価値観について,より理解を深め,看護職者間の連携を推進することをめざしています.執筆者は,講義を担当していただいた研究教育者や実践者および共同研究者,修了者を中心とした方々です.
 企画時点からこれまでに,地域連携に関して,病院の退院支援部署,行政保健師,介護保険施設,訪問看護ステーション等の立場から報告が増えつつありますが,地域で高齢者看護のシステム化を推進するための考え方と実践方法について概観したものは比較的少ないように思います.
 本書では,自律した看護職者として,地域連携を推進したい病棟スタッフ,看護管理者,専門看護師・認定看護師,行政保健師あるいは大学院生の方々を読者として想定しました.各々の看護職者が所属する組織で専門性を発揮しながら,他組織の看護職者あるいは他職者とともに,高齢者のQOLを高めるように連携する場面で,より広範に活用できるような実践的内容を共有したいと考えました.
 本書は4つの章で構成され,第1章では国内の地域高齢者ケアの提供体制の進展と先行事例に対し,看護職者が看護のシステム化の効果を意識しながら推進するための方策および必要とされるスキルの開発について述べました.
 第2章では,高齢者の生活支援のためのシステムを構成するケア資源,すなわちシステム要素の開発に必要なスキルを示しました.酒井は,高齢者の身体運動機能の維持のための重要なセルフケアの課題である転倒予防を取り上げ,高齢者の参加による骨折予防と健康教育のシステムの開発の考え方を述べました.杉田は,個人のケアシステムを管理するためのスキル開発,大塚・酒井は,専門職連携に関するスキル開発について述べました.さらに,裄V・吉本は,ボランティア・住民組織支援における事例をもとにアセスメント項目を示し,杉田・安藤は,介護支援専門員とのパートナーシップ形成にもとづく支援方法について,事例をもとに示しました.
 第3章では,こうした高齢者のセルフケアを支援するスキル,ケアマネジメントあるいは専門職連携スキル,パートナーシップ形成にもとづく支援スキル等を活用した看護システムの開発方法について述べました.石川は,行政保健師として多職者の主体性を引き出し,お互いを欠かせない存在として尊重し合いながら,介護予防のためのケアシステムを構築した過程と考え方について述べ,石橋は,急性期病院における高齢者への退院支援プロセスに沿ったケアシステムの構築方法を示し,必要な視点として継続看護と家族支援およびコストの視点を示しました.諏訪・酒井は,認知症高齢者に対する医療提供の実態調査をもとに,認知症高齢者が適切な医療を受けるためのケアシステムに関する提言を行いました.酒井は,ケアの質向上に対する日々の実践を,介護保険施設におけるリスクマネジメントの中核として示し,さらに切れ目のないリハビリテーションシステムについて,急性期病院,回復期病院,訪問看護,通所リハビリテーション,介護老人保健施設各々のケア資源におけるケア提供の視点を述べました.内野・酒井は,高齢者の終末期ケアとして,取り組みが進みつつある介護老人保健施設におけるエンドオブライフケアの実践方法について述べました.
 第4章では,高齢者看護システムの3つの開発例をもとに,看護管理者が何をめざし,どのように考えながらシステムを構築したかを示しました.山下は,行政職の立場から,高齢者看護の教育システムを開発し,7つの県立病院に導入した過程と効果について示しました.大光は,保健師の立場から市民・専門職・行政が連携して高齢者の生活支援を行うシステムを開発した過程と効果について示しました.高松は,診療所看護管理者の立場から,高齢者が健康状態と生活環境を検討し,自ら生活の場を決定するための支援システムの開発について示しました.
 本書は,急速に変化するケア提供の場で,多様なケアニーズに対応しながら,より質の高い高齢者ケアをめざす実践者の活動と親身なご協力により,まとめることができました.あらためて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います.あわせて,医歯薬出版の担当者に感謝いたします.
 2009年8月
 編者を代表して 吉本照子
第1章 地域高齢者看護システム
 1 状況分析から評価まで(吉本照子)
  (1)地域高齢者に包括的なケアを提供するための看護システムの構築
   日本における地域高齢者ケアの提供体制の構築に関する動向 地域高齢者看護システム構築の必要性,課題および効果
  (2)地域高齢者看護システムが機能するための条件
   ケア提供施設・機関各々において連携の目的が共有され,連携の推進者がいる 各々の施設・機関内で一人ひとりの地域連携に関する役割認識を高めて役割遂行を支援し,他施設・機関との間で躊躇なく不明点を確認できるように継続的に働きかける 地域高齢者看護システムを推進する者の高齢者看護,保健医療福祉制度および地域の状況に関する専門知識と実践知,論理性・共感性にもとづく問題解決スキルを高める
  (3)地域高齢者看護システムの推進における看護管理者の情報活用役割の遂行:状況分析から評価まで
   地域の高齢者看護の状況を分析して課題を発見する 地域高齢者看護のシステム化に関する実現可能な目標を達成するための計画を作成する 状況に応じて計画を修正しながら実施する 評価の考え方と方法
第2章 生活支援のためのシステム要素の開発と展開
 1 転倒予防(酒井郁子)
  (1)高齢者の歩行の特徴と転倒
   高齢者の歩行の特徴 環境が高齢者の歩行に与える影響 転倒とはなにか ケアの質指標としての転倒 高齢者にとっての転倒予防
  (2)生活支援から見た転倒予防
   看護システムとしての転倒予防 転倒予防の目的と高齢者の健康レベル
  (3)転倒予防システムに必要な資源
   骨折予防のシステム要素 健康教育のシステム要素
  (4)転倒予防の推進と今後の課題
 2 ケアマネジメントに関するスキルの開発と実践(杉田由加里)
  (1)ケアマネジメントの発展の経緯と定義
  (2)基本となるケアマネジメントのプロセス
   インテーク(利用者の発見・受付・参加確認・契約) アセスメント(事前評価・課題分析) ケアプラン作成 サービスの利用(介護サービスの利用,サービス調整と観察) モニタリング・再アセスメント 終結
  (3)ケアマネジメントを実践していく上で重要なスキル
   インテークからアセスメントを経てケアプラン作成で必要とされる相談援助面接のスキル アセスメントからケアプラン作成で活用すべきストレングス(強み)を見出す ケアマネジメントに必要とされる多施設,多職種との連携スキル
  (4)ケアマネジメントの実践事例
   介護予防ケアマネジメント事例 在宅での生活継続のために必要とされるケアマネジメントの事例
 3 地域高齢者のケアにおける専門職連携実践能力の開発(大塚眞理子 酒井郁子)
  (1)専門職連携実践を阻むもの
   ネットワークの不足 専門職種間の相互理解・相互尊重の不足 ケアに対する価値を共有できない 知識基盤が共通ではない 地域高齢者ケアチームにおけるリーダー役割の不明確さ 地域の文化,風土,自然環境によるバリア
  (2)専門職連携実践能力の育成
   専門職連携実践 基礎教育における専門職連携実践能力の育成 継続教育としてのIPE
  (3)専門職連携実践に必要な能力
  (4)専門職連携実践能力の開発
   チャンピオンになる 多職種同士の相互理解 チームワークによる実践 カンファレンスの開催 学習活動・研修会の開催
  (5)おわりに
 4 ボランティア・住民組織支援(裄V尚代 吉本照子)
  はじめに
  (1)保健師はどのようにボランティア・住民組織を支援してきたのか?
  (2)ボランティア・住民組織支援の2自治体の実践例
   2地域のボランティア活動の特性 保健師・社会福祉協議会職員によるボランティア・住民組織支援の状況 2自治体における配食サービスシステムの違い 保健師と社会福祉協議会職員の支援の特質と課題
  (3)保健師によるボランティア・住民組織支援のポイントとアセスメント
  (4)効果的なボランティア・住民組織支援のあり方
 5 行政保健師による介護支援専門員へのパートナーシップにもとづく支援(杉田由加里 安藤智子)
  (1)地域における要援護高齢者をとりまく体制
   介護予防ケアマネジメント業務 総合相談支援業務 権利擁護業務 包括的・継続的ケアマネジメント支援業務
  (2)介護支援専門員がケアマネジメントを実施する際に感じる困難感と支援ニーズ
   介護支援専門員がケアマネジメントを実施する際に感じる困難感 介護支援専門員が感じている支援に関するニーズ
  (3)行政保健師によるパートナーシップを基盤においた介護支援専門員への支援の実際
   介護支援専門員への支援を始めた背景・経緯 介護支援専門員への支援の経過 2007(平成19)年度の介護支援専門員への支援内容 介護支援専門員への支援内容と課題
第3章 看護(ケア)システムの開発と展開
 1 介護予防をめざしたケアシステム(石川貴美子)
  (1)秦野市(神奈川県)の介護予防に関する状況の紹介
  (2)委託した地域包括支援センターの効果的な運営にむけて行政保健師がかかわってきたことと地域包括支援センターの実践
   行政保健師がかかわってきた内容 地域のネットワーク構築にむけた地域包括支援センターの先駆的な活動
  (3)介護予防事業における秦野市の取り組み
   介護予防特定高齢者施策 介護予防一般高齢者施策 総合的な高齢者支援として介護予防事業に携わる看護職と他の専門職種および多機関の連携
 2 急性期病院における高齢者への退院支援(石橋みゆき)
  (1)退院支援とは
  (2)急性期病院の特徴に応じた高齢者への退院支援のあり方
   退院支援において高齢者が入院することの意味を理解する 施設の特徴に応じた退院支援の方針を理解する
  (3)高齢者の退院支援のプロセスにおけるケアシステム
   退院支援のプロセスと退院支援のプロセスにおけるケアシステムの構築と展開
  (4)退院支援のケアシステム構築と展開に必要な視点
 3 認知症高齢者が適切な医療を受けるためのケアシステム(諏訪さゆり 酒井郁子)
  はじめに
  (1)認知症高齢者が医療を必要としている実態
  (2)大腿骨頸部骨折を受傷した認知症高齢者の医療の実際
  (3)医療を必要としている認知症高齢者の家族の体験
  (4)一般病院における看護師のための研修の実態―認知症看護に焦点を当てて
  (5)医療ニーズの高い認知症高齢者を支える病院と介護施設との連携のあり方
   介護老人保健施設における認知症高齢者のための医療連携の実態 地域の中核病院と介護保険施設との連携の事例
  (6)大腿骨頸部骨折を受傷した認知症高齢者への介護老人保健施設におけるケアとリハビリテーションの効果
   大腿骨頸部骨折を受傷した認知症高齢者の介護老人保健施設における生活機能の変化
  (7)認知症高齢者が適切な医療を受けるためのケアシステム構築に向けた提言
  (8)まとめ
 4 介護保険施設におけるリスクマネジメント(酒井郁子)
  (1)リスクマネジメントの基本的考え方
   リスクマネジメント 医療におけるリスクマネジメントとケアの質保障
  (2)介護保険施設におけるリスクとリスクマネジメントの特徴
   介護提供体制とリスクマネジメント 介護保険施設におけるリスク 介護保険施設におけるリスクマネジメントの特徴 介護保険施設におけるリスクマネジメントの阻害要因と促進要因
  (3)介護保険施設におけるリスクマネジメントに必要な基盤
   理念の具現化 介護保険施設におけるリスクマネジメント活動の要点 リスクマネジメントを推進する要因
 5 リハビリテーションの展開に必要なケアシステム(酒井郁子)
  (1)リハビリテーションの考え方と手段
   リハビリテーションと高齢者 リハビリテーションの手段
  (2)高齢者のリハビリテーションの展開
   高齢者のリハビリテーションの特徴 生活リズムの調整 環境調整と福祉用具の適用 基本的生活ニーズの充足とセルフケア支援 学習支援
  (3)高齢者のリハビリテーションに必要なケアシステム
   高齢者リハビリテーションを支える資源とシステム 医療リハビリテーションの展開を支えるケアシステムと資源 生活リハビリテーションを支えるケアシステムと資源
 6 高齢者の尊厳を守るエンドオブライフケア―介護老人保健施設におけるとりくみから(内野良子 酒井郁子)
  (1)介護老人保健施設とは
  (2)介護老人保健施設のエンドオブライフケアの現状
  (3)介護老人保健施設におけるエンドオブライフケアのあり方
   現在の死の理解 介護老人保健施設でのエンドオブライフケアの適用 看護職と介護職の役割 関係者との連携 連携の調整役 当施設での実際の進め方
  (4)職員に対する教育および研修
  (5)今後の課題
   介護老人保健施設のエンドオブライフケア指針 職員教育 施設で自然な最期を迎える
  (6)おわりに
第4章 地域高齢者看護システムの構築と評価の実際
 Case1 千葉県立病院看護職者への高齢者看護教育システムの開発と導入(山下朱實)
  (1)プロジェクトの目的
  (2)プロジェクト構築に至る現状分析
  (3)プロジェクトの実施計画
   教育システム開発の考え方 開発した高齢者看護教育システム プロジェクトの導入準備
  (4)プロジェクトの実施状況と評価
   共通教育の実施状況と評価 各病院の独自教育の実施状況と評価 現場教育の実施状況と評価 高齢者看護教育システムに対する看護管理者の評価
  (5)おわりに
 Case2 松戸市における高齢者ケアシステム開発の実際―高齢者支援連絡会の紹介(大光房枝)
  (1)松戸市における高齢者支援のしくみづくりの必要性
   松戸市の地理的特性と高齢化の状況 介護保険スタートまでの高齢者支援の課題 介護保険スタート後の高齢者支援の課題(介護保険サービスの狭間のニーズ)
  (2)高齢者支援連絡会事業創設のきっかけ
   厚生省(現厚生労働省)モデル事業実施 地域で支えあうしくみの構築の必要性
  (3)高齢者支援連絡会事業創設に向けた行政保健師の取り組み
   市社会福祉協議会への働きかけ 地区社会福祉協議会への働きかけ
  (4)高齢者支援連絡会の構成と各々の役割および活動状況
   高齢者支援連絡会のシステムと構成要素の役割 高齢者支援連絡会の機能を推進するための介護予防推進担当室と地域型在宅介護支援センターの調整役割 活動状況 地域支援のしくみづくりにおける人材確保
  (5)今後の課題
  (6)まとめ
 Case3 三宅島高齢者の一時帰宅事業参加への自己決定援助システムの構築(高松文子)
  (1)プロジェクトの目的
  (2)プロジェクトの概要
   一時帰宅事業参加への援助が必要な高齢者の選択 高齢者の一時帰宅事業参加への自己決定を支える援助のガイドライン作成 プロジェクトの導入と準備 ガイドラインの適正および修正 一時帰宅事業参加の自己決定援助計画の立案 援助の実施および評価
  (3)プロジェクトの展開
   一時帰宅事業実施状況 自己決定援助の実際と評価
  (4)全面帰島に向けた自己決定援助のガイドラインの適応
  (5)全面帰島に向けた自己決定援助ガイドラインの適応と効果
  (6)本プロジェクトの診療所活動への効果
  (7)プロジェクト変更の要因
  (8)今後の課題
   自己決定支援に向けた多職種との連携の必要性 帰島後に生じる自己決定支援の必要性とガイドラインの修正と適用 被災地における行政職と医療職の支援体制
  (9)まとめ

 索引