はじめに
本書は,地域の人々と協働して健康な地域をつくるというCBPRの考え方と実践的な方法を具体的に示したものです.保健医療福祉領域で働く専門職や関係者の皆さんは,住民や労働者,あるいは児童・生徒・学生の健康増進のために,日頃から健康なまちづくり,職場づくり,学校づくりをめざして活動されていると思います.「健康なまちづくり」は魅力的な言葉です.壮大で夢を語るようで,自分たちの仕事を一言で言い表すことができます.しかし,実際のところ掴みどころがなく,「具体的にどのように進めていったらよいか」「どのように住民と協働していったらよいか」,困ったり,わからなかったりするのが本音ではないでしょうか.また,公衆衛生領域の研究者の皆さんも,自治体と共に行う健康課題の解決や,住民や労働者の状況に応じた健康づくりプログラムの開発などを行う際に,「どのように対象となる人々や現場の人々と協働していったらよいかわからない」と感じているのではないでしょうか.
大学の教員や実践で働く保健師がほとんどであるCBPR研究会のメンバーもそうでした.しかし2004年,私たちはアメリカ公衆衛生学会においてCBPRと出会い,日本の実践に活用できる限りない可能性を感じました.早速,CBPR研究会を立ち上げ,CBPRに関する文献検討を始めました.一方,その頃,聖路加看護大学では文部科学省21世紀COEプログラム「People-Centered Care:市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」の研究を進めており,その研究の理論的枠組みはCBPRであると考えられ始めていました.そこで,CBPRをテーマとした大学公開講座を開催することになり,当時,公開講座委員会委員長であった研究会メンバーがCBPRの講師を依頼することになりました.複数の米国の地域看護学の教授から推薦されたのが,CBPRの権威者の一人であるワシントン大学看護学部Psychosocial&Community Healthの教授で医療人類学者でもあるNoel J.Chrisman博士でした.この公開講座は,CBPRの日本への初上陸となりましたが,CBPR研究会にとってもChrisman博士との最初の出会いとなりました.その後,博士からは日本や米国において直接お会いしながら,あるいはe-mailを通して,CBPRの概念や内容,プロセス,日本の実践あるいは研究への適用などについて,多くのコメントやご示唆をいただきました.本書の作成においても,博士から貴重なご助言をいただいています.
CBPR研究会は,CBPRに関する文献検討や主要概念の分析などを行い,学術雑誌や学会で発表してきました.また,各メンバーは自身の実践や研究においてCBPRの活動理念や方法を取り入れてきました.研究会発足から5年が経過し,CBPRに関する知識および日本の実践や研究への活用方法やその成果についての知見も蓄積されてきました.そこで,これらを広く保健医療福祉領域の実践者ならびに研究者にご活用いただく目的で本書を出版することにしました.多くの実践者ならびに研究者の皆さんに本書をご活用いただくことで,より多くの人々の健康と安寧に貢献できればと願っています.
最後に,本書の出版にあたり,さまざまなアイディアをご提供くださると共に,細部にわたってお力添えくださいました医歯薬出版株式会社の担当者の皆様にお礼申し上げます.
2010年6月 CBPR研究会
序
日本は,世界でもっとも健康な国であることが多くの指標で明らかになっています.これは,広範に利用可能な医療体制を整え,生涯を通じた健康増進と疾病予防への強力な対策である公衆衛生システムを築くために,一丸となって努力した成果であると考えられます.しかし21世紀において,先進国はこの恵まれた現状を崩壊しかねない課題に直面しています.寿命の延伸によって,高齢者の割合はさらに増加しています.さらに,世界中で慢性疾患も増加しています.サクセルフルエイジングと慢性疾患の自己管理への取り組みは,家庭や近隣,地域を舞台としています.すなわち,健康増進と疾病予防は,職場や病院のような場よりも,家庭や近隣,地域で取り組まれるものなのです.この新たな状況に対処するためには,地域を基盤にしたより影響力のある新たなアプローチが必要となります.日本や米国そして他の多くの国々において,公衆衛生や地域保健における新たな変化への有効な対策の一つは,Community-Based Participatory Research(CBPR)です.CBPRの特徴は,コミュニティメンバーと機関のメンバーとのパートナーシップによるものであり,コミュニティメンバーと実践家が責務と権限を共有し,コミュニティエンパワメントを目標とするところにあります.CBPRは,地域看護学領域の専門的知識を,コミュニティレベルのプログラムの中で活用しています.人々の健康を支援し促進するために必要とされる専門家の知識は,公的なシステムだけではなく,可能性もありなおかつ制約もある家庭生活において,看護のパートナーシップを通じて活用されるものなのです.CBPRは,看護の基本方針に焦点を当てるよりも,コミュニティへの恩恵や,コミュニティの人たちが自ら活動する能力を成長させることに力を注いでいます.
この書籍は,看護職や他の専門家の皆様にとって,21世紀の公衆衛生の課題に立ち向かうために,理論的,方法論的,理念的な手助けとなるでしょう.本書は,抽象的な学術書ではなく,実践からのみ導き出すことができる物事の本質を見抜く力をもたらすものなのです.
敬具
Noel Chrisman
本書は,地域の人々と協働して健康な地域をつくるというCBPRの考え方と実践的な方法を具体的に示したものです.保健医療福祉領域で働く専門職や関係者の皆さんは,住民や労働者,あるいは児童・生徒・学生の健康増進のために,日頃から健康なまちづくり,職場づくり,学校づくりをめざして活動されていると思います.「健康なまちづくり」は魅力的な言葉です.壮大で夢を語るようで,自分たちの仕事を一言で言い表すことができます.しかし,実際のところ掴みどころがなく,「具体的にどのように進めていったらよいか」「どのように住民と協働していったらよいか」,困ったり,わからなかったりするのが本音ではないでしょうか.また,公衆衛生領域の研究者の皆さんも,自治体と共に行う健康課題の解決や,住民や労働者の状況に応じた健康づくりプログラムの開発などを行う際に,「どのように対象となる人々や現場の人々と協働していったらよいかわからない」と感じているのではないでしょうか.
大学の教員や実践で働く保健師がほとんどであるCBPR研究会のメンバーもそうでした.しかし2004年,私たちはアメリカ公衆衛生学会においてCBPRと出会い,日本の実践に活用できる限りない可能性を感じました.早速,CBPR研究会を立ち上げ,CBPRに関する文献検討を始めました.一方,その頃,聖路加看護大学では文部科学省21世紀COEプログラム「People-Centered Care:市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」の研究を進めており,その研究の理論的枠組みはCBPRであると考えられ始めていました.そこで,CBPRをテーマとした大学公開講座を開催することになり,当時,公開講座委員会委員長であった研究会メンバーがCBPRの講師を依頼することになりました.複数の米国の地域看護学の教授から推薦されたのが,CBPRの権威者の一人であるワシントン大学看護学部Psychosocial&Community Healthの教授で医療人類学者でもあるNoel J.Chrisman博士でした.この公開講座は,CBPRの日本への初上陸となりましたが,CBPR研究会にとってもChrisman博士との最初の出会いとなりました.その後,博士からは日本や米国において直接お会いしながら,あるいはe-mailを通して,CBPRの概念や内容,プロセス,日本の実践あるいは研究への適用などについて,多くのコメントやご示唆をいただきました.本書の作成においても,博士から貴重なご助言をいただいています.
CBPR研究会は,CBPRに関する文献検討や主要概念の分析などを行い,学術雑誌や学会で発表してきました.また,各メンバーは自身の実践や研究においてCBPRの活動理念や方法を取り入れてきました.研究会発足から5年が経過し,CBPRに関する知識および日本の実践や研究への活用方法やその成果についての知見も蓄積されてきました.そこで,これらを広く保健医療福祉領域の実践者ならびに研究者にご活用いただく目的で本書を出版することにしました.多くの実践者ならびに研究者の皆さんに本書をご活用いただくことで,より多くの人々の健康と安寧に貢献できればと願っています.
最後に,本書の出版にあたり,さまざまなアイディアをご提供くださると共に,細部にわたってお力添えくださいました医歯薬出版株式会社の担当者の皆様にお礼申し上げます.
2010年6月 CBPR研究会
序
日本は,世界でもっとも健康な国であることが多くの指標で明らかになっています.これは,広範に利用可能な医療体制を整え,生涯を通じた健康増進と疾病予防への強力な対策である公衆衛生システムを築くために,一丸となって努力した成果であると考えられます.しかし21世紀において,先進国はこの恵まれた現状を崩壊しかねない課題に直面しています.寿命の延伸によって,高齢者の割合はさらに増加しています.さらに,世界中で慢性疾患も増加しています.サクセルフルエイジングと慢性疾患の自己管理への取り組みは,家庭や近隣,地域を舞台としています.すなわち,健康増進と疾病予防は,職場や病院のような場よりも,家庭や近隣,地域で取り組まれるものなのです.この新たな状況に対処するためには,地域を基盤にしたより影響力のある新たなアプローチが必要となります.日本や米国そして他の多くの国々において,公衆衛生や地域保健における新たな変化への有効な対策の一つは,Community-Based Participatory Research(CBPR)です.CBPRの特徴は,コミュニティメンバーと機関のメンバーとのパートナーシップによるものであり,コミュニティメンバーと実践家が責務と権限を共有し,コミュニティエンパワメントを目標とするところにあります.CBPRは,地域看護学領域の専門的知識を,コミュニティレベルのプログラムの中で活用しています.人々の健康を支援し促進するために必要とされる専門家の知識は,公的なシステムだけではなく,可能性もありなおかつ制約もある家庭生活において,看護のパートナーシップを通じて活用されるものなのです.CBPRは,看護の基本方針に焦点を当てるよりも,コミュニティへの恩恵や,コミュニティの人たちが自ら活動する能力を成長させることに力を注いでいます.
この書籍は,看護職や他の専門家の皆様にとって,21世紀の公衆衛生の課題に立ち向かうために,理論的,方法論的,理念的な手助けとなるでしょう.本書は,抽象的な学術書ではなく,実践からのみ導き出すことができる物事の本質を見抜く力をもたらすものなのです.
敬具
Noel Chrisman
はじめに
序(Noel Chrisman)
I 理論編 CBPRについて知ろう
第1章 CBPRとは何か(麻原きよみ)
1 CBPRは地域づくりの道しるべ
2 CBPRとは何か
3 パートナーシップ
4 CBPRが注目される理由
5 CBPRの理論的基盤
6 本書の目的と構成
TOPICS CBPRとの出会い
Column アクションリサーチ
第2章 CBPRのすすめ方
1 CBPRの目的と原則(酒井昌子)
2 CBPRのすすめ方(宮ア紀枝)
3 CBPRのアウトカム(小林真朝)
4 CBPRで起こりうる課題(小林真朝)
Column 「cultural humility(文化的に謙虚なこと)」(留目宏美)
Column 「cultural safety(文化的に安全なこと)」(留目宏美)
第3章 CBPRのパートナーシップ
1 パートナーシップのつくり方(安齋ひとみ)
2 パートナーシップの評価(鈴木良美)
TOPICS 日本のパートナーシップの特徴(有本 梓)
第4章 CBPR研究の動向と今後の課題(松下由美子,平野優子,安武 綾)
1 CBPR研究の動向
2 これからの課題
CBPRに関するおすすめしたい情報源(安武 綾,松下由美子,平野優子)
II 事例編 CBPRを実践に取り入れよう
第5章 CBPRの実際
実践をCBPRから読み解く(遠藤直子)
事例1 まちの計画づくりに生かすCBPR-食育推進計画の策定(嶋津多恵子)
1 問いから導かれたCBPRとの出会い
2 計画づくりのプロセス
3 計画をつくり実施する
4 活動を評価し普及する
5 この事例でぶつかった困難と乗り越える鍵となったこと
6 この事例にみる,CBPRの実践への役立て方
TOPICS CBPRの応用のすすめ〜人材育成の組織文化をつくる〜
事例2 ネットワークから発展した地域の力-島しょ地域の感染症対策(長弘佳恵)
1 CBPRとの出会い
2 私がみた地域,その力
3 困難にぶつかったとき,どうすればいいか?
事例3 既存の活動の見直しに活用するCBPR-戦略的な子育てネットワーク事業(川崎千恵)
1 CBPRとの出会い
2 既存の活動の見直しを行った取り組み-住民と協働の子育てネットワーク事業
3 CBPRのプロセスに沿って考える
4 CBPR実践の中で困難にぶつかる時
5 CBPRが実践の役に立つこと
TOPICS コミュニティ・スクールにおけるCBPRの要素(留目 宏美)
事例4 CBPRを学んでから行政保健師になって(平野優子)
1 CBPRとの出会い
2 毎日の実践はまさにCBPRそのもの
3 困難や苦労にぶつかること
4 CBPRが実践に役立つこと
事例5 地域における睡眠の健康づくり-実践家と研究者が模索しながら生みだした睡眠に関する集団健康教育プログラムの開発プロセス-(尾ア章子)
1 地域の特性
2 睡眠研究の進展から健康問題を感じ取る
3 CBPRに取り組むことになったきっかけ
4 CBPRの実践プロセス
5 取り組みを振り返って
6 おわりに
事例6 共に活動することを通じて育まれた保健師と研究者のパートナーシップ-新興住宅地における中高年女性のための近隣者との交流促進プログラムの開発-(大森純子)
1 大都市近郊という地域特性から健康問題を感じ取る
2 共同実践研究の活動に取り組むことになったきっかけ
3 CBPR実践のプロセス
4 パートナーシップを育みながら協働するための秘訣
TOPICS <新興住宅地における50〜60歳代女性のための近隣他者との交流促進プログラム>に参加して(龍 里奈)
序(Noel Chrisman)
I 理論編 CBPRについて知ろう
第1章 CBPRとは何か(麻原きよみ)
1 CBPRは地域づくりの道しるべ
2 CBPRとは何か
3 パートナーシップ
4 CBPRが注目される理由
5 CBPRの理論的基盤
6 本書の目的と構成
TOPICS CBPRとの出会い
Column アクションリサーチ
第2章 CBPRのすすめ方
1 CBPRの目的と原則(酒井昌子)
2 CBPRのすすめ方(宮ア紀枝)
3 CBPRのアウトカム(小林真朝)
4 CBPRで起こりうる課題(小林真朝)
Column 「cultural humility(文化的に謙虚なこと)」(留目宏美)
Column 「cultural safety(文化的に安全なこと)」(留目宏美)
第3章 CBPRのパートナーシップ
1 パートナーシップのつくり方(安齋ひとみ)
2 パートナーシップの評価(鈴木良美)
TOPICS 日本のパートナーシップの特徴(有本 梓)
第4章 CBPR研究の動向と今後の課題(松下由美子,平野優子,安武 綾)
1 CBPR研究の動向
2 これからの課題
CBPRに関するおすすめしたい情報源(安武 綾,松下由美子,平野優子)
II 事例編 CBPRを実践に取り入れよう
第5章 CBPRの実際
実践をCBPRから読み解く(遠藤直子)
事例1 まちの計画づくりに生かすCBPR-食育推進計画の策定(嶋津多恵子)
1 問いから導かれたCBPRとの出会い
2 計画づくりのプロセス
3 計画をつくり実施する
4 活動を評価し普及する
5 この事例でぶつかった困難と乗り越える鍵となったこと
6 この事例にみる,CBPRの実践への役立て方
TOPICS CBPRの応用のすすめ〜人材育成の組織文化をつくる〜
事例2 ネットワークから発展した地域の力-島しょ地域の感染症対策(長弘佳恵)
1 CBPRとの出会い
2 私がみた地域,その力
3 困難にぶつかったとき,どうすればいいか?
事例3 既存の活動の見直しに活用するCBPR-戦略的な子育てネットワーク事業(川崎千恵)
1 CBPRとの出会い
2 既存の活動の見直しを行った取り組み-住民と協働の子育てネットワーク事業
3 CBPRのプロセスに沿って考える
4 CBPR実践の中で困難にぶつかる時
5 CBPRが実践の役に立つこと
TOPICS コミュニティ・スクールにおけるCBPRの要素(留目 宏美)
事例4 CBPRを学んでから行政保健師になって(平野優子)
1 CBPRとの出会い
2 毎日の実践はまさにCBPRそのもの
3 困難や苦労にぶつかること
4 CBPRが実践に役立つこと
事例5 地域における睡眠の健康づくり-実践家と研究者が模索しながら生みだした睡眠に関する集団健康教育プログラムの開発プロセス-(尾ア章子)
1 地域の特性
2 睡眠研究の進展から健康問題を感じ取る
3 CBPRに取り組むことになったきっかけ
4 CBPRの実践プロセス
5 取り組みを振り返って
6 おわりに
事例6 共に活動することを通じて育まれた保健師と研究者のパートナーシップ-新興住宅地における中高年女性のための近隣者との交流促進プログラムの開発-(大森純子)
1 大都市近郊という地域特性から健康問題を感じ取る
2 共同実践研究の活動に取り組むことになったきっかけ
3 CBPR実践のプロセス
4 パートナーシップを育みながら協働するための秘訣
TOPICS <新興住宅地における50〜60歳代女性のための近隣他者との交流促進プログラム>に参加して(龍 里奈)








