やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 1987(昭和62)年の精神保健法の成立を1つの転換点として,日本の精神保健医療は,患者の人権保障と社会復帰へ向け,ようやく本格的な歩みを開始しました.2002(平成14)年12月に発表された社会保障審議会障害者部会精神障害分会報告書では,今後10年のうちに「条件が整えば退院可能な約7万2,000人の患者」の退院を目指す方針が示されました.こうした時代背景を受けて,精神障害者の退院促進,地域支援の充実を目指して,本書のもととなる『精神障害者の地域支援ネットワークと看護援助-退院計画から地域支援まで』が2004年7月に発刊されました.
 しかしながら,その後の精神保健医療の動向をみても,長期入院患者の退院は思うように進まず,入院患者の高齢化がますます進展してきています.この間,さまざまな制度の創設や新しい方法の工夫が見られましたが,そうした制度や方法だけでは,入院患者の退院を促進するのには十分ではなかったと言わざるを得ません.精神障害者の地域資源は他の障害と比べてもいまだ乏しく,制度上の格差の是正が必要であることは言うまでもありません.しかしそれだけではなく,やはり,医療現場で患者のもっとも身近にいる看護師の援助のあり方が,患者を早期に退院へと導けるかどうかの大きな鍵を握っているのではないかと考えられます.
 本書はこのような視点から,『精神障害者の地域支援ネットワークと看護援助-退院計画から地域支援まで』として出版された前書の制度等の解説部分を思い切って削除し,実践的な見地からいまなおその知の有効性が衰えていないと考えられる,退院計画から地域支援までの実践編に絞って構成し直したものです.それに伴い,本書のタイトルも「精神障害者の退院計画と地域支援」とし,新版として出すにあたって内容の見直しを行いました.精神障害者の退院促進および社会参加の促進に資することをねらいとする点は,前書の意図をそのまま引き継いでいますが,実践的な内容に絞ることで全体をコンパクト化し,読みやすさ,使いやすさを追求しました.
 ここでは,精神障害者の退院促進の要となる看護師を中心に据え,入院から地域へという流れの中で,それぞれの場における援助の特徴について解説しています.各章には,事例を加え,実際の援助を具体的にイメージできるように心がけました.さまざまな場における援助が生き生きと伝わるよう,事例の記述は豊かなものとなっていますが,これらの事例は,プライバシーの保護のために匿名性に配慮して修正を加えたものであることをお断りしておきます.最終章には,地域支援の一翼を担い,今後ますますその重要性が高まるであろう当事者活動について,2名の当事者の方にその実際を紹介していただき,本書を締めくくりました.
 精神障害者の社会参加の促進・ノーマライゼーションの達成のためには,地域支援の充実が不可欠であり,そのためにはさまざまな現場で試行錯誤されている実践知を掘り起こし,それを共有していく作業が求められています.こうした作業を通して,実践の質を高めていくとともに,風通しのよい協力関係を作れるようにすることが重要と思われます.
 このような趣旨でまとめられた本書が,病院または地域で精神障害者の支援にあたる看護師・保健師,および他の精神保健医療福祉の専門職や精神保健福祉ボランティアの方々,また精神看護を学ぶ看護学生・大学院生などの方々に広く活用され,精神障害者の退院促進・社会参加,ひいてはノーマライゼーションの達成に役立つことを切に願っております.
 2009年11月
 編者 田中美恵子
第1章 初回・短期入院からの退院支援
 1)初回・短期入院からの退院計画(江波戸・田中)
  初回入院と短期入院を繰り返す場合の退院支援の違い
   初回入院からの退院支援 短期入院を繰り返す場合の退院支援
  初回・短期入院からの退院支援のポイント
   情報収集 入院に対する不安への援助 急性期症状と薬物療法への援助 身体管理と信頼関係の構築 セルフケアの援助 家族の不安への援助と情報提供 服薬教育 症状コントロール 退院前の心理的なサポート 支援の連続性とネットワークづくり
 2)援助の実際(江波戸)
  事例1 患者・母親双方の不安の軽減を焦点とした初回入院患者への退院支援
  事例2 服薬中断の背景にある家族関係の調整と自宅での生活に合わせた援助
  コラム
   外部と連携をとること セルフケア援助と生活歴 地域生活の実感 看護師が希望をもつこと “百聞は一見に如かず”窶薄K問することでわかる家庭の様子 病棟に入院中の患者さんと一緒に,「退院前の訪問」ってできるの?
第2章 長期入院からの退院支援
 1)長期入院からの退院計画(田中)
  病棟単位での退院促進のための管理的な取り組み
  長期入院からの退院支援のポイント
   退院への働きかけと退院計画 退院支援のポイント
 2)援助の実際(三ケ木・木内)
  事例1 患者のペースに合わせた退院支援で26年間の入院生活から退院に至った事例
  事例2 症状コントロールを通した支援とサポート体制の構築により退院へと至った事例
  事例3 隠された意思を言語化するケアをきっかけに退院に結びついた事例
  コラム
   患者同士のモデルの存在
第3章 外来看護
 1)安心して外来受診ができるための援助
  受診から帰宅までの流れ(森本)
   受け付け 待ち時間 診察後 処置 会計
  外来における環境の調整(三砂)
   危険物などの管理に注意する 静かな環境を提供する 目の届かない場所の観察を行う
  外来での対応のポイント(佐藤)
   情報把握の方法 症状悪化のサインを早期にキャッチすること 患者が看護師やスタッフに話した内容による把握 多量服薬や自傷行為をし,電話をしてきた患者への対応
 2)病棟および他職種・他部門との連携
  病棟との連携による継続看護(森本)
   外来通院していた患者が入院する場合 入院していた患者が退院により外来通院する場合
  他職種との連携(近藤)
 3)精神科外来における看護相談の役割と機能(佐藤)
  外来窓口相談・電話相談
   初診相談 再来患者の相談
  家族からの相談
   病気の自覚がなく受診が困難な場合 アルコール・薬物依存症・暴力・買物依存・万引きなどの状態に困っている場合 家族の患者への対応方法 転院・入院の相談
 4)外来における個別ケア―継続看護とプライマリナースによる援助
  外来において継続看護を行う基準(近藤)
   プライマリナースをつける場合 外来看護師全員で統一的な関わりをする場合 受診状況を継続的に観察する場合
  外来での短期プライマリナースの必要性と役割(佐藤)
   入院予約した患者 通院に調整が必要な患者 外来の待ち時間に症状悪化をきたしやすい患者 待ち時間に他患に迷惑行為を起こしやすい患者 高齢者など規則的な服薬・通院が難しい患者
 5)援助の実際(佐藤・近藤・森本)
  事例1 外来で自傷行為を繰り返すAさんへの継続援助
  事例2 病識がなく怠薬がちだったBさんへの援助
  事例3 体感幻覚へのこだわりから,無為・自閉の生活を送っていたCさんへの援助
  コラム
   つらい待ち時間の工夫 担当医師で運命が変わりますか? 看護師のカウンセリングではだめですか?
第4章 デイケア(堀内)
 1)デイケアとは
  わが国のデイケアのあゆみ
  デイケアにおける支援の特徴
   支援の目標 支援の対象 支援の方法 支援の期間 スタッフ
 2)デイケアの実際
  長谷川病院の概要
  長谷川病院デイケアにおける支援の特徴
   支援の目標 利用者 支援の方法 期間 スタッフ
  今後の課題
第5章 訪問看護
 1)訪問看護における援助の特徴(田中)
  精神訪問看護の目的と焦点
  精神障害の特徴と訪問看護における援助
   疾患のコントロール 生活能力の維持・向上へ向けた援助 社会生活の維持・社会参加の促進への支援 「体験としての障害」への援助―精神障害者との関係づくり
 2)援助の実際(岩切・田中)
  事例1 陽性症状をもち続けるAさんへの10年余にわたる地域生活の支援
  事例2 金銭管理の問題と不安による身体症状をもつBさんへの支援
  事例3 内科入院を繰り返しながら地域生活を送るCさんへの支援
  コラム
   社会保険診療制度における訪問看護―保険医療機関からの訪問看護
   訪問看護制度による訪問看護―訪問看護ステーションからの訪問看護
第6章 保健所・市町村保健センター(柏木)
 1)保健所・市町村保健センターの精神障害者への生活支援
  保健師が担った精神保健福祉活動の経緯
  精神保健福祉相談における保健師の役割
   未治療・治療中断者の精神保健福祉相談の現状 未治療・治療中断者への相談訪問活動 精神保健福祉相談の窓口の広がり
 2)援助の実際
  事例1 長期間ひきこもりを続けるAさんと家族への関わり
  事例2 緊急入院をきっかけとした在宅生活支援と家族への介入
  事例3 高齢の精神障害者への緊急介入と家族支援
第7章 精神障害者地域生活支援センター(伊藤)
 1)地域生活支援センターの概要と現状
  わが国の地域生活支援センターのあゆみ
   地域生活支援センターのはじまり 地域生活支援センターの運営 東京都における地域生活支援センターの状況 東京都小平市における地域生活支援の取り組み 「地域生活支援センターあさやけ」の開設 「センターあさやけ」の現在の活動 「センターあさやけ」への新規相談 「センターあさやけ」の利用と登録 日常生活支援 電話相談・面接相談 交流 地域連携
 2)新たな地域連携への取り組みと今後の課題
  ケアマネジメントとホームヘルプ事業
   事例1 精神障害者ケアマネジメントを行っての生活支援
   事例2 地域生活支援センターにおけるホームヘルプ事業の取り組み
  地域生活支援センターの役割と今後の課題
   活動内容と役割 今後の課題
  コラム
   金銭管理 消費生活センターへの同行 相談の一例 交流の一例
第8章 看護者による地域支援(濱田・臼井・大城)
 1)精神障害者小規模作業所での活動の実際
  精神障害者小規模作業所
  作業所での援助の実際:「ひあしんす城北」の場合
   作業所利用開始までの手続き 作業所の1日の流れ 作業所における援助のポイント
 2)グループホームの活動の実際
  グループホーム
  グループホームでの援助の実際:ドリームSの場合
   グループホーム利用開始までの手続き グループホームにおける援助のポイント
 3)援助の実際
  事例1 病気から自分を取り戻すことに付き添った事例(作業所利用者)
  事例2 もともともっていた“大工仕事”という人生の地図を取り戻した事例(作業所利用者)
  事例3 “母親を安心させたい”といってグループホームを利用した事例(グループホーム利用者)
第9章 セルフヘルプグループと当事者活動
 1)セルフヘルプグループの概説(田中)
  セルフヘルプグループの特徴と機能
   セルフヘルプグループの援助機能 セルフヘルプグループの社会的機能
  セルフヘルプグループの歴史的発展
   アメリカ合衆国におけるセルフヘルプグループの発展 日本におけるセルフヘルプグループの発展 日本におけるセルフヘルプ運動 当事者によるセルフヘルプ運動
 2)当事者活動の実際
  全精連およびポプリの活動を通して(有村)
  東京ドロップインセンターの当事者活動の経験から(沢田)

 索引